古典派短調の様式

コード編 Ⅶ章:古典の世界

前回は古典派の長調における様式を解説しました。今回は短調のシステムを見ていきます。

短調の理論については、慣れ親しんだCメジャーキーの平行調であるAマイナーキー・・・ではなく、同主調のCマイナーキーで考えていきます。その方が長調との対比がしやすく、より深くシステムを理解できるからです。

同主調でいきます

短調の理論ももちろん度数表記で話を進めていくので、まずはそこから説明していきます。

#1.短調の度数表記

これまでは「マイナーキー = VImがリーダーの世界」という公式で戦ってきました。それは長短が流動的であるポピュラー音楽においては、この方があらゆる面で合理的という理由からでしたね。

でも長短をクッキリ分ける古典派短調の美学は、このやり方では一生わかりません。ここからは伝統にのっとり、短調ならばリーダーとなるマイナーコードをI番目と呼ぶメソッドでやっていきます。

CマイナーキーならばCマイナーが「Iの和音」となり、以後このように割り振られていきます。

短調の度数

長調と同じようにVII番目の和音は基本的に使いません。ポピュラー目線でいうと、八面六臂のBを捨てるなんて勿体無い気もしますが、これは古典派のシステムにとって必要なプロセスなのです。
逆に、長調の時は邪魔もの扱いであったマイナーフラットファイヴのコードは、ちゃっかり「II番目の和音」として仲間入りしています。まだ現段階では、このあたりのシステムの意図しているところが解りにくいと思いますが、読み進めていくと次第に飲み込めていきます。

細かな表記法について

ちなみにクラシック系の理論書では、大胆に数字しか書かない表記が主流です。「II」と書けばそれはIIm(-5)を意味するし、「IV」と書けばそれはIVmを意味するという世界。

短調の度数
こういう豪快な表記が主流

この表記には大きなメリットがあって、それは「通常状態と変位状態がクッキリと区別される」ということです。調の基本の和音群からはみ出していなければ、コードをアナライズした時にはただ「I, II, III・・・」という数字だけが並ぶことになりますからね。曲の分析が分かりやすいのです。

ポピュラー系理論が短調を説明するときには、IIIやVIにはルートにフラットが付くことからIII、VIなどと名前を振りますが、古典派理論ではそんな面倒な表記もしません。

そうすると、じゃあこのCマイナー環境で本当にIIのメジャーである「D」を指す時や、本当にVIに♭のつかない「A」を指す時にはどうなるんだ?と疑問が湧くかもしれませんが、それにはまた別の記号を用意して対応しています。

ここでの表記

ここでどんな表記を採用するかは悩むところですが、今回は親しみやすさを考えて、さすがにコードクオリティまで省略はしないでおこうと思います。

短調の度数
これでいく

あまり見ないバランスの表記ではありますが、これがポピュラー世界を生きる我々にはちょうどいいバランスです。

#2.古典短調の基調和音

古典派短調の有名な特徴のひとつが、ナチュラルマイナーを否定し、ハーモニックマイナーかメロディックマイナーのどちらかを使うのを原則とするスタイルです。第VII音を半音上げて、強制的に導音を作りだすことで「短調帝国」を築くという話は、メロディ編でしました。

ハーモニックマイナー

これを常に行うのが基本ですから、基本とするコードも当然変わりまして、Vmはメジャー化してVとして使います

短調の基調和音

IIIの和音について

そうすると、IIIの和音が持っているシの音はどうなるのか? という話になってきます。実は、古典派短調におけるIIIの和音の扱いは、なかなかややこしいのです。

19-20世紀の多くの洋書では、IIIの和音の場合もシにナチュラルがつき、augmented chordになると説明されます。1

augになる場合※古典派でも、augは+で記されることが多いです

しかし、実際の曲の流れの中では、augにならず単なるメジャーコードとして使われる場合もあります。そもそもハーモニックマイナーやメロディックマイナーは、「上行する時は音が変位するが、下行する時は変わらない」が基本ですよね。そのため、下行するメロディの中でIIIの和音が出てきたら・・・

IIIのメジャー

こんな風に、augにはならずただのメジャーコードになるというのが理論的見解です。2
他にも幾つかの使用パターンが考えられ、IIIの和音の形はCONTEXT-SENSITIVE、つまり状況によって異なるということになります。

こういった振る舞いのややこしさもあってなのか、古典派の音楽においてIIIの和音というのはとにかくあまり歓迎されていません。古典派理論書では、序盤ではほとんどIIIの和音に触れずに進んでいく書籍が多く、「島岡和声」でも、長調のIIIと同様にして短調でもIIIは原則非使用として話を進めます。

