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接続系理論 ⓬ 不定調性と調性スキーマ

1. 不定調性

「調性(Tonality)」は、準備編で紹介した音楽理論の基礎中の基礎でありながら、奥深い概念でもあります。「調性」は広義/狭義で意味のブレが大きい語でもありますが、自由派では比較的広義な部類の定義を採用していました。

調性 (Tonality)
どこかの音が中心として感じられる、「中心音が認知可能である」という状態を表す言葉。

だから、二音だけから成り立つ原始的な音楽にも「調性」はあって、私たちはそれを感じとることができるのだという論調になります。

そしてこの「広義の調性」にかかわる感覚は、認知心理学の分野では「調性スキーマ」という後天的な能力だと考えられているという説明も、準備編の段階でしました。曰く調性スキーマは文化依存的・学習的なものであり、だから例えば上の曲の中心音をクッキリ認知できるのは、似たような日本の童謡にたくさん触れてきたからだとも言われます。

調性のグラデーション

自由派は一貫して、調性とは人間の認知によって形成されるものであるから、曖昧になることがありうるという前提で理論を組み立ててきました。その最たる例がレラティヴキー間の移ろいです。

中間状態

しかし調性が揺れるのはレラティヴに限らず、コード進行を複雑化させていけば、調性は自ずと曖昧になっていきます。

こちらはV章の「パラレル・メジャー」の記事で紹介した音源。パラレルマイナーのコード群とパラレルメジャーのコード群を次々と繰り出して調性をボカすものでした。

CΔ7Bm7B♭Δ7E♭Δ7(+11)GΔ7E6/G♯F♯m9DmΔ7(+11)Am(9,13)Gm9D(9)/F♯AøEm9

なんとなくこの調かな? と思ってもすぐにまた別種の和音が登場してくるため、調性が定まりきりません。“イタチごっこ”のようなイメージですね。これを当該記事では「不定調性」と形容しました。

無調性やマルチトニック

このような音楽は、いわゆる「無調性」の音楽とも少し違います。

一般に「無調音楽」と言えば、それはこのように特殊な音階や和音を用いて、計画を持って主音を特定させない、調性音楽とは完全に異なるスキームで作曲された音楽を指します。

また、ジャズ理論の章で紹介した「マルチトニック・システム」ともまた少し違います。

こちらは転調こそ頻繁だけども、きちんと「ii-V」や「V-I」のような明確なモーションがあって、中心をその都度その都度ではっきりと提示してはいます。だからたとえリアルタイムではスピードが速すぎて分からなかったとしても、ゆっくり紐解いていけばきちんと、「いま主和音に着地した」というのが分かります。中心の位置は移動しますが、どこに移動しているかは十分に“定まる”ので、これを“不定調性”と呼ぶには違和感があるのです。

「調性」というもの自体が曖昧な存在であるので、「不定調性」の音楽がどこからどこまでを指すのかをハッキリと定義するのは難しいものがありますが、強いて言うなら次のようになるでしょう。

不定調性 (Indefinite Tonality)
局所的にみれば中心音の位置がある程度は推定されるものの、それを明確に特定するための情報が何らかの形で欠落しており、それゆえ中心音が定まらない状態のこと。
「不定調性の音楽」「音楽を不定調性化する」「調性が不定である」といった形で使う。あるいは「無調ではない」というニュアンスを込めて「不定調性がある」という言い方もありうる。

このような曖昧な調性は、シューマンやワーグナーといったロマン派の楽曲から既に見られる技法です。シェーンベルクはこのような調性を”floating tonality1“とか”suspended tonality”と称しました。ただまあ日本語においては、「浮動調性」や「繋留調性」というよりは、「不定調性」の方がシンプルで余計な含意のない表現だろうということで、こちらを採用します。

