和声 : 第一転回形

コード編 Ⅶ章:古典の世界

#1 第一転回形

さて、転回形に話を戻しましょう。注意が必要なのはやっぱり配置連結です。当然クラシックならではのこだわりがあります。まずは「第一転回形」での配置ポイントについて考えていくことにしますね。

改めて確認しますと、第一転回形はC/Eのように3rdの音をベースにとった形を指す言葉でした。基本のスリーコードでいうと以下のようになります。

第一転回形

しかし!この配置では全然ダメです! こんな和声配置をやってたら、またグルメおじさんやって来て怒られます。

誰だぁっ
グルメおじさん再び

何が彼を怒らせてしまったのでしょうか?先ほどの楽譜をもう一度眺めて、おかしいところを探してみてください。和声の配置の話を思い出せば、気がつくはずです。



答え合わせ
答え合わせ

正解は、3rdの重複です。音が重複するのであれば、rootか5thがいいという話はすでに登場しています。コードのカラーが強調されすぎる3rdの重複は、基本的に避けるべきなのです。

ですからスリーコードを一転で使うときには、上三声には3rdを使わず、代わりにRootか5thを重複させますIの一転の標準配置として考えられるのは以下です。

一転の標準配置

理想形とよく言われるのが(a)。不安定なベースによって失われたトニック本来の安定感を補完するには、ルート音を重複させてあげるのがベストだからです。
(b)は5thを重複した形で、これも十分許容できます。(c)はちょっと配分が中途半端ですが、まあアリかなという感じ。

3rdが重複するのは基本的にありえない形。ただでさえ推奨されない3rdかぶりだというのに、3rdがバスを陣取っているこの状況で重複させるなんていうのは、トーンのバランスが崩壊してしまいますからね。
特にVの和音のときは、3rdが導音です。非常に不安定な音ですから、重複するのは絶対に避けたい出来事です。

一方、マイナーコードであれば、3rdの重複は全く問題視されません。そういえばVIの時も3rdかぶりの配置が標準配置として認められていましたし、マイナーコードには3rdの重複が許されているフシがあるのです。

#2 マイナーコードと3rdの重複

なぜマイナーコードは3rdの重複が許されているのでしょう? Franklin Robinsonの「Aural Harmony」という書籍では、以下のような見解が述べられています。

例えばCキーでは、II番目のトライアドであるDmの3rdが重複されると、それはFのコードをより暗示することになる。それゆえIIのマイナーとしての特徴は減少し、メジャーキーにより適応しやすいものとなる。同様の結果はVIやIIIでも得られる。従って、メジャーキーの副三和音においては、むしろ3rdを優先的に重複させるべきである。“Aural Harmony” p31より翻訳, Franklin W. Robinson

なんと、「許可」どころか「推奨」されています。でも、説明を聞くとなんだか納得できますね。すでに述べたとおり、古典派は長調短調を出来るだけ対照的に保ちたい。だからメジャーキーでマイナーコードを使うときも、そんなに目立った使い方をしないことが好まれるというわけ。
じゃあマイナーキーの時の配置はどうなるのかというのも当然気になるでしょうが、ここでは割愛します。そこまで知りたければ書籍を読みましょう。

#3 失敗例と改善例

さて、不用意に転回形を使っていると、このような3rdの重複はいとも簡単に起こります。
“一転”は、バスをなめらかに順次進行させたい時によく使うので、そのような例で実際のパターンを見てみましょう。

悪い例

おなじみの、パッヘルベルのカノンのコード進行をピアノで弾いてみましょう。

ダメな例

パッと聴き綺麗ですが、これはホンモノの美しさには程遠い。いくつもの禁則を犯してしまっているのです! いったいどこがいけないのでしょうか。一転の配置だけでなく、連続五度・八度といった禁則がないかも確認してみてください。

間違いをひととおり確認し終わったら、答え合わせをしましょう。




答え合わせ
ダメな点

ダメな点に全て指摘したものがこちら。ヒドい有り様ですね。特にI1→II1がヤバイ。

実はこの聴き慣れたカノンの進行って、ソプラノをこうやって下行させていくと、どうしても並行だらけのコンブ・スタイル1になってしまいがち。綺麗な声部連結をするのはなかなか難しいです。

それもそのはず、パッヘルベルは古典派理論が完成する前のバロック期の作曲家ですから、古典派和声とは微妙に作り方が違うのです。まあ文句を言っても始まらないので、がんばって修正していきましょう!

