目次
3. 周期のずれないポリリズム
ポリリズムは、ここまで説明してきたように「フレーズ周期のずれ」を利用して、シンプルなフレーズを複雑にふくらませるのが基本です。しかしそうではなく、同じ拍子のフレームの中で複数のリズムを作り出す方法があって、そのひとつがサブディビジョンをパートによって変える方法です。
「サブディビジョン」は「シャッフルビート」の話の時に紹介しました。拍子や拍をいかに分割するかを指す言葉でしたね。普通は2の倍数でドンドン分割していくけど・・・
これに対してシャッフルビートは拍を3つに区切って2:1に配分するのでした。
分割が違うため、拍子もテンポも一緒なのにノリは別物に聞こえるのが面白いねという話でした。ここで、「拍子もテンポも一緒なわけだから、一度に両方のリズムを奏でたら面白くなるんじゃない?」という発想が当然芽生えます…。
2分割と3分割の複合
この「2分割と3分割の複合」を大々的に実施した近代クラシック時代の名曲があって、それがラヴェルの「ボレロ」です。
こちら、メロディを奏でるパートは基本的にみなスクエアなリズム、拍を2分割するサブディビジョンを基盤にフレーズが作られています。
これに対し、スネアドラムは「タカタ・タカタ」という拍を3分割するサブディビジョンを基盤に演奏されています。
実は分割方法が異なっているんですね。実際にはこれがいっぺんに演奏されているのですから、複数のリズムが混在することになります。
こうやってハイハットでリズムの輪郭を表に出すと、リズムが混在していることが分かりやすいのではと思います。これは「複数の拍子が交ざるポリリズム」とは種類の異なる、「複数のサブディビジョンが交わるポリリズム」です。
どちらも「6拍」である点では同一ですが、その1拍という箱を2分割するか3分割するかで異なっているわけですね。
ポピュラー音楽での例
björkの『hunter』はこの“ボレロ式”のポリリズムが応用された例です。冒頭しばらくは普通に4の倍数のサブディビジョンで演奏されるのですが、1:17から入ってくるスタッカート・ストリングスがかなり「ボレロ」を意識したような3分割のフレーズを奏でています。サブディビジョンの異なるストリングスは異物感があり、緊張感を高めるのに貢献している感じがしますね。
民族音楽とポリリズム
こんな風にパート間でサブディビジョンの異なる演奏をする音楽は民族音楽に散見されて、特にアフリカの音楽がそのリズムの複雑性で有名です。
こちらの講義なんか音源と解説とがあって分かりやすいかと思います。
3/4拍子と6/8拍子の複合
もうひとつの定番パターンとして、「3/4拍子と6/8拍子を合体させる」というものがあります。この2つの拍子はやはり「小節のサブディビジョンが異なる」関係にあって、ひとつの周期の中で異なるリズムを生み出すことができる関係にあるのです。
こんな風に6カウントで1周期のサイクルがあったとして、6カウントを3分割すると3/4拍子ができます。
いわゆる「ズン・チャ・チャ」のリズムです。
しかしもし6カウントを2分割すると、6/8拍子になります。
強いてカタカナで表すなら「ズッツ・タカタ」という感じでしょうか。2つのリズムを縦に並べて比較するとこうなります。
どちらも6カウントである点では同じですが、それをどうまとめるかが異なる。拍子が異なっているわけなので、これもポリリズムの一種と言えます。
こちらはネパールの民族音楽。0:31からハッキリしたリズムパターンが始まりますが、マレットのような楽器が「ズン・チャッ・チャ」という3/4らしいリズムを刻む一方、笛など他の楽器は6/8を思わせる「タカタ・タカタ」の枠組みに沿ってフレーズが作られています。
周期こそ一緒だけれどもアクセント構造の異なるフレーズが合わさることで、独特な複雑性が生まれています。
ポピュラー音楽での例
ゲーム「聖剣伝説3」のBGMのひとつ「Can You Fly Sister?」にて、このタイプのポリリズムが用いられています。序盤は6/8が基盤で、ときおり3/4風のフレーズが入る程度。このズンチャズンチャしたノリは「シャッフルビート」とかなり近似したものがあります。
しかし1:20から変化が起こります。左側でゆったりと鳴っている笛のメロディが完全に3/4拍子の割り方をしているのです。
完全に「ズン・チャ・チャ」のリズム感に沿っていますね。そんな中でも右側のマリンバはあいかわらず6/8拍子のリズムを続けていますから、ここにポリリズムが発生します。
冒頭のビートと、中盤の笛。それぞれ独立して聴くと全然違うリズムに聴こえますが、この2つは同じ枠の中に収まることが出来る親近性を持っているのです。
ですからメインパートはシャッフルで“飛行系乗り物”のワクワク感・推進力を表現しつつも、中盤ではワルツを思わす3拍子でファンタジー感を盛り込んでいるわけです。単なる技巧のための技巧ではなく、表現すべきテーマに合わせて使われているという点で、非常に理想的な活用例と言えます。
いくつかの用語について
このようにポリリズムは様々な種類があるので、それに合わせたいくつかの特別な呼称も存在します。
- ポリメーター(Polymeter)
複数の拍子が複合するタイプのポリリズムだけを指す言葉 - クロスリズム(Cross-Rhythm)
サブディビジョンが異なるタイプのポリリズムだけを指す言葉
ただ、中には「クロスリズム」を異なる意味で使う人がいたり、「ポリリズム」は「クロスリズム」の方だけを指す語であるという見解をとる人もいたりして、意味にはブレがあります。だから「ポリリズム」を広義で用いる人と狭義で用いる人とで意見のぶつかり合いが起きたりもする。言葉というのは流動的なものなので、仕方ありません。このあたりは音に関係ないラベリングの問題にすぎないので、あまりこだわりすぎないのがよいでしょう。
ポリリズムの肝は「シンプルなのに複雑」に聞かせられること。「ノリはいいけど奇妙」とか「キャッチーだけど不思議」とか、なかなか達成しがたい目標があるときには使ってみるといいかもしれません。
まとめ
- 複数のリズムが同時に存在する状態を「ポリリズム」といいます。
- 基本的にはそれぞれのリズムが分かりやすいフレーズを反復し、その周期のずれによる規則的かつ不規則な曲想の変化を楽しむためのものです。
- 周期をずらさずリズムの分割や強拍位置の違いでポリリズムを作るパターンも存在します。