目次
5. 展開 : カーブのみの保持
より変化を大きくする場合には、モチーフがどこで上がってどこで下がるかというカーブをおおよそ保ちながら、全体的なピッチを変えるというパターンがあり、これはメロディメイクにおける盤石な手法、定番中の定番です。
井上あずみ – 君をのせて
ジブリ映画「天空の城ラピュタ」の主題歌としておなじみの一曲。「あの地平線」で提示されたモチーフを、高さを少しずつ下げながら繰り返していきます。毎回メロディのピッチは異なっていて、「純粋コピー」や「語尾変化」の時のように、同じものをリピートしているわけではないですから、「繰り返している」という印象はかなり薄れ、代わりに「進展している」印象を与えることができます。
スピッツ – みそか
こちらは「越えて」という歌詞を3回リピートしていて、構造がとても分かりやすいですね。「君をのせて」と比べると、こちらは音が上がっていく点、そしてモチーフが非常に短い点が対照的です。リピートするたび音を高くしていくというのは、高揚感や盛り上がりを演出するのにぴったりですよね。
また、モチーフ自体はただ単に同じ高さの音を3回鳴らしているだけというのもポイントです。たとえモチーフがごくシンプルであっても、そのモチーフをどう展開させるかでストーリー性を作ることができる。これは非常に重要な観点です。
乃木坂46 – 制服のマネキン
こちらはサビ冒頭「恋をするのは」でひとつのモチーフ、わりと大きめですね。そして次の「いけないことか」は、モチーフを音階に沿って一段下げた形になっています。
ポイントは、3回目「僕の両手に」で元々のモチーフの高さに再帰することです。このように、4つのカタマリを「①モチーフの提示 ②高さを変形 ③元のモチーフに再帰 ④リクイデーション」と配分する型は、定型のひとつです。そうすることで、提示-展開-解消という構図に加えて、前半-後半という新たな構造感覚ももたらすことができます。
非常にポピュラーな構造様式であり、「再帰型」などと呼んでもいいかもしれません。こうやって複合的に構造性が見えるほど、聴き手もメロディの構成を理解しやすく、メロディをより親しみやすく、馴染みよく感じてもらえることが期待できます。
モチーフの反転や断片化
この曲はリクイデーションの部分にも技巧が凝らされています。モチーフの方がどんどん下がっていくメロディであるのに対し、リクイデーションはメロディが上がっていきます。
上下反転のコントラストを作ることで、“音楽の句読点”としての機能がより強まります。またそのリズムに注目すると、実はココもモチーフを再利用していることに気づきます。7文字ぶんあるモチーフのうち、“しっぽ”の2音を切り落として、これをリクイデーションのリズムに使っているのです。
このように、モチーフの一部を切り落として使う行為は、断片化Fragmentation/フラグメンテーションといいます。
モチーフのバトンタッチ
その先へ進むと、もうひとつ発見があります。サビ後半の「若過ぎる それだけで」は決して新しいモチーフではなく、「断片化」によって生まれたリクイデーションのリズムをさらに継承しているのです。
要は、前のまとまりにおいては「崩し役」だったフレーズを、1回きりで捨てるのは忍びないから次のモチーフに利用しようという、バトンタッチのようなことをしているわけです。
こういった所は、作り手とて細かく計算してはいないと思います。“自ずと生まれるビジョン”が奥底にあって、それがフレーズ作りの際に無意識的にモチーフの再利用をさせる結果になっているのではないでしょうか。実際に作曲の際に、自分自身で気付かぬうちにリピート構造を作っていて、後になってからそれを発見するということはあります。
松任谷由実 – 春よ、来い
「モチーフのバトンタッチ」の例をもうひとつ。こちらAメロは「淡き光立つ俄雨」で長めの1モチーフで、「制服のマネキン」と同じA-A’-A-Xの構成で進みますが、リクイデーションも「ひとつ ひとつ香り始める」と長めで、中にまた小さなモチーフの展開が入れ子になっています。
そしてこの「ひとつ」のリズムがたいへん魅力的だということで、Bメロの「それは それは 空を越えて」にそのままモチーフとして継承され、さらにはそれがサビの「春よ」のリズムまで引き継がれていきます。
Aメロのリクイデーションという目立たないポジションにいた小さなモチーフが主役としてのバトンを受け、サビまで走り切るという構成になっています。
そうすると、この曲を初めて聴く人でも「春よ」の瞬間にはもうこのリズムを11回聴いていることになりますから、サビのメロディをスンナリ受け入れる心の準備が整っていることが期待できますね。
変質し、分裂し、継承する・・・まるで有機生命体(organism)のように変化していくメロディは、それだけ組織的まとまり(organisation)を感じさせるものだと言えるでしょう。
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