Skip to main content

1. 複合和音とは

複合和音Polychord/ポリコードとは、文字どおり和音のうえにさらに和音を重ねる技法です。スラッシュコードの進化形のようなモノですね。
これまでスラッシュコードは、「ベースがルート以外を弾く」という程度の技法でしかありませんでしたが、複合和音は本当にコードの上にコードを鳴らすのです。

ポリコード

スラッシュコードと区別するために、このように斜めのスラッシュではなく横棒で区切って上下にコードネームを記します。ですから複合和音といっても、片方が上・片方が下という風に音域を分けて重ねることが前提のようになっていて、同じ高さで異なる2つの和音を鳴らすというのは、さらに高度でクレイジーなことと言えます。この記事で紹介するのもやはり、上下に分かれたパターンのみです。

複合和音はもちろん大衆音楽で使われることは極めて稀で、主にジャズやプログレッシブロック、20世紀頃のクラシック、映画音楽などで使われます。2つの和音を同時に鳴らすという行為をどうやって成立させるのか、見ていきましょう。

2. テンションコードの分解

まず簡単なところから始めると、うずたかく積んだテンションコードというのは、もう実質コード2個分くらいの音数は有していますよね。

プラマイ表記

そこで、これを二つに分割してしまえば、コードonコードという状態になるではありませんか!

ポリコードを作る

このように、13thまでフル積みした七和音は、四和音+三和音に分割できます。この上下のコードをそれぞれアッパーストラクチャー、ロウワーストラクチャーといいます。これは専門用語というよりかは、単に英語で「上方の構造」「下方の構造」と言っているだけですね。

典型的にはロウワーで3rd7thを確保してコードの基盤を作り、アッパーはトライアドか、もしくはロウワーの音を1音共通で使ってこちらもセブンスにするかといったところ。これなら普段の感覚の延長線上で、簡単にポリコードを作ることができます。

テンションコードとの違い

しかしもちろん、これで普通に演奏したら、テンションコードと何が違うのか?という話ですよね。ちゃんと演奏の中でアッパーとロウワーが分離するような工夫を凝らす必要があります。

それは例えばアッパーとロウワーで担当する楽器を別々にするとか、ピアノの左手と右手で分けるとか、よりミクロなレベルでは、フレーズを作る際にアッパーを弾く箇所とロウワーを弾く箇所を時間的に分けるとか、そういったことです。

こちらは2-5-1を上下に分割した原初的なポリコードの実装法で、べースとエレピ左手がロウワー、エレピ右手がアッパーを担当しています。このやり方だとアッパーのトライアドは元々の9th11th13thで構成されることになるので、ルートを見比べると、Em/Dm7というように、アッパーの方がみな全音上のルートとなります。

アッパーは元のコードで言うところのテンションだけを弾いている状態なので、ロウワーとどこか薄い繋がりを持ちながらも、フワッと浮いたような感じが演出されていますね。

アッパーにアヴォイドを含めるか

理論書では基本的に、「テンションコードとしてみた場合にアヴォイドとなるような音をアッパーに入れたら、もちろん濁るからダメ」と説明されます。しかし上下の分離が起こっているため、実際にはアッパーにアヴォイドノートが居座っていても成立することがあります

上の例では、V7のときには足しちゃダメと言われるドの音が上にいますね。左手でシ、右手でドというOUTな状態に見えますが、実際の音響はお聴きのとおり十分許容できるものです。これはやはり、和音の分裂性が強いポリコードだからこそ出来ることでしょう。

一方で、IΔ7のときにアッパーでファを含めるのは、やはり強傾性音ということもあってお勧めできません。そのため上では、ファにして濁りを回避しています。

アッパーストラクチャー・トライアド

もっぱらアッパーストラクチャーにどんなトライアドを構成するかがポイントになるということで、この種の技法自体を指してアッパーストラクチャー・トライアドUpper Structure Triad, USTと呼ぶような風潮もあります。

本来はテンションコードをポリコード状態にしたときの、上部のコードを指す語が「アッパーストラクチャー・トライアド」なわけですが、「USTの使い方」とか「ここのドミナントをUSTに変えてみます」とかいう風に使われています。

バリエーション

マイナーセブンスやメジャーセブンスのコードでは、テンションの選択肢がそこまで多くないため、作れるUSTのパターンも多くありません。可能性が圧倒的に広がるのが、ドミナントセブンスの時ですね。一般的なコード理論では、ドミナントセブンスのときに限って色んなテンションが利用可能になるという制度を採っているので、USTのバリエーションが広いのです。

IVΔ7III7VIm7

おなじみの4-3-6進行の、III7のところにポリコードを4つ詰め込んでみました。さすがにちょっと節操がないですけども、まあ色々なサウンドを作れるのだな〜という風に受け取っていただきたい。今回作ったのは以下のような構成です。

