「Just the Two of Us進行」の分析について

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  • estaraqui
      estaraqui

      ネットの記事やyoutubeでこの「Just the Two of Us進行」の分析をいくつも見たのですが理解できません。

      どういうことなのか教えてください。(Just the Two of Usという曲の分析ではありません)

      Cmaj7→B7→Em7→Dm7→G7

      Ⅳmaj7 Ⅲ7 Ⅵm7 Ⅴm7  Ⅰ7

      Ⅳ度から始まり浮遊感を感じさせⅤm7のドミナントマイナーで独特の雰囲気を醸し出しⅠ7のトニックに解決という解説でした。

      私的にはメロも無しにこのコード進行だからkey Gと断定するのに違和感ありありなのですが…。

      ぱっと見はkey CでⅠmaj7→Ⅶ7(Sec.D)→Ⅲm7→Ⅱm7→Ⅴ7

      またはkey Emで Ⅵ♭maj7→Ⅴ7→Ⅰm7→(relative Ⅱm7→Sec.D)

      だと思うのですがなぜkey Gになるのでしょうか?

      たとえCmaj7でCリディアン(Gメジャースケール)でもkey Cだと思うのですが?

      またDm7→G7の部分がドミナントマイナーからトニックに解決というのが分かりません。

      サブドミナントをサブドミナントマイナーにモーダルインターチェンジしてというのと同じような分析に違和感があります。

      単純にDm7→G7→Cmaj7はⅡ-Ⅴ-Ⅰにしか見えないのですが…。

      ポップス的解釈なのでしょうか?

       

      クラウド
      ぴゅら子
        ぴゅら子

        失礼します

         

        Cmaj7→B7→Em7→Dm7→G7

        このコード進行のキーの解釈はEmが一般的です。

        前半のCmaj7→B7→Em7はEmに解決するコード進行で

        後半はDm7→G7はCへ戻ってくるための進行でセカンダリードミナントの2-5モーションです。

         

        Dm7ーG7を演奏している間だけキーがCに部分転調していると解釈できます。

        戻ってきた時のCmaj7をCイオニアンスケールと解釈することもできないことはないと思いますが

        B7のサウンドが鳴った時にEmの調性に切り替わってしまいます。

         

        メロがないのに判断するのはおかしいというのも、もっともですね。

        Emに解決していないように聞こえるようなメロディであり

        かつ音楽的にいいなぁと受け入れられるようなメロディを作ることができれば

        キーがCと説明することもできるかもしれませんね。

         

        estaraqui
          estaraqui

          ぴゅら子さん返信ありがとうございます。

          私の場合、リハモを勉強して最初の方に習ったのがセカンダリードミナントでした。
          例えばC△7→Dm7→G7→C△7というkey Cに
          Sec.Dを挿入してC△7→A7→Dm7→G7→C△7とか
          C△7→Am7→Dm7→G7→C△7というkey Cに
          Sec.Dを挿入してC△7→E7→Am7→Dm7→G7→C△7とか
          C△7→Em7→Am7→Dm7→G7→C△7というkey Cにsec.Dを挿入してC△→B7→Em7→Am7→Dm7→G7→C△7とか
          セカンダリードミナントでリハモしてもkey Cは変わりません。
          なのでC△→B7→Em7→Dm7→G7→というコード進行(just the two of usのコード進行ではない)は
          メロがなければ先述のようにsec.DとしてB7を挿入した
          Key Cなのかkey EmでC△7にリハモでリレイティブなII-VであるDm7→G7を挿入したしたのかは不明瞭です。
          しかしメロがあればどちらのドミナントモーションで終止感を出しているかで調性感をそちらに傾きます。
          G7→C△7で「ソ~ラシド~」なんてあればkey Cとしての終止感は抜群です。
          もちろんB7→Em7についても同じことが言えます。
          コード先ならどちらの曲も作れます。
          なのでぴゅら子さんがEmと解釈するのも理解できますがkey Gと見てドミナントマイナーからトニック7に終止するという分析に違和感があるという疑問です。
          これをネットで調べようと思った原因はプロのアレンジャーがTVでこれはkey Gですと言ってドミナントマイナーで独特の雰囲気を作っているコード進行と解説したのです。
          プロの解説ですよ?
          どうしてそんな解釈になるのか知りたいのです。
          ポップス的な解釈ではVm7が出てくれば無条件でドミナントマイナーと固定するのでしょうか?
          たとえそれがリレイティブなモノでもその固定ありきで分析するのでしょうか?

