目次
§1 良いメロディの必要条件
メロディ編の最初は、あまり難しくない話題から始めていきたいと思います。ズバリ、印象に残るメロディとは何でしょうか?
それを答えるのは、ちょっと難しいです。印象に残るといっても、「美しい旋律」「突拍子もない展開」「歌詞との合わさり方」など色々ありますから。ただ、逆に「印象に残らないメロディ」がどんなモノか考えると、ひとつ大きな条件として言えることがあります。
それは、覚えられないこと。聴いていて覚えにくい、覚えられない。そんなメロディが印象に残るはずはありません。つまり「人に覚えてもらうことの出来るメロディ」は、印象に残るメロディを作るための必要条件であると言えます。
ですからメロディ理論を学ぶ上では、ココを最初のスタートライン、最初に達成すべき目標として考えます。われわれは意図して記憶に残りやすいメロディを作る必要があります。作り手にとって、メロディは「記憶に残る」ものではありません。「記憶に残す」ものなのです。
§2 モチーフ
では「覚えられるメロディ」を達成するために必要なことはなんなのか?
答えは明快かつ単純、それはリピート(反復)をすることです。反復されないメロディは、覚えることができない。リピートこそが音楽の本質であり、メロディの本質でもあります。20世紀の作曲家シェーンベルクの言葉を借りるなら、こうです。
ここでいうリピートというのは、単に同じメロディを繰り返すことだけではありません。メロディの高さを変えたり、長さを微妙に変えたりしつつリピートをします。時代によってメロディの構成法というか概念は異なりますが、どの時代を切り取っても、親しまれる名曲にはリピートがつきものです。
明快で耳に入ってくるリピート。それがいかに重要かを実感するために、いくつかの曲をみてみましょう。
クラシックとモチーフ
クラシックの世界では、小さなフレーズのことを動機Motif/モチーフといい、ソナタ形式などでは限られたモチーフを元にしていかに美しく曲を展開していくかが醍醐味でした。
素晴らしいフレーズのリピートに関しては枚挙にイトマがありませんが、代表例といえば上に挙げたベートーベンの「運命」ではないでしょうか。このメロディが印象深いのは、大本のフレーズにインパクトがあることも一つの要因でしょうが、むしろその執拗な繰り返しによって印象付けがなされている側面が大きいでしょう。
こちらは1800年代後半の作曲家、ビゼーの「カルメン」から。改めて聞くと、「タンタカ タカタカ」のメロディを延々と繰り返しているのがわかりますね。とはいえ、これだけ聴いてもちょっと、「クラシックのオーケストラを引き合いに出されても…」という感じがするかもしれません。もう少しポピュラー寄りの例を見てみましょう。
民謡とモチーフ
少し趣向を変えて、各国の民謡。
上はゲーム「テトリス」のBGMでおなじみ、ロシア民謡の「コロブチカ」。冒頭で「タッタカタッタカ」をひたすら繰り返しています。やっぱり印象に残るし、それからつい口ずさみたくなるという効果もあります。
下は蛍の光でおなじみ、スコットランド民謡の「オールド・ラング・ザイン」。こちらは一聴すると分かりにくいですが、メロディに合わせて手を叩いてみると、びっくりするくらい同じリズムを繰り返していることがわかります。
そうです、単一の主旋律をもったシンプルな音楽でも、「モチーフ」のリピートは活用されているのです。ではいよいよポピュラー音楽に目を向けてみましょう。
§3 ポピュラー音楽のモチーフ
さて、いよいよ本題というか、ポピュラー音楽のメロディでこの「モチーフ」の反復を見てみます。
嵐 – Monster
こちらはサビのモチーフが本当に分かりやすい、模範中の模範例です。「僕の記憶が」というところのフレーズの形を、以降ずっと高さだけ変えて繰り返しているのが分かるでしょうか? 最後の「モンスター」というフレーズ以外はずっと、ほぼ同じ形のリピートです。ピンと来ない場合は、歌詞を全部「僕の記憶が」にしてサビを歌い通してみると、同じ節回しであることが分かるかなと思います。
日向坂46 – こんなに好きになっちゃっていいの?