この記事では、不定調性の音楽をいかに構築するかを考え、そして不定調性下での作曲の指針となる理論のベースを作ることを試みます。

2. 武器を手に入れる

さて、不定調性環境での作曲がなぜ難しいかといえば、大きいのはディグリーが振れないこと。もしディグリーがクッキリと振れてしまったら、それは中心音の位置を特定しているということですから、不定調性ではないという事になる。ディグリーが(たとえ候補が2-3個に絞れているにせよ)ハッキリしないことは、楽曲が不定調性であるための必要条件なのです。

だから6-4-5-1だとか1-5-6-4だとか、IVmだとか♭IIだとか、今までコツコツと蓄積してきた「ディグリーとセットの実践知識」が一切使えなくなってしまうため、完全に徒手空拳で戦わねばならない。これがキツイわけですね。

ネオ・リーマン理論のアイテム

一応前回扱ったネオ・リーマン理論でのトネッツやパワー・タワーズといった図画は、調性に関係ない共通音による結びつきをビジュアライズしたものですから、制作の際のひとつの指針にはなります。

パワータワーズ・改造版

しかしながら、これらは調性の有無を“気にかけない”システムであって、調性感を生む進行と生まない進行が分け隔てなく論じられます。今回やりたいのは「調性感をハッキリさせないための方法論」なので調性感の有無をかなり気にかける必要があって、微妙に目的がズレており、そのままの活用はできなさそうです。

不定調性と接続系理論

そこで、ここでもう一度引っ張ってきたいのが接続系理論です。接続系理論は「ルートの変化」と「コードクオリティの変化」という2つのコントロール・ファクターを元に曲想を論じるものでした。

ルートの変化
コードの長短

これはあくまでも「2つのコードの間にある変化」を観察するものなので、論じるにあたって調性を必要としません。例えばルートの変化が大きければそれだけ大きなエネルギーを感じるとか、2度上下の接続はメンバー総取っ替えだからサウンドの彩りが大きく変化するとか、これはディグリーが何であろうと成り立つことですよね。このルート変化とクオリティ変化の組み合わせ論をもう少し掘り下げていけば、不定調性における作曲のヒントが得られそうです。

接続系理論をアップグレード

接続系理論はI章のレベルに最適化されて提供されたので、「ルートは簡易度数・クオリティは3和音の長短どっちか」というかなり簡素なものでした。これからはもう少し解像度を上げて論じます。

クオリティに関しては、これまで様々なコードがありましたけども、全部を扱おうとするとちょっと理論が肥大しすぎる危険な予感がします。ここでは一旦、最も主要なコードクオリティであるΔ7・m7・7の3つに的を絞って話を進めていきます。

コードクオリティのアップデート

ルートについても、「ルート変化なし(保留)」まで含めた12パターン全てを個別に扱う状態を基本とします。

度数のアップデート

不定調性と機能論

コード進行構築の役立つサポート役であった「機能」も、主和音がハッキリしない環境では役に立ちません。ただここにおいても、2コード間の相対的な変化は残っているという点に着目します。

中心軸システム

数ある機能論の中から最もシンプルで規則的である「中心軸システム」を採用すると、ディグリーが何であろうと、現在地がTDSのどれであろうと、例えばP5下行すれば機能は必ず「順行」します
不定調性下では、“何から何に”順行したかまではよく判らないけども、そんな状況であっても、「機能が順行した」という感覚は依然としてあるのではないか? これはさしたる論証のない仮説になりますが、そのような「和声機能スキーマ」が“ある”とここでは仮定します。

相対的感覚

このように考えると、ルートの変化ごとに機能の変化というのが決まっていることになるので、これをまたコード進行を構成するうえでのヒントにすることができます。

機能の変化種 該当するルート変化
保留 m3↑, m3↓, TT, 保留
順行 m2↓, M2↑, M3↓, P5↓
逆行 m2↑, M2↓, M3↑, P5↑

不定調性下で「順行」「逆行」という性質がどれほど感じられるかはいささか疑問ですけども、まあ12種類あるルートの変化を大まかに3種類に区分してくれるタグくらいの気持ちで接します。

接続系理論と機能論。この2つを軸にして、コード接続と調性確定の関係性について考えていきましょう。

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