Skip to main content

1. 解決

以前の「コードの機能分類」の回では、コードが果たす役割をTDSの3種に分類しました。

TDS

中でもいかにしてTに着地するのかという点は、コード進行のまとまりや流れを考えるうえで大切になってきます。

音楽理論においては、「不安定な音響から安定な音響へと移る」「濁っていた音が澄んだ音になる」など、「緊張状態が緩和する」という流れを総称して解決Resolutionと呼びます。

解決 (Resolution)
不安定な性質を持つ音が生み出した緊張感が、安定した音に進むことで解消されること。
メロディの理論でも同様の意味でこの語が使われるなど、この語はコード進行以外にも使われる。動詞形は「Resolve」。

コードの理論においては、若干言葉の解釈にブレはあるものの、おおむねT機能のコードに達することが「解決」とみなされます1

2. ケーデンス

コード進行の「解決」は音楽理論だとよく文章における「句読点」に喩えられます。音楽を一区切りつける目印になるということですね。そして解決に至るまでの数個のコード進行のかたまりを指して、終止形Cadence/ケーデンスといいます。

終止形 (Cadence)
曲の展開上に一定の終結・休止を感じさせる、フレーズ(コード進行)の終わり方の定型のこと2
Cadenceという語は元を辿るとラテン語で“落ちる”を意味する単語cadereに由来し、cascade(滝)やdecay(減衰)などと語源を同じくする。

ジャズ理論にしてもそうですが、クラシック理論では特に「型」が重要視されたというのは序論の歴史話でもあったとおり。

一の型!

そのためこういった理論では、名前のつけられた定番の終止形というのがたくさんあります。

  • 正格終止
  • 変格(プラガル)終止
  • 完全終止
  • 不完全終止
  • 半終止
  • 偽終止
  • フル・ジャズ・ケーデンス
  • ジャズ・ハーフケーデンス
  • 男性終止
  • 女性終止
  • ピカルディ終止
  • フリジア終止
  • アンダルシア終止
  • パセティック・ケーデンス
  • ……

ただ正直なところ、“型”の自由な現代において、こういった名前をわざわざ暗記する必要があるとは思いません。とはいえ一般理論にある内容は紹介することを自由派音楽理論は約束しているので、一般的なものを紹介はします。暗記するというよりは、それぞれのサウンドの違いを改めて体感してもらえればと思います。

3. 長調のケーデンス

正格終止

まずVIの形が最大の基本形ということで、これを正格終止Authentic Cadenceといいます。

IVI

「おじぎの伴奏」でも使われる形であり、フレーズが終わったと明確に印象づけられる形と言えるでしょう。

変格終止

正格終止と対になるのが、IVIの形で、この型は変格終止Plagal Cadenceといいます。

IIVI

こちらは随分キャラクターが違って、柔らかな終わりを演出しますね。

偽終止

長調と短調をクッキリ分けるクラシックにとっては、VIへと向かわずVImへ進むのは展開上の“裏切り”としてみなされ、これを偽終止Deceptive Cadenceといいます。

IVVIm

クラシカルな作曲作法においては、VImだとパートを終わらせたりする役としては不十分で、長調ならIでシメるべきという考え方があります。しかし長調/短調が頻繁に移ろう“調性のモニズム”が一般化している現代では別にVImだと“偽”だという考えはそんなになく、例えば1-4-5-6をひたすらループしてパートが終わるなんてこともありえますよね。“偽”という単語のチョイスにはなかなか古いしきたりを感じるところです。

半終止

最後に、あえてパートがT機能に着地せずにVのままパートを終えるという形も、言わば音楽上の“読点”の表現としてあります。これを半終止Half Cadenceといいます。

IIVV

こんな風に、このパート自体は緊張感を解放しないまま終わって次のパートへ進む形です。これで「終止」と呼べるのか…?という疑問もちょっと湧きますが、まあ“読点”くらいの区切りの演出にはなっているという見解のようです。

ポップスでもサビ前のラストをVにして盛り上がりを作り、サビの頭で解決するなんていう型はよく見かけますよね。

IIVIIVIIVV

正格終止、変格終止、偽終止、半終止。この4つが一般的に知られている代表的な終止法になります。

4. 短調のケーデンス

さて、クラシック音楽では長調と短調の区別がなされていて、それぞれのルールが決まっているという話でした。ケーデンスに関してはそこがけっこう大事になってきて、短調は短調の作法があります3

短調の正格終止

順当に考えると、短調ではIIImVImが正格終止となりそうですが……

VImIIImVIm

実はコレだと、終止感を演出する方法としては、長調に比べて“弱い”と考えられています。一体何が違うというのでしょうか?改めて長調のVIと見比べてみましょう。


一番高い音の動きをそれぞれ見てほしいのですが、長調の方はトーナル・センターであるドに対してシ→ドと半音差で進みます。対する短調というのは、ラが中心となっている世界ですけども、ソ→ラの動きは全音差です。
詳しくはメロディ編の方で語られる内容ですが、この音の繋がりが全音か半音かという差は重大で、半音差のなめらかな動きというのが音楽の流れを決定づけるのに非常に重要な役割を果たしています。

