Skip to main content

パッシング・ディミニッシュ

今回は「コードの使い方を知る」回です。
「根音省略形体」の発想を生かして、ディミニッシュセブンスコードを活用する方法を考えます。複雑で上品なサウンドを得たいときにぴったりの技です。

[gt_radar_chart id=”gt-radar-genrechart” width=”” height=”240″ labels=”J-Pop,Jazz,Classic,Cinematic,Electronic,Pop,Rock” animation_type=”radarar”][gt_chart_data fill_color=”#2060db” stroke_color=”#2060db” data=”100,100,100,50,10,50,10″][/gt_radar_chart]

III章で、ディミニッシュセブンスコードについて学びました。

典型的なディミニッシュセブンス達

「全て短3度間隔」で音を重ねていて、「2つのトライトーン関係」が含まれている、特殊なコードでした。そのためこのコードの用法としては、ホラー風の活用と、「オグジュアリー・ディミニッシュ」と呼ばれる、IとVの和音の手前に差し込む形だけを紹介して終わりでしたね。

IIm7V7Io7IΔ7

今回は、歌モノでも使われるこのコードの定番用法を学びます。

1. 根音省略形体

ベースがルート音以外の音を奏でる「転回形」を以前学びました。

new!

ベースが3rdを弾く形は、「第一転回形」、略して「一転」といいます。なめらかなベースラインを作るのにとても便利なワザでした。今回はこの知識を発展させていきます。

二次ドミナントの一転

4-5-3-6の進行で、「3」のところを、二次ドミナントのIII7にする形はもうイヤというほど目にする定番形ですよね。

IVΔ7V7III7VIm7

ドミナントセブンスコードの強烈な揺さぶりパワーはやっぱり強力。このIII7もまた、3rdをベースにとればスムーズなベースラインを構築できます。

IVΔ7V7III7/♯VVIm7

ルートがなめらかになった分、パワーは弱まって、これもまた別の良さが生まれましたね。

パワーアップお団子

III7のコードトーンはミ・ソ・シ・レですけども、“お団子がさね”をもう一段積んで「ナインスコード」にする…つまりファの音を足しても効果的です。

IVΔ7V7III7(-9)VIm7

コードネームは難しくなりましたが、やっていることは簡単。強傾性音のファを加えることで、緊張感を高めているんですよね。それで、これも当然のように第一転回形にできます。

IVΔ7V7III7(-9)/♯VVIm7

ドンドン複雑になってきました。しかしまあ、ミ・ソ・シ・レ・ファと5音も鳴っているのは、ちょっとゴチャゴチャしていますね。編曲テクニックとして、音を抜いてスッキリさせることを考えます。

何の音をオミットする?

III7(-9)の一転どの音を抜こうかな

普通に行けばここは「ベースと重複してるからソを抜こう」か、「無色透明の5thであるシを抜こう」のどっちかです。しかし、ここであえて「ルートであるミの音を抜いてしまう」というチョイスをしてみます。

♯Vdim7

すると、何ということでしょう! 出来上がったコードは結果として「ディミニッシュ・セブンス」と完全に一致しました。盛りに盛りまくった写真が別人に見えるのと同じように、ドミナントセブンスは“加工”をしまくるとやがてディミニッシュ・セブンスになるのです。

III7の加工鬼盛りのプロセス

もうすっかり別人のようになりましたが、それでもソ・シ・レの3音は元のIII7と共通していて、まだどことなく面影があります。それゆえ、このディミニッシュをIII7のようにして使うことが可能です。

IVΔ7V7♯Vo7VIm7

ファの強烈な情緒、なめらかなベースライン、そして適度にスッキリとした音の密度……。これが理想形じゃないかと思えるくらいに、ちょうど良いバランスで仕上がっています。面白いのは、もうミの音は鳴っていないのに、依然として「4-5-3-6系列の王道進行だな〜」という感想を抱けるくらいにはちゃんと面影を残していること。これもまた、私たちの認知能力・補完能力のたまものであると言えます。

根音省略形体

このように、「あるコードについて文脈を含めて観察した場合に、別のコードのルートを抜いたものとして分析した方が自然に理解・解釈できる」場合があって、そのようなコードは根音省略形体Rootless Chordsと呼ばれます。

根音省略

消えてしまってもう鳴っていない音を依然としてルートと認めるという、ちょっと面白い論理です1

2. パッシング・ディミニッシュ

改めて、先ほどのコード進行を観察します。

こうして見ると、VVImという全音離れた2つのコードを繋ぐ架け橋のような存在として♯Vo7が差し込まれているという見方もできます。このディミニッシュセブンスが間にいることで、2連続の半音移動によるなめらかなモーションが出来上がりました。このように「全音差の2つのコードの間に差し込んで接続をなめらかにするディミニッシュ」のことを、パッシング・ディミニッシュ・コードPassing Diminished Chordといいます。

代表的なパッシング・ディミニッシュ

「パッシング・ディミニッシュ」の原理を用いて導入できるコードはVo7に限った話ではなく、基調和音の間に挟まれるものはみな定番です。

パッシング・ディミニッシュ

紹介済みの♯Vo7以外について見ていきますね。

Io7 : VI7の改造形

VI7から派生した♯Io7は、ドに加えてシを含むのがポイント。この音がまたラへと流れていく傾性を持つので、IImとの繋がりは抜群にスムーズです。

IIm7IIm7/VIΔ7♯Io7

また、変位音が増えた分だけ大人っぽい感じにもなりましたね!