          ぴゅら子
            ぴゅら子

            質問の意図を汲み取れていなかったようでしたらすみません。

            私はそのプロの方ではないのでkeyGと表現した明確な意図はわかりません。その上での回答です

             

            まず元質問の「G7に解決」という言葉は、誤解を与える表現で、私の中では誤りです。

            Ⅰ7でエンディングすることはありますがそれは「裏切り」的な表現であり解決はしていません。

            なのでこの解釈は、私の中では間違えているという前提のもと、そのプロの方が何を伝えたかったのかということにフォーカスします。

             

            ◆コードの原型に囚われている可能性

            コード進行の中にノンダイアトニックコードが含まれる場合、多くはリハモされている可能性が高いです。

            リハモ前のコード進行は、C Bm Em Gと思います。この進行だとkeyはGです、と言いたい気持ちがわかる気がします。

            このコード進行をリハモしてドミナントモーションを加えると

            C B7(sec.D化)Em G7(Sec.D化) こうなります

            ↓さらにドミナントコードを2-5モーション化すると

            C B7 Em Dm7(ドミナントの拡大) G7  例のコード進行になります

            このように変化していることを説明しておらず、KeyGと伝えたために意図が伝わらなかった可能性があります。

             

            ◆短調と長調を区別しない人だった

            プロの演奏家でもマイナーキーをメジャーキーとして処理する人を見たことがあります。

            例えば、KyeEmの曲、C-D-Emというコード進行に対して

            Emからみたら、Ⅵ♭-Ⅶ♭-Ⅰmですが

            Gメジャーから見たらⅣ-Ⅴ-Ⅵmになります。

            このように、マイナー調のディグリー表記をせずに、メジャーキーから見た表記しかしない人がいます。

            ※最近のポップスは平行調を行き来することも多いのでメリットもあると思います。

            そういう人にとっては、コード進行を全てメジャーキーで処理していることになるので

            Em keyのことをGメジャーkeyと言った可能性があります。

             

            ◆演奏面のアプローチである可能性

            私の耳にはCmaj7ではCのリディアンスケールが聞こえます。

            これを演奏の都合上、初心者の方にCリディアンを弾いてと伝えると

            まずはリディアンって何?という話から始める必要があるので、

            Gメジャースケールを使うんだよという意味合いでKeyGと伝えた可能性があります。

             

            音楽理論の講師にライセンスはありませんので、そのプロの方の考え方と

            私の解釈が違うことはあると思います。

            また、私が知っている理論では、「ドミナントマイナー」という言葉がない、または単に私が知らないので

            ドミナントマイナーの定義がわからず、回答ができませんでした。力不足ですみません。

            ______

            話が逸れてしまうのですが

            ”C△7→Em7→Am7→Dm7→G7→C△7というkey Cにsec.Dを挿入して

            C△→B7→Em7→Am7→Dm7→G7→C△7とか
            セカンダリードミナントでリハモしてもkey Cは変わりません。”

            上記の記載に関して若干、違和感がありました。

            「Key」という言葉の意味合いが、私の考え方と行き違いを起こしている可能性があるようにも感じました。

             