こちらはサビ直前の「インフィニティ」という歌詞と共に提示される「ターン・ターン・タッ(タン)」というリズムがモチーフとなり、それがそのままサビで繰り返し使われるという構図になっています。
上の嵐の例と比べると1回のモチーフが短いため、モチーフ自体の個性は薄めですが、そのぶん数で勝負ということになります。
この曲の場合、歌詞しだいで微妙にモチーフが崩れるところが何箇所かありますが、おおよその抑揚が一致していれば十分リピートとして機能します。
やはりアイドル楽曲というのは作曲のプロが作るわけなので、こういう構造美がしっかり作られていることがよくあります。
RADWIMPS – おしゃかしゃま
うってかわってロックソングですが、サビのモチーフが上の日向坂46と似ていて、「タンカタッタッタ」のリズムをひたすら繰り返しています。メロディラインとしても高低の抑揚がほとんどない同じ音の単調な連打で、だけどそれで十分サビとして成立しています。これが大事なことですね。
柴田聡子 – 後悔
こちらはBメロの執拗なリピートが特徴的ですね。たったひとつのモチーフで乗り切っています。この曲がすごいのは、歌詞も「背筋を・伸ばして・準備する / 気持ちを・抑えて・準備する / みんなは・気づいて・ないみたい」という風に4・4・5の調べで統一されているところ。歌詞まで総出でこのリズムを記憶に植え付けてきて、1回聴いただけで忘れない一曲になります。
サビのメロディも、多少のゆるさがありつつ外形は似たもののリピートになっていますね。
Hans Zimmer – He’s a Pirate
歌モノでない楽曲においても、当然モチーフの重要性は変わりません。こちら「ダークナイト」「インターステラー」「インセプション」など大ヒット映画の音楽を務める大作曲家ハンス・ジマーの作品。「タタタンタン」というリズムの執拗なリピートによってフレーズが耳に焼き付けられます。
この「タタタンタン」というリズム、どことなく舵を切るイメージや波で船が揺れるイメージとかいった“海賊感”を思わせるものがありますよね。良いリズムだなと思ったらそれを繰り返す。そうすることでそのフレーズを曲のアイデンティティにすることができます。
パート間でモチーフを継承する
さらにはパートを跨いでもなお同じモチーフを引き継いだり、少し離れたパートからモチーフを拾ってくるような例も見られます。
Nirvana – Smells Like Teen Spirit
ニルヴァーナというバンドの代表曲。もちろんコード進行が一種類をただただ反復するものであり、サビのメロディが同じラインをリピートしているのは明白ですが、AメロとBメロのメロディのリズムがほぼ同じであるのがポイントです。Aメロの“Self-assured, Oh no, I know a dirty word”とBメロの“Hello, Hello…”はリズムが全く同じ。これは意外なところにリピート構造が隠れている例です。
スピッツ – 愛のことば
スピッツは割と模範的なリピートが仕込まれていることが多く、メロディ作りの参考になるアーティストです。「愛のことば」は特にモチーフが明確で、ABサビそれぞれ綺麗なリピート構造があり、とても分かりやすいです。
一方で非常に珍しく面白い技法も盛り込まれていて、それはBメロのモチーフがCメロに流用されているという点です。すなわち、「昔あった国の映画で」というBメロのリズムと、「雲間からこぼれ落ちてく」というCメロのリズムが同じなのです。これはすごく独特なリピート構造で、この曲のCメロは、場面を展開させているように見えて、実は同時にデジャヴを感じさせる構造になっているのです。
松田聖子 – 瑠璃色の地球
こちらも離れたパート間でモチーフを継承するパターンです。メロとサビのメロディラインの形が、そっくりなのです。歌い出しの「夜明けの来ない夜は無いさ あなたがポツリ言う」というフレーズと、サビの「朝日が水平線から光の矢を放ち」は、リズムがほぼ同じです。
