目次
1. 機能和声論とは
前回の話はこうでした。「六つの基調和音」はメジャー三人衆とマイナー三人衆に分かれるが、それぞれが異なった役割を担っている。
例えばIはメジャーキーのリーダーとしてふるまい、それに対してIVやVは曲を展開をさせる役目を担っている。だから音響としては同じメジャーコードなんだけども、3人は決して同一の存在ではない。聴感覚的に言えば、Iのコードには着地や終止をもたらしたような感じがあり、音楽理論ではこれをコードが“安定している”と表現します。
- IVI
この感覚は、メロディが中心音に至ったときに感じる安定感・終着感のと同類の認知現象です。
和音の“機能”
音楽理論においてはこのようなコードの展開上の役割を機能Functionと呼び、「機能」に基づいてコード進行を論じる理論を総称し機能和声Functional Harmonyと言います。
- 機能 (Function)
- あるコードの、その調内における意味。音楽の展開文脈上で与えられた役割やふるまいの種別1。
今まではメジャーコードとかマイナーコードとか、コード単体のことしか論じていませんでした。今回は、時間芸術としてのコード進行の組み立て方を学んでいく、大切な回と言えます。
機能論いろいろ
しかしこのコード機能論、実は流派・著者によって異なるバリエーションがたくさん存在しています。元々のオリジナル版は──19世紀末ドイツで生まれたのですが──まず3つのメインカテゴリ、その下にさらにサブカテゴリという2階層でグループ分けをする方式でした。
しかしご覧のとおり、記号がやたらと難しくて、普及は失敗に終わります。でも後世の理論家はこれにインスパイアされて、思い思いの機能論を発案していきました。モノによって考え方がまるで違っていて、学習者にとって混乱の原因となっています2。
ここではまず、比較的伝統に忠実な流派のものが現代のポピュラー音楽にもよく適合していると思うのでこれを下地に紹介しつつ、最後にまたこの流派差について触れることにします。
2. TDSの三機能種
さて、メジャー三人衆でいうと、Iのコードはキーのリーダー、中心であり、到達することで「終止感」「着地感」のようなものを得られるというのは前回説明しましたね。
例えば古典派クラシックでは、メジャーキーの楽曲ならIで始まりIで終わるのが大原則です。コード進行の締め役、まとめ役のような“役割”を、Iのコードは担っているわけです。
IVとVの機能差
それでは「下の仲間・上の仲間」であるIVVはどうでしょう? どちらも楽曲に“動き”をもたらす展開役ではありますが、その聴覚印象は異なります。
- IIVIIV
- IVIV
言語化しづらい質感差ではありますが、比べるとIVの方がフンワリと穏やかで落ち着いた雰囲気、「微妙に動き出した」くらいの展開を演出するのに対し、Vの方はよりグイッと持ち上がって、興奮・高揚・緊張のようなもの、展開のピークを感じさせる力があります。
だからサビの直前のように盛り上がりを作りたい場面ではVを使うのが適役(ベタ)だとか、逆に浮遊感を出して停滞させたい時にはIVの方が適役……といった風に、それぞれの活きる使いどころというのが異なります。音響としては皆同じメジャーコードなのに、調性の中では3人ともが違う働きをする。このことを理解して曲を組み立てていこうというのが、機能和声論の主旨です。
機能の名前
例えばCというコードひとつとっても、キー次第でIVIVのどの役割にもなりうる。このことを明示するために、各役割にきちんとした名前を与えることにしました。それが以下のとおりです。
コード | 機能名 |
---|---|
I | トニック機能(T) |
V | ドミナント機能(D) |
IV | サブドミナント機能(S) |
それぞれのコードを聴いたときの“感じ”を、TDSという3文字で表すことにしました3。
メジャーキーのT–S–D–T
たとえ3つのメジャーコードだけでも、それぞれがキー内で異なった意味を持つため、これらを繋ぐだけでコード進行のストーリーが描けます。中でもクラシック時代から典型的な展開とされるのがT–S–D–Tという流れ、つまりIIVVIの進行です。
日本パンクロックの名曲『リンダリンダ』のサビは、DメジャーキーのIIVVI進行で作られています。メジャーのスリーコードだけで進行を作るのは古典的なパンクロックのスタイルで、ロック界ではよく「曲を作るのにコードは3つあれば十分」などと言われたりするのですが、この曲はまさにそれを体現していますね。3つのコードだけでも、安定と不安定、緊張と弛緩のストーリーを構築できるのです。
3. マイナーコードの機能
さて基調和音のうち残り3人はみなマイナーコード。“レラティヴ”なマイナーキーを構築するメンバーで、この3人だけを繋いでいけば典型的なマイナーキーの調性が組み立てられます。