結果
Aマイナーキーの場合

参考までに、Aマイナーキーだと下図のようになります。Vのメジャー化のため、シャープがつく。

短調の基調和音

長調では「変なヤツ」と呼ばれて外されていたフラットファイブが、短調では基礎和音として正式メンバー入りすることになります。そして常に臨時記号が憑いているヤツがひとり。なかなかユニークなパーティーです。

人工的導音の歴史

この「人工的導音の創出」の歴史は非常に古く、古典派理論が確立されるよりも遥かに前から行われていた行為です。正確な開始時期は分かりかねますが、遅くともバロックよりひとつ前の「ルネッサンス」の時期の曲では、すでに「人工的導音」が見受けられます

こちらはアドリアン・ヴィラールトという、1500年代の作曲家の曲です。この短いサンプルの中で、ナチュラルマイナーとハーモニックマイナーが両方含まれていますね。もしかしたら、この辺りが転換点なのかもしれません。
この時期はまだラモーが生まれるよりずっと前で、調性組織やケーデンスに関する理論が発展していない頃の話なので、おそらくこの「人工的導音」が使われ始めたきっかけは、単に美的な観点からだったのかなと推測します。

#3.短調でのTDS分類

基調和音が決まったら、次は機能分類ですが、これは長調の時と同じです。つまりIVIがトニック、IIIVがサブドミナント、Vがドミナントです。

同じ

だから、「同じ」といっても、平行調のEメジャーキーと同じなのではありません。同主調のCメジャーキーと同じ分類になっています。これはポピュラー音楽理論と決定的に違う点なので、めちゃくちゃ重要なところですよ。

同主調関係重視の世界

先ほどのTDS分類を、ついついいつもの調子で、Eメジャーキーの目線で見てしまうと、ちょっとおかしな気がしてしまいます。

短調のTDS

ひとつは、とても不安定なIIのマイナーフラットファイブがサブドミナントになっていること。もうひとつは、いつもサブドミナントとしておなじみのAがトニックになっていること。
ここは古典派のスタイルを理解するうえで極めて重大な点なので、きちんと個別に解説しますね。

IIm(-5)はサブドミナント

長調でII番目の和音といえば、IVの代わりとしてタメを作り、ドミナントのVへと繋げる役。短調ではその役目をIIm(-5)に果たしてもらうことになります。

IIの使用例

この和音は強進行するのが定型句で、それ以外ほとんど使い道がないという話は、Ⅲ章で既にしていますよね。ドミナントの前に置かれるのだからサブドミナント。そう言われれば確かに納得です。

ここでも公平性

そういえば、前回の長調の時に「IImはVへしか進めない」という話をしたとき、「エー、別にIとかVImに進んでもよくない?全然ふつうでしょ」と思った人もいたと思います。でもやっぱり鍵になっているのは同主調との公平性なのです。

この短調のIIm(-5)は、確かにVへしか進めません。そうであれば長調の方も足並み揃えようという、そういった事情も考慮されているのではないでしょうか。3

II-VII-Vは長調でも短調でも可能だが…
II-VIII-VIは短調だとかなりキツイ

なぜこうまでして平等な状態にしているのかは、もう少し読み進めると分かります。

短調のダブルドミナント

ちなみに短調のIIの和音も、メジャーコードに変えて「ダブルドミナント」として使うことができます。これも長調と全く同じ。

IIの使用例

これは、「二次ドミナント」の時にVII7というディグリーネームでちょこっとだけ紹介して終わってしまったやつですね。ここへきてようやく再会です。

せっかくなので少し掘り下げておくと、この短調のダブルドミナントは、ポピュラー音楽ではもう滅多に見かけない、コテコテのクラシック短調を演出するのにピッタリのコードです。

こちら、NHK主催の合唱コンクールの課題曲になったことで話題でしたが、サビ冒頭にこのダブルドミナントが使われています。サビが妙にクラシック調に聞こえるのは、このコード進行の力なんですね。

こちらもサビ、そしてその後の間奏でVImVII7III7VImというクラシック調のコードが使われています。そこにラテンっぽいリズムが合わさることで、独特な調子になっています。

古典派長調でダブルドミナントが愛用されているのと全く同じように、このコードは古典派短調を印象づけるコードのうちのひとつです。

VIはトニック

さて、こちらが本当に特殊なところで、古典派短調においてはVIはトニックとして、「偽終止」に使われます。CマイナーキーでいえばAがトニックなのですから、これはポピュラー音楽やジャズ理論の考えとは決定的に決裂しています

