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ダウンビートとアップビート

前回で初めて、リズムのアクセント論に踏み込みました。拍子の概念上にまず強拍・弱拍という抽象的な重みづけがあり、さらに実際の演奏でどこにアクセントを置くかで音楽の“ノリ”が決まる。

弱拍を強調するバックビート

「バックビート」は、DAWで言うところの「1/4」グリッドのレベルで見て、強いところと弱いところを反転させた形になります。

バックビートのリズム図:2,4拍目を強調していて、これは1小節を4分割した世界でのアクセントの反転。

今回はさらにもう1レベル細かいグリッドでのアクセントを見ていきます。

1. ダウンビート・アップビート

拍と拍子の回で、「表拍・裏拍」という言葉を紹介しました。1拍をさらに分割した、「1/8」グリッドの世界を表す言葉でしたね。

英語では、足踏みでリズムを取る時の上げ下げに由来してか、表拍はダウンビートDown Beat、裏拍はアップビートUp Beatと呼ばれます1。そして例えば「ダウンビートで演奏する」と言ったらそれは一般に「ダウンビートにアクセントを置いて演奏する」という意味になります。

演奏をダウンビートでするかアップビートでするかは、楽曲のノリに大きく影響します。今回はそれを確かめていきたいのです。ドラムの“3点セット”でいうと、キックやスネアのような目立つ音の打点もすごく重要なんですが、今回はまず細かい音であるハイハットによって生み出されるノリの違いを見ていくことにします。

ダウンビートのハイハット

こちらは表拍でハットをオープンにしたもの。強拍・弱拍の理論になぞらえると、こちらがリズムの枠組み上の太い柱の方をストレートに強調した演奏ということになります。

アップビートのハイハット

こちらが逆にハットを裏拍でオープンにしてアクセントをつけたもの。枠組み上は弱い位置の方を逆に強調する形になりますから、いわばバックビートが行った“強弱の反転”を1/8グリッドで行ったような状態です。

2. リズムと身体感覚

先ほど足踏みの例があったように、リズムは私たちの身体感覚と経験上深く結びついています。他には指揮者のタクトの振り下ろしや、ロックバンドのライブでのヘッドバンギング、あるいは“Put your hands in the air!”の掛け声に応じて手を頭上で上げ下げする際など、いずれにおいても表拍が「下げ」、裏拍が「上げ」の運動と結びついています。そしてこれらの上下運動は物理世界の重力に従う/逆らう動きでもありますから、表拍/裏拍の関係が、音楽においてはそういった運動や重力のメタファーとして機能すると指摘する音楽学者もいます。

At least for Western classical music, meter functions like a gravitational field that conditions our embodied sense of up versus down, the relative weighting of events, and the relative amount of energy needed to overcome “gravitational” constraints (as in an ascending melody). Rhythm, as well as melody and harmony, plays with and against the metric field in a way that suggests human energy and flexibility

少なくとも西洋クラシック音楽においては、拍子は一種の重力場のように機能しており、我々の身体に根ざした「上下」の感覚、音現象の相対的な重みづけ、さらには(上行するメロディのように)“重力的”な制約に克つために要するエネルギー量を決定づける。メロディやハーモニーと同様に、リズムもまた拍子という重力場に従ったり逆らったりしながら、人間のたくましさやしなやかさを想起させるのである。

Hatten, Robert S.. (2004). Interpreting Musical Gestures, Topics, and Tropes: Mozart, Beethoven, Schubert (Musical Meaning and Interpretation) (English Edition) (p. 115). Kindle Edition.

簡単に言えば、表拍のアクセントは重力に従って落ちる表現、裏拍のアクセントは重力に逆らい上がる表現として機能するということ。もちろん仮説レベルではありますが、実際にポピュラー音楽のフィールドの多くでリスナーや観客がそういう動きをしながら聴くことを前提とするならば、この考え方を意識することには実践的な意義がありますよね。具体的に楽曲を聴いて、考えてみましょう!

“重さ”のダウンビート

まずハードロックやメタルのような重厚なバンド音楽、そしてビッグルームハウスのような重たさのあるEDMでは、表拍にオープン・ハイハットやライドシンバルを叩くことでダウンビートを強調する楽曲がよく見られます。

これは重力に従って首や手を振り下ろす動作に対してシンバルが同調している状態であり、この意味において“重さ”や“沈み込み”を主張する表現だと言えるでしょう。

“軽さ”のアップビート

一方で、同じロックやダンスミュージックであっても、オープン・ハイハットで裏拍を強調するアップビートの演奏もまた定番のひとつです。

特に4つ打ちと組み合わせるケースが非常に多いですね。ディスコの生ドラムから始まり、テクノやトランスといった電子ドラムのダンス音楽で極めて頻用されるほか、日本ではKANA-BOONやBase Ball Bearなどを筆頭に、アップテンポなロックソングでもこのリズムパターンが流行した時期があります。
こちらは先ほどの楽曲群とは逆に、体を振り上げる運動の方に同調する形になるため、“軽快さ”や“浮き上がり”を主張する表現と言えそうです。

ハイハットをダウンビートにするかアップビートにするかは作曲における分岐点のひとつです。迷ったときにはこのような“重力”のイメージ、もっと言えばリスナーが音楽にどのように同調するかという点から、その楽曲にふさわしい方を選んであげるとよいでしょう。

3. ハイハットのグルーヴ

オープン・ハイハットやライドシンバルは、かなり露骨にリズムのアクセントを表現する演奏法です。しかしそこまでいかなくても、同じクローズド・ハイハットでも叩く強さを変えるだけで実はかなりアクセントが表現できます。

ほんの少しの違いですが、このノリの差を聴き分け、使い分けられるようになることはすごく大事なスキルです。

“重さ”のダウンビート

こちらがダウンビートの演奏たち。この演奏を好むジャンルとしてはやはりロックだったり、あるいは「Beat It」や「Another One Bites The Dust」」のようなディスコの系譜です。ハイハットが閉じたままだとアクセントの聴き分けは格段に難しくなるのですけども、本当にこの微妙な差が楽曲のノリの種類に大きな影響を与えています。

“軽さ”のアップビート

こちらがアップビートの演奏です。テクノやローファイ・ヒップホップだと、アップビートのハイハットは本当に定番です。

キックとスネアは目立つ音なので自然と注目しやすいですけども、ハイハットのように小さな音の楽器が実はリズムのノリに大きく加担しているということ。これが今回のポイントです。

どちらでもないビート

ちなみに当然ながら、ハイハットが全く鳴っていなかったり、ランダムっぽく鳴ったり、強さが均等である場合には、アップ/ダウンのどちらが押し出されることもなくなります。特に電子ドラムであれば、一定の強さでハットが鳴り続けるというのも普通にありえます。その場合は当然、ハイハット以外の楽器たちがアクセントの偏りを決定していくことになります。

リズム・アンサンブルという言葉があるように、すべての楽器のすべてのフレーズが合わさって最終的な楽曲のリズム構造ができあがります。その意味で、リズム・アンサンブルの構築というのはすごくたくさんの要素が絡み合った奥深いものです。各楽器が表裏のどこの打点をとっているか、楽器間でどれが重なりどれがずれているか、そういった点に注目するところから始めてみるとよいと思います。また、音源を聴いて違いが分からなかったという場合は、自分で実際にドラムパターンを色々と打ち込んでみて違いを確かめるのが一番でしょう。

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