目次
1. ここまでのおさらい
トーナル・センターからの位置や周辺の全音・半音の並びからメロディの傾向を論じる「調性引力論」は、I章からここまでずっとメロディ理論の根幹をなしてきました。
I章の調性引力論
まずI章ではメジャースケールの傾性関係を確認し…
また傾性音を消失させた「四七抜き音階」も紹介しました。
逆に半音関係を増やした「二六抜き音階」というのもあって、インドネシアや沖縄の音楽でこれに類似した音階が使われているなんて話もありました。
III章の調性引力論
III章で「ハーモニックマイナー」や「メロディックマイナー」の話になった時も、核心にあったのは「主音に向かって半音で進行する導音を人工的に作り出す」という傾性論でした。
「クロマティック・アプローチ」もその本質は、傾性をある一方向に向けて強めるカスタマイズだったと言えます。
あるいはその後に登場した「教会旋法」も、ポイントはやっぱり傾性音の消失や発生、それによる引力構造の変化でした。
IV章の調性引力論
IV章では直近で、パラレルマイナー系の借用の際ミ・ラ・シのどこにフラットをつけるか、その差異を論じました。そこでは明暗のカラーの話と、それからやっぱり「半音のなめらかさ」「増2度の大きな溝」といった全半関係の話をしました。
前回の内容はなかなか奥深くて、ラをフラットにするとどう変わる? シもフラットするとどう変わる? なんていう風に、一音単位での変化を論じました。こうした考察は、ただ単に紹介されたスケールの名前を暗記するだけの作業よりもずっと音楽的で根源的な学習でした。
レシピと調味料
これまでの音階を紹介するやり方というのは、言うなれば「レシピ」ベースでした。
3音の変化をパッケージにまとめて「暗くなる」という結論だけを教わる。でも実は「マイナー」の味付けに一番関与しているのはミ♭の音で、だからこそシのフラットを取り外しても、「ハーモニックマイナースケール」という十分にマイナー感のあるスケールが得られます。
だから前回やったことは、言うなればレシピの中の調味料をひとつずつ取り出してその“味”を確認する作業だったと言えます。これは教会旋法の時にも同じで、同じ楽曲をマイナースケールとドリア旋法で聴き比べたりすることで、特性音の“味”を確かめてきました。
そうなると、そろそろある想いが芽生えてきます。すなわち、こんだけ各音に詳しくなったんだから、レシピをもらってマネするだけじゃなくて、自分で音を調合して音階を生成してみたい。1個1個の調味料の役目が分かっていれば、人からレシピをもらわなくても、自分の力で音階が作れるのではないか? それは何か聴いたことのある味になるかもしれないし、知らない味になるかもしれない。どっちにしたって、面白そうである。
そんなわけで今回は、これまで学んだ音階の知識を応用して、「これは○○で用いられる音階です」みたいな結論先行ではなく、原理先行で音階を作ってみようという、ある種「おまけの実験コーナー」になります。ポピュラー音楽重視だったIV章のここまでとはちょっと趣向が変わり、III章に近い系統の内容ですね。
2. レラティヴ指向とパラレル指向
本論に入っていく前に、頭のスイッチを一箇所切り替えねばならないところがあって、それが階名の振り方です。今まで音階に対する階名の振り方は「メジャースケールは主音がド、マイナースケールは主音がラ」でした。これは実践的側面から見ても、階名(ソルファ)の歴史的側面から見ても真っ当なメソッドです。
しかしこれはCメジャースケールとAマイナースケールを対比させる「レラティヴ指向」の理論系であって、対してこれから行うのはCメジャースケールとCマイナースケールを比較するという、完全に「パラレル指向」の理論系になります。
レラティヴ指向が音階を“横にずらす”形で結んでいくのに対し、パラレル指向は音階を“縦に並べる”形で結んでいきます。そしてこのパラレル指向で音階を論じる場合、上譜のように「何スケールであろうと主音は常にド」と決める方が、余計な混乱を防げます。