実際にAがちゃんと偽終止の役目を果たせるかを、聴いて確かめてみましょう。

通常

こんな感じの、よくあるフレーズの、最後のImVIに変えて偽終止を試みます。

通常

こんな感じです。確かに、「長短が逆転している」し「本来のしっかりと終止感が削がれている」ことからも、偽終止らしさはあるかもしれませんね。

このCマイナーキーでの「G→A♭」という進行は、ジャズ・ポピュラーでは「ドミナントからサブドミナントへの逆行」と捉えられるでしょうが、古典派にとってこれは何らおかしいものではなく、立派な「短調の偽終止」と解釈されるわけです。

VIで偽終止している実例

実際に、このようなコード進行の例はクラシック作品からいくらでも見つけることができます。

ベートーベン ピアノソナタ 8番 (第3楽章)
悲愴

「悲愴」の題でおなじみの曲ですね。いったんVIの偽終止を挟んで、そのあと本当の終止へ向かう形になっています。一回明るくさせておいて、すぐまた暗く落とすという流れですね。

モーツァルト ピアノ協奏曲 20番 K.466 (第1楽章)
モーツァルト K466

全部を楽譜にすると大変なので、こちらは簡単なコード譜にしました。上はコードネーム、下はディグリーネームです。

やはり、いかにも主和音に解決しそうなドミナントの後に、フワッとVIの和音に進み、あれ? と思っている間に4-5-1と進んで改めてドッシリ解決します。
ちなみに、2番目の和音は「N6」という特殊なディグリーネームが振られていますが、これは「ナポリの六(Neapolitan Sixth)」と呼ばれる、クラシック特有の定番コードのひとつ。ここでは解説は割愛します。

これまでの固定概念を捨てて耳を傾けてみれば、このふんわりした偽終止もなかなか良いものです。

#4.短調のコード進行様式

コードそれぞれの役割を長調と同じ形式に揃えましたから、コード進行の様式も全く同じになります。

短調クラシックのコード接続図

当然、表にまとめても同じことですね。長調と何も変わりません。

進行元 進行先
Im すべて
IVm ImIIm(-5)V
V ImVI
VI VIVm (稀だがIIm(-5))
IIm(-5) V

実は、ここまで何かと公平性を重視してやってきたのは、これが目的なのです。長調で行えるコード進行は同主短調でも行えるし、逆もまた然りという環境。これによって、非常に面白い構成表現が可能になるのです…!

#5.同主調のコントラスト

コードの様式を完全に統一したことにより、同主調関係にあるふたつの調は、ほぼ完全なコントラストを構成することになります。

鏡の世界

これを利用して、ひとつの音楽フレーズに対して、光と闇の2つの衣装を着せることが出来るようになりました。

光と闇の表現

「光と闇の2つの衣装」とは、どういうことでしょうか?

こちらはおなじみ、「メリーさんの羊」です。これはCメジャーキーで作られているのですが、この曲のミ・ラと一部のシにフラットをつけてCマイナーキーに転調させると、こうなります。

当然ながら、暗くなりました。ちまたではこれを冗談で「病気のメリーさん」などと囃したりしますが、これって、地味にすごくないですか? 曲が何ら破綻することなく、長短だけが綺麗に入れ替わっているんですから。

これは、単なるリハーモナイズとは違います。メロディにも3つのフラットがついて、メロディライン自体が微妙に変わっていますからね。念のため、誰だって思いつくAマイナーキーでのリハーモナイズもやってみましょう。

ハイ。さほど暗くなってないですし、メロとコードがどうにも表現内容として噛み合っていない感じがする。なにせリハーモナイズをするとメロディのシェルが変わってしまいますから、伝えたい中身がずいぶん変わってしまった気がします。

そこからすると、さっきのCマイナー転調は非常にアーティスティックです。メロディが変わっているのに、「メリーさんの羊」としてのアイデンティティは失われることなく、ただ曲想はメチャクチャ暗くなって、「病気のメリーさん」という新しい姿となって現れた。

これは、音楽表現としてすごく優れた技法ではないでしょうか? これをうまく使えば、希望から絶望、または闇から光、あるいは出会いと別れ、生と死。さまざまなコントラストを、この上なくはっきりと表現できるはずです。古典派クラシックは、この「鏡写しの美しさ」を大切にしようと考えたのです。

この「完全な長短の反転」は、実は古典派クラシックの様式だからこそ可能なメソッドです。普通のポピュラーのスタイルで作られた曲を同主調転調しても、こう美しく鏡写しにはなりません。どこかしらで対称性が欠けてしまって変に聴こえます。試しにメロディ編「ブルーノート」の時に使った曲を、そのまま短調に変えてみましょうか。


