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「拍子と拍」の回では、表拍/裏拍のアクセントの付け方、すなわちダウンビートとアップビートについて、ハイハットを例にとって学びました。
ハイハットのような控えめな音が、実はグルーヴを形作っているというお話でした。今回はもう一歩進んで、キックやスネアのような目立つピース、さらには伴奏隊やメロディも含めて、アクセントが持つ効果について論じていきます。
1. 強拍・弱拍

さて「1,2,3,4」とカウントするタイミング、指揮棒を下ろすタイミングが「表拍」ですが、この4カウントは決して平等ではありません。1小節のスタートを切る、先頭となる「1」のところがやっぱりリーダーであり、概念上は最も重要な拍だと言えます。
けっきょくメロ・サビみたいなパートの区切りも小節の頭で区切るわけだし、1拍目は拍子という概念において明らかに“強い”存在です。そういった重みを表す言葉が、「強拍」です。
そして1拍目に続いて骨組みとして重要と言えるのが、1小節の中間地点となる3拍目となりまして、これは中強拍と呼ばれます。それで最後に残った2,4拍目は、弱拍Weak Beatです。強・弱・中強・弱……。これが、4拍子というリズム組織における拍の重みづけです。
4拍子というものを、単なる「4カウントで1セット」というだけの認識のところから、こうやって「重みの違う4カウントが組織をなしている」というような認識にアップデートしてほしいのです。
概念と演奏
先述のとおりこれは4拍子という概念上の枠組みであって、実際の演奏でどこに強弱をつけるかは全く別の話です。とはいえ、とりわけ古典派クラシック音楽なんかでは、演奏上のアクセントが強拍に置かれやすい傾向にあります。
- モーツァルト “アイネ・クライネ・ナハトムジーク” (1787)
- ベートーベン “ピアノソナタ第8番『悲愴』 第3楽章” (1798)
- ドヴォルザーク “交響曲第9番 『新世界より』” (1893)
どちらもちゃんと「1」と「3」のところにフレーズのアクセントがありますね。実際にクラシックのハーモニー理論では、「弱拍ならこういう技を使っていいが、強拍ではダメ」とかルールがあったりして、強拍での調和が重要視されてきた歴史があります。それこそオーケストラだと指揮者にあわせてみんなが演奏しますから、そういった様式上の都合からも、強拍にアクセントが来る曲になりやすかったという文化的側面もあると思います。
また日本の音楽を見ても、童謡のような分かりやすい音楽では強拍にアクセントが来ることが多いです。
「紅葉」は本当に分かりやすくて、「あーきの」で2拍、「ゆーうー」で2拍という風に、2拍ごとのフレーズになっているので、1・3拍目が押し出されることになります。フレーズ/歌詞の強調や区切りを強拍に揃えるということは、4拍子という拍子の構造をフレーズが分かりやすく教えてくれるということですから、必然的にリズムの構成が明白で理解しやすい、ようは親しみやすい音楽になりやすいと言えるでしょう。
ポピュラー音楽と強拍メロディ
強拍アクセントのメロディは、親しみやすい——これは決して子ども向けの話ではなく、現代のポピュラー音楽でも依然として通用する法則です。キャッチーさ、歌いやすさ、踊りやすさなどを重視するポップな流行歌に目を向けてみると、そこには強拍アクセントのメロディをたくさん見つけることができます。
“猫ミーム”でおなじみ『Dubidubidu』や『うっせぇわ』などは覚えやすいキャッチーなメロディでお馴染みですが、ではそのキャッチーさの根源はどこから?と考えたときに、その要素のひとつに強拍のアクセントがあります。実際に図にしてみると……
このように、拍子本来の枠組みから一切はみ出ることなく2拍ごとに単語がピッタリと収納されていることがわかります1。リズムの構造が極めて分かりやすく、それだけ頭に残りやすい。この先はアクセントをずらしてリズムを面白くする話をしていきますが、一方で「けっきょくシンプルなのが最強」みたいなところもある、この矛盾じみた音楽の奥深さはぜひ忘れないでほしいと思います。
