目次
この章は、自由派音楽理論を離れて本格ジャズ理論を学ぶ章です。
本格モダン・ジャズ理論はその基本哲学も理論の進め方も、一般音楽理論とは異なっています。この章では、本格的なジャズ理論を学びたいという人に向けて、一般的な音楽理論との違い、その独自の思想を理解してもらいます。
本格ジャズ理論は、言うまでもなく上級者向けです。このⅥ章の内容は、以下を読破した人に向けて書かれています。
前提知識
- メロディ編:III章まで
- コード編:V章まで
20世紀前半に発展したモダン・ジャズ理論は、実は非常に特殊な理論体系を持っています。序論で述べたとおり、より高度で複雑な音楽を追求する中で発展した理論ですから、目指す方向がとても独特なのです。
だからジャズ理論は、その哲学や特徴を先に理解したうえで取り組んだ方が圧倒的に理解しやすいです。というか、そうでないと理論の深い部分、本質的な意図を理解することは困難なのです。
この章で語られる内容というのは、それ単体でジャズ理論書の代わりをするものではありません。本来は、とても「I章」などという文量にまとめられるようなものではない。ただ、その中でも重要な部分やキャッチーな部分、またポピュラー理論では盲点となっている領域をサポートできる部分、あるいはポピュラー音楽に活かしやすい部分などを選びとって、なんとかコンパクトにまとめています。ですからあくまでこれは入門ということで、ここでジャズ理論の特徴を知ることで興味を持った方は、書籍等でさらに学びを深めていってもらいたいと思います。
なおこの章のひとつの大きな目的として、ジャズ理論を外側から眺めることで流派ごとの価値観の違いが理論体系自体にどのような違いをもたらすのかを理解するという点があります。そういった流派の橋渡しをするのが自由派の役目です。
そのため、“何でもアリ”の自由派の考えは、この章には持ち込みません。あくまでジャズ理論はこうであるというものを伝えていきますので、「アヴォイドノート」などのルールもそのまま紹介します。I-V章の内容に反することも書かれるわけなので、そこは予め理解しておいてください。
主な参考書籍
ひとくちにジャズ系の理論といっても、やはりその内容は一枚岩ではありません。クラシックからの繋がりを維持しながら説明するタイプもあれば、ジャズの実際の楽曲からの情報分析を中心にするものもあり、様々です。この章の主な参考書籍となっているのは、以下の五冊です。
まず「The Jazz Theory」は、和訳版も出版されている、ジャズ理論書の定番中の定番です。かなり実践寄りで、実例豊富。思想的側面の記述も多く、ジャズ理論の考え方がよく分かる本です。「Jazzology」は、ジャズだけでなくクラシック系統の知識も豊富な著者がバランスの良い視点で解説しているのが特徴。「クラシックではこうだがジャズでは…」という説明が随所に見られます。
「The Berklee Book of Jazz Harmony」と「The Chord Scale Theory & Jazz Harmony」はどちらも、バークリー・メソッドと呼ばれる、アメリカのジャズ・ポピュラー系音楽大学が広めたメソッドを解説している本です。いわゆる“バークリー・メソッド”は、ジャズに必要な知識が非常に詳しくシステマティックにまとめられていて、日本の一般的なポピュラー系音楽理論書も多くはこの流れを汲んでいると思います。
「コード理論大全」は、バークリー音楽大学卒の方が書かれたもので、バークリー式の理論が日本語で本格的に解説されている数少ない書籍です。2018年出版という“後発”の強みか、多くの理論書で曖昧になっている部分や、疑問として残りそうな部分を先回りして細かく潰してくれている印象があります。
テンション・アヴォイドに関する見解やスケールの名称などは、これら5冊(+α)から総合的に判断して解説します。また大きく見解の分かれる部分については、そのそれぞれを紹介することで、出来るだけ客観性を確保するようにします。
1. 理論とコンセプト
それぞれの理論体系には、根底となるコンセプトがあります。それは「何が良い音楽なのか」という根本的な問いから始まり、歴史・文化的側面や、楽器の編成、それを発表する形態(コンサートホール、ライブハウス、録音媒体)など、様々な要素がそのコンセプト形成に影響を与えます。
特にその主眼とする用途というのが重要で、それ次第で理想的な理論のスタイルも変わってきます。ざっくり4つ用途を挙げるなら、作曲・編曲・分析・演奏だ。
- 作曲
緻密な音響の構築。メロディに対するコードの当て方、あるいはその反対。時間芸術としての構成などの知識。 - 編曲
既存の曲をアレンジする。あるいは、メロディに対してハーモニーなどを肉付けする。コードトーンを各パートにバランスよく配分するなど。それをシステマティックに行えるメソッド。 - 分析