            「KeyCは変わりません」とありますが、私の耳では

            B7→Emのコードの時だけ、Emキーに部分転調しているように聞こえます。

            なので、トーナリティは変わっていると思います。

            例えばC-Bm-5 E7-Am D7-Gm-C7-F7-Em A7-Dm G7-C

            というコード進行があった時に、たくさんセカンダリドミナントがありますが、結局Cに解決しています。

            しかし「この曲のKeyはCだ!」と考えることはコミュニケーションを取る上では役に立つかもしれませんが

            演奏や作曲をする上で、この曲をCの曲とカテゴライズすることは意味をなさないくらいに転調を繰り返しています。

            「この曲のKeyは●だ!」と楽曲を一つのトーナリティで管理しようとすると難しい曲がたくさんあります。

            この瞬間はKey●だけど次のコードでは■だよねーと言った立場はどうでしょうか?

            と思ったりしました。

            長文失礼しました。

            ひるりゅーplugmon
            estaraqui
              estaraqui

              >質問の意図を汲み取れていなかったようでしたらすみません。

              正直言って間違っているとは思ってはいるんだけど沢山の方がTV・ネットの記事・youtube等で同じような解説をしている現象を目の当たりにして、
              少なくともそういう風に解釈する文化がそこにあるんだと思うんです。
              もちろん私の学んできた音楽にはない解釈ですがドミナントマイナーからトニック7に解決すると解釈する世界の人はどうなっているのかと思ったのです。
              自分が採用している理論じゃなくてもそういう世界が存在する事ってあると思うんです。
              例えば生楽器を演奏している人から見たらローインターバルリミット無視とか普通なら避けるようなメロやコードもありの音楽って違和感あると思うんです。
              それを生楽器でやったらアウトだからその人の世界としては理論的に間違いだと思うんです。
              そこで自分は使わないモノだから間違いとするのかそれとも自分は絶対に使わないけどそういう風にする慣習を持っている文化があるんだと知識内に持とうとするかとなった時に私は後者を選んだのです。
              いっい彼ら彼女らはどういう文化を持っているのだろうかという趣旨の質問です。
              なのであれは「間違いです」とバッサリやられちゃうと
              私的には「なるほど」とはならず「分かっています」となってしまいます。
              できればそちらの世界を知っている人からの意見を聞きたかったのです。

              >話が逸れてしまうのですが
              ”C△7→Em7→Am7→Dm7→G7→C△7というkey Cにsec.Dを挿入して
              C△→B7→Em7→Am7→Dm7→G7→C△7とか
              セカンダリードミナントでリハモしてもkey Cは変わりません。”
              上記の記載に関して若干、違和感がありました。
              「Key」という言葉の意味合いが、私の考え方と行き違いを起こしている可能性があるようにも感じました。