・・・これは壊滅的ですね。元の進行はIIm7VIM7VIm7というポップスの典型的コード進行。この頭がIIm7(-5)になってしまったことが、一番の壊滅原因です。他にも、マイナーメジャーセブンスの響きが構成されちゃってる場所とかもありますね。
また、ギターやメロディのフレーズなんかも、コーダルじゃなくモーダルで作っていましたから、コードを変えたらラインがメチャクチャになってしまっていました。

これまで散々コード進行の公平性を保ってきたのも、メジャーセブンスなどをみだりに使わないようにしたのも、こういう事態を避ける意味があったのです。

この「鏡写し」は、クラシック様式で作られた音楽ならどんなものでも行えます。たとえば、卒業式でおなじみの「仰げば尊し」も・・・


このように、音の流れはそのままに悲しくできます。この曲を聴きながら、卒業したくはないですがね。

高度な対称性

つまり、今のポピュラー理論における長調短調の関係というのは、かなりカジュアル。なんとなくの雰囲気として対になっているだけで、美術的な対称性はそこまで強くない。

カジュアル・コントラスト

それに対して古典派理論における長調短調は、様式を統一することでなるべく造形を似せて、よりクッキリとコントラストが見えることを望んで理論が組み立てられているというわけです。

フォーマル・コントラスト

この「哲学の差異」を理解すると、古典派音楽の本質のようなものに、少し触れることができます。

実例を聴いてみよう

そうはいっても「メリーさんの羊」「仰げば尊し」では、鏡写しの真価はよくわかりません。ちゃんとした作品で聴いてみましょう。

ベートーベン ピアノソナタ 8番 第1楽章

またもや「悲愴」から。2:35~3:02のフレーズに注目。ここでは長調ですが・・・6:44~7:11の方だと、同じものが短調になっています。この曲の場合、途中で一回明るくなったけども結末は急転直下、やっぱりバッドエンドって感じでしょう。

ヴィヴァルディ「四季」より, 「春」 第一楽章

こちらは古典派よりも前の時期になってしまうのですけど、まあ分かりやすい例なので紹介します。

メインフレーズが有名な曲ですが、2:35まで聴き進めてみてください。そこから、メインフレーズが短調になって再現されます。こっちの「悲しい方の春」は聴いたことない人もいたかもしれませんね。やはりこれも、綺麗に鏡写しになっているからこその美しさがあります。

「アルルの女」第2組曲より, 「ファランドール」

フランスの、ビゼーという作曲家の曲。時期的には古典派よりずいぶん後ですが、この曲は伝統的な構成法がなされています。

冒頭のフレーズが有名ですね。ここだと短調ですが、2:43~のパートを聴くと、全く同じフレーズが長調に変わっています。最初の重苦しい雰囲気から一転、歓喜にあふれる感じがしますよね。

何と言っても長短どちらのメロディも美しいのが名曲たるゆえんでもあります。別々の曲に聞こえるくらいそれぞれの彩りを持っているけれど、でも根本の構造は同じ。それってメチャ芸術的ですよね。
初めから、どちらに振れても美しくなるように、綿密に練られて作られているということ。この緻密な作曲には、古典派の目指した「光と闇の対称世界」が如実に顕現されています。

前回作成したクラシック風サンプルも、もちろん同主調の変身が可能です。

このとおり。ほんとうに、ピアノロール上でミ・ラと一部のシにフラットをつけただけ。他は全くいじっていません。その機械的な変換でも、一切構成が崩れることなく別の音楽が生まれる。古典派理論がいかにシステマティックに統制されているかが分かります。

理論とは様式である

この二元論的コントラストによるくっきりとした展開作りは、古典派の美の象徴といえます。先ほどのブルーノートの曲は、ジャズ理論で見れば「模範中の模範」。でもクラシックではありえない。こうして見ると、ジャズ・クラシックそれぞれの理論がいかに「自分たちの音楽」のために様式を築き上げていったかが一目瞭然です。

序論で述べたとおり、どちらの理論も、「普遍的法則」ではなく「ジャンルのための様式」なのです。どれか一つが正しいと信じるのではなく、理論の多様性を認めたうえで、作りたい曲に合わせてそれをスイッチできるのが最強の音楽理論使いと言えるでしょう。

総括
  • 古典派短調では、マイナーコードをIとして、長調同様に度数を振ります。
  • 度数ごとの機能は長調と全く同じであると定義し、対称性のある理論構造を組み立てます。
  • その対称性により、機能的構造を全く変えずに長短だけ入れ替えた「鏡写し」の曲を作り出せます。
  • 長調と短調のコントラストが、古典派の哲学の根幹のひとつと言えます。
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