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1.

まずは、リズムの基本的な概念の確認から始めましょう。そもそもリズム構造の最も基本的な枠組みは、私たちのカウント感覚にあります。

指揮棒の振り、足踏み、手拍子、メトロノーム、あるいは踏切のカンカンという音……。それが何であれ、一定のペースでカウントが重ねられていくのを人間が認知したとき、そこにはリズムの枠組みが生じます。たとえば静かな部屋でひっそりとベッドに横たわっているとき、身体の内側からトンットンッと重たいキックのループが聴こえてきます──そう、あなたの心拍です。心臓の鼓動の刻みは、心拍と呼ばれる。同じように音楽理論では、リズムの骨組みを形作るカウントのひとつひとつのことを、Beatと呼びます。

2. 拍子

拍を数えるとき、我々はふつう無限に数字を増やしてはいかないですね。上のGIF画像でもそうだったように、「1,2,3,4, 1,2,3,4」といった具合で、一定のカウント数でひとまとまりとみなして、それをループさせます。

拍のまとまり構造:1,2,3,4で一つのブロックをなす。

この拍のまとまりの構造、組織のことを拍子Meterといいます。4拍でワンブロックを成す音楽もあれば、3拍でワンブロックを成す音楽もある。「拍子」というのは、そういったリズム構造の種類を表す言葉だと考えてください。
拍を何個でひとまとまりにするかは、リズムパターン次第でいくらでも選択可能です。しかしポピュラー音楽の世界では、4拍でひとまとまりを作るスタイルが圧倒的に主流です。

四拍子

特にロック、ヒップホップ、テクノ、ダンスミュージックといったジャンルでは、かなり多くの割合の楽曲がこの拍子になっていると思います。4拍で1ブロックをなす拍子のことを、四拍子と呼びます。

三拍子

もうひとつ比較的よく使われる拍子が、3拍で1ブロックを構成する三拍子です。

三拍子の場合、当然ながら指揮者は「1,2,3」と数えることになりますね。

クラシック音楽における三拍子

クラシック音楽では、三拍子といえばワルツという形式がおなじみです。

すべて「1,2,3」というリズムの枠組みに従ってますね。あえて平易な擬音語で言うなら「ズンチャッチャ」のリズムで、これが三拍子をイメージするとき最も典型的なスタイルのひとつでしょう。

民族音楽における三拍子

もちろん、視野をクラシック以外にも広げれば、三拍子はさまざまな民族の伝統音楽でも発見することができます。

特にアフリカでは三拍子や、周期をさらに倍にした「六拍子」のリズムがよく見られます。

ポピュラー音楽における三拍子

また四拍子ほどポピュラーではないものの、三拍子はポピュラー音楽にも使われています。フォーク系のジャンルでは民族的なニュアンスを演出するために用いられることが多いほか、特にスローなバラードにはぴったり合います。

中にはクラシックのワルツ風に意図的にスタイルを寄せた曲や、特にジャンルの文脈的な参照というわけでなくふつうに三拍子を採用している曲もあります。

特に映画やゲームのBGM制作なんかにおいては、三拍子で作られる民族音楽やワルツのスタイルを知っておくと作曲の幅が広がります。

ちなみに四拍子・三拍子は略称であり、正式な名前はそれぞれ「4/4拍子」「3/4拍子」といいます。もともとは分数表記のところを、普段は略して分子の方だけ読んでいるんですね。平常時は略称でも十分通じますので、こうした本格的なところについてはII章に進んでから解説していきたいと思います。

変拍子

ポピュラー音楽において最も使用頻度の多い拍子は間違いなく「四拍子」でしょう。次いで「三拍子」の系統。それ以外の拍子はなかなか前衛的で、非大衆的なリズムになります。

こちらは「七拍子」でフレーズを作ってみた例です。ちょっと特殊な感じがしますよね。四拍子・三拍子系以外の拍子を総称して変拍子Irregular Metersと呼びます。特にプログレッシブ・ロックやジャズなどの技巧的なジャンルで用いられるもので、なかなか応用レベルの技術なので、これについてもII章で取り扱うことになります。

小節

こんな風に、楽曲は通常4カウントや3カウントといったまとまりを構成してループ構造を築いていきます。その1ループぶん、1ブロックぶんのことを小節Bar/Measureといいます。

Bar

拍、小節、拍子の3つは、リズムの組織構造における三本柱のようなものです。たとえばビートが1個の卵🥚なら、小節というのはその卵を収めるひとつの卵パック。そしてそのパックの形状を表すのが拍子……そんな関係性です。卵のパックに6個入りや10個入りがあるように、音楽にも4拍入りの小節や3拍入りの小節など色々なバリエーションがあるわけです。

(Beat)
音楽における時間の流れを等間隔に区切る、最も基本的なリズムの時間的単位1
拍子 (Meter)
拍の連なりをアクセントなどの周期性をもとにして等間隔にグループ化し、より大きなまとまりのループとみなして音楽のリズムを整理する、リズム組織の概念的枠組み2
小節 (Bar/Measure)
拍子に基づいてグループ化された拍のまとまりの1ブロック。