              そうでしょうね。
              keyをどう捉えるかは色んな意見がや解釈があると思います。
              だけど私は「代理コード」と「(狭義の)リハモ」は別物と捉えていて、リハモは部分転調と「解釈」できるというだけであって転調ではないというkeyの捉え方をしています。
              例えば
              「B7→Emのコードの時だけ、Emキーに部分転調しているように聞こえます。
              なので、トーナリティは変わっていると思います。」
              と仰っていますよね?keyがEmのように聴こえますよね?
              だから「リハモ」なんです。
              まずシンプルに考えてⅠ△7でリディアンが使えるというのはとりあえず横に置いといて
              C△7→Em7→Am7→Dm7→G7→C△7というkey Cのメロは基本Cメジャースケールだけでも作れます。
              ここでsec.Dを挿入して
              C△→B7→Em7→Am7→Dm7→G7→C△7とするにはB7とメロがぶつかる場合は採用できません。
              もし一時であれ完全であれ転調しているなら使えないなんて事はありません。
              メロとの兼ね合いを見てB7が何拍分取れるかは変わってきます。
              もしメロが無い部分ならやりたい放題だと思います。
              |Dm7|→|G7|→|Cmaj7|→|Dm7|→で
              Cmaj7の部分のメロが2拍分しかなく後半2泊が休みならメロにぶつかる心配はないのでリハモはやりたい放題です。
              4拍めにA7で|Dm7|→|G7|→|Cmaj7→A7|→|Dm7|→とか
              さらに3拍目にEm7(♭5)を入れて|Dm7|→|G7|→|Cmaj7→Em7(♭5)→A7(♭9)|→|Dm7|→とか
              さらにCm7→F7を八分音符で挿入して
              |Dm7|→|G7|→|Cmaj7→Cm7→F7→Em7(♭5)→A7(♭9)|→|Dm7|→とか
              これらは私的には転調ではなくリハモとして見ています。
              なので全体のkeyはCと見ています。
              もちろん演奏する人はリハモしたのでそのコードに合わせて使えるスケールは変わってきます。
              この奏法を理解するために一時転調と解釈することも出来ると言う事ですが
              シンガーはお休みの部分なのでいちいち何処に転調したかを気にする必要はありません。
              keyCの曲として歌う事だと思います。
              もちろんスキャットなどアドリブで入れるとなれば別問題ですが
              それでもリハモはリハモ転調は転調だという解釈を私は採用しています。
              他にも同主調からの借用なども転調ではなくリハモと解釈しています。
              F→G7→CにおいてF→Fm→G7→Cとするのはハ短調への転調ではなくハ短調を感じさせるリハモだと解釈しています。
              最近はリハモではなくて最初からそれありきのコード進行として曲を作るのでメロもそのコードに対応させています。
              こういう風に進化していくと概念や定義というものも変化していくのでその人がどの時点での概念や定義を持っているかでズレが生じる事は否めないと思います。
              ところで私の主張は
              Cmaj7→B7→Em7→Dm7→G7というコード進行はメロが無ければ色んな解釈が出来るよねということなのでkeyEmを否定している訳ではありません。
              仮にコード先で後からメロを作るにしてもkeyCでもkeyEmでもそれらを意識してそれぞれのkeyで曲が作れる方が引き出しが多くて良い事だと思うのですが?
              ちなみにB7→Em7はkeyEmを感じさせるからEmが正解するなら
              Dm7→G7→Cmaj7はkeyCを感じさせるを無視するのは公平ではないと思う。
              どちらのドミナントモーションをセカンダリーとするかはメロ次第ではないでしょうか?
              もちろんワザと調性感を曖昧にするようなメロは特殊なケースとしてですけど。

              >例えばC-Bm-5 E7-Am D7-Gm-C7-F7-Em A7-Dm G7-C
              というコード進行があった時に、たくさんセカンダリドミナントがありますが、結局Cに解決しています。
              しかし「この曲のKeyはCだ!」と考えることはコミュニケーションを取る上では役に立つかもしれませんが
              演奏や作曲をする上で、この曲をCの曲とカテゴライズすることは意味をなさないくらいに転調を繰り返しています。

              この曲がリハモされてこうなったのかそれとも最初からこのコードありきでその上にメロを乗せたのかで解釈は変わってくると思います。
              どちらにしても私はメロの無いコード進行だけではkeyは決められないという立場です。
              仮にリハモでこのコードになったのであればメロはリハモされる前のkeyCに委ねられたものになっていると思います。
              リハモではなくてこのコードありきでメロ作ったなら各コードに合わせたメロになります。
              この場合はワザと調性感を曖昧にさせた曲と言う判断だと思います。
              それをあえてkeyは?と聞かれたら全ての転調を説明するでしょうか?
              例えばkeyCから始まって譜面的にもハッキリと調号が示され半音上がる転調があってまた元のkeyCに戻る曲は私は途中に転調があるkeyCの曲と認識しています。
              ちなみに「例えばC-Bm-5 E7-Am D7-Gm-C7-F7-Em A7-Dm G7-C
              というコード進行があった時に、たくさんセカンダリドミナントがありますが…」という発言は
              沢山のSec.Dがありますと言っている時点でそのドミナントはダイアトニックではないと認めていