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本節はまず音源を聴くところから始めましょう。以下2つの音源、リズミカルに感じられるのはどちらですか?

たいていの人は、上の音源の方がリズミカルだと感じるはずです。下の音源は、なんだかだらしなかったり、物足りなかったり感じるところがあります(違いが分からないという人も、このセクションを読み通してからもう一度聴けばきっと分かります)。

それでは、2つの音源の違いは何なのでしょう? 演奏内容は全く同じです。楽器編成も、音を鳴らすタイミングも、アクセントの位置も全く同じです。

「音を鳴らす強さ」じゃないかと思った人は、少し正解です。ハイハットを叩く強さがほんの僅かに違う時がありますね。でもそれを除けば音の強さも全く一緒ですし、それが今回の主旨ではありません。

1. エンヴェロープとは

この演奏の違いを説明するにあたって重要になる言葉が、「エンヴェロープ(Envelope)」です。エンヴェロープとは、簡単に言うと、「楽器を鳴らしたときの音量の変化をカーブで表したもの」です。

サンプル

これは曲単位の話ではなく、音の一音一音の話です。楽器を一回鳴らした時の音量の変化を説明するための言葉が、エンヴェロープなのです。

エンヴェロープの例

たとえばゴーンという鐘の音の場合、その音量変化をカーブにすると、だいたいこんな感じになるでしょう。

音を鳴らす瞬間に▲の矢印をつけました。最初にガツンと鳴って、その後しばらくゴーンという鳴りが減衰しながら続くので、こういうすべり台みたいな形になる。

あるいはオルガンなら、鍵盤を叩いてから離すまで、ずっと一定の音量で鳴るので、特徴的な形になります。

鍵盤から指を離す瞬間に、▼の矢印をつけました。鍵盤を離すと音量も一気にゼロになるので、こういう長方形の形になります。
モノによっては、後ろの方で音量のマックスを迎えるものもあります。サウンドエフェクトなんかではよくそういったものがありますね。

ゆっくり音量が上がり、マックスを迎えて、シンセが鳴り終わった後のリバーブも考慮に入れると、こんな形になります。

こうした楽器の音量変化というのは、音色作りや編曲、ミキシングにおいて極めて重要なものです。便宜上このリズム編で紹介してはいますが、作曲のあらゆる場面に繋がる重要なコンセプトです!

特にシンセサイザーの世界ではエンヴェロープという言葉は馴染み深いものです。というのも、シンセでは音量変化も含めて自分の好きなように音を作り込むからです。一般的なシンセでは音量変化を4つの箇所に分けてコントロールするので、それにならって解説をしていきます。

2. アタック(Attack)

まず、「楽器が鳴らされてから音量がマックスに達するまでの時間」のことを、「アタック」といいます。先ほどの例でいうと、ベルやオルガンは鳴らした瞬間がマックスですから、アタックは「0秒」であり、最も速いアタックであるといえます。

それに対し、3つめのサウンドエフェクトは、マックスに達するまでけっこうな時間がありました。その時間が、“アタックの時間”です。

こういう場合、この音は“アタックが遅い”といいます。撥弦楽器(ギターなど)や打楽器は基本的に鳴らした瞬間がマックス、つまりアタックはゼロであることがほとんどですが、擦弦楽器(ヴァイオリンなど)や管楽器は、アタック時間をかなり自由にコントロールできますね。

息の使い方で自由自在。打ち込みで音楽を作る際には、こういった“アタック感”へのこだわりが楽曲の質を高めます。

3. リリース(Release)

オルガンは鍵盤から指を離した瞬間に音が途切れますが、鐘は叩いた後もしばらく音が鳴り響きます。このように、「演奏を終えてから音が消えるまでの時間」のことを、「リリース」といいます。

鐘は極めてリリースが長い楽器の例です。リリースの長さは楽器によって様々で、それが音色の個性のひとつでもあります。

順にマリンバ、シロフォン、ビブラフォンの演奏ですが、マリンバとシロフォンはリリースが短めで、対するビブラフォンはかなり長めです。

4. サステイン(Sustain)

鐘のような打楽器は、一度叩いたらそれで終わりですが、オルガンのような鍵盤楽器では、「鍵盤を押さえる→鍵盤を離す」という2段階の動作で演奏が完了します。管楽器も、「吹く→止める」の2段階だ。この、「音を伸ばしている間の音量」のことを、「サステイン」といいます。

オルガンは、最初の「アタック」の時からずっと音量が変わりませんから、オルガンのサステインはマックス、100%ということになります。これは割と珍しいタイプで、管楽器なんかであればやっぱり、息を吹き込むアタックの瞬間と比べると、伸ばしている間は音量が落ちるのが基本です。ずっと全力で吹いてたら、息切れしちゃいますからね。

