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ここまでで、Root〜7thまで全てのシェルの特徴を押さえてきたかのように思えます。しかし、シェルの世界はまだまだこれからです。だって、ここまでずっと基調和音での話しかしていないのですから。

「コード編」の方では、I章でクオリティ・チェンジ、II章で二次ドミナントパラレルマイナーコード、III章でsus4やaugと次々に“新顔”が登場しています。この節では、そういった「基調外和音」のシェルを考えるにあたって注意すべきこと、新しい事項などをチェックしていきます。

1. 自然シェルと変位シェル

基調外和音は、Isus4IV(-5)といった一部を除けば、たいていは臨時記号を伴います

コードに♯♭がつくことを、古典派理論では「変位」という。これは「クオリティ・チェンジ」の時に話しました。メロディの分析をするにあたり、メロがその「臨時記号の音」を取るか否かというのは、すごく重要な観点です。そこで、やっぱりココはきちんと名前をつけておきましょう。
あるシェルが、臨時記号を伴う位置をとっている場合にはそれを変位シェルAltered Shell、そうでない場合は自然シェルNatural Shellと呼ぶことにします。

自然と変位

Isus4におけるファは、確かに「3rdから変化した音」ではありますが、♯♭が付くわけではないので、これを「変位」とは呼びません。
要するに、「メロディの楽譜に臨時記号がついていたらそれは変位シェルである」という、シンプルな話になります。III章で扱った「ブルーノート」「クロマティック・アプローチ」「ハーモニック・マイナー」「メロディック・マイナー」で生じる臨時記号の音も同様に、変位シェルとします1

2. 変位シェルと3rd

さて、メインメロディが変位シェルを取ることの意味は非常に大きくて、必然的にコードが変位しているのを強烈にアピールすることになります。特にコードチェンジの頭やロングトーンといった目立つ箇所でのシェルの取り方はやっぱり重要です。

最も分かりやすいのは「クオリティ・チェンジ」によって3rdを変更している場合で、そういうコード上で変位シェル(つまり3rd)を大々的に取ると、「本来は暗いけど今明るくなってるよ〜」「本来は明るいけど今暗くなってるよ〜」という明暗の変化を強調できるので、かなり分かりやすい曲想表現になります。

和音 変位音 現れるイメージ例
II ファ 元気な明るさ
III 感情のたかぶり
VI 希望を感じる明るさ
IVm 哀愁、切なさ
Vm (何とも言えない)
Im 暗さ

特にVIの和音、次いでIVmIII7の和音において、3rdシェルを取って質の違いをアピールする事例が多く見られるように思います。

こちらその典型例で、一番最後「くれるよ」のところで、VIの変位シェル(=3rd)を取っています。VIはやっぱり、本来「短調のボス」であるところのVImが一変して明るくなるというところに強烈なインパクトがあるので、それをメロでしっかり提示するのは定石なわけですね。特に手前をsus4でタメた場合には、「レ→ド」という流れは最も自然で効果的なメロディといえます。

変位和音たちはみな、その変位によって新たなサウンドキャラクターを獲得するわけですが、変位シェルを取ることでそのキャラクターをより明示することが出来るわけです。

逆に言うと、変化をあまり目立たせずにさりげなく使いたい時には、自然シェルを選んだ方がいいということでもあります。例えばAメロでIII7を使う時には自然シェルでさりげなく、サビでまたIII7を使う時には変位シェル…なんて使い分けることで、効き具合を調節出来るということです!

どのパートが変位シェルを押し出すかで、聞き映えがどう変わるのか、比較をしてみましょう。

❶はメインメロディが変位シェルを取った場合。当然最大級に目立ちます。
❷はバイオリンやシンセリードなど、比較的目立ちやすい「単音の伴奏」が変位シェルを取った場合。これはなかなかバランスの取れた聴かせ方と言えます。
❸はピアノやギターなどのコード楽器が、トップノートに変位シェルを取った場合。和音であるぶん音が混ざりあうので、単音楽器の時ほどは目立ちません。やや控えめな方法と言えます。
❹は誰もトップノートには取らず、コードの内側に変位音を織り込ませたパターン。最も控えめなさりげない装飾と言えます。

❺はメインメロとリードが共に変位シェルを取る形で、これは変位音だけが目立ちすぎ、現実ではまず考えられない配分です。やらない方がいい例、悪い例として載せました。単体比較だと分かりづらいですが、曲の流れの中だとこの違いはなかなか大きなものとして感じられますよ。

