和声 : 標準配置

コード編 Ⅶ章:古典の世界

#1.和声学

さて、Ⅶ章前半は比較的キャッチーで、これまでのコード理論の延長という感じでした。でも、本格古典派が牙をむくのはここからなのです。

配置と声部連結

コード編の極めて早期、Ⅰ章の段階で、「配置(Voicing)」と「声部連結(Voice Leading)」という概念についてはもう説明しました。
「配置」は音の重ね方、「声部連結」は和音同士の繋げ方のことです。コレについてはⅥ章のジャズ理論でも簡単に扱っています。

比較後者の方が圧倒的にスムーズ

Ⅰ章の時はまだビギナーでしたから、「滑らかに繋ぐのがひとつの指標」とだけ言って終わりでした。しかしこの「配置」と「声部連結」こそ、古典派理論がかなりこだわってきた部分であり、クラシック音楽の美しさの根幹をなす重大な要素であるのです。

和音の配置や繋げ方に関する理論のことを音楽理論の世界では和声Harmonyと呼びます。英語でも、「Classical Harmony」などと言えば、それは古典派の和声理論を指し、「Harmony」と「Chord」は別々の語として区別される。ここからⅦ章のラストまで続くのは、この「和声」に関する理論となります。

実際クラシックの外の世界でも、プロのポップス作曲家の作品ではこの和声の法則が意識されて編曲されていることがよくありますし、合唱曲のピアノ伴奏なんかは和声技術を知っていて当然という世界です。

合唱曲「大地讃頌」の伴奏なんかはその典型と言えます。あまり伴奏の表現としては凝っていない部類だと思うのですが、それゆえに一つ一つの音の流れの美しさが際立っています。1音1音にこだわって音を構成していくというのが、これ以降の主題となります。

参考書籍について

この記事の中心的な参考文献になっているのは、「和声」という3巻組の書籍と、「新しい和声」という一巻完結の書籍です。

和声―理論と実習 (1)
Posted at 2018.4.17
島岡 譲
音楽之友社
新しい和声──理論と聴感覚の統合
Posted at 2018.4.17
林達也
アルテスパブリッシング

当然これも、本来はたかだか数回の記事でまとめられるようなものではありません。しかし、基礎的な概念を理解するだけでも編曲の美しさがかなり変わります。これほど強力な理論が、ただ書籍が分厚く難しいという理由で世間から知られていないのは、本当にもったいない。

ですからここでは、詳細な例外などはいくらか省き、核となる概念と、基礎的な実践部分だけを紹介します。そしてその基礎を自分の曲で実践する中で、「この理論の効き目はスゴイぞ!」と思ってくれた方が、書籍を購入してより本格的に学んでもらえるのが理想形と考えています。

禁則よりも哲学を

この「和声」の知識は、決してクラシック世界でしか通用しないものではありません。ポピュラー音楽におけるほとんどあらゆる種類の「伴奏」について、この和声を知ることがクオリティの向上に繋がりますし、少ない音数で魅せなければいけないダンスミュージックにおいても、和声の知識はすごく強い武器になります。和声を知ることは、サウンドの仕組みを知ること。それは、音楽そのものを知ることに他なりません。

ただこの和声の分野は、世間から堅苦しいものとして非常に忌み嫌われている分野でもあります。それというのは、音楽理論の中でもすごく「禁則」がたくさんあって、厳しいエリアだからですね。

イライラ

ただ、もう最初から「歴史と流派」を知り、たくさんの「禁則破り」を学んできた私たち自由派は、もちろん古典派の「禁則」に悩まされる必要などありません。破ったら破ったなりの新しいサウンドが得られるってことを知ってますから。
だから大切なのは、禁則を丸暗記して遵守することではありません。なぜ禁則とされたのか? 守ることでどんなサウンドを追求したのか? そういった「哲学・思想」こそに価値があります。それを理解できれば、逆に破ることでどんなサウンドを得られるのかも分かりますしね。

我々現代人の目指す音楽と、18世紀の人間が目指した音楽は違う。それを忘れずに、自分の音響哲学と古典派の音響哲学を別のものとして切り離しましょう。そして一歩離れた客観的な目線で「和声」の世界を眺めて、使えそうなところだけを盗んで自分のモノにしましょう!