良い例
良い例

こちらが、問題点がなるだけ改善されるように配置しなおした一例です。後半は少しソプラノのラインも変えて、「反行」を織り交ぜてみました。ほか、スタートを開離配分にするなど工夫をしています。

ただ、ひとつだけ連続八度が残ってしまいました。微修正だけではちょっと、ここはぶっちゃけ直しづらい所です。まあ内声とバスでの連続というのはかなり気づきにくいので、ギリギリOKかなという判断です…。

VIのところをセブンスコードにしちゃえば解決なんですけどね。

7の和音を活用

ただこうやってしまうと古典派らしさは薄れちゃいますね。せっかくなら完璧なアンサンブルを作りたい。もしソプラノをガラっと変えてしまっていいのなら、もっと良くできます。

もっと良い例
もっと良い例

こんな感じだ! 「最短経路の原則」は今回無視して、ソプラノが簡単なモチーフを2回繰り返すような構成にしました。最後もII1やめてII7にしちゃってます。

ですから、基本的な連結をマスターしたあとは、こうやって自由に原則を破って自分の表現したいラインを作っていくと良いです。「最短経路」「外声反行」の二大原則を無視しても、限定進行音などの規則を守り、各種禁則を回避すればアンサンブルは美しくなります。

Check Point

完璧な声部連結を完成させるには、外声間の関係性を練ってから作るとよい。うまく行かない場合は、スタートの和音配置を変えるとうまくいく場合がある。仮にトップノートが決まっている場合でも、密集か開離かで少なくとも2つの選択肢がある。

ベースラインを転回形に変えることで綺麗になる場合もあるし、逆に転回形を取りやめることでうまくいく場合もある。連結の修正方法はたくさんある。

トップノートに表現したいメロディがある場合は、「原則」を破っても構わない。ただし「規則」や「禁則」は無視すべきではない。

#4 ダブルドミナントの一転

せっかくなので、もう少し応用のパターンも紹介しておきます。それが、ダブルドミナントの9thコードの場合です。

長調をできるだけ明るくしたい古典派にとって、ダブルドミナントはすごく頻用するアイテムです。そしてドミナントセブンス系コードですから、9thまで積むことができ、また「根音省略形体」として使うことも出来るんでした。そういった観点から、非常に「クラシックらしさ」を象徴する和音のひとつですので、ここで紹介したいわけです。

ダブルドミナント

こちらが、ダブルドミナント9thと、その根音省略形体の標準配置例です。基本形では5thを省略するんでしたよね。「根音省略形体」はルートがありませんから、当然何らかの転回形になります。今回は、第一転回形を例にとりました。

ダブルドミナントの進行と連結

ダブルドミナントは二次ドミナントのひとつですから、進行先はVと決まっています。トライトーンを構築している3rdと7thは半音移動で解決させ、9thの音は下行するよう定められた限定進行音。

DD→V

根音省略形体は、あえてルート音のDを無くしたことで浮いたようになり、とても煌びやかで美しいのが特徴です。クラシックを象徴するサウンドのひとつといえます。

こんな感じの節回しで、ピアノ曲でよく使われますね。どことなく聴き覚えがあるのではないでしょうか。格調高いサウンドが欲しいときには、この用法を知っていると非常に役立ちますよ。

ジャズ理論との見解の相違

この和音を紹介したことにはもうひとつ理由があります。ファ♯・ラ・ド・ミという構成音は、コードネームでいうとF#Øですよね。ハーフディミニッシュだ。

表記の違い

ジャズ系統の理論では、このコードは「下属音も導音も持たず、Cと五度圏上で対極に位置している」といった理由からトニックに分類され、IVへ進むことでおなじみです。
しかしクラシックでは、この和音はダブルドミナントに由来するものであるからサブドミナントであり、必ずVへ進みます

つまりこの和音は、流派によって解釈の大きく分かれるコードの代表例なのです。だから紹介しておきたかった。
もちろん、どちらの解釈が正しいかなんて不毛な話をするつもりはありません。色々な考え方を知ることで、より自由な考え方が出来るようになるという話ですね。そしてやっぱり、古典派理論もジャズ理論も単なる一様式であり、人為的に作られたシステムだということを改めて強調しておきたい。

#5 実際の適用例

さてさて、「第一転回形」の細かな用法をこれまで確認してきたわけですが、こんな些細な重複を気にしながら作曲するなんて、現代ではナンセンスだと思うかもしれません。でもそんなことはないのです!

