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これまで、リズムのアクセント構造についていくつか見てきました。枠組み上は重みの低い「弱拍」を強調するバックビートは、クラシックとは異なるグルーヴを生み出す。首や手の振り上げ動作に対応する「裏拍」を強調するアップビート系リズムは、軽快さや浮上感を主張できる。

弱拍を強調するバックビート
裏拍を強調するアップビート

このオフビートへのアクセントを、今回はさらに色々と研究していきます。

1. キックのオフビート表現

まずはキックの打点について考えてみます。

こんなふうに、1・3拍目にコンスタントにキックが鳴る状態が、拍子の強拍の位置をていねいに伝えてあげているわけですから、もっとも安定的な構造といえます。ここからまず1/8グリッド単位で打点をずらして、ビートパターンを複雑化させてみることにします……

キックの1/8ずらし

こんな感じです。オフビートへと打点をずらすことが、結果として「前のめり」や「タメ」のような表現となって、リズムに少しユニークさが出てきました。さらに、1/16グリッドのオフビート(=16分のウラ)の打点も加えてみると……

キックの1/8&1/16ずらし

だいぶスリリングになってきました!✨ キックとスネアの打点が近づくことで生じる躍動感だったり、意外なところに打点が来るドッキリ感などが立ち現れてきています。

実際の例

ポピュラー音楽において、8分のウラにアクセントが来ることはもはや日常茶飯事で、取り立てるほどの話でもありません。しかし16分ウラとなってくると、パターンの作り方次第では、印象深くて曲のアイデンティティと言えるようなリズムパターンにもなり得ます。

ロックドラムの場合

レッド・ツェッペリンの『移民の歌』は、16分のシンコペーションが印象的な一曲。スネアを打った直後、16分ウラにキックが来る「ダドンッ」というリズムが面白くて、それがこの曲を象徴する存在となっています。

The pattern of Immigrant Song

ドラムのリズムパターンは、よっぽど複雑でユニークな構造をしていない限り、著作物とは認められません。しかしロック界でこの「ドンドドダドンタ」というビートを刻んだら即刻この曲のパロディだと言われてしまうくらいには、このドラミングは有名です。たった1打のオフビートが、曲のアイコンになる。そんな奥深さがリズムの世界にはあります。

電子ドラムの場合

電子ドラムでも同じように、16分の裏にアクセントを置くリズムが曲を象徴することがあります。

こちらはアンビエント・ハウスというジャンルを代表する一曲、808 Stateの『Pacific』です。単純な4つ打ちかと思いきや、4拍目に「ドドッド」と16分ウラで2打のオフビート打点が入ってくるところが強烈なアクセントとなっています。

Pacific Stateのリズム:ハイハットは16ビートで、時々オープンする。キックは4つ打ちがベースだが、4拍目は16分の裏に入って「ズドッド」というリズムになる。

4拍目に変化を起こすことで飽きが来づらくなるとともに、楽曲の小節構造も分かりやすくなりますね。

2. スネアのオフビート表現

さてキックのずらしが相当カジュアルに行える一方で、バックビートの骨となる2・4拍目のスネアをずらすのはなかなか挑戦的です。

スネアの1/8ずらし
スネアの1/8&1/16ずらし

かなり複雑に聴こえますよね。以前1拍目のキックを鳴らさないレゲエの「ワンドロップ」を紹介しましたが、アレも2・4のスネア自体は遵守しています。バックビートが大大大定番となったポピュラー音楽においては、むしろこの2・4のスネアこそがビートの大黒柱であって、最も動かし難い打点であると言えるかもしれません。

しかしだからこそ、あえてこの2・4のスネア自体にシンコペーションをかけると、かなりリズムの印象を大きく変えることができます。

コールドプレイの『42』は、そんなスネアのシンコペーションが使われた一例です。2打目のスネアが4拍目のウラへ、3打目も2拍目のウラへ移してさらに2連打するという形になっています。

The pattern of 42

ボーカルが入ったあとは若干シンプルになりますが、それでもループパターンの1打は基本の打点からずれています。こうして見ると、バックビートの本来のうち最初と最後の打点はキッチリ守っていて、中間部で遊んでいるんですね。それによって、拍子感覚が迷子にならないだけの最低限のポップさをキープしている感じです。

