目次
「スラッシュコード」の最終回です。最後は少し変わった用法で、やや近代的な毛色のあるテクニックを紹介します。
1. ハイブリッドコードとは
さて、スラッシュコードの初回に解説したのは、コードの構成音の(Root以外の)どれかを低音部に据える「転回形」というものでした。
最後に解説するのは、これとは正反対のパターン、つまり構成音のどれでもない音をベースに据える方法です。
このように、ウワモノのコードトーンとは別の独立したベースによって支えられるスラッシュコードのことを、ハイブリッド・コードHybrid Chordと呼びます1。一体どんな意図を持ってウワモノとベースを分離させるのかを見ていきましょう。
2. ハイブリッドコードの効果
ハイブリッドコードは、いってみれば2種類のコード感の掛け合わせです。「転回形」はベースがルート音以外を弾くとはいえ、コードトーンの一部を弾くわけだから、全体としてひとつのまとまりというのがあります。ハイブリッドコードはよりウワモノとベースの独立性が高く、それぞれが異なるコードを演出するような独特の深みを生みます。
3,4小節目がハイブリッドコードです。3小節目は、ベースがVで盛り上げようとしている。なのに、上に乗っかるシンセはIIm7を弾いていて、高揚感を抑制しています。
4小節目も、ベースはVIの音で、着地する気満々です。しかしシンセが今度はVに行ってしまう。その結果、着地したようなしていないような、何ともいえない曲想に仕上がっています。この手法はなかなか優れもので、複雑な響きを簡単に得ることができます。特にIIm7/Vやそれに類似したIV/Vは、ファンクやダンスミュージックといったジャンルでの定番のひとつ。
比較実験として、逆に上のシンセをベースにキッチリ揃えてしまったパターンも聴いてみましょうか。
- IVΔ7IIIm7VVIm
ドミナント感、トニック感が出過ぎていて、さっきより面白くなくない、ワクワク感が減っていると思います。ですからハイブリッドコードを利用することで、より繊細なコードの色彩表現が可能になります。
実例
Kool & the Gangの『Celebration』はファンクでのハイブリッドコードの実践が分かりやすい一例。序盤からペダルポイントの活用が見られますが、それはもう終わった話なのでさておいて、1:29~のブリッジパートにご注目。
途中でE♭/FとD♭/E♭という2つのスラッシュコードがあります。キーはA♭ですから、ローマ数字分析するとそれぞれV/VIとIV/Vで、どちらも上で紹介した典型的なハイブリッドコードです。
V/VIの方は、Vsus4とかなり似た感じで、VImへ解決するのをワンテンポ遅らせるような役目を果たしていますね。IV/VはVのよりソフトな変形版といった印象。ポイントは、メロディ(“world, come on!”)がドの音をとっているところです。もしこれで普通にVのコードを使ってしまうと、コード構成音のシにメロが半音上からかぶさる形になり、かなり強い濁りが生まれてしまいます。そこでハイブリッドコードにすることにより、そのような不協和の発生を回避しているわけです。このようにメロディ優先で編曲を考えていて「メロディはド、ベースはVがいい」というところまで固まった場合に、IV/VやIIm7/Vは最適な選択となります。
おそらく最も有名なファンク楽曲かもしれない、Earth, Wind & Fireの『September』です。簡素な基調和音での進行が続いたあと、Gmaj9/A(=♭VIImaj9/I)というスリリングなコードが登場します。”maj9″はまだ紹介できていない応用的なコードタイプですね。楽譜で表すとこうです。
簡略化すると♭VII/Iというコードで、これはパラレルマイナーコードの一種と見れます。♭VIIと言えば独特の浮遊感が魅力ですが、ベースが地に足ついたIをとることで、本当に安定と不安定の狭間にある不思議なサウンドが生まれています。
ベースがドで、アッパーにシ♭という点を踏まえると、このコードは二次ドミナントのI7に若干キャラクターの似たところがあります。
実際に、このコードをI7と同じく下属調からの借用と捉えることもできます。それが後続のIVΔ7へと自然に繋がる要因でもあるでしょう。このようにファンクではさまざまなハイブリッドコードを用いることで、耳に複雑すぎず、聴き心地がいいけどもしかし単純ではなく大人っぽいという特有の雰囲気を作り出しているわけです。
偶発的ハイブリッド
なお、「ベースがウワモノと全然関係ない音を弾く」というパターンそれ自体は、ベースが気ままに動いていれば偶発的にいくらでも起こります。
こちら、ウワモノはゆったり1-6-4-5を形成しているかたわら、ベースはスルスルと下行してカノン進行のようなことをしている様子。そうすると、ウワモノはIなのにベースはVII度に行くというようなすれ違いが発生します。
これ自体は何も悪いことではなく、2つのコード進行の中間を狙うような表現として成立しています。ウワモノとベースのズレによって強い濁りが起きている箇所もあるのですが、案外そういうのは文脈のパワーで受け入れられたりします。ただこういうベースの経過的な動きの中で偶発的に生じたものはあまり取り立てて「ハイブリッドコード」とは呼ばず、先ほどの例のようにもっと意図的にコード感が混成されているものをそう呼びます。
3. ハイブリッドコードの必要条件
ハイブリッドコードのポイントは「ウワモノとベースの分離・独立」なわけですが、二者がきちんと分離して感じられるためには要件があります。例えば普通にド・ミ・ソ・シとお団子がさねをして、それを「ハイブリッドコードです」と主張するのは無理があります。
これはどう見ても単なるCΔ7です。仮にウワモノがドを一切弾かなかったとしても、それは編曲上の役割分担として十分考えられるレベルの話であって、「ベースとウワモノの分離」というほどの断絶感は生じません。これをIIIm/Iなどと解釈するのは不自然でしょう。
では何が分離のカギになってくるかというと、ベースからみて3rdの音がいるかいないかです。上の例でいえば、ベースのドに対して3rdとなるミがいる。これだけでもう、Iとしてのまとまりを感じさせるには十分なわけです。だからこれを抜いてあげると……
これは十分に、ハイブリッドコードと呼べます。3rdの音というのはコードのメジャー/マイナーを決定する因子であるばかりでなく、このようにベースとウワモノを繋ぎとめる存在でもあるのです2。
ハイブリッドコードを作る
これは逆に言うと、「イイ感じに鳴っているコードの3rdを抜けば、イイ感じのハイブリッドコードが作れる」ということでもあります。
こちらは4-3-6-1系のおなじみの進行に、色々と“濁りの付加”を施したもの。これから抜く前提で足したので、ちょっとゴチャゴチャしてますね。ここから各コードの3rdを抜くことで、上下の分離を試みます……
こうなりました! はじめは音の密度が薄く感じられるかもしれませんが、聴いているうちに独特の分離感がクセになってくるような、そういうタイプの魅力があります。今回は4つともハイブリッド化した極端な例でしたが、ここぞという所でこのようなハイブリッドコードを差し込むと効果的だと思います。
まとめ
- ウワモノの構成音にない独立した音を低音部が担当する形を、「ハイブリッド・コード」といいます。
- ハイブリッドコードは、コードのサウンドが掛け合わされたような複雑なサウンドを生みます。
- ベースに対する3rdを欠損させることで、ベースとウワモノの分離感を確保することができます。