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調性引力論 ❻音階の調合

3. フリジアンを調合

さて、それでは音階の“調合”を始めていきます。まずは、魅力的なのに既習音階であまり活用されていない、フリジアの特性音であるをもっと活用してみたいと思います。

マイナーベースの調合

たとえば「ナチュラルマイナー」のレシピをベースに、そこから「ドリア」方向の変位と「フリジア」方向の変位を同時に起こして合体、名付けて「ドリジア旋法」が作れます。

ドリジアン

重いフリジアと浮き上がるドリア、もしこれが同時に発生したら、そのサウンドは一体、どうなっちゃうんだ…⁉︎😱

ドリジア旋法の小曲

こんな具合で、まさにフリジアとドリアの両方の形質を備えて、ナチュラルマイナーより重苦しいけど、同時にナチュラルマイナーより浮いているという不思議なサウンドを作ることができました!

ちなみにこの音階は、その一般名称を「ドリアン ♭2」といいます。でも大切なのは、「ドリアン ♭2 という音階があるよ」と誰かに教わらなくても、もうそれを自分で生み出してその特性を活かした音楽を作れるだけの知識は備わっているんだということです。

いざやってみて自分で調合した音階がすでに名前のついたものであるかどうかは、Musical Scale Finder Toolのような音階検索ツールで調べることもできます。結果的にほとんどは既存のスケールと合致するとは思いますが、それもそれで新しい文化が知れるのだから有益なことです。

メジャーベースの調合

今度は逆に、メジャースケールをベースにしてみます。ミはナチュラルのままで、レにフラット、それからラにもフラットをつけて、「明るい」「重い」「妖しい」という味付けを試みます。

アラビック

こうです! 理論的に解釈すれば、ミ・ファ・シがそのままなので、「ファ→ミ」や「シ→ド」といった定番の進行が出来る点ではメジャースケールの面影を残す一方、IVmを思わせるラの哀愁、そしてフリジアの香り…。これが全部ミックスされるわけなので、一体どうなっちゃうんだ…⁉︎😱

なんと、中東風のテイストになりました。実はこの音階は、アラビックスケール、ビザンティンスケール、ダブル・ハーモニック(・メジャー)スケールなどと呼ばれている民族調の音階なのです。インドの「ラーガ」という旋法体系や、アラビアの「マカーム」という旋法体系にもこれに相当する音階が含まれているようで、中東からヨーロッパまで広く行き渡っている音階です。

の旅

多少文化的側面からも補足すると、フリジア旋法はスペインのフラメンコで用いられる「スパニッシュ・エイト」というスケールと類似関係にありました。

このフラメンコ音楽も、実はその成立にはインドから遥々やってきた放浪の民の影響があるそうです。この「レの味」というのは、インドからアラビア、ビザンツ帝国、スペインへと渡っていった旅人たちの足跡でもあるかもしれません。(民俗学と世界史に疎いので詳細は分かりかねますが。)

4. 聴き慣れない音を調合

逆にレやラのような馴染みの薄い音で音階を作るトライもしてみます。

クロマティックアプローチたくさんのスケール

こんな風に、レ・ファ・ラをシャープさせて全員を上行傾性音にするという、だいぶ過激なチャレンジです。こんなに強傾性音ばっかりで、どうなっちゃうんだ…⁉︎😱
一応1・3・5・7度の音はメジャースケールそのままなので、そこを軸として、2・4・6度は主にクロマティック・アプローチの作法で使用しつつ、適度にベース音でも用いるというようなバランスでやってみます。

こんな具合になりました。若干トーナリティが希薄ですね。先ほどの「アラビックスケール」の曲と似たゆったり3拍子ですが、どこかの民族性を感じさせるというよりかは、「不思議の国」のようなテイストがします。おそらく、聴いてきた音楽の中にこの音階を用いたものがほとんどないために、「どこの音楽なのか分からない、不思議な感じだ」という印象が芽生えるのだと思います。

このスケールは、一般に特に名前をつけられていない(はず)です。組み合わせ次第では、特定の民族性を感じさせないスケールを作ることもできるわけです。

音度を正しく認識させる

やラといった聴き慣れない音を音階のメンバーとして常用する場合、異名同音であるミやシと誤認知されないような配慮が必要です。

極端な話、こんな風に跳躍進行すると、誰がどう聴いてもマイナーセブンスコードです。

これを防ぐためには、「レ→ミ」「ラ→シ」というモーションを提示して、意図する音度をしっかりリスナーに認識させる必要があります。

エニグマティック・スケール

こうして人工的にスケールを生み出して音楽を作る試みは色々と行われていて、有名なもののひとつにエニグマティック・スケールEnigmatic Scaleという音階があります。

フリジアの香りから始まり、中盤の全音差が連続する箇所はホールトーンスケールを思わせます。しかし最後のシがちゃんと半音差で主音に寄り添っているところは、ホールトーンとは違いますね。

しかもメロディックマイナーと同様に、「下行形では形を変える」というルールまで盛り込んだ、なかなかこだわりの強い一品となっています。下行形でファがファになるのは、やはり傾性論的な部分(ファ→ミの解決が欲しい)や、下りではアラビックスケールのような風合いを出せるというサウンドバリエーションへの配慮もあるのでしょうか。

この音階はGiuseppe Verdiという19世紀イタリアの作曲家が作ったと一般に言われる音階で、「Ave Maria」という唱歌で部分的にこの音階が用いられています。

ただこちらはかなりクラシック的なハーモニーの作りになっていて、スケールの個性というのはちょっと見えづらいですね。後になって、Joe Satrianiというギタリストがこのスケールに目をつけて、「The Enigmatic」という楽曲を作りました。

こちらはゴリゴリに旋法的な一曲になっていて、このスケールが持っているサウンドというのがよく分かると思います。確かにホールトーン的なSF感とアラビックな風合いが混合していて、独特な魅力を放っている。明確にエニグマティック・スケールを使っているのは、冒頭のリフ部分ですね。

エニグマティック・スケールは「ひとつ飛ばしのお団子がさね(3度堆積)」で出来上がるコードのほとんどが変なヤツばっかりなので、こんな風にシンプルな主音のベース+メロディフレーズで曲を構築した方が、トーナリティは確立しやすそうです。特にフュージョンやプログレッシブ・ロックといった技巧的なジャンルでは、こういう特殊なスケールで曲を特徴付ける例も見られます。

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