作曲者の意図や音響効果を汲み取ったり、背景にある技法を読み取り、統一的に説明したり、別の人間でも再現可能な情報に変換するシステム。 - 演奏
即興演奏のメソッド。コードのみ、スケールのみなど不完全な状態から演奏を起こす方法論、他人と協力して演奏を完成させるための約束事。
もちろんどの理論体系も4つの用途全てに対応できるように出来てはいますが、やはり軸足の置き方というか、バランスには必ず偏りがあります。ジャズで言えば、「演奏」の部分が一番のカギになってきます。
ここからは、ジャズという音楽の特徴と、それが理論のコンセプトに与える影響を並べて解説していきます。
2. 即興演奏
まず、ジャズ系理論とクラシック系理論との決定的な分岐点であるのが、「即興演奏」の存在です。楽譜にポンとコード進行だけが書いてあり、それを元に演奏を自由に行う。そんなコンセプトは、クラシック音楽にはありません。ですからそこに関してジャズ理論は、新しいメソッドを必要としました。
例えばあるコード譜を元にアドリブをすると考えた時、ただコードが書いてあるだけでは十分でないことに気づきます。
たとえば次のような音源に対して、アドリブ演奏を入れるとしましょう。
演奏は基本的には、そのコードの構成音を中心的に使ったりだとか、そのコードとあまり不協和にならないようにとか、気にしながら作っていくわけですが、しかし、2番目のコードIII7の時に問題が起こります。
「3つの短音階」の内容を覚えていますか? 今回のようなE7の時に使う音階は、2パターン考えられるという話がありましたね。「Aハーモニックマイナー(和声的短音階)」か、「Aメロディックマイナー(旋律的短音階)」かです。
- ハーモニックマイナー
- メロディックマイナー
どちらも可能ですね。問題は、E7というコードを表記しただけでは、このどちらを使うのかが分からないということです。
ふだんの作曲なら、これは作曲者が決めればいい話でしたが、ジャズでは即興演奏の際に話を擦り合わせる必要がありますから、こういった点にも理論がしっかり介入していく必要があります。
また即興でこういった部分をスムーズに使い分けるには、当然「指さばき」の練習が必要なわけですが、名前がないとそれを管理するのが大変です。III7だって、「メロディック」「ハーモニック」といったニックネームがあればこそ、しっかり情報として整理して、素早く引き出すことができるのです。
実は既習の範囲でも、メロディ編III章でやった「ホールトーンスケール」や、コード編V章でやった「オルタード・ドミナントスケール」がさらなる候補にあります。これだけ数があるとなると、やっぱり名前というものは便利だと思えてきます。
君の名は・・・
そして、「メロディックマイナー」と「ハーモニックマイナー」くらいだったらまだ、クラシック時代から受け継がれてきた名前があるからマシです。セッションを始める前に、「ここのIII7さ、ハーモニックマイナーでいきたいからヨロシク」と言えば済む話。でも、他のコードだったらどうでしょう。
こちら、パラレルマイナーコードの♭IIIを取り入れた場面。ここで「ラ」の音を弾くとき、ナチュラルでいくか、フラットでいくか。どっちもありえますよね。じゃあ、ラ♮で行きたいとして、なんて伝えましょうか?
・・・そう、実はその辺りって、これまで一切名前をつけずにやり過ごしてきたんですね。自分で作曲するぶんには、名前をつけなくっても困ることなんてありませんでした。情報をスムーズに他人へ伝達したり、即興演奏の最中にスピーディに知識を引っ張ってくる必要に駆られたとき、そこに名前の必要性が生じてくるのです。
コンセプト、用途の軸足によって理論の形式が変わるとは、こういうこと。だから、ジャズの目線で考えると、一般的な音楽理論の守備範囲ではスケールの名前が全ッ然足りてないのです。イチイチ「ラが♮になる方の音階・・・」なんてやってたら話になりません。もちろんコード譜にいっぱいテンションを明記するのでもいいですけど、それなら名前をつけてしまった方が効率的だ。
だから、逆説的ではあるのですが、ジャズ理論では他流派の理論と比べて5倍、10倍かというくらいの量のスケールに名前をつけ、管理し、プレイヤーはそれを暗記し、それによって演奏の記憶やコミュニケーションを効率化しているのです。
そんな風に聞くと、ジャズ理論が攻略不可能な壁のように思えてきますが、そのほとんどの名前はそれなりに分かりやすいネーミングになっていて、法則が分かればずいぶん楽になります。ただ、やるとなったら覚悟のいる流派であることは間違いないですね。
情報量と機動性のトレードオフ
ただし自由派や一般音楽理論の名誉のために断っておくと、こうした細部のスケールに名前を与えていないことは、決して理論が“雑”だとか“劣等”だとかいうことではありません。
「伝達」や「指さばきの記憶」が必要でない場合は、名前をつけて管理する必要が大きく薄れるわけですから、暗記量を1/5、1/10に削減できるというメリットを重視し、そこの情報を省くというのも選択肢のひとつなのです。
どこまでを明文化し、どこを捨象するかというのは、流派ごとのコンセプトであって、それだけで優劣は決まらない。理論の情報量をどこに割くかという意向の違いは、「古典派」の方を学ぶとさらに対比してよく分かるようになります。
3. 頻繁な転調
もうひとつ分かりやすいジャズの特徴が、「頻繁な転調」です。
クラシックは、かなり調を大事にするジャンルでした。ポップスではひとまとめにしてしまうような「Cメジャーキー」と「Aマイナーキー」を厳密に区別して、それぞれ別のコード使いをするというのを、コード編の一番最初に軽く紹介しましたね。
ジャズはその正反対で、知らぬ間にドンドン転調していってしまうようなジャンルです。たとえば、「強進行」の進みやすさを利用して、2小節ごとに転調しちゃうようなパターンもあります。
見てのとおり、IIm→Vの動きを無限に繰り返すようなイメージで動いていくと、ドンドン♭の多い調へと転調していけることが分かります。強進行のおかげで不自然さもなし。ジャズではこんな転調も日常茶飯事なのです。
こちらは、ほぼ不定調性の曲の演奏を楽譜に表した動画です。アドリブ部分(0:36〜)は、速すぎて目で追いきれませんね。ただ、とにかく目まぐるしく動いていることは分かると思います。また、BPMが200を超えることも当たり前で、コードチェンジが尋常じゃなく速いのも特徴です。
やっぱりスケールが大事だ
この音楽性の違いは、当然理論系にも多大な影響を与えます。ましてやこの上で「即興演奏」をするわけですから、根本的な理論のフレームワークを革新しないと、とても実現できません。
例えば転調の繋ぎ目になっているコードであれば、それは「転調前の最後のコード」とみなすか「転調後の初めてのコード」とみなすかで、演奏すべきスケールが変わっちゃいますよね。ていうか、そもそも何調に転調したんだか判らないなんてことも十分ありうる。
これくらいのコード進行、ジャズなら普通にあります。DmからC♯mって、これはいったい何調から何調なんでしょうか? C♯mは、Aキー・Eキー・Bキーの基調和音です。アレンジャーがどのキーをイメージしているかによって、弾くべきスケールは変わってくる。
したがって、同じ結論の繰り返しになりますが、ジャズ理論においては、スケールの情報が担う重要性が、ポピュラー音楽世界よりも遥かに大きいのです。スケールが分かればキーがなんだろうと演奏は出来ますし、調号をその都度書いて対応するクラシックの世界とは、やっぱり考え方が異なっているのです。
4. リハーモナイズ
最後にもうひとつ大きな特徴として、「リハーモナイズ」の重要性があります。ジャズでは、「スタンダード」と呼ばれる定番曲をアレンジしてカバーする文化が盛んです。メロディは残しつつ、コードをガラッと変えてしまうこともある。
こちらは『そうだ 京都、行こう。』のCMソングとしてもおなじみ、「My Favorite Things」という曲ですが、ジャズでよくカバーされるスタンダードのひとつ。
これが、モダン・ジャズを代表するピアニストBill Evansの手にかかると・・・
このとおり。冒頭のテーマ部分、メロディラインをかろうじて保ってはいますが、コード進行がかなり複雑になり、まるで別の曲のようです。
この文化の存在もまた、理論のスタイルに影響を与えます。つまり、「コード進行にメロを乗せる」パターンだけでなく、「メロに対してコードをあてる」という、“上から下へ”の編曲スタイルに対する比重が、クラシック系よりもちょっと大きいのです。
もちろんジャズ理論でも「コードからメロ」という方法論は十分に出来るし、逆にクラシック理論でも「メロからコード」の想定はあります。しかしやっぱり、”重心“の置き方がちょっと違うのだ。この辺りの発想の違いが、音をどう配置するかに関する知識(ヴォイシング)の在り方にも影響しています。
さて、他にも細かい話は色々あるのですが、概論の段階ではこれくらいザックリで十分かと思います。大事なのは、「即興演奏」「スタンダードのカバー」といった文化的側面が理論のシステム方針に影響を与えているという認識です。これが理解できると、様々な流派のそれぞれの良さというものが分かります。これは、古典派理論を学ぶ際にも同様。
こうした「コンセプト」の部分の理解をすっ飛ばして表面的なメソッドだけを学んでしまうと、音楽に対する価値観が知らないうちに固定化されてしまいます。逆にコンセプトをきちんと理解すれば、自分の創作スタイルに合わせて、自由に流派を使い分けたり、あるいは組み合わせたりすることができます。自由派が目指すのはその境地。それでは、本論に進んでいきましょう・・・。