ですから、このサビのフレーズは決して分かりやすいラインとは言えない、複雑な部類のメロディですが、Aメロのうちから同じラインを提示してきたことで、聴き手にはスムーズに入ってくるのです。もちろん、サビではもっと上昇していく形のメロディラインに変えることで、盛り上がりを作っている点も見逃せませんね。
リズムをとにかく統一する
メロディの上がり下がりのラインが揃っていなくても、アクセントの置かれる位置が揃っているだけでメロディにはリズムが生まれ、印象に残りやすくなります。
Asian Kung-Fu Generation – 振動覚
こちらも何となく聴いていると気づきませんが、実はAメロで「タターンタターン」というシンプルなリズム素材を何度も何度も繰り返していることが分かります。ていうか、それしか使っていません。そして別のモチーフをひたすら繰り返すゆったりなBメロを挟み、サビのモチーフがまた「タターン」です。
音の高さに関してはあまり形が揃っていないのですが、だからこそ「さりげないリピート」としてよく機能しています。
槇原敬之 – 世界に一つだけの花
この曲は本当にすごくて、メロディは一見細かく聴こえますが、アクセントに注目すると、AメロもBメロもサビも、全てがほぼ同一なのです。
AもBもサビも、上のリズムに合わせて歌えます。全てこれ一本で、Aメロはメロディの抑揚を抑え気味にし、Bメロはコードを変わったものに替え、サビで一気にサビらしく盛り上がるのです。サビのリズムさえ覚えたら、その調子でAメロもBメロも歌えるのだから、こんなにキャッチーなことはないですよね。
手法はいろいろ
そんなわけで、あからさまにフレーズをリピートするものもあれば、なんとなくリズムだけがあっているものもあります。そのどちらも、聴き手に印象づける手法として有効です。
きっと、「言われてはじめて気づいた」というリピート構造もあったのではないでしょうか。
もちろん良いメロディを作る道すじはこの「リピート」だけではありませんが、リピートを活用すれば覚えてもらいやすいメロディを作れることは確かです。
つまり、メロディメイクをするにあたっては、次から次へフレーズを生み出していけばいいというものではないという意識を、まず持つべきだということです。核となるフレーズを何か作ったら、それを“展開させる”という意識で次のフレーズを作ると、まとまりのあるメロディが生まれやすいです。
こちらモチーフを三回展開している例。こんな感じでヤマを作って、最後はフワンと伸ばしたりするのが、定番のメロディラインです。このような「造形」があるメロディは、聴き手にとってすごく馴染みやすく、覚えやすい。モチーフというのは、本当に重要なメロディの根本概念なのです。
Check Point
メロディラインを作る時には、思いつくままに次々とラインを作っていくのではなく、「素材を活かす」という気持ちで反復構造・展開構造を作っていくとよい。反復の方法は、メロディラインの形を保ったまま高さだけ変えるのが一般的だが、リズムを揃えるだけでも覚えやすさに繋がる。
「素材」は少なければ少ないほど聞き手は覚えやすいので、素材の数は、聞き手が退屈しない限りはどれほど少なくてもよい。メロディ素材を展開する能力も、重要なセンスのひとつである。
まずはコレをいちばんの基本概念として頭に刻み込んでおいて欲しいのです。「モチーフの展開」をガチガチに意識した作曲というのは、練習としてやるだけの価値があります。
まとめ
- リピート(反復)がメロディメイクの基本です。みだりにフレーズを増やさずに、象徴的なラインを繰り返すことで曲を印象深いものにできます。
- クラシック理論では、小さなフレーズのことをモチーフと呼びます。
- リズムだけをさりげなく合わせたり、Aメロに伏線を張るような手法も存在します。