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1. 和音ごとの役割

前回の話はこうでした。「六つの基調和音」はメジャー3人衆とマイナー3人衆に分かれるが、それぞれが異なった役割を担っている。

レラティヴの鏡関係

例えばIはメジャーキーのリーダーとしてふるまい、それに対してIVVは曲を展開をさせる役目を担っている。だから音響としては同じメジャーコードなんだけども、3人は決して同一の存在ではない

聴感覚的に言えば、Iのコードには「着地した感じ」「帰ってきた感じ」のようなものがある。

IVI

この感覚は、メロディが中心音に至ったときに感じる安定感・終着感のと同類の認知現象です。

2. 機能和声とは

音楽理論においてはこのようなコードの展開上の役割を機能Functionと呼び、「機能」に基づいてコード進行を論じる理論を総称し機能和声Functional Harmonyと言います。

機能 (Function)
あるコードの、その調内における意味。音楽の展開文脈上で与えられた役割やふるまいの種別1

今まではメジャーコードとかマイナーコードとか、コード単体のことしか論じていませんでした。今回は、「時間芸術」としてのコード進行の組み立て方を学んでいく、大切な回と言えます。

機能論いろいろ

しかしこの「機能論」、実は流派・著者によって異なるバリエーションがたくさん存在しています。元々のオリジナル版は──19世紀末ドイツで生まれたのですが──まず3つのメインカテゴリ、その下にまた無数のサブカテゴリという2段階でグループ分けをするというものでした。

激しい記号ふりHugo Riemann “Harmony Simplified” 英訳版 (1896年)

しかしご覧のとおり、記号がやたらと難しくて、普及は失敗に終わります。でも後世の理論家はこれにインスパイアされて、思い思いの「機能論」を発案していきました。モノによって考え方がまるで違っています2

ここではまずポピュラー音楽での実用性が高い流派のものをベースに紹介しつつ、最後にまたこの流派差について触れることにします。

3. TDSの三機能種

さて、メジャー3人衆でいうと、Iのコードはキーのリーダー、中心であり、到達することで「終止感」「着地感」のようなものを得られるというのは前回説明しましたね。

Iの特質

例えば古典派クラシックでは、メジャーキーの楽曲ならIで始まりIで終わるのが大原則です。コード進行の締め役、まとめ役のような“役割”を、Iのコードは担っているわけです。

IVとVの機能差

それでは「下の仲間・上の仲間」であるIVVはどうでしょう? どちらも楽曲に“動き”をもたらす展開役ではありますが、その聴覚印象は異なります。

IIVIIV
IVIV

言語化しづらい質感差ではありますが、比べるとIVの方がフンワリと穏やかで落ち着いた雰囲気、「微妙に動き出した」くらいの展開を演出するのに対し、Vの方はよりグイッと持ち上がって、興奮・高揚・緊張のようなもの、展開のピークを感じさせる力があります。

IVの特質
Vの特質

だからサビの直前のように盛り上がりを作りたい場面ではVを使うのが適役(ベタ)だとか、逆に浮遊感を出して停滞させたい時にはIVの方が適役……といった風に、それぞれの活きる使いどころというのが異なります。音響としては皆同じメジャーコードなのに、3人ともが違う働きをする。このことを理解して曲を組み立てていこうというのが、機能和声論の主旨です。

機能の名前

例えばCというコードひとつとっても、キー次第でIVIVのどの役割にもなりうる。このことを明示するために、各役割にきちんとした名前を与えることにしました。それが以下のとおりです。

コード 機能名
I トニック機能(T)
V ドミナント機能(D)
IV サブドミナント機能(S)

それぞれのコードを聴いたときの“感じ”を、TDSという3文字で表すことにしました3

4. マイナーコードの機能

基調和音のうち残り3人はみなマイナーコード。“レラティヴ”なマイナーキーを構築するメンバーたちです。

マイナーコードたち

彼らも「リーダー・下の仲間・上の仲間」という関係性自体は同じだということを、前回確認しましたね。だから機能についても同様の関係があり、まずVImが終止役、そして2人の展開役についてはIImの方が比較的穏やかで、IIImの方がより劇的な情感を演出します。

VImIImVImIIm
VImIIImVImIIIm

ただ、IVvsVに比べると、IImvsIIImはその差が少し分かりづらいかもしれません。メジャー三人衆とマイナー三人衆の関係性は、完全に同一と言えるかは難しいところですが、そうはいっても関係構造として同一であるということで、この3人もまた種別としてはTDSの機能グループに振り分けることに決めました。

コード 機能種名
IVIm トニック機能(T)
VIIIm ドミナント機能(D)
IVIIm サブドミナント機能(S)

すると六つの基調和音がこうして綺麗に、2×3のグルーピングで分類されることになります。機能種が同じコードどうしは互いに代理をしやすい関係にありますが、前回あったとおり不自然な結果になる場合もあって、代理が100%保証されるわけではありません。

IIImと文脈依存性

ただ実際の曲では、メジャー3人衆とマイナー3人衆は合わさってワンチームとしてさまざまなコード進行を作ります。そこではマイナーコードがメジャーのお供として勤めたり、またその逆も然り、より複雑なキー環境が構築されます。結果として、その前後関係しだいでは和音の役割の見え方も一様ではなくなってきます。その典型例となるのがIIImさんです。

IIIm

このコードは、その位置関係から非常に複雑な立場にいて、流れによっては「マイナーキーの上のお供」というより「Iの類型」とみなした方が妥当に思える場面に現実で遭遇します。

IVIIImIImVIm

こちらがその一例。IVIImの間に挟まれたこのIIImを仮にD機能とした場合、それはVとの類似性、ひいては代理可能性を示唆するわけですが……

IVVIImVIm

いざ実際に代理してみると、音楽の流れはずいぶん変わってしまったように思えます。どちらかというとこのIIImは、周りのフレーズの影響もあり、Iに類する役割を果たしています。

IVIIImVIm

Iに替えた場合、まあずいぶん落ち着きはしましたが、Vに替えた場合に比べれば交換前との類似性が保たれています。機能論によっては、このようなIIImT機能と規定します。つまりIIImには“二重人格”のようなところがあって、前後関係や音の配置、メロディの乗り方によってどちらの“人格”が濃く出るかが変わってしまう。そのような特質があります。

  • IIImの二面性
    IIImは、DTのいずれかの役割を果たしうる。それは前後関係から判断するものである4

VIIImを入れ替えた際の成立度が低い理由を、「機能に二面性があるからだ」と説明することもできるでしょう。たとえ同じコードでも、展開しだいで違った表情を見せることがある。これは音楽のすごく奥深いところで、これを意識しようというのもまた、機能論が作られたもともとの目的のひとつです。

自由派音楽理論では、IIImに関してこのような二面性を念頭には置きつつ、原則としてはD機能であるという前提で話を進めていきます。

小まとめ

そんなわけで、同じリーダー役を務めるIVImはトニック機能、やや穏やかな展開性を感じさせるのがサブドミナント機能のIVIIm、展開上のピークとなる点を作るのがドミナント機能のVIIImで、しかしIIImには一筋縄ではいかない二面性がある……。これが六つの基調和音の概観となります。

3つのグループ

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