IVo7 : II7の改造形

IVとVの間にディミニッシュを挟むと、♯IVo7です。

I/IIIIVΔ7♯IVo7VI/III

このパターンの場合、ミの音が加わることになるので、一瞬同主短調の方に調性が傾くことになります。そのため他と比べると、差し込み方が少し難しいです。

IIo7 : VII7の改造形

VIIの和音について詳しくなかったII章の段階ではあまりフィーチャーしませんでしたが、VII7という二次ドミナントもあって、III章で正式に紹介しました。これをパッシング・ディミニッシュ化した♯IIo7を、IIとIIIの間に挟むことができます。

VIm7IIm7♯IIo7III7

こんな風に、手前はIIm、後続はIII7というのが定番。古典クラシック時代から使われている技法でもあり、高貴で上品な雰囲気があります。

IIIo7 : 下行のパッシング

基本的には上へと上がっていくモーション中に使われることが多いパッシング・ディミニッシュですが、例えばIIImからIImへ降りる途中で使われることもあり、その場合はもっぱら♭IIIo7という風にフラット系の表記で書かれます。

IVΔ7V7IIIm7♭IIIo7IIm7V7IΔ7

こんな感じで、ちょっとひねくれたような風合いが生まれます。ジャズっぽいというか、クセはありますけども使い方次第では効果的でしょう。ただこちらは進行先の関係から「二次ドミナントの派生形」とみなすことが出来ないため、上行型のパッシング・ディミニッシュと比べると、繋がりのスムーズさでは劣ります。

3. ハーフディミニッシュとの互換

♯Vo7の場合はソ・シ・レ・ファと積んで7thの音がウマいこと「キーに対してダイアトニック」になりました。しかし中には7thに臨時記号のフラットがつくものもあって、そのクセが場面にそぐわない場合もあります。

フラットがつくやつ

特に♯IVo7のミというのは、ブルーノートとか短調を思わせる音ですから、曲を明るくしたい時にはジャマですね。このような場合、フラットを付けずにナチュラルにしても、十分音響として自然で魅力的な形で成り立ちます。その場合、コードクオリティは「ハーフディミニッシュ」に変わります。

ハーフディミニッシュ

これもやはり二次ドミナントからの派生形とみなすことができて、二次ドミナントの代わりとして曲中に組み込めます。

IIm7IIIm7IV♯IVøV♯Vo7

サビ前でありそうなコード進行ですね。こんな感じで、Vへと進む♯IVøには、II7の香りが強く感じられて、非常に明朗な印象をもたらします。

IIm9V7IΔ9♯Iø

♯Iøについてもやはり明るさがあるので、今回の2-5-1のような快活なコードとよく似合います。こうしたパターンには特に名称が付けられていませんが、強いて言うなれば「パッシング・ハーフ・ディミニッシュ」ということになるでしょう。

4. 間に挟まない用法

上で紹介したディミニッシュやハーフディミニッシュは、もちろん間に挟む形でしか使えないわけではありません。「ナインスコード化+根音省略」の原理から考えれば、もっと様々な用法が考えられます。

IVΔ7III7VIm7Vm7I7

こちら、「パラレルマイナー」の記事でも紹介した、J-Pop定番コード進行のひとつです。このIII7I7を変形させると…

IVΔ7♯Vo7VIm7Vm7IIIø

こうなります。今回は、手前のコードからは跳躍して、後続は滑らかに半音上行という形になりました。これは「パッシング」の一族には含まれないわけですが、やっていることの本質は全く同じですね。

こちらは実際の例。サビ途中の「ありがとう悲しみよ」のところで、IVの次に♯Vo7へと飛び、VIm主体のリフへ進む形になっています。
これがもしノーマルなIII7だと、ベースラインが下行することになり、ここで演出したい盛り上がりを阻害してしまう可能性がありますから、まさに今回の技法がよく活きる場面です。加えてベースが変位音(ソ)を奏でることになるので、それがまたただならぬ雰囲気を演出していますね。

ちなみにサビ後半でも「紅蓮の華よ」のところでまた♯Vo7が使われており、こちらは典型的なパッシング・ディミニッシュとなっています。

コードのネットワークを繋げよう

さて、このパッシング・ディミニッシュをもって、J-Popなどで広く使われるコードは全て網羅したと言っても過言ではありません。これまで学んできたコードが、「こんな曲想にしたい時はこっちに変えた方がいい」という風に選べるようになれば、より自分が表現したい楽曲に近づけていくことができるはずです。
たとえばIVVIIImVImが原型にあるとして、

コード進行 曲想
IImVIIImVIm よりクッキリと力強い
IVVIIIVIm より感情の高ぶりを表現できる
IImVIIImVI より希望を感じる
IVVIIøIIIVIm より情緒不安定でショッキング
IVIVmΔ7IIImVIm より哀愁がただよう
IVIVm7IIIm♭III よりJazzyな感じ
IVVIIIøVI7 揺さぶりの必殺技
IVV♯Vo7VI7 上行するベース音がドラマチック

こんな風にパターンのヴァリエイションが頭の中にまとまっていると作りやすいでしょう。曲のテーマ性、その時の場面展開に合わせた最適なものを、理論を駆使することで的確に選び取ることができます。

まとめ

  • あるコードが、別のコードのルートを消去したものと解釈した方が自然である場合があり、そのようなコードを「根音省略形体」といいます。
  • コードとコードの間に、より変化の少ないコードを挟むことで、よりスムーズな流れを作り出せます。
  • ディミニッシュを全音差のコード間の“繋ぎ”として活用することができ、それを「パッシング・ディミニッシュ」といいます。
Continue