三拍子の場合
なお三拍子の場合には中強拍がなく、強・弱・弱という重みづけになります。
例えばワルツの「ズン・チャッ・チャ」というリズムは、まさにこの三拍子の拍の重みをそのまま体現したリズムパターンと言えるでしょう。
2. バックビート
先ほどは強拍にアクセントが置かれるフレーズを見てきました。それは指揮棒の「1」と「3」に合わせて音楽が動いていくようなイメージです。しかしポピュラー音楽におけるドラムのリズムパターンを見てみると、むしろ目立つスネアの音で2・4拍目を強調するのがスタンダードです。
ロック、カントリー、ジャズの典型的なリズムを例にとりましたが、他の多くのジャンルでもスネアといえばこの位置が定番ですよね。キックが1拍目に鳴るという点では強拍もしっかり意識されていますが、しかし先ほどのオーケストラの例などと比べると、弱拍に相当なウェイトが乗っかっていると言えます。このように2・4拍目にアクセントを置くリズムのことを、バックビートBack Beatと呼びます。
- バックビート (Back Beat)
- 4分割系の拍子で、2・4拍目のアクセントによって形作られるリズムのこと2。
- 典型的には、スネアドラムによって2・4拍目のアクセントが表現される。
ダウンビート/アップビートは「表拍・裏拍」のアクセントに関する用語でしたが、この「バックビート」はまたそれとは別の言葉で、ややこしいので要注意です。
従来の理論的には“弱”拍と呼ばれていた2・4拍目に、目立つスネアがガツンと鳴り響く。指揮者が棒を振り下ろす1拍目よりも、むしろ振り上げる4拍目にリズムの重心が宿る。これは20世紀に起きたリズムにまつわる大きなパラダイム・シフトであり、現代のポピュラー音楽の“ノリ”を理解するうえで欠かせない観点です。
こちらはちょっとしたおもしろ動画。ハリー・コニック・ジュニアという歌手/ピアニストのパフォーマンスなのですが、観客が1・3拍目に手拍子をしてしまっており、ハリーは本来出したいノリを妨げられていてちょっぴり居心地が悪そうです。そこで、歌が終わって間奏に入った26小節目(0:39)でこっそり1拍付け足して演奏することで、観客の手拍子の位置を強制的に2・4拍目にずらすのです!!そしてそこからはご機嫌よく演奏が進んでいきます……。
少々演奏をねじ曲げてでも、ビートのアクセントは2・4にほしい。バックビートがポピュラー音楽のグルーヴ感においてどれほど重要であるかが伝わってくる動画です。
ワンドロップ
ただロックもジャズもカントリーも、キックをちゃんと1拍目に鳴らしているという点では、ちゃんと強拍に十分な重さを置いていると言えるかもしれませんね。一方レゲエでは、さらにバックビートの比重を高めるため、1拍目のキックを鳴らさない「ワンドロップ」というリズムパターンが定番になっています。
1拍目にキックを鳴らさないというのは珍しくて、レゲエ以外のジャンルではあまりお目にかかりません。この南国風というか、妙に軽快なリズムの秘訣がワンドロップにあります。
ちなみに、レゲエと同様に陽気なイメージのあるサンバでは、逆にずっしりと強拍にキックを鳴らします。
歴史的側面を補足すると、レゲエはだいたい1960年代後半にジャマイカで生まれた音楽。対するサンバは1800年代末にブラジルで生まれた音楽で、同じ「陽気な中南米の音楽」だとしても実は時代にかなりの開きがあります。登場順としてはクラシック→サンバ→ジャズ→ロック→レゲエの順で並ぶことになりますから、サンバに元来バックビートの文化が無いことは頷けますし、後発であるレゲエが変わったリズムを生み出したのも納得です。
リズムパターンというのはノリにも関わってくるだけでなく、このようにジャンルの特徴にも大きく関わってきます。ジャンルらしさを正統に音楽に宿すためには、リズムへの理解は不可欠なものになります。