こちらは勢いよく吹いてから少し音量が小さくなるトランペットの例。この場合、サステインがやや小さくなっているということです。
ピアノも、サステインペダルを踏めば音を持続させられるので、その際には似たようなエンヴェロープを描きます。

やはり叩いた瞬間の音量と比べるとサステイン音量は若干落ちますね。100%のサステインを容易に保てる楽器は、オルガンの他にはヴァイオリンなどの擦弦楽器か、シンセサイザーといったところでしょう。

ちなみに打楽器では、「吹き続ける」「押さえ続ける」というような動作が不可能なので、サステインは基本的に存在しません。

5. ディケイ(Decay)

「アタック」から音量が落ちて「サステイン」状態に入るわけですが、そこに至るまでの時間はまた演奏によって様々です。

たとえば楽譜に“フォルテピアノ(強く・ただちに弱く)”と指示があれば、音量はただちに落ちますし・・・

逆に長い時間をかけてちょっとずつ音量が落ちていく場合もある。

この「音量マックスの瞬間から、サステイン状態に至るまでの減衰時間」のことを、「ディケイ(Decay)」といいます。

つまり、“フォルテピアノ”の演奏は、“ディケイが短い”という説明になります。

それに対して、ゆっくりと音量が減衰する演奏は、“ディケイが長い”ということです。

「ディケイ」は「リリース」と同じく音の減衰スピードに関する言葉ですが、ディケイが「演奏行為をしている間の音の減衰」であるのに対しリリースは「演奏行為を終えた後の音の減衰」であるという点が異なります。

理論モデルと現実

ADSRは元来シンセの音作りという目的のために、音量変化を4つのパラメータに落とし込んだものです。現実の楽器演奏においては、この単純な言葉だけでは割りきれない部分もあります。

例えば撥弦楽器や打弦楽器は、一生懸命音を伸ばそうとしても、ちょっとずつ減衰はしていきます。

ピアノには「サステイン・ペダル」という名前の、踏んでいれば鍵盤を離しても音を伸ばしてくれるペダルがありますが、そのペダルを踏んでいても、楽器の構造原理的に必ず音は減衰します。
でも感覚論で言えば、コレくらい長く伸ばせているのなら、ちょっと音量が下り坂になっていても「サステイン」のフェーズに入っていると捉えるのが普通でしょう。「サステイン・ペダル」という名前も嘘になってしまいますね。

他にも例えばシンバルの場合、叩いた後の「シャーン」という鳴りは、叩き終わった後なので「リリース」の時間と言ってよさそうですが・・・

でもこうして演奏者の説明を聞くと、叩いた後の動かし方も立派な「演奏」の一部だし、身体にシンバルをあてて鳴動を止めた瞬間が「演奏の終わり」とも言えます。そうなると、「シャーン」部分は「ディケイ」という感じもします。

あくまでもシンセ向けに用意された分類概念なので、こうして他楽器に当てはめる場合にはあまり細かくは考えすぎないのがよいでしょう。

6. ADSR

さて、大事な言葉はここでひととおり説明を終えました。改めて時間軸順に言葉をまとめると、

  • 弾き始めから最大音量を迎えるまでの時間が「アタック
  • そこから一定音量を持続する状態に変わるまでの時間が「ディケイ
  • ディケイが終わったあとに保たれる一定の音量が「サステイン
  • 演奏者が演奏行為を終了した後、楽器自身の鳴動や残響が減衰していく時間が「リリース

となります。サステインだけは、「時間」ではなく「音量」を指すという点は要注意1。 この4つは、それぞれの頭文字を並べて「ADSR」と呼ばれます。

ADSR

この4つがエンヴェロープの基本となります。

シンセサイザーとADSR

先述のとおり、多くのシンセサイザーではこのADSRという4つのパラメータをコントロールして様々な音色を作ります。シンセでは、生楽器ではありえないような音量変化も描くことができます。

こちらは、「アタックはめっちゃ遅いのに、リリースが短くて一瞬で音が消える」というADSRのシンセサウンド。こんな極端なエンヴェロープは、アコースティック楽器ではなかなかありません。

今度は、「ディケイが短く、すぐに音が消えるかと思いきやサステインがちょっとだけ残る」というADSR。撥弦楽器に近いですが、やはりここまで極端なカーブはシンセ以外ではなかなかないでしょう。


さて、それではいよいよ冒頭の演奏の比較に入っていきたいのですが、既にけっこうな文量なので、いったんここで区切ることにしましょう。

まとめ

  • 音量の時間的変化をカーブで表したものを、「エンヴェロープ」といいます。
  • エンヴェロープは、アタック・ディケイ・サステイン・リリースの4段階に分けて考えるものが最も一般的です。
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