ちょっとこうして定義文にすると堅苦しいですが……でも本質的には難しい話ではなく、上でみたように、指揮棒や足踏みのカウントひとつひとつが「拍」、そのまとまりが「小節」となり、その1小節に収まる拍の数やアクセントに応じて「拍子」の種類が定まるということです。

3. BPM

日常で「ビート」というとそれはドラムのフレーズを指したり、ヒップホップの世界ではバックトラック全体を指してそう呼んだりしますね。でも本来的な意味としては、ビートという英単語はこの「拍」という言葉と対応しています。心臓の鼓動をHeartbeatと言うように、リズムのカウントひとつひとつがビートです。

そしてそこから生まれた用語が、BPM(Beats Per Minute)です。“Beats Per Minute”は「1分間に拍を何回刻むか」という意味ですね。拍を刻む回数が多い=テンポが速いということですから、つまるところBPMはテンポの速い遅いを表すモノサシとして使われる、いわば単位のようなものです。

BPM=60

では実際にBPMの数値がいくつだったら、テンポはどれくらいの速さになるでしょうか?「1分」単位が基準になっていますから、最も分かりやすいのはBPM=60でしょう。1分間に60回カウントするのだから、1秒に1カウント。それがBPM=60の速さになります。

相当スロウですね。まあ時計の針のチクタクというのは音楽の感覚で言えばだいぶノンビリしていますから、それに合わせてカウントしたらこうなるのは当然の結果です。ゆったりなバラードでもここまで遅い曲はなかなか珍しいかと思います。

BPM=120

そこで、ポピュラー音楽の標準的テンポと言えるのが、これを倍にしたBPM=120です。1秒に2カウントする速さということですね。

ポップス、ロック、ダンス音楽などでよく聴くテンポ感になりました。中庸な速さで、かつ「2拍で1秒」という分かりやすさもあってか、多くのDAWでこのBPM=120がデフォルトのテンポとなっています。

BPM=180

これをさらに1.5倍すると、BPM=180となり、これはかなりのアップテンポに感じます。

実際に曲のスピード感がどう感じられるかはドラムのフレーズをどう叩くかによってもまた変わってくるのですが、まずこのBPMが曲のテンポの基本指標です。BPMの数値と時間の関係が分かっていると、曲の秒数を計算することができるようになるので、例えばCM曲やアニメのオープニング曲など時間が決まっている音楽制作でうまく計画を立てて時間調節をすることも可能になります。

東京事変の「能動的三分間」は3分のタイマーがカウントダウンするのを表示しながら3分ぴったりで演奏するパフォーマンスでお馴染みですが、この曲がBPM=120で作られているのは重要なポイントです。BPM=120なら1秒で2カウント、2秒で1小節と綺麗な数字になるので、90小節の曲にすればピッタリ3分の長さにできる…という計算のもと作曲がなされているわけです。

テンポの二重性

というわけでリズム理論はその根幹中の根幹である「拍」という概念を私たち人間の“まとまり感覚”に依存しています。それゆえ、PMの解釈には個人差が生じることがあります。

トラップの場合

それが最も顕著に現れるのは、2010年代に急速に普及したトラップミュージックのリズムパターンです。

上の例は典型的なトラップのリズムパターンなのですが……お聞きのとおり、カウントの仕方が2とおり考えられることがわかります。速くカウントすればBPM=140、遅くカウントすればBPM=70、どちらが正しいのでしょうか?……これについてはどちらが正解などと考えること自体不毛で、むしろ「テンポに二重性があるのだ」と考える方が建設的でしょう。極端にゆっくりしたキックとスネアはBPM=70をかたどっていて、一方で超高速なハイハットはBPM=140を思わせる。この二重構造によって、トラップは「重厚感」と「疾走感」を同時に持つ、独特の魅力を生み出しているわけです。

カントリーの場合

実はトラップ以外にも、テンポの二重性を特徴に持つジャンルはあります。そのひとつがカントリーミュージックです。

このカントリーの典型的なリズムも、速くカウントすればBPM=200、遅くカウントすればBPM=100と、両方の捉え方が可能です。 カントリーミュージックに陽気さと穏やかさの両方の雰囲気がどことなく同居している要因のひとつとして、このテンポの二重性があると見てもよいでしょう。

レゲエの場合

他にはレゲエもまた、BPMに二重性を持つジャンルのひとつです。

こちらの場合、BPM=150として速く捉えることもできれば、BPM=75として遅く捉えることもできます。 そのため、リズムパターンの説明の仕方も人によって異なってしまい、たとえば「レゲエドラムは3拍目を強調する」と言う人もいれば、「2拍目と4拍目を強調する」と説明する人もいます。

BPMの解釈をひとつに定められないというのは、人によってはリズム理論の“欠陥”と映るかもしれません。でも実際にはむしろこれは、理論によってテンポの多重構造を見抜くことができたと、ポジティブに捉えるべきできごとです。上で挙げた3つのサンプルはいずれも、速いフレーズと遅いフレーズを重ね合わせることで魅力的なリズムアンサンブルが生まれていますね。こういうところにポピュラー音楽の面白さが潜んでいるわけなのです。

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