だからVのコードはすごくスムーズな動きでIへと繋がっていく親密な関係にありますが、一方でIIImVImの間柄はちょっとだけヨソヨソしいのです。

イラスト:VとIは仲良し
イラスト:IIImとVImはイマイチ

そのためクラシックやジャズの理論においてはIIImは「弱いドミナント機能しか持たない」とか「定義上ドミナント機能とは言えないが、音楽の構文的には一応ドミナントの代わりが務まる」みたいな言われ方をされて、ちょっと“使えない子”扱いを受けています4
ではどうするか。そこでクラシック音楽が考えだしたのは、ソをソ♯にしてラへと強制的に近づけることでした。コードで言えば、IIImをクオリティチェンジしてメジャーのIIIにするのです。

いったん臨時でシャープをつけて、その瞬間だけはラへと半音の架け橋を作ってあげる。かなり強引な策にも見えますが、実際に効果はてきめんです。

VImIIIVIm

これなら長調と戦えるくらいには強い結束力が生まれたぞとなりました。そういうわけでクラシック流でいうとこのIIIVImというのが正格終止と呼ばれ、古典クラシックにおいては常にIIImではなくIIIを使うことが基本型として指定されています。実際の楽曲を聴いてみても…

エリーゼのために:VImIIIVIm

こんな具合で、使われるのはIIImではなくIIIです。案外300年前の人たちもエモさに飢えていたのかもしれませんね。同様にしてVVImという動きもクラシック短調ではあまり用いられず、VImへ至る道筋としてはもっぱらIIIが用いられます。

IIImとVを封印して一律でIIIにするだけでも、そこそこ古典式短調の雰囲気が出ますよ。

このクラシカルな短調のフォーマットはポピュラー音楽でも使われていて、VImIIIの往復でいうと、最近だとCreepy Nutsの『Bling-Bang-Bang-Born』が有名ですね。

『エリーゼのために』とスタイルは全く異なりますが、コード進行の様式は同じというのはなんだか面白いですね。

IIIm→VImはどうなる?

ということで伝統理論では完全にノケモノにされた短調のIIImですが、もちろんポピュラー音楽ではちゃんと活躍していて、IIImVImという解決の動きも頻繁に見られます。

サブリナ・カーペンターの『Espresso』では2-2-3-6のループだけで作られたマイナーキーの“スリーコード”楽曲です。ここにはT機能であるVImに至る着地の動き、緊張感の解放が確かにあるので、これは「解決」の一種であると呼べるでしょう。ただ、このケーデンスに特に名称はついていません。一般的な音楽理論において短調のIIImは本当に亡き者かのようにされていて、ちょっと可哀想なところがあります🥺

短調の変格終止

変格終止はつまるところSTの動きなので、短調ではIImVImの動きがこれにあたります。

VImIImVIm

IVImが3度ズレているので、ようは長調のケーデンスを3度下にズラせば短調のケーデンスに基本的になりますね。だから同様にして、短調での偽終止はIIIIVという動き、そして半終止はIIIで終わる動きとなります。


ピカルディ終止

短調に特有の動きとして、ピカルディ終止Picardy Cadenceと呼ばれる終止の型があります。これはVImの代わりにメジャー化したVIを用いることで、最後をパァッと明るくして終わらせる手法です。

VImIImIIIVI

ちょうど前回クオリティ・チェンジの話でも紹介しましたね。

IVVVImIIImIVVVI

これのクラシック界での正式名称が、ピカルディ終止ということです。ポピュラー音楽でもお馴染みですが、16-17世紀ごろのクラシック音楽でもこの技法は愛用されていました。


こちらはジャコモ・カリッシミ(1605-1674)という作曲家の作品ですが、0:31~のところでIVIImVIという進行が見られます。こうして見るとIIIしかりVIしかり、クオリティ・チェンジで曲をエモくする技法は遥か昔から使われ続けているんですね。

5. 正格vs変格

正格終止(V-I)と変格終止(IV-I)はコントラストをなす存在です。Iに対して強烈に着地するか、ソフトに着地するか。そこで改めて、V-IとIV-Iを含む似たような進行を聴き比べて、再度D機能とS機能の違いを感じてみましょう。

クラシックやジャズでは正格終止に重きが置かれているのに比べて、ロックやレゲエなどでは変格終止もかなり一般的に使われます。特にロックの独特なコード作法についての学術的研究は多くあって、例えば”A corpus analysis of rock harmony“という論文では100曲のロックソングを分析し、なんとIV-Iの方がV-Iよりも多かったと述べています。

なので、くれぐれも正格終止が“正”しい終止で、変格終止が“変”な終止であるなどとは考えないでください。それぞれのジャンルが、それぞれの伝統を持っています。そのうちのどれが正しいかではなく、それぞれがどう違うかを理解することで、ジャンル感のコントロールが意図的にできるようになる。それがソングライターとしては大事なことです。

まとめ

  • 音響の濁りなどが生み出す「緊張」が「緩和」されることを、「解決」といいます。
  • コードのまとまりの終わり部分を指して、これを「ケーデンス」といいます。
  • クラシックやジャズの理論においてはIIImは終止を形成するのに不十分とみなされていて、IIIにすることが推奨されます。
コード編I章 前半はここで終了です。ここから先の後半は「接続系理論」という2コードのコード進行に関する解説が続きます。読み進める前にコード進行を組み立てる実践をある程度行った方が、内容が頭に入りやすいかもしれません。
Continue