彼らも「リーダー・下の仲間・上の仲間」という関係性自体は同じだということを、前回確認しましたね。だから機能についても同様の関係があり、まずVImが終止役、そして2人の展開役についてはIImの方が比較的穏やかで、IIImの方がより劇的な情感を演出します。
- VImIImVImIIm
- VImIIImVImIIIm
メジャー三人衆とマイナー三人衆の関係性が完全に同一と言えるかは難しいところですが、ひとまず度数関係の構造として同一であるということで、この3人もまた種別としてはTDSの機能グループに振り分けられました。
コード | 機能種名 |
---|---|
VIm | トニック機能(T) |
IIIm | ドミナント機能(D) |
IIm | サブドミナント機能(S) |
マイナーキーのT–S–D–T
マイナーキーにおいてもT–S–D–Tの流れは定番型であり、つまりVImIImIIImVImという進行が、メジャーのIIVVIと対照を成す存在となります。
乃紫の『全方向美少女』と『初恋キラー』のAメロは、どちらもVImIImIIImVImのループで成り立っています。『リンダリンダ』と同様に、基本となる3つのコードだけで作られた極端なシンプルさがかえってキャッチーで魅力的ですね。こんなふうに、マイナー三人衆もまたこの3人で音楽のストーリーを展開させていくことができます。
4. 機能分析と文脈依存性
そんなわけで、メジャー三人衆とマイナー三人衆はそれぞれ異なる役割を持ち、音楽のストーリー作りに貢献します。
機能種名 | メジャー系 | マイナー系 |
---|---|---|
トニック機能(T) | I | VIm |
ドミナント機能(D) | V | IIIm |
サブドミナント機能(S) | IV | IIm |
ただし実際の曲では、これら「六つの基調和音」は合わさってワンチームとなり、さまざまなコード進行を作ります。そこではマイナーコードがメジャーのお供として勤めたり、またその逆も然り、より複雑な調性環境が構築されます。結果として、その前後関係しだいでは和音の果たす役割もひとつではなくなってきます。その最たる典型例となるのがIIImさんです。
このコードは、その位置関係から非常に複雑な立場にいて、流れによっては「マイナーキーの上のお供」というより「Iの類型」とみなした方が妥当に思える場面に遭遇します。
- IVIIImIImVIm
こちらがその一例。IVとIImの間に挟まれたこのIIImを仮にD機能とした場合、それはVとの類似性を示唆するわけですが……
- IVVIImVIm
そこでいざコードをVに入れ替えてみると、音楽的な安定/不安定の流れはずいぶん変わってしまったように思えます。
実はこのIIImは、周りのフレーズの影響もあり、どちらかというとIに類する役割を果たしていると見た方が妥当なのです。
- IVIIImVIm
こちらがIに替えたパターンで、Vに替えた場合に比べれば交換前との類似性が保たれています。そして機能論によっては、実際にこのようなIIImをT機能と規定します。つまりIIImには“二重人格”のようなところがあって、前後関係や音の配置、メロディの乗り方によって果たす機能が異なるという特質があるのです。VとIIImを入れ替えた際の成立度が低い理由を、「機能に二面性があるからだ」と説明することもできるでしょう。たとえ同じコードでも、展開しだいで違った表情を見せることがある。
- コード機能の文脈依存性
見かけ上は同一構造のコードであっても、前後の音楽的文脈次第でコードの担う“役割”は変わることがある。例えばIIImは、DかTのいずれかの役割を果たしうる4。
あるコードが緊張/弛緩のどちらの役割にもなりうるというのは何だか不思議な感じがするかもしれませんが、それくらい前後関係だったり上に乗るメロディの影響というのは大きいものです。構造上は同一なコードが、異なる役割を果たせる。これは音楽のすごく奥深いところで、これを明らかにすることこそ機能和声論が作られた本来の目的のひとつです。
ですから本当はコード機能を分析するにはコード進行全体の流れを観察する必要があるのですが、理論書では解説中にどうしてもコードをポンとひとつだけ置くような場面も出てきます。このサイトではそういう際のIIImについては便宜上D機能としますが、「本当は文脈の情報が必要」という話はぜひ頭の隅に置いておいていただきたいです。
小まとめ
そんなわけで、同じリーダー役を務めるIVImはトニック機能、やや穏やかな展開性を感じさせるのがサブドミナント機能のIVIIm、展開上のピークとなる点を作るのがドミナント機能のVIIImで、しかしIIImには一筋縄ではいかない二面性がある……。これが六つの基調和音の概観となります。