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パラレルマイナーと変位シェル

4. スムーズな“乗換え”

パラレルマイナーコードの使用は、同主短調という“パラレルワールド”を行き来すること。その際には、キーのスムーズな“乗換え”をメロディも手伝ってあげる必要があります。

IVΔ7IVmΔ7IIIm7♭IIIΔ7IIm9IIø7V

こちらはパラレルマイナーを2回に1回挿入したコード進行。かなり頻繁な行き来になりますから、メロディがしっかり世界観をガイドしてあげる必要があるのですが・・・

大失敗のメロディ

これは大失敗してしまった例です。たとえ10回聴いたとしても、このラインを覚えられる気がしません。何が起きているのか、楽譜を見てみます。

変な跳躍

見てのとおり、増音程・減音程のオンパレード。しかもそんな過激な跳躍をしながら、コードの変わり目でいきなり変位シェルを取っているというのが、違和感の大きな要因。あまりの急展開に耳が付いていけないわけです。メロディがコードの変化に振り回されてしまったという感じで、前回強調した「メロディ単体としての論理」が全く見えてこないのがこのメロディです。

増減音程を含むメロディラインが必ずしもダメという話ではないですが、ただ私たちはとにかく増減音程のメロディに不慣れです。「詳細度数 」の回で述べたように、臨時記号のないナチュラル世界で増減音程に触れるのは「ファ-シ」のトライトーンだけ。「聴き慣れない印象」は必然的に伴うので、節度ある使用が推奨されます。

平行世界を眺める

上の例の中でも、「ミ→ラ」の動きはかなり強烈ですね。もう少しこの跳躍を分析してみましょう。

主調とパラレルマイナーキーというのは、「ド・レ・ファ・ソを共有し、ミ・ラ・シが異なる」という、互いに交わりあった平行世界です。

長短のライン

改めてこの関係性を眺めると、「ミ→ラ」が不自然な理由も分かります。メジャー世界の明るさの象徴であるミから、いきなりダークなラへの跳躍というのが、急展開すぎるということです。

急展開

まるで、本当は「ミ→ラ」がよかったのに、コードが暗くなったから仕方なく「ミ→ラ」に行き先を変更したかのように見えてしまいます。

このように、メロディラインがコード進行の影響で歪んだような形になってしまうと、動きが機械的なものに感じられてしまって、有機的な旋律として響いてこない。“この曲想で表現したいもの”というのが見えてこない、ひいては「歌心のないメロディ」になってしまうと言えそうですね。

こちらはちゃんと歌心のある例。Bメロ「透明な真珠のように」のところで、ミ-ファ-ソ-ラと綺麗に順次上行してパラレルマイナーのIVmΔ7へと突入します。

スムーズな乗換え

見るとなるほど、長音階/短音階に共通のファ・ソを通り道にして自然にパラレルマイナー世界へ入っていることが分かります。だから長調ラインから短調ラインへの“乗換え”がスムーズなのです。メジャー世界とマイナー世界を行き来するときには、こうして共通音を経由した順次進行を用いるのが最もなめらかですね。

この曲を作曲した菅野よう子さんは複雑なコード進行で有名ですが、真の凄みはそんな複雑な進行にきちんとキャッチーなメロをあてていることです。それを可能にする背景には、こういった音階と旋律への深い理解力があるのです。

ピッチ選択のまとめ

改めて、ミ・ラ・シを選択する表現上の基準をまとめておきます。

 
選択権があるコード 主な選択基準
IIø7IVmVm♭VII 主調の明るさを保つか否か / ミ-ファの半音関係を維持するか
Im♭IIIVm♭VII 主調の明るさを保つか否か / ラ-ソの半音関係を使いたいか
ImIIø7IVm♭VI 増2度の響きを利用するか / シ-ドの半音関係を維持するか

ミ・ラ・シのどこにフラットがつくかで7パターンの“借り方”があるわけですが、音階の知識を重視する理論ではその7つの“借り先の音階”それぞれに異なる名前がつけられています。

借用元一覧

例えばミ・シだけにフラットをつけて演奏をしたならば、それは「ドリアンスケールからの借用」と解釈するわけです。ただこの段階でもまだ、これを暗記する必要はないと思います。ひっくるめて「パラレルマイナーコード」で十分です。まだまだ知るべきことは他にたくさんありますので、「コミュニケーション上の必要に迫られた時」か「自分の中で明確に言語化して整理したいと思った時」が覚え時かなと思います。コード編VI章では、こうしたスケール名をドンドン学んでいきます。


今回説明した内容の多くは感覚で十分に分かっていることだったとは思いますが、一度こうして丁寧に見てあげることで、思考がよりクリアになったはずです。歌メロにおいてはひとつひとつの変位シェルが重要なイベントです。いかに無駄なバラマキをせず、意思を込めて強力な一発を撃てるか。これもまた、従来「センス」の3文字で済まされてきた部分のひとつです。まず頭で精密に認識し、それを身体に染み込ませることでセンスへと昇華させる。それがメロディ理論の意義です。

まとめ

  • パラレルマイナーコード群では、ミ・ラ・シに選択の余地があり、それ次第でサウンドが変わるだけでなく、構成するラインも変わってきます。
  • 「ラ↔︎シ」という増2度の段差はキャラクターが強烈なので、使う際には注意が必要です。
  • パラレルマイナーに入る/出る際に増減音程で跳躍することは、展開が急すぎて不自然に響くリスクがあります。
  • コードのサウンドだけでなく、構成したいメロディラインもふまえてミ・ラ・シの変位を調整しましょう。
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