目次
1. テンション論のおさらい
ジャズにおいて、テンション・アヴォイドの知識は極めて重要となります。コード編IV章では、基本的なルールの枠組みを知りました。コードトーンに半音上でかぶさるものたちがアヴォイドになること、しかしドミナントセブンスでは許容範囲が広がること、IIm7の特殊なアヴォイド事情など。
それから、「キーに対してダイアトニックかどうか」というのが重大な判断基準になること、「同度数では、ナチュラル系かプラマイ系かのどちらかしか選べない」ことを学びました。
ドミナントセブンスコード以外ではダイアトニック・テンションのみを使用するのが原則となるため、さほど選択肢は広くありません。一方でドミナントセブンスにおいては多大な自由がある。V章の「オルタード・ドミナント」では、応用的なテンションへの解説も行いました。
ジャズ理論のテンションに対する解説は分厚く、本格的な書籍であればあるほど、ひとつ一つのドミナントセブンスコードに対し、詳細なテンションの説明がなされます。“入門編”であるここではそんなに踏み込みはしないものの、新顔であるトライトーン代理たちのテンションなどはまだノータッチでしたし、少しここでプラスの解説をしていきたいと思います。
ドミナント・コード
ジャズ理論ではしばしば、「ドミナントセブンスコード」と言わずドミナント・コードDominant Chordという言い方がなされます。なぜこのような表現をするかというと、単にクオリティを表す「ドミナントセブンス」という語では、ブルース音楽やミクソリディア旋法、ドリア旋法などに由来して現れる特殊なドミナントセブンスコードたちが自動的に含まれてしまうからです。そうしたドミナントセブンスたちは独自の様式を持っていて、「5度下行して解決」のような原則が全く当てはまりません。
そのため、厳密な理論体系作りをするために、これらのコードを「非機能的ドミナント」「特殊機能のドミナント」「ドミナント機能を持たないドミナントセブンス」などと呼んで切り捨て、V7・二次ドミナント・トライトーン代理のドミナントといった「ちゃんとジャズ理論の中にいるドミナント」たちだけを括って、「ドミナント・コード」と呼ぶのです。
この章でも、以降はこの「ドミナント・コード」という呼称を用いていきます。
2. 一次/二次ドミナントとテンション
ドミナント・コードたちはノンダイアトニック・テンションの使用可能性を秘めてはいますが、説明のスタート地点としては原キーに対してダイアトニックなテンションを洗い出すところから始まります。
これを基盤にしつつ、「この子の場合は、こんな遊び方もできる」という個別のオプションをどんどん紹介していくというのが、ジャズ理論書のよくある形です。
9thについて
III7とVII7は9thがノンダイアトニックとなり、-9thの方が標準的選択となる点で他と異なります。
+9thのテンションは、自由派が「変位のキャンセル」と呼ぶもの。ジャズ理論一般ではこれを「増9度である。あくまでもナインス系のテンションだから、3rdと一緒に鳴らしてもいいのである」と説明します…が、楽譜上では短3度扱いで記入されているものも散見されます。(テンションの度数と楽譜とでズレが生じるので、読者にとっては紛らわしいことです。)
アヴェイラブル・テンションとしてみなされますが、特殊な存在であることには間違いはないので、オレンジ色にしました。「キャンセル」のしやすさは、コードによって異なり、VII7のレなんかはテンションとして認めていない書籍もあります。
ちなみに+9thと-9thは互いに全音離れているので共存可能、やりたいなら同時に鳴らしてもよいとされます。
11thについて
どのコードでも11thが空白になっています。まずノーマルな11thは、3rdに半音上からかぶさるため全ドミナント・コードでアヴォイドです。
一方+11thであればアヴェイラブルですが、基本のテンションとしてはリストアップされません。VII以外ではまずノンダイアトニックだし、それに+11thは要するにルートとトライトーンの音であるので、その点からして使うときに注意・配慮の要るテンションです。
とはいえ、ことジャズにおいてはV7にて+11thを用いる演奏は一般的ですね。
13thについて
