中心軸システム

コード編 Ⅷ章:研究室

さて、クリア後の「やりこみ要素」の第一回は、これまで扱ってきた調性音楽の枠からちょっぴりはみ出すためのアイデア、「Axis System」を紹介します。Axisは「軸」という意味の英単語。日本語では、「中心軸システム」と訳されるのが一般的。中心軸システムは、レンドヴァイ・エルネという音楽学者が提唱した、比較的新しい理論です。

中心軸システムの概要を簡単に紹介すると、7つのダイアトニックコードだけではなく、12個あるルートから作られるコードそれぞれのTDS機能をビシッと決める理論です。

#1 五度圏とTDS

さて、おなじみ五度圏がこちらにあるわけですが・・・

五度圏(シンプル)

いまキーがCメジャーだと仮定して、トニックと呼べるコードは何があるでしょうか?
・・・それはもちろん、CAですね。

CとA

Emは基本的にはドミナントですから、ここでは除外しておきます。この2つだけでしょうか? 今まではあまり考えないでいましたが、借用和音たちについても、強いて言うならTDSのどれに近いのかを考えてみたいと思います。

トニックの軸

例えば、Eとかどうでしょう? この子はCmキーから借りてくる、いわゆる「パラレル・マイナー」のコード群でした。Cmキーで彼がどのように振舞っているかというと・・・

普段は

こうですよね。CキーとCmキーはトーナルセンターも一緒ですし、非常に関係の深い調であります。ならば、CキーにおいてもEはトニックってことで、異論はないでしょう!

E♭も

そうなると、逆のパターン・・・パラレル・メジャーではどうでしょう?
Aメジャーキーにおいては、もうひとりのトニックとして、Fmがいます。彼女もトニックということにしなければ、不公平でしょう。

F♯も

こうして見ると、面白いことに気づきます。五度圏で見たときに、このトニック4人衆は、綺麗に十字を描くように配置されています。これは偶然でしょうか? それとも、音楽理論の数学的な美しさを象徴しているのでしょうか? いずれにせよ、この発見を大変に興味深いと考えた人が過去にもいたわけです。

五度圏と美しいTDS配置。Axis Systemの物語は、ここからスタートします。

ドミナントの軸

同じようにして、ドミナントの軸を考えてみましょう。GEはもちろんのこと、Gをトライトーン代理でひっくり返したDも、ドミナントの役目を果たすはずです。
それからやっぱり、Cmキーでドミナントを務めているBもドミナントと呼んでいいでしょう。なんならE7のトライトーン代理としてB7だってありますし、二重の意味でコイツはドミナントです。

ドミナント軸

すると、なんということでしょう! ドミナント群もやっぱり、十字型に配置されました。 私たちは、奇跡を目撃しているのでしょうか・・・?

サブドミナントの軸

最後にサブドミナント。もう想像はついているかもしれませんが、サブドミナントとされるコード群もやっぱり十字型に並ぶこととなります。

サブドミナント軸

まあAはいいとして、Bがサブドミナントだというのは、納得できますか?
Ⅶ章でやった古典派短調のことを思い出してください。Bm(-5)Eへと続くサブドミナント役で、ダブルドミナント化したVII7もやっぱりEへ繋がるサブドミナントでした。また、パラレルメジャーで登場したVIImにしても、進行先としてはやはりEがいちばん自然に行くのでした。
ね。こう考えると、サブドミナントに分類してあげるのが実際に近いと言えそうです。

エルネ氏の著書を読むと、さらに幾つか根拠を列挙しているのですが、そこは割愛。こうして見ると、五度圏内のTDSは、本当に美しく配置されていることが分かります。その気づきこそが、中心軸システムのスタートラインです!