コードの表記法について

さてここからは、本当に古典派の世界にどっぷり入っていくぞという決意を込めて、マイナー・メジャーなどのコードクオリティを省略した、古典派の一般的表記を採用します。

古典派の表記

この「スーパー文脈重視」の表記が古典派の方法論でした。ここからは、基本的にCメジャーキーを使っていくことになるので、例えば「VI」と書いてあったらそれは「VIm」のこと。「II」と書いてあったらそれは「IIm」のことです。注意してくださいね。

古典派のコードネームに対する意識

念のため述べておくと、古典派理論にとっては、コードクオリティを「省略」しているという認識はありません。「楽譜上で臨時記号がつかない普通の和音に対して、mとかøとかイチイチ記号を足さなきゃいけない方が非合理的」というような感覚です。

というのも、クラシック界における理論の重要な任務の一つとして、「楽曲から作曲家の意図を正しく解釈する」ことがあります。ある音が和音の一部なのか、あるいは経過的な装飾音なのか。変位和音があったなら、それはどの調からやってきたものなのか・・・。それを伝えるために和音記号があります。つまり古典派にとって和音記号とは、構成音を述べるものではなくて意味を述べるものなのです。

例えばジャズなら、楽譜にはコードネームだけが書かれていて、それを元に演奏するなんてことがある。だから和音記号は構成音を正確に伝えるものでなければならない。クラシックは正反対です。構成音なんて、楽譜を見れば一目瞭然なのだから、そこに重点をおく必要は全くないわけですね。やはり前提の違い、目的の違いが、理論に違いを与えているのです。面白いですよね。

#2.配置と配分

それでは、いよいよ和声の話に入っていくのですが、まず前提となる設定を共有します。

和声では、四声でのハーモニーを基本に考えます。4つの音があれば、低音部がまずルートをしっかり鳴らし、残り3人でルート・3rd・5thを鳴らすといったコードの基本ストラクチャーを構築することが出来ますからね。
それに、例えば合唱でも「バス・テナー・アルト・ソプラノ」の4パートに分かれるのが基本ですし、弦楽器も「ヴァイオリン・ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ」でワンセットみたいなところがあります。ですからこの四声というのは、クラシカルな領域では非常に実践的でもあるわけです。

4つのパートは、上から順にソプラノ・アルト・テナー・バスと呼ばれます。

音楽の授業の合唱で、こんな感じに音を重ねるやつ、やりましたよね?
この各パートのことを、声部Voice/Partと呼び、ソプラノとバスのことを外声Outer Parts、テナーとアルトのことを内声Inner Partsと呼びます。楽譜で見ると、ソプラノとバスが上下の外側になるからですね。

声部

本来の和声理論では、テナーを下段の方に記して、「上二声・下二声」で書くのが基本です。しかし、自由派音楽理論はあくまでもポピュラー音楽ありきなので、より分かりやすいであろう、「ベース一声+ウワモノ三声」という、上の楽譜のような形で進めていきます。
ただしテナーが低すぎて上の段に書きにくい時には、下の段にテナーを書いたりもしますね。

標準配置

そして例えばCのコードならド・ミ・ソの3音が必要なわけですが、4声のばあい、低音担当はもちろんルートのド、そして上の三人がまたド・ミ・ソをそれぞれ分担するというのが基本になります。そうでないと、響きが偏ってしまいますからね。「響きのパワーバランス」は、和声にとって極めて重要な基本概念です。

ただ、上三声に関して、誰がどの高さでド・ミ・ソを担当するかは、自由なわけですね。なんならド・ソ・ミという距離の開いた順番で並べたっていい。

配置

この和音の配置について、ジャズ系ではもっぱら「ヴォイシング」と呼びますが、クラシック系では配置Positionという言い方がよく使われて、もう少し細かく名前がついています。