III7とVI7は、音階に沿うと-13thになって、5thと半音でぶつかります。ただし5thはそもそも存在意義の薄い音であるため、濁りを避けるためにオミットされる選択が日常的になされます。
メジャー系、マイナー系
ノンダイアトニック・テンションを考えるにあたってひとつの指針となるのが、解決先に基づくグループ分けです。二次ドミナントはみなドミナントセブンスのクオリティですが、彼らは同一ではありません。解決先のコードが、メジャーなのかマイナーなのかという違いがあります。
ここがひとつ、テンション選びの価値観に大きく影響することになります。
VI7で考える
それが最も分かりやすいのがVI7です。彼はII–7へと解決する。Cメジャーキーで言うならば、Dマイナーキーへの局所的な転調を意味します。それはつまり、フラットが1つ多いキーへの転調です。
そのことを念頭に置いて考えると、VI7についてはテンションとしてシ♭の音(♭9th)を選んでも何ら自然であることが分かります。というかむしろ、その方がII-7との結びつきは強まるので、このチョイスはとても一般的です。
あるいはファのテンションをファ♯にすると、これはかなりIIメジャーへの進行を思わせるものとなってしまいます。
これがダメということではなく、実際にIV章ではこのパターンも紹介はしました。ただどちらかというとこのパターンの方が“例外的”だということは言えます。
もともと「II-7に強力に繋がるお供だから」という理由で“子分”としてノコノコ連れてこられたのに、“親分”を否定するかのようなファ♯を鳴らすというのはずいぶん反抗的な態度ですからね。-13thのテンションを使用することは、マイナーキーの香りを持ち込んで後続がマイナーコードでないかと匂わせる働きがあると言えます1。
ここから、V7および二次ドミナントのテンションに関しては、次のような指針が成り立ちます。
- 解決先がメジャー系 = 9th13thの方が解決先に忠実
- 解決先がマイナー系 = -9th-13thの方が解決先に忠実
ただ例えば、V7に-9thを乗せるパターンなんかは、ラ♭のサブドミナントマイナー的切なさを持ち込むテクニックとして愛用されていたりするわけなので、これはルールではない。こうしたものは全て「原則」や「指針」に過ぎないのですが、ただこのように法則的に整理することで、見通しがよくなりますね。
3. 代理ドミナントとテンション
「トライトーン代理」の原理で持ち込んだドミナントたちを、代理ドミナント(略:SubV)というのでした。これらについては基本指針が一貫していて、9th+11th13thを選ぶのが基本とされます2。
特にポイントとなるのは+11thのテンションです。SubVは「トライトーン離れたルートと入れ替え」だったので、この+11thというのは必ず入れ替え前のコードルートとなります。自分の元々の出身を示して本来の調性との繋がりを確保できるため、SubVにおいてこのテンションを加えることは非常に合理的な選択といえます。
ほか、ノンダイアトニックになっている部分はダイアトニックに置き換えられることも考えられ、典型的なのは♭II7におけるミ♭ですね。ココは状況次第では、ミにした方が前後との繋がりがよくなる可能性が十分に考えられます。
攻めのテンション
とにかくこうした指針はすべて「基本指針」であって、攻めた選択肢というのも常に存在します。例えばVII7に-9thを乗せてみるというのはどうでしょうか?
ド♭、つまりシと異名同音ですから、後続のVI-7をナインスコードにすれば、綺麗にタイできます。
これを「シ♭とシの衝突」と思うとメチャクチャに思えますが、ド♭、あくまでもフラットナインスなのだと考えれば大丈夫に思えてきます。やってみましょう!
- IVΔVIIVII7(-9)VI–9
成立してますね! まさしく、フラットナインス系の凶悪な濁りが乗っかりました。このように、原則から外れたところに面白いサウンドが転がっていたりするということは、忘れずにいるべきです。
即興のための理論
応用パターンがたくさんあることを承知でわざわざ基本の第一候補をジャズ理論が提起する背景には、やはり即興演奏の存在が大きいでしょう。「何も言わなかったらこのスケールで演奏」という不文律がカルチャーとして共有できていると、コミュニケーションが円滑であるという部分は、理論体系にも多少影響していると思います。