中心軸システム

#2 中心軸システムの生まれ

中心軸システムはもともと、バルトークというクラシック作曲家の音楽を適切に分析するために、レンドヴァイ・エルネが提唱した理論です。根がそもそも分析用の理論なんですね。

バルトークは、こんな感じのかなり前衛的な作曲家。こんなカオスな楽曲であっても、きっと何らかの秩序のもとに作曲が為されたはず。そこで分析家の編み出した仮説のひとつが、中心軸システムなのです。

エルネ氏はバルトークの楽曲を研究した結果、例えば「弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽」という4楽章構成の曲では、4楽章それぞれにおいて、途中で主調からみて増四度の位置にある調への転調をしている事実を発見しています。

転調一覧

増四度への転調というのは、クラシックの世界ではなかなか珍しいこと。それが4楽章連続で起きるなんて、これは意識的にやってるに違いない。そういう話なのです。

普通の感覚からすれば、CとF#は遠く遠く離れた存在。でもバルトークは、この「中心軸」という考え方をもって、CとF#の間に機能的類似性を見出していたと主張します。

#3 中心軸システムの概要

では改めて、「軸の発見」からどう話が進んでいくのかを見てみますね。まずやっぱり、見つけたものには名前をつけないといけない。それが音楽理論の宿命です。
エルネは、C-F♯の軸を一次軸Principal Branch、対するA-E♭の軸を二次軸Secondary Branchと名付けました。そして、枝のうち片方をPole、反対側の方を対極Counterpoleと呼びます。

名前

ちなみに、普通に考えてこれはCを基準にした時の名前ですよね。キーAから始めたならばそちらをPrimary Branchとするのが順当でしょう。そして、これを元に次のようなことを提言します。

A pole is always interchangable with its counterpole without any change in its function.
(極の音は常にその対極の音と、その機能を一切変えることなく入れ替えることができる。)

なかなか大胆なステイトメントです。ただ、「音」というのが単音の話なのかコードの話なのかキーの話なのか、あるいは「function」という言葉がどれほどのレベルを指しているのかも、本書ではあいまいです。

バルトーク的擬似終止

例えばその活用法として紹介されるのが、バルトーク的擬似終止Bartokean Pseudo Cadenceです。コレは言ってみれば、トライトーン代理の親戚のようなもの。

擬似終止

平行五度がありますけど、まあそこは目をつぶってください。説明いたしますと、G7のトライトーンはシとファ。もちろんシが導音・ファは下属音で、ここからドとミに開いて解決するわけですが、そうではなく、ファが導音・シが下属音であると認識をひっくり返してしまうのです。

そのような見立てで音を解決させると、トライトーンは開くのではなく閉じて、行き着く先はF♯になります。確かにトライトーンの濁りはコレで解決できている! サウンド的にも、不思議の森に迷い込んだような感じで面白いですね。このアイデア、けっこう侮れないものがありますよ。

こちらは、「バルトーク的擬似終止」のアイデアを少し応用して膨らませてみた例。増四度の解決が裏返る瞬間が分かりますか? 明らかに予想と違うコードに進んだのに、トライトーンはしっかり解決しているため、なんだか狐につままれたような気分になります。Ⅶ章でやった和声を活用すると、発想を広げていきやすいですね。

トライトーン代理の始祖

さらにもう少し拡張させた適用例として、「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」の第4楽章のラスト部分を挙げています。

F7B7E7A7G#7C#7C7F7という、ドミナントセブンス連発のコード進行に、2回に1回第一転回形を交えながら作られた美しいアンサンブルです。

最初は綺麗に完全四度上行で進んでいきますが、A7の次がD7-G7じゃなくG♯7-C#7になっていますね。ここがまさに、中心軸システムをもとに極と対極を交換しているところだというわけです。

まあ現代を生きる我々からすれば、ドミナントセブンスコードが五度圏の裏側で置き換えられるのは、おなじみの「トライトーン代理」ですから、なんということもないんですけどね。でもこの曲の発表が1936年ですから、むしろバルトークがモダン・ジャズに影響を与えたというような話を耳にするくらい。そういう歴史感覚です。

それでまあ、ココだけでなく先述のキー設定など、様々な場面でこうした技法が見られたため、バルトークはコレをひとつの「システム」としてフル活用していたという仮説なのです。

その先は・・・

ではこのシステムをどう使うのか? コードクオリティはドミナントセブンス以外だとどうなのか? メロディラインはどう構築すべきなのか?

