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調性引力論 ❷収束と発散

音階や調には「中心」が存在し、そこへ終止すると「着地感」を感じるという話は、準備編のときにすでにお話ししました。楽曲の中心となる音は、中心音(トーナル・センター)と呼ばれる。これは直感的に理解できる話であり、これまで詳しい説明はしてきませんでした。もう少し具体的にここを確認するのが、今回の内容となっています。

1. 中心音との相対関係

非常に大きな目線で話をすると、メロディラインのストーリーにおいては中心音への到達が一番の区切り、“句点”のようなものであって、作曲や分析における大きな指針となります。

そこで今回は、方向の上下とか、タイミングとかとはまた違って、中心から見てメロディがどう動いているかという点に着目します。たとえば「ソラシド」と「ファミレド」は、上行と下行という正反対のメロディですが、中心音に向かってシュウッとなだらかに着地する点に関しては全く同じです。

順次進行

コード編のⅠ章を読むとわかることですが、コードにもやはり「着地」という概念が存在していて、それはコード進行を作っていくにあたっての重要な指標となります。そうであれば、メロディ理論でもそれに相当するものがあって然るべきのはずです。

2. 収束と発散

「上行/下行」「順次/跳躍」に続く、もう一つのメロディの音高に関する分析要素。それが中心音に対して「近付く動き」と「離れる動き」という区分です。

近付く/離れる

同じ「跳躍上行」といっても、「跳躍上行して中心音に至る」のか、「跳躍上行して中心音から離れる」のかでは、メロディの与える印象、描くストーリーは全く異なります。前者は中心への帰還を意味する動作であり、後者は中心から離れて新しいストーリーラインを作成する動作です。

名前を設ける

しかしながら、「順次/跳躍」などと違って、ココに関してはあまり普及した名称が用意されていません。ココはさすがに名称無しには成り立たないところなので、やっぱり新しく名前をつけて対応します。

自由派音楽理論においては、中心音へ近付く動きを収束Converge、離れる動きを発散Divergeと呼び分けることにします。

種類
矢印は中心音の方向、数字は中心までの度数

今回は、説明を分かりやすくするために補足情報としてこんな風に「数字」と「中心音の方向」をメモしますね。この収束・発散はあくまでも中心との距離を観察するものですから、順次進行でなくとも中心音に近づきさえすれば「収束」と呼びますし、逆もまたしかり。

跳躍の場合

特に左の楽譜の場合、最近傍となる中心音はオクターブ上に移動していますが、中心への距離が「3°」から「2°」に近づいたことには変わりないので、「収束」ということになります。

「収束」の動きはフレーズを終わりへと近づけていく動作であり、対して「発散」の動きはフレーズを展開させていく動作ということで、正反対の性質を持つ対の存在です。他要素の影響もあるため強力な法則とは言い難いですが、概して「発散」が音楽的な“緊張”を生む動きであり、「収束」が“弛緩”をもたらす動きとして機能するとは言えるでしょう。

3. 終止と跳越

メロディを分析するにあたって重要になるモーションというのは、まだ幾つかあります。せっかくなのでもう少しだけ、名前をつけさせてください。

自由派音楽理論では、メロディが中心音へ辿り着くという行為、または辿り着くまでの数音のメロディの動きを指して終止Cadenceと呼ぶことにします。これはコードの理論で使われている用語からの転用です。さらに、中心音を飛び越えてその先まで跳躍することを跳越Stride/ストライドと呼びます。「ストライド」は、「跨いで越す,大股で歩く」という意味の言葉です。

終止と跳越

ストライド」は、最大の着地点であるはずの中心音をわざわざ跳び越えて向こう側に行くということで、表現上ひときわ重要な意味を持ちます。

ストライドする場合・しない場合

ストライドがない場合とある場合とで見比べると、まず単純に中心のボーダーを越えることによるサプライズ的な効果が期待できること、また結果として中心に対し上行と下行の両方でアプローチしていくことになるので、中心に行き着くまでに波状のうねりをメロディラインが描くこともまた音響的に刺激があります。同様にして表現の側面においても、中心より上の音域と下の音域の両方を(中心音という“句点”で区切りをつけることなく連続的に)利用することになるので、感情の急激な“浮き・沈み”の変化を表現するのにぴったりの形と言えます。