ドミナントの場合

9th、いわゆる「変位のキャンセル」を利用すればソを持ち込めるので、E7の上にCやGのコードを作れました。最後も面白くて、ソを勝手にラだということにして、Dを構築しています。このように、ドミナント上でのUSTの組み合わせはかなり多数に及ぶのです。

3. 常識の外側へ

ただ、「テンションコードを分解して2つのコードにする」のはポリコードの作り方のひとつであって、作成法はそれに限りません。また、ドミナントセブンス上でだけ暴れていいというのはあくまでもジャズ理論のスキームにすぎませんから、本当はロウワーをドミナントセブンス以外のコードにして、尚且つアッパーを過激にすることは可能です。

そこでもう一歩勇気を踏み出して、本当にどう見てもひとつには収まらないような和音と和音の合体を試みます。

こちらがその一例。ひとつひとつのコードが、猛毒のような禍々しさを放っていますね。楽譜で確認しましょう。

やばめのポリコード

今回は、あからさまに半音がぶつかっていて、ひとつのコードとはとても解釈できないような構造を意図的に作っていきました。仮に一般的な理論で解釈したら、「こんなのアヴォイドばっかだよ、メチャクチャだよ!」と止められるような積み方を各所でしています。
例えば2つ目のコードは、下からの堆積でみたらRtM3M7m3m7ですから、メジャーセブンスの上にマイナーセブンスという、めちゃくちゃな(ように見える)作りとなっています。

異名同音をリスペルしたら多少マシになるものもありますが、まあポリコードという発想がなければ出てこないようなサウンドですね。ポップな音楽しか聴かない人にはとても受け入れられなさそうな音ですが、20世紀の近代・現代クラシックなどであれば、これくらいの和音に遭遇することは十分あります。

ポリコード構築のコツ

ポリコードは、総和として見るとものすごい濁りを有していますが、上と下とである程度の分離が演出されれば、それによって濁りに対する拒絶感が軽減されるというところにカギがあります。

ポリコードを単なるグチャグチャなサウンドでなくそれなりに有機的に聴かせるには、アッパーとロウワーそれぞれに独立してストーリーを持たせるのがよくて、横の繋がりを確保することで上下の分離をより図ることができます。

アッパーのみ
ロウワーのみ

今回はほとんどの箇所において、アッパーが下行するところではロウワーは上行するというように、動きに対称性を持たせています。これには、アッパーとロウワーをなるべく一体化させずに、2本の線が見えるように促す意図があります。

上下の対称性

あとはトップノートをf・e・b・aの4音に絞ることでどことなく調性を持たせたり、ロウワーのコードに多少ポップな進行感を持たせたり、もちろんアッパーとロウワーの噛み合わせも耳で調整しています。

控えめのポリコード

もちろん上の例はかなり極端な攻めの姿勢であるので、もう少し控えめにすればより聴き馴染みのサウンドに寄せることもできます。

こちらはポリコードの発想にプラスして、3度堆積を崩して6度や4度で重ねることでさらに構造を曖昧にしたような例。異名同音が判然とせず、ラとラ、レとレが同時に鳴っているかのような、不思議な状態になっています。

これもリスペルすれば単一のコードで記述できないこともないですが、そういう「解釈」が重要なのではなく、ポリコードというアイデアを利用することで、普通の考え方では生まれづらいようなコードを簡単に発生させることができるという、作り手側の実利としてポリコードは大きな意義を持っています。

理論系をスイッチする

上で見たような例は、IV章で紹介した(一般的な理論が唱える)テンション/アヴォイド論からすると暴挙ですし、上と下で使う音階が違うって何やねんと思うかもしれません。でもここで、序論での流派の話がまた意味を帯びてきますね。どんな理論も、ある範囲の音楽のために作られた基礎的な枠組みでしかないのです。

ものすごく濁った音で作られる音楽というのは、決して「間違った音楽」とか「デタラメな音楽」ではありません。ただ単に「大衆的な手法や枠組みから外れている」だけです。そして作り手はいつでも普段の枠から外れて好きなことをする自由があります。
もちろんポップな曲を作りたいときにこういう過激な技法は相応しくないですが、でも上の「控えめなポリコード」なんかは、全然ポピュラー音楽の中でも活かしどころがありそうですよね。

やっぱり理論が身につけばつくほど、逆にその装備を“外す”ことができなくなりがちです。知識がたくさん引き出しに入っているがゆえに、その引き出しの中から探すクセがどうしても付いてしまいがち。理論で捕捉している範囲の外側に、常に広大な自由が広がっているという点は、忘れないでいてほしいと思います。

まとめ

  • 和音の上に和音を重ねる技法を、「複合和音」と言います。
  • テンションコードを分割することで、簡易的にポリコードを作ることができます。
  • あえて単一のコードには収まらないようなコードの重ね方をすることで、面白い音響を生み出すことができます。
Continue