そうした点については、一切言及がございません

エルネはこれを「分析用」の理論として編み出したに過ぎず、「制作用」としてどう使っていくかは、バルトークの作品例を幾つか提示するに留まっています。

メロディ例

彼はクラシックの学者ですし、時代的に見ても当然、これをポピュラー音楽にどう適応・展開していくかなど、述べているはずもないのです。じっさい、中心軸システムについて述べているのはほんの16ページだけなのです。そのあとは、フィボナッチ数列と黄金比分割の話へ進んでいきます。

注意すべきこと

いちおう補足をしておきますと、この中心軸システムが言うとおりKey CにおいてF♯系のコードが真に「トニック」としての役目を果たせるかどうかというのは、全く定かではありません。少なくとも私たちがふだん考える、「トニック=安定、着地、終止」というものとは、サウンド的にかけ離れていますからね。

エルネ氏は「同じ機能を果たしているから交換できるのだ」と解釈していますが、バルトークの認識はもしかしたら逆に、「トニックとはいちばんかけ離れたところへ一気に転調する技法」と捉えていたかもしれませんよね。

あるいは光の世界と影の世界、天国と煉獄のような「対照的な両極」として発想していた可能性も十分あります。

「多調性」の時に紹介した「ミクロコスモス」の125番は、左手が白鍵のみ(≒Cキー)、右手が黒鍵のみ(≒F♯キー)を弾いているんでした。これは確かに「機能が同一だから同在できる」という説明も通じますが、しかし「F♯のサウンドがCの世界から乖離しすぎているから混ざり合わずに同在できる」という説明も通じます。

書籍ではいくつか「根拠らしきもの」を示していますが、論理的な筋道は全く立っておらず、空想の域を出ないという感じ。だから、中心軸システムを「絶対的な音楽の真理」みたいに捉えるのはちょっと危険で、まあ「面白い一つのストーリー」ていどに思って向き合うのがちょうどいいです。
時代的背景を見ても、バルトークの分析という目的から見ても、この理論が我々が一般に知るコード理論の「代理」とは本質的に断絶したものであるということは、頭に入れておかねばなりません。

#4 中心軸システムの拡大解釈

しかし後世の人々はそんな細かいところは知ったこっちゃないという感じで、この中心軸システムを活用しようとしています。つまり、「とにかくコードの機能というのはルートによって定まる。そして同じ機能同士なら自由に代理が可能で、コードクオリティも任意に選択可能」と拡大解釈したのです。

例えばIVVIの進行がベースにあったとき、中心軸システムの考えにのっとれば、代理コードの選択肢というものがとても分かりやすくなります。

代理たち

こういうこと。「各機能ごとに4つのルートを選んで、そこに乗せるクオリティも自由に選べちゃうぞ」と考えるわけです。もちろんベースにするのはSDTの順番じゃなくってもよい。

代理候補のうちのほとんどはもうこれまでの理論で説明のついているところですから、それ自体は新しくありません。ポイントは、こうやってコードの選択肢を“平等に”並べることで、特に不定調性の曲を書きたいときの指標になるということです。

例えばIからトニック続きで先に進みたいかなというとき、こんな風に考えることができます。

選択肢

浮き上がるならIII、沈むならVI、そして反対側の世界に裏返るならIVと、すごくシンプルな思考に落とし込むことができます。だから、無意識にはまってしまいがちなコード理論の枠から、軽やかに抜け出すことができるわけです。

ただもちろん、それによって美しい曲が生まれることをバルトークもエルネも保証しちゃいませんから、そこから先どうやってサウンドとして魅力あるものに仕上げるかについては、技量がいるところです。