ほか、オクターブの高さも聞き映えに大きく影響しますよね。シェル配分というのはどんな時も大事ですが、変位和音の場合は、それをいつもより注意した方がいいということです。
まずは「コードチェンジ頭」「ロングトーン」での使い方を意識し、最終的には音の長さ・高さ・拍の位置・大きさを元に微細なバランスを考えられるようになるとよいです。

3. 変位シェルと7th

例えばパラレルマイナーコードのIVmでは、7thにミを乗せてIVm7になったりしますね。

変位7th

7thも3rdと似ていて、コードの質感に大きく関わっています。変位シェルを取ることは、コードのクオリティを強く前に出すことになります。3rd同様、どのパートが変位7thを担当するのかは、作編曲の際に注意した方がいいですね。

こちらはBメロで、IVからIVm7へと流れるパターンですが、「三角の目を」のところで、変位7thシェルであるミをメロが奏でます。
雰囲気がガラッとパラレルマイナーの方面に傾いて、ベースはIV度から動いていないのに展開が大きく感じられて、非常に効果的な使い方です。このパートはもうこの変位シェルのインパクトひとつで成り立っているという感じですね。それくらい強い効果を持っているということです。

4. 変位シェルとRoot

一方で♭III♭VI♭VII、またIII章で学んだ必殺技♯IVø7なんかは、コードのルート自体が変位しています
こうした場合、メロが小節頭やロングトーンで変位したRoot Shellを取るというパターンは、(コードにもよりますが)わりと稀であるはずです。特に♯IVø7でメロがRootを取っているのは見たことがありません。

変位したRoot

別にこれが従来の理論で禁則だとかいうことはないのですが、作曲する人たちが魅力的なメロディを追求していくと、自ずとこの音選びは除外されやすいという感じがします。

「ベースが変位した音を弾いている」という時点でもう十分に変位はアピール出来ているし、Root Shellはそもそも彩りに欠ける…といった要因が重なって、あまり選ばれないのだと思います。

ロック調とRoot Shell

ただ♭III♭VI♭VIIは、「ロック的な使い方」という側面を持っていましたよね。曲がロック系の方向性であれば、「ベースとユニゾンするストレートなRoot Shellがカッコいいぜ!」という時もあり、そういう音楽でなら「目立つところでの変位Root」の実例は普通に見つけることができます。

こちらがその例で、「リクストちゅう」のところで♭VIのRoot Shellが発生しています。全体的にストレートな曲調なので、せっかく♭VIを使ったんならメロでもそこを歌おうという、ある種のバカっぽさがこの曲の魅力でもあります。

この「変位したルートをとる」という行為は、II章で述べたRoot Shellの特質をしっかり理解したうえで使うのが望ましいです。

5. 変位シェルと5th

5thが変化するのは2種類のタイプがあって、ひとつは♭III♭VIのように、ルートが動いた結果として5thも変位シェルになった、ただ度数としては“無色透明”の完全5度になっているというタイプ。
この場合は、ルートとは別の変位音を押すということで、その音のキャラクターの面白さが楽しめる利点があります。また3rdと違って「目立ちすぎる」という事態も起きにくい。「普通に使える」という感じで、取り立てて意識することはないかと思います。

変位5th

もうひとつのタイプはIaugIIIø7のように、「シャープファイヴ」「フラットファイヴ」によって音が変位シェルになった場合です。

変位5th TypeB

こうした音はかなり特徴的で主張が強いですから、使うならその刺激の強さを理解したうえで使う必要があります。歌モノではどちらかというと、背後でコッソリ鳴らすに留めてメロディでは他の音を取ったほうが、よいバランスに収まることが多いかと思います。


今回はかなり「編曲」の分野に突っ込んだ内容にもなりました。「シェル」という概念の本質は、音がコードに対して何度の位置を取るのか意識すること。入り口としてはメロディの理論でしたが、伴奏もいわばサブ・メロディなのだから、シェルをよく理解することは、美しい編曲への確実な成長の道と言えます。

まとめ

  • メロディが、臨時記号を必要とする位置をとった時、それを「変位シェル」と呼びます。
  • 3rdや7thの変位シェルを取ることは、変位和音の効果を強調することに繋がります。
  • Rootの変位シェルを取ることは、響きが乏しくなりがちで、あまり使われません。
  • どのパートがどのように変位音を弾くかで、変位の強調度合いをコントロールすることができます。
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