Skip to main content

調性引力論 ❻音階の調合

5. 旋法音楽とコード進行

このようにして生まれた様々な音階で、コード進行を組み立てていくのはなかなか大変。あまりコードという概念を曲の基盤にせず、主音の強調と旋律の重ね合わせで作る方が簡単です。ただもしコード理論方面からアプローチしたい場合には、III章で述べたコードのグルーピング法が役立つでしょう。

  • 共通コード
    メジャー/マイナーキーの時と同じように使用でき、調性を安定させられる和音。
  • 特性コード
    特性音が含まれていて、かつ調性を脅かすリスクが低く、旋法のサウンドを出す際の軸となる和音。
  • 変性コード
    特性音によってクオリティが特殊になった、他調を想起させる和音になってしまったなど、扱いづらくなってしまった和音。
  • 補助コード
    臨時記号を使って旋法本来のサウンドから一旦外れ、通常の西洋音楽に近づける和音。

例えば先ほどのアラビックスケールなら…

こうなります。変性コードがたくさんあって、特にvii番目の和音はコード理論だと名前がつけられません1

こうして整理すると、I,II,IV番目のコードあたりを中心に回せば、トーナリティが乱れることもなく聴き慣れたメジャーコード/マイナーコードで旋法のキャラクターを演出できそうだと分かります。

アラビックスケールの1-4-3-2進行

こんな具合で、民族的なスケールから安定的なサウンドのコード進行を作ることができました。

ただ一方、「変性コード」たちをIII章で非推奨としたのは、“ポピュラー音楽の文脈上で”これらを組み込みにくいという、あくまでもポピュラー重視の目線によるものです。今回のように民族調サウンドを押し出すのであれば、V〜VII番目のような変わり種のコードたちもまた、「ポピュラー音楽にない雰囲気を演出してくれる」という意味で有用なピースであると言えます。

アラビックスケールの1-4-6-5進行

こちらは後ろ2つがなかなか特殊なコード・クオリティですけども、それがかえって「西洋的でない異国情緒」というものを助長しています。
つまるところ、和音を鳴らすのか、鳴らすなら3度堆積なのか、濁った和音を排除するのか…など、「西洋音楽の様式にどれくらい合わせにいくか」次第で、作る音楽の文化的風合い、そのバランスをコントロールできるという風に言えますね。

6. ポピュラー音楽に持ち込む

ここまでの例ではわりと民族風の楽器を使ったサンプルで紹介してきましたが、当然これをポピュラー音楽に持ち込む方法も色々と考えられます。

ワンコード音楽に持ち込む

例えばI章でマカーム、III章でフリジア旋法を紹介した時に、トニックコード一発で十分楽曲が成立するトラップなどのジャンルでは、旋法が活用されるという話がありました。これは今回作り出した3つの音階についても同様です。

先ほど作成した「ドリジア」「アラビック」「エニグマティック」の3つで順番に演奏をしました。やっぱり1番目はフリジア+ドリアのサウンドで、2番目はアラブ風、3番目はちょっと摩訶不思議な感じ…という風に、トラップに入れ込まれてもスケールの風味は残っています。

ですからEDMやテクノ、ヒップホップなど、ループ系音楽全般では十分にこうしたスケールを使う活路があります。今回はスケールの差異を浮き立たせるためにフレーズをけっこう動かしましたが、もっと大人しいフレーズにすれば、さらに自然に溶け込ませられるはずです。

一時的に変更する

あるいはパラレルマイナーのように部分的にスケールを変更する形で使えば、これらのカスタム音階をポピュラー音楽にさりげなくスパイスとして入れ込むこともできます!

なかなかオシャレな雰囲気ですよね! 2小節目は先ほどの「アラビックスケール」なんですけども、サウンドやフレーズがそこまで民族風ではないため、「パラレルマイナーのIVmΔ7をちょっと捻った」くらいの風合いに収まっています。
4小節目は「エニグマティックスケール」で、iv番目のファの音をベースに取って不安定なサウンドを作ってみました。こちら、なんなら「ホールトーンスケール」よりも半音差がチラホラあるぶん、フレーズが作りやすいかもしれません。

今回あえてコードネームを厳密に記載しました。見てのとおり、なかなか複雑なコードになっています。でもこうして傾性論からアプローチしてみると、やっているのはそんなに難しいことではなく思えますよね。「ちょっとこの味とこの味のブレンドを試してみようかな」で出来たものです。

自由な精神を忘れない

この「試してみようかな」精神はすごく大切なことで、私たちはいつだって、誰から教わったでもない自分なりの音を使ってみる自由があります。コード編I章の「セブンスやテンションの活用」の回でもあったように、本当は名前の知らない音を使ったって全然いいはずなのです。

俺はこのスケールの名前を知らない。だがこのスケールが魅力的であることは知っている…

全然かっこいいですし、何より今は調性引力論を用いてある程度は根本原理に基づいて音階構築が可能です。でもどうしても理論を学べば学ぶほど、その中で物事を考えていくように思考が傾いてしまいがちですよね。これは怖いことで、キツめの言い方をするなら「無意識に理論が作った枠に囚われている」ということです。

たまにはこうやって意識的に「知らない領域を自分のアイデアで掘ってみる」ことで、まっさらな頭でサウンドと向き合っていた頃の初心に帰れるかもしれません。

まとめ

  • これまで学んだ音階の知識と傾性の理論を元に、新しい音階を発想することができます。
  • 出来上がる音階は、複数の音階の特徴が混合したようなものもあれば、どこかの民族の音階と合致することもあります。
  • 新しい音階でコード進行を構築する場合は、まず3度堆積でコードを作ってみて、特性音の有無やコードクオリティを確認するとよいです。
メロディ編 IV章はここで修了です! おめでとうございます。次にどの編へ進むか、あるいは制作や分析の期間を設けるかを考えながら進んでください。
トップへ戻る

1 2 3