テーマ性の確保

では、中心軸システムを作曲に活かすために必要な技術とはなんでしょうか? 重要なのは、テーマ性を確保することです。中心軸システムはコードのクオリティも自由、進行も自由、調性も曖昧、指標は何にもありませんから、ただシステムに沿って適当にコードを選んだだけでは、それはデタラメにやるのと何も変わりません。いくら「これは中心軸システムという高度な方法論に基づいている!」と主張しようとも、リスナーにとってそんなことは関係ありませんから。

だから、まずTDSの動き方、次に各4箇所あるルートの選び方、そしてコード・クオリティの選び方。そこに何らかの傾向、意図を自分で組み立て、そのうえで作曲をしてあげる必要があります。
システムの上に、フレームワークを組み上げる。そこで初めて曲想にテーマ性が生まれ、個性が生まれ、オリジナリティを発揮できるわけです。

一例

こちらが、中心軸システムに基づいて作曲してみた例です。上譜のようなコード進行を2回繰り返し、3周目の途中で終わります。SDTTという定番の流れを発展させていったということになります。

曲想に統一感を持たせるために、今回は以下のようなテーマを設定しました。

  • ラストのドミナントセブンス以外は全てマイナーコードで統一
  • 前半4小節と後半4小節はルートの流れが同じ(半音下→長三度下→短三度下)
  • 4小節目→5小節目の遷移には分かりやすく強進行
  • 1-4小節はパッドのトップノートをE音で,6-8小節はC♯音で固定することで転調感を薄める
  • コードが1周して頭に戻るときも綺麗に半音下行になるよう仕組んだ

今回は、「半音下行」「三度下行」「完全四度上行」といった定番の進行感を用いることで、安定性を出しています。そのため、ルートの動きだけを見れば普段の音楽との親和性が高いのですが、コード・クオリティに着目するとひたすらマイナーコード。そこが、今回打ち出した個性ということになります。
調性音楽としての聴きやすさを確保しつつも、進行自体はダイアトニックのシステムからはやや離脱したくらいの状態を狙ってみた感じですね。

ルートやコードクオリティの選び方次第では、どんどん調性や「本来のTDS感」は曖昧になっていきます。こんな風に全部マイナーセブンスで統一してしまっては、もうどれがTでどれがDだかもあやふやです。そういう「不思議な世界」に簡単に入門する術を与えてくれるのが、中心軸システムの良さですね。

AXISという基盤のうえで何を為すかは自由であって、そこで個性を発揮することが出来る。いかに調性音楽っぽくさせるか、あるいはさせないかにあたっては、実施できる技術がまだいくつもあります。面白いうえに、やりがいもある。

既存知識の活用

中心軸システムをよく活かすには、ここまで学んできた知識が大いに役立ちます。
例えば先ほどのサンプルのようにトップノートを維持するテクニックは、調性感を整える方法として有効なわけですが、元を辿ればジャズ理論のヴォイス・リーディングや古典派和声の「最短経路の原則」であることは言うまでもありません。また「度数とクオリティの変化によって音のテクスチャーとエネルギー量が変わるので、それをコントロールすることで曲想を自在に操りましょう」というのは、自由派音楽理論の基盤である「接続系理論(Nexus System)」そのものですよね。

バルトークの先ほどの音源も、和声の技術を完璧に使いこなしているからこそ魅力あるものに仕上がっています。表面的な理解だけでコードをツギハギしたり、安易にリハーモナイズに使っても、中心軸システムの真価を発揮させることはできないでしょう。

中心軸システムの素晴らしいところは、上のサンプルのようなクリエイティブなコード進行を作るにあたって、「借用」や「置き換え」などといった難しい考え方を一切しなくていいところです。数学的なシステムでありながら、使い勝手としてはすごく感情的なのです。
ポップスではこのような聴き慣れないコード感は受け入れられませんが、ジャズ、エレクトロニカ、ヒップホップ、オルタナティブ・ロック、ゲーム音楽、映画音楽など、ちょっとでも先進的なジャンルであれば普通に活用は可能なはず。ぜひ活用してみてください。

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