目次
1. 4度で重ねる
コードは基本的に1・3・5・7という風に「3度間隔」で重ねていくのが基本でした。しかし前回の「トーン・クラスター」でやったとおり、配置を変更することによってさらにクリエイティブな世界が広がっていきます。
では、トーン・クラスターの逆、つまり間をもっと開けてみたらどうでしょう? つまり、和音を4度間隔で重ねてみるのです。それが、四度堆積和音Quartal Chordです1。
2. やってみる
何はともあれ、聞いてみるのがいちばん速い。簡単なサンプルを聞いて、四度堆積のサウンドを体感しましょう。
こちらは本当に、ただ完全4度で音を積み重ねたもの。ここが今回のスタート地点ですね。見てのとおり、Cメジャーかと思いきやどんどんフラットが増えていって、最終的にはフラットだらけになります。それもそのはず、完全4度で積んでくということは、五度圏を周っていくのと同じことですから。
そして生まれる濁りも強烈。メロディも乗せづらいです。したがって四度堆積和音を使用する際には、せいぜい3つか4つ音を積み重ねて使うのが基本です。いくつか使い方を見てみましょう。
バッキングとして
従来の調性音楽から少しはみ出して、フォーカスのぼやけたようなサウンドを作る時に、四度堆積はぴったりです。
こちらは、6-2-5-1-4-7-3-6というジャズでおなじみのコード進行を、四度堆積でバッキングしてみた例。全部ヴォイシングの形が同じなのでちょっと退屈ですが、まあサウンドは伝わるでしょう。同じテンションをたくさん付加した状態に近いですから、フワフワしていますね。
バッキングの場合は、ルートとの位置関係を適度に変えてあげるといいでしょう。たとえば最初のAmのところは、ラ−レ・ソ・ドと完全な四度堆積ですが、次のD7のところはレ−ファ♯・シ・ミとして、長3度が生まれるようにしています。こうした人為的な調整をすることで、トップノートの流れを綺麗にしたり、各コードの微妙なトーンをコントロールしているわけです。
冒頭のAmは、正確にコードネームを言うなら「Am7(11)omit5」となります。そのような複雑なサウンドをお手軽に発見できるのが、四度堆積の魅力です。
フレージングとして
四度堆積はその独特な響きが魅力。ひたすら四度堆積だけを利用してフレーズを作ってしまう方法もあります。
綺麗に完全4度だけを使って音を重ねていった例です。前回のトーン・クラスター同様、独特な雰囲気を醸し出していますね!
構成音としては、「7sus4」に近いところがありますので、やはり緊張感が生まれています。今回のような、サスペンスっぽいBGMにはうってつけ。
ストリングスの一番下とベースがユニゾンしてますから、実質三段がさねってことですね。ベースをさらに完全4度下にして、四段がさねにしてみるとどうでしょうか? どんな違いが生まれるか、考えてみてください。
やや緊張感が減少して、ダークな雰囲気が増しました。これは、ベースとストリングスのトップノートが短3度の関係になったからですね。だから内側はゴチャゴチャしているけど、いちばん耳に届きやすいトップとボトムが3度関係を作っているため、緊張感が薄れて暗くなったのです。
こんな風に、キッチリ完全4度で3段か4段重ねて使うのがスタンダードですが、6段くらい重ねたっていいし、増4度やただの3度を間に挟む手もあります。ベーシックな音楽理論からはそもそも外れた構築法なので、その用法に取り立ててルールはありません。
3. クラシックと四度堆積
四度堆積は、近代クラシック(20世紀初頭)のトレンドのひとつと言えるかもしれません。実に多くの作曲家がこのテクニックを利用しています。
ホルストの技巧
特にホルストの「木星」の冒頭部分は、四度堆積を利用した素晴らしい構成例のひとつです。
この世のものとは思えない美しさですね!最初の弦楽器のフレーズの重なり合いは四度堆積和音の重なりで構成されています。楽譜を見ていきましょうね。
最初が「ミソシ」や「ラドミ」ではなく「ミソラ」で、すでに四度堆積の香りがします。そしてそのあと「ラドレ」が乗るわけですが、「ミソラ」と「ラドレ」はそれぞれ4度の関係になっていますね!