上譜にもあるように、1オクターブ内に上三声が収まっている配置を密集配分Close Position、1オクターブよりも開いている配置を開離配分Open Positionと呼び分けます。もしオクターブちょうどであれば、そのままオクターブ配分Octave Positionと呼ぶ。

これらはみな、役割分担・距離ともに問題のない優良な配置で、音を繋いでいくにあたっても美しいハーモニーを作りやすい。このように、最も典型的で最も扱いやすい配置のことを、島岡和声では標準配置と呼びます。

「四声のアンサンブル」という観点からすると、隣接する声部同士が離れすぎるのはよくありません。遠くても1オクターブ以内の距離に収めるのが基本です。ただしバスに関しては「低音を支える」という役目があるので、テナーとの距離が12度くらいまでは許容されます。

もちろんポップスでよくあるベース+ウワモノ三声という形態であれば、バスだけ大きく下側にいることがあっても良いと思います。

最高音をroot,3rd,5thのどれにするのか。配置の距離を狭めにするか広めにするか。その組み合わせにより、上譜のように6種類の配置が考えられるということですね。

標準外配置

上三声でドミソの役割がかぶってしまうことは、そうならざるを得ない事情がない限りは避け、また配置の高低が極端に離れて偏ってしまうことも避けます。

偏り

上の楽譜と音源は、偏ってしまった悪い例。さっきの音源と比べると、「なんかコイツらチームワーク悪いな…」って感じがすると思います。役割がかぶったり、音が離れすぎたりしているだけで、アンサンブルがまとまっていないように聴こえるんです。

また、和音が進行していくなかで「密集」と「開離」がくるくる入れ替わるのはあまり好まれず、密集⇔開離を切りかえる時には、間にオクターブ配分を挟むのが基本です。

遷移

この「オクターブ配分」はちょっと特殊な存在で、詳しくはもう少し後の回で登場することになります。

#3.重複と省略

「オクターブ配分」は1オクターブ差でソプラノとテナーが鳴っているということですから、つまりは音がカブっているということです。さっきの楽譜だったら、D音が重複していますね。このように、複数パートが同じ音度で重なってしまうことを、文字通り重複doubleと言います。そして、どれかが重複した代償として、構成音のどれかがなくなってしまいます。

上声にA音がない

こちらのVIの場合、上三声にA音がありません。一応バスがちゃんとAを弾いているので、響きとしては幾らか安定しているのですがね。こんな風に構成音のどれかがなくなることを、省略omitと言います。こうした出来事は、理由がない限り避けます。

省略・重複の優先度

しかし例えば、9thコードを使う時などは、上三声どころの話じゃなく、必ずどれかの音が完全に省略されてしまうことになります。だって、四声が前提なのに構成音が5個ありますからね。

足りない

このような場合、省略の対象となるのは5thの音です。5thが和音の彩りには貢献しない「補強役」であるという話は、前回しましたね。強いてどれかを省かねばならないのなら、白羽の矢が立つのはこの5thなのです。

また、ドミナントセブンス系和音に限り、思い切ってRootを削ることも出来ます。以前軽く紹介した根音省略形体Omitted Rootと呼ばれるスタイル。このどちらかですね。

問題解決

根音省略形体を使用する場合は、コードのディグリーをスラッシュで斬る表記を使うんでした。

逆に、音を重複せざるを得ない状況も現れます。その時には、重複するのはRootか5thが良いとされています。
3rdや7thは「彩り」や「濁り」を演出するがゆえ、それが重複するのはちょっとカラーが強過ぎるんですね。マイナーコードなら3rdが重複してもまあイケるぞというパターンがありますが、そうした例を除き、そのような事態は避けます。

同じコードネームであっても、その和音の構成順序が異なれば響きも微妙に変わる」。
そんなことまで今まではあまり意識してきませんでしたね。ギターなんかは特に、ひとつのコードに対し複数の押さえ方がありますが、どれを選ぶかはわりと自由みたいな風潮、ありますもん。しかし和声学では、この辺りも真剣に分析するわけです。

このような「配置」にもこだわっていくという前提のもと、次は和音と和音の連結に言及していきます。

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