逆に言うと、階名(ソルファ)の伝統的用法に忠実に従ったまま音階どうしを縦に並べると、味比べがどうのなんてやってられないほどカオス的状況になります。
III章では採用しませんでしたが、実は教会旋法はこんな風に、例えばドリア旋法だったら主音はレと呼ぶのが本来的な階名の在り方です。でもこんな調子だと「階名の振り直し」が多すぎて、話がしっちゃかめっちゃかになることは不可避ですよね。
なので今回に限っては、「とにかく主音がド」という「パラレルの頭」で理論を進めることにします。異なるシステムにスイッチすると脳が慣れるまでちょっと負担ですが、見方を変えるとそれは今までと違った脳の使い方で音楽と触れ合えるということなので、きっと新しい発見があります。
新制度で音階をおさらい
思考のスイッチを進めるため、これまでに紹介した音階たちを、改めて「主音がド」の形で整理したいと思います。
音階 | ド | レ | ミ | ファ | ソ | ラ | シ |
---|---|---|---|---|---|---|---|
Lydian | ♯ | ||||||
Major | |||||||
Melodic min. | ♭ | ||||||
Harmonic min. | ♭ | ♭ | |||||
Natural min. | ♭ | ♭ | ♭ | ||||
Mixolydian | ♭ | ||||||
Dorian | ♭ | ♭ | |||||
Phrygian | ♭ | ♭ | ♭ | ♭ | |||
Locrian | ♭ | ♭ | ♭ | ♭ | ♭ | ||
Harmonic Maj. | ♭ | ||||||
Mixo. ♭6 | ♭ | ♭ |
最後の2つは聞き慣れないと思いますが、前回サラーッとだけ紹介した、「ラだけフラット」「ラとシにフラット」の音階です。改めて並べてみると、レ♯、ソ♯、ラ♯はもっぱら「クロマティック・アプローチ」でしか活用していなくて、既出の音階の味付けには使われていなかったことも分かりますね。
思考のスイッチという点で言うと、特に「マイナー系の教会旋法」は、III章の時には「主音がラ」で説明しましたから、脳の上書きが必要です。この制度内では、フリジア旋法の特性音は「レ♭」ということになります。
特性音と傾性変化をおさらい
上の表を参考にしつつ、音階中のある音を変化させた時に起きる環境の変化、ようは「特性音の味」についても簡単に確認しておきます。
特性音 | 代表する音階 | 傾性変化 | 大まかな曲想 |
---|---|---|---|
ファ♯ | Lydian | ファ→ミの傾性消失 | 浮き上がった感じ |
ミ♭ | Melodic min. | (レ→ミ♭の傾性発生1) | マイナー調の暗さ |
シ♭ | Mixolydian | シ→ドの傾性消失 | 力強い、明朗 |
ラ♭ | Harmonic Maj. | ラ♭→ソの傾性発生 | 哀愁や妖しさ |
レ♭ | Phrygian | レ♭→ドの傾性発生 | 重みがある |
ソ♭ | Locrian | (ファ→ソ♭の傾性発生) | 不気味、不安定 |
実際にはコード進行しだいで他のカラーが感じられたり、特定の民族音楽を想起させる場合もあって一概には言えないですが、まあ大まかなキャラクターとしてはこんな感じでしょう。
こうして分解すると、例えばドリア旋法は、メジャースケールという食材に「ミ♭のマイナー感」と「シ♭の力強さ」という2つの調味料を混ぜた「合わせ調味料」で味付けをしたもの…というイメージですね。もしミ♭の味が欠ければ「明るくて力強い」ミクソリディアンになるし、もしシ♭の味が欠ければ「暗くて流麗」なメロディックマイナーになる。
だんだんと、この「レシピを分解して調味料の味から考える」感覚が見えてきたのではないでしょうか。