さらに部分部分をみると、「ミラレソ」と四度堆積の四和音を構成している箇所があることもわかります。
この独特の浮遊感は、長短を感じさせにくい4度の重なりによって生み出されているというわけです。
スクリャービンの神秘
完全4度だけでなく、増4度を織り交ぜたパターンもあります。それがスクリャービンの神秘和音Mystic Chordと呼ばれるコード。
極めて不思議な響きがしますね。増4度や長3度が混ざることで、不気味さや明るさが加わり、より入り組んだサウンドを生み出しているわけです。上の音源ではまず4度堆積のパターン、それから3度堆積のパターンを並べて弾いています。構成音が同じでも、ヴォイシング次第でずいぶん聴き映えが変わるのは面白いところ。神秘的な雰囲気という点でいえば、4度堆積の方に軍配が上がるように思います。
この和音をスクリャービンが実際に用いている例が、ピアノソナタ第5番。
- Sonata no. 5, Op 53 (mm.263-264)
ほか「火の詩」などで活用されているそうですが、分析するのはなかなか大変そうなので割愛します。この「Mystic Chord」という語の普及に一役買ったアーサー・イーグルフィールド・ハルというアメリカの音楽学者のスクリャービン分析本が、Archive.orgなどで閲覧可能です。
ドビュッシーの東洋
完全4度を連続して使用すると、どことなくオリエンタルな風合いが生まれます。これに着目したのが、東洋的サウンドに傾倒したドビュッシーです。
こちらは「沈める寺」という曲の冒頭。4度と5度を使って、美しい情景を作り上げています。厳密に言えば「四度堆積」というよりかはパワーコード的な風合いに近いですが…。他にもシェーンベルクやラヴェルなど、20世紀の近代作曲家たちは、四度堆積を様々に活用しています。
4. ジャズと四度堆積
ジャズでも、モダン・ジャズ以降でひとつの手法として使われています。マッコイ・タイナーやハービー・ハンコックが四度堆積を活用していることで有名。モダン・ジャズではおなじみの手法でもあるのです。
こちらはハービー・ハンコックの「Maiden Voyage」という曲のイントロ部分を引用したものです。ベース音はD、ピアノも「レ・ソ・ド」で、四度堆積の三段重ねになっています。この絶妙な緊張感は、四度堆積のパワーです。
こちらはマイルス・デイヴィスの代表曲のひとつ、「So What」のイントロです。なんともコード感の希薄な、ミステリアスな感じのする伴奏ですよね。普通のコードではなかなか作れない深みがあります。これもやっぱり四度堆積だ。
アコースティックベースがコードのルートであるDを支えるかたわら、ピアノはその上に「ミ・ラ・レ・ソ・シ」と積んでいます。4度・4度・4度・3度というフォーメーションですね。
アーマッド・ジャマルの1970年の作品「Wave」では、10小節目の「c-f-b♭」というメロディから四度堆積の香りがチラつき始め、その後12小節目からのパートでかなりスリリングな四度堆積のピアノ伴奏が続きます。四度堆積は必然的に調性をぼかすような効果がもたらされるので、特に40年代のモダン・ジャズよりも後の時代の作品でその活用例が目立ちます。
5. ポピュラーと四度堆積
普通のポップス歌曲での出番は少ないですが、電子音楽・ゲーム音楽・映画音楽なんかと四度堆積は相性バッチリですね。
スクエアのRPG「聖剣伝説2・3」のBGMでおなじみ菊田裕樹氏も、四度堆積を好んで使っていることを公言しています。少しだけ、こちらの記事から引用いたします。
僕はさらに、極端なクローズドボイシングと極端なオープンボイシングを併用するのが好きだ。
その場合、4度と5度の関係を中心に構成するのが僕の個性で、基本的に近接する3度の和音、つまりは調性を感じさせる要素を使わないのが特徴である。
4度と5度を折り返し重ねていって、6度や9度を生み出す。極めて離れた場所では、短2度で当てるのも可能となる。
音楽理論を学んで終わりではなく、それを活かしてどう個性を出していくかを研究しているんですね。これこそ理想的な音楽理論との接し方という感じです。たとえば「聖なる侵入」という曲では、冒頭からストリングスが4度で3つ重なるという美しい旋律を構成しています。
増4度をさけるためにファに#がついているのも注目ですね。
またこの緊張感を効果音的に使用する方法も知られていて、ゲームのダンジョンやバトルの冒頭に使われたりします。実例としてはFF5の火力船のBGMや、エストポリス伝記IIのボス戦のBGMなど。
電子音楽の分野では、クラフトワークのTrans-Europe Expressで象徴的に用いられているのが有名でしょうか。
そんなわけで、使い方・重ね方しだいで様々な音楽的広がりを生むのが四度堆積です。バックのコードで使ってそこにメロディを乗せるもよし、四度堆積だけの連続でフレーズを作るのもよし。3度や5度を織り交ぜるのもよし。「コードネーム」という枠に囚われずに、「度数だけの世界」に突入していくとよいですよ。
まとめ
- 1-3-5-7ではなく1-4-7-10…と4度間隔で重ねる和音を「四度堆積和音」といいます。
- 四度堆積和音は調性感が薄く独特な響きがします。
- 決まった使用法はなく、創造性が試されるテクニックです。