和声を学んだ人間にとっては、こういうのはもはや無意識でやるようなレベルの話です。演奏しながら和声を体得しているので、身体が自然と美しいものを選びとるようになるのです。ジャズ演奏者が様々なスケールの動きを身体に叩き込んでいるのと同じことですね。

実際の例を見てみましょう。

フェニックス

こちらは「フェニックス」という合唱曲の歌い出しを引用したものです。楽譜1小節目のC/Eの配置に注目。この曲はFメジャーキーですから、C/EはV1 です。導音の重複を避けるために、ピアノ右手の配置が工夫されていることがわかります。

禁則と罪の重さ

ちなみにこの伴奏は、2小節目から3小節目に移るところで、アルトとバスが連続八度になっています。禁則です。

フェニックス

わたしが先ほどカノンで苦戦したのと似たような状況だ。やっぱりココも、他に何かと「譲れないもの」があって、わずかに妥協を迫られているところと言えるかもしれません。

まあ本当に、ヴァイオリンとヴィオラのように「複数楽器間」で禁則を犯すのと、このようなピアノ伴奏の「右手の中の一音と左手」が禁則を犯すのとでは、当然罪の重さに差があります。そもそもこの右手の指一本一本をソプラノ・アルト・テナーという三声部扱いするのが妥当かということ自体から裁判になりますしね。

けっきょく最後は音響の問題だ。ピアノで和音を弾く場合、トップノートがちょっと強めで他は弱めというのが基本ですから、このアルトの音というのは本当に目立ちにくい。伴奏者がきちんと弾いてくれれば大丈夫だろう。そこまで見越して判断をしていくことになります。

もう一曲

もうひとつ合唱曲から。「Let’s search for Tomorrow」という、中学校で定番の名曲を見てみます。

Let's Search For Tomorrow

冒頭2拍目でV1 が登場しますが、やっぱり右手が導音の重複を避けていますね。他の箇所では全て右手は指三本を使って厚みを出しているのに、ここは厚みを削ってでも導音重複を忌避しているわけで、それくらい導音の重複というのはタブーなのです。

えっ? 左手が思いっきりオクターブで重複してるし、連続八度もしまくってるじゃないかって、…そんなことを訊く人はもういないですよね。これは例の「ブロック効果」で音の厚みを出しているのだから、何ら問題ないという話でした。

さてここはたった3小節のイントロですがまだまだ見所があって、まず1小節目のトップとベースが反行でブワァッと広がっていくダイナミックさが素晴らしいですよね。そしてそのあと一気に下行して収縮していく。このカツオのようなフォルム、まさに反行の美しさを体現しているところです。

それから2小節目では逆に、3度間隔のシンプルなブロックでズドンズドンと進んでいるのが印象的。当然「連続五度」が起きているわけですが、良い使い方です。
まず同じコード内であれば、「声部連結」というよりメロディラインのような立ち位置ですから特に問題ないというのがひとつ。そして表現上の意味としても、力強いパワーを表現したいこの場面であれば、ラインを補強するのにあえて同じヴォイシングを連続するのは効果的ですよね。

Let's Search For Tomorrow

続いて歌の冒頭です。赤で印をつけたところがV1I1で、どちらも3rdの重複をきちんと避けていることが分かります。また、反行のダイナミックさも引き続き要所要所に見られます。

また、最後のii-Vのところも絶妙で、最終的に上二声が「ソ – ド」から「ファ – シ」へと下行するわけですが、いっぺんに並行移動させるのではなく、斜行を2回使って移動していますね。
それによって少しずつ和音のテクスチャが変化していく美しさが生まれています。コードクオリティを見ても、7sus4→m7→7sus4→7 という一貫性のあるラインになっているところがすごいです。

ですから、コード理論領域の分析だけでは「どこにでもあるカノン系のコード進行だな」で終わってしまいますが、とんでもない。完璧な美と表現力が、まるで何もしていないような自然さで盛り込まれている、まさに天衣無縫の境地なのです。

現実は四声ではない

ひとつ大事な補足を。こうやって現実の楽譜を見ると分かりますが、和声本に乗っているような「ぴったり四声でぴったり同じタイミングで音が変わる」なんていう状況のは、現実だとそうそうないシチュエーションなんですよね。

ピアノなら、指を五本使っちゃえば五声になっちゃうわけだし、逆に三声に減ることもある。四声合唱といってもフレーズは掛け合いになったりするし、ましてや電子音楽にでもなれば教科書には何も載っていない。その都度自分で判断していくしかありません。

じゃあ和声は無意味かというとやっぱりそうではなくって、あらゆる状況で最適な判断が下せるよう、この最もシンプルな四声の状態で本質的な部分を理解しようということなんですね。
メロディ編ではメロディ理論をバスケのシュートに喩えましたが、まさにそれ。現実の試合では、しっかり手首の形を確認してゆっくりシュートを打てる瞬間なんて一度もないけど、だからこそ練習できる時に細かく練習しましょうという話なのです。

#6 ポップスと和声

合唱曲の伴奏でこのように和声のテクニックが生きているということは、すなわちポピュラー音楽の伴奏にも全く同様にして和声の知識が活用できるということです。

こちらはポップスでよくあるI1IVM7VVIm7というコード進行で、和声を知らずなんとなく作ったような例です。
特にピアノが雑で、3rdの重複やP8P5のブロックが気まぐれに混じっている状態。そのため、音のバランスや流れに洗練されていないところがあります。結果として、サウンドにあまり意志や主張、世界観が感じられません

こちらは、これまで紹介してきた全てのマナーにのっとり、さらに先ほどあったような「ベースとトップの反行」「こっそり内声を斜行する」といったテクニックも盛り込んだ例です。声部は多いですが、その中でRoot・3rd・5th・7th・NCTの配分が偏らないようにコントロールしています。

「カタマリ」が生じていないため出てくる音のバランスが整ったほか、微細な音の表情が加わって、音色が豊かになっていますね。それぞれの音が、自分の役割を認識しながらフレーズを弾いているので、サウンドに筋が通っていて説得力がある

・・・何だかまことしやかな言い方ですけど、でもこの「説得力」というのは本当です。ただ単にコードトーンだとかアヴェイラブルテンションだからという判断だけで無造作に置かれた音と、ひとつひとつ明確な役割を与えられた音とでは、重ねていった時の最終的な完成度は違って当然だ。

リズムだって、ハットのほんの僅かなアクセントの差、ゴーストノートの僅かな強弱の差で、全然リズムのバランスは変わりますよね。それ次第で「何だかのっぺりした音楽」にも「無性に踊りたくなる音楽」にもなりうる。ハーモニーも同じことです。

このあたりは料理と似ていて、適当にやっていい箇所なんてひとつもない。全部を完璧な分量とタイミングでやってこそ最高の料理が出来る。それと同じことです。そしてプロの料理人がパッと塩をつまめば適量が掴めるように、サッと弾けば最高の状態になってこそ、プロの音楽家というわけです。

和声は今でもバリバリ現役

先ほどの2つの音源、どちらもコードネームにしたら違いはありません。でもそのサウンドの次元は全く違う。コード理論という簡易システムでは捨象されてしまうたくさんの出来事に、和声学は気づかせてくれるのです。

ちまたではよく、和声はクラシック時代の遺物だからポップスには使えないというような言説をよく見かけますが、全くもってそんなことはありません。そういう人は単にポップスでの活かし方を知らないだけなのです。というか、そんなひどいことを言う人のほとんどは、そもそも本気で和声を勉強したことのない人でしょう。

和声は要するにインターバルの理論。インターバルとは音楽の根幹であるのだから、和声学の本質的部分は、時代もジャンルも問わない永遠の理論なのです。

もちろん例の三巻セットの和声本をマスターするというのは、時間対効果としてはかなり微妙ですし、全部をお行儀よく守ったって現代のかっこいい曲には直結しない。でもだからといって和声学がそのものが役立たずという話ではない。その汚名を返上するために、こうやって根本の大事なところだけをこのサイトでは紹介しているわけです。

  • バランスのよい配置。密集配分と開離配分。
  • 反行・斜行・並行の種別。
  • 最短経路の原則・外声反行の原則。
  • P8P5が持つ特別なブロック効果。
  • メジャーコードでの3rd重複の回避。

ここまでやって来たことは、キュッとまとめればこれくらいに収まる話ですね。この5つを実践するくらい難しいことではないし、しかしそれに対して得られる効果はすごく大きい。編曲の際に迷うことがグッと減りますし、先ほど比較したように、伝える意志の強い伴奏が作れるようになります。

もうこの章も終盤まで来ました。残りあと少し、頑張っていきましょう!

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