スネアを2,4からずらすシンコペーションは複雑性の高いジャンルで愛用されていて、生ドラムだとフュージョンやポストロック、電子ドラムだとIDMやジャングル、ドラムンベースといったジャンルでよく見かけます。

2,4拍目にコンスタントに刻まれるのと比べると、打点を外すところでちょっと意外性が生まれて、それが刺激となっています。一瞬拍子が分からなくなるような感覚を、トリップ感の演出として使えるような側面もあるでしょうね。

3. シンコペーション

というわけで、弱拍や拍のウラといった、本来リズムの重みがあるとされる場所から外したところに実際のアクセントを置くことで、リズムをより複雑に、スリリングな感じに聴かせることができます。そしてこのような手法のことを、シンコペーションSyncopationといいます。リズム理論における極めて重要な単語です!

シンコペーション(Syncopation)
任意のリズムグリッドにおいて、オフビート(拍子にとって本来重みがあるとされる位置とは異なる場所)にアクセントを置く技法1
基準となるグリッドは1/8か1/16であることが多いが、定義上はこれらに限らない2

シンコペーションはクラシック音楽やさらにそれよりも前から使われている技法で、そして現在においても日常的に活用されています。

リズムの安定感と緩急

先ほどのプレイリストのスネアをシンコペートさせていた楽曲たちは、曲の途中を切り取って聴いているということもあり、拍子がずいぶん分かりづらいものもあったと思います。

改めて考えてみると、拍子の構造というのは私たちが聴きながら頭の中に組み立てていく、感覚の産物なんですよね。1打目が鳴った時点では、その音楽が何拍子になるかなんて知るよしもない。演奏が進んでループ構造が見えてくるにつれて、そこまでのリズムパターンを振り返って、4拍子だとか、バックビートだとかいったストラクチャーを理解する。そういう遡及的な分析を無意識にしているわけです。

リズムパターンをひととおり聴いたあと、ためた記憶を辿って脳内でリズム構造を解釈している。実はけっこうすごいことをしてる

そして1/4グリッドで見ても、1/8でも、もっと細かいグリッドで見ても、“柱”となるグリッドラインから打点をずらすシンコペーションは、そういう拍子構造の認識に揺らぎをもたらす存在です。平たく言えばオンビートのリズムは構造上安定的であり、シンコペーションを含むリズムは不安定的と言えるでしょう。音楽理論では、この不安定な状態のことを緊張Tensionという言葉で表現します。時間芸術でよく言われる「緊張と弛緩」の緊張です。シンコペーションは、音楽に緊張をもたらすのです3

もちろん「緊張」は悪いものでは全くなくて、むしろ緊張をいかに活用するかにリズムの面白さがあります。これはコードの方面で、濁った不協和音を使いこなす話と同じことです。

The Winstons. (1969). Amen Brother,1:26-1:35 (ドラム部分).

例えばこちらのリズムパターンでは、最初は安定的なバックビートから始まりますが、3ループめの終わりからスネアがズレて、「オオッ…?」と耳を引きつけます。リズム構造の認知ががグニャアッ・・・ッと揺れたあと、また小節頭のクラッシュシンバルとキックによって平安なリズムが帰ってくる。ズレが生む緊張と、それが解消されることで生まれる弛緩。これが西洋音楽のリズム構築における根本原理といえます4

だいぶリズム理論が、本格的な理論らしく見えてきたのではないでしょうか?

パート間の緩急

シンコペーションの有無によるスリリングさのコントロールは、パート間の展開作りにも活用できます。

Nirvanaの『Smells Like Teen Spirit』のイントロは、キックがいくつかのシンコペーションを含みます。これ自体はそこまで複雑というほどでもないのですが……しかしポイントは、イントロ以降のパートの異様なシンプルさです。ドラムは最も基礎的な「ズズタン」のリズムが続き、ベースもギターも16分を一切含まないシンプルなフレーズを奏で続けます。そしてサビでまたオフビートの多いリズムへと回帰する……。これ以上ないほど分かりやすいコントラストが、メロとサビの間で形成されているのです。

この曲は、コード進行は楽曲を通じてたった1つのパターンをただ延々と繰り返しています。そんな中で曲の展開を作っているものは2つあって、ひとつはギターの歪みの強度、そしてもうひとつがシンコペーションの強度です。現代のポピュラー音楽においては、コードだけでなくサウンドやリズムが曲の展開を駆動する装置となっているわけです。

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