ストライドの効果的な使用例

「ストライド」は、エネルギッシュな印象をメロディに付加するのに加えて、中心に着地しないことで終止までのストーリーラインを長く構築することができるという意味でも効果的な手法です。

例えばこちらの欅坂46の「二人セゾン」は、サビに大量のストライドが登場します。

二人セゾン
「二人セゾン」のサビのメロディ (作詞:秋元康)

今回は音高の遷移だけに着目したいので、リズムを無視して楽譜にしました。ストライドを伴う跳躍が何度も連続していますね。特に「現れて」の部分は、一度大きく下がっておきながらすぐにストライド上行で跳び上がり、最後は順次下行で着地という非常にドラマチックな動きをしています。

この曲は実はコード進行の面でも、落ち着いたコードに着地するまで時間をかける構成をしていて、メロディが中心に終止した直後にコードも安定状態に至ります。コードとメロディが足並みを揃えて長いストーリーラインを構築することで、終止する瞬間に強いカタルシスが感じられるような作りになっていますね。

もちろん、作曲家はおそらく作るときにそんな細かく計画立ててはいないでしょう。以前「自ずとビジョンが描ける」という話があったとおり、経験知によって魅力的なラインが浮かんでくるのだと思います。

「道」 – 宇多田ヒカル


宇多田ヒカルの「道」も、シンプルながら心を揺さぶるメロディラインが素晴らしいのですが、「順次進行」のなめらかさと「ストライド跳躍」がもつ「揺さぶり」の対比が魅力に繋がっています。

道
「道」のサビのメロディ (作詞:宇多田ヒカル)

サビはほとんどシ・ド・レ・ミの4音だけで回っていて、単調であるからこそ「ミ-レ-ド」と「ミ-シ-ド」の違いが際立ちます。
情緒を生み出すにあたって重要な音である「導音」をムダ撃ちせず、ここぞという場所で使うからこそ、魅力的に聞こえます。

「渚」 – スピッツ

この曲については、A・B・サビ全パート面白いので、順に辿っていきます。

A・Bは主音を経由したり順次進行をしたりが多く、ストライドは低めの位置で2回しか起こりません。サビ頭では跳躍が起こるのですが、これは主音に「終止」する動きであるため、非常に安定感があります。

渚「渚」のサビのメロディ前半 (作詞:草野マサムネ)

こうして見ると、ほぼ順次進行。そして、収束する流れと発散する流れがほぼ交互で半々というようなバランスのとれた動きになっていることが分かります。まさに、まるで渚に打ち寄せる波のようなメロディラインと言えますね。
しかし、サビ後半の方は、主音を大きく越えて跳躍するのが見どころ。

渚サビ後半

「ファ」の音は、下がって「ミ」へ進むと半音進行で最もなめらか。ところが今回は、1オクターブ上のミへ飛びます。一番大きなストライドの跳躍を、サビのラストまで取っておいているわけです。恐ろしいほどのメリハリ。それが魅力に繋がっているんですね。

4. メロディの分析要素

だんだんと分析の要素が増えて、大変になってきました。コードと関係なくメロディ単体だけを切り取っても注目すべきところはたくさんあるということが、特に今回よく分かったかと思います。Ⅰ章の内容を改めて見返すと、メロディの基本的な分析要素としては、以下の項目が挙げられます。

カテゴライズ

例えコードがない独唱でもこうした変化は感じ取れますから、これらはメロディそのものが持っている性質です。作曲の時はあくまで「なんとなく」意識するくらいに留めておくのがよいでしょう。気にしすぎると窮屈になってしまいます。分析の際も、全部の観点から考えるのは大変ですね。何か耳に引っかかる良いフックを感じた時に、その原因を探るためにこれらを活用するというのがよいかなと思います。

まとめ

  • 自由派では、中心音に近づく動きを「収束」、離れる動きを「発散」と呼びます。
  • 概して「収束」するメロディは音楽的な安定を、逆に「発散」するメロディは展開性を感じさせます。ただし、上行/下行のような他の要素との兼ね合いもあります。
  • 中心音への着地、またそこに至るまでの数音のメロディの進行のことを、自由派では「終止」と呼びます。
  • 中心音を跳び越える形でメロディが跳躍することを、自由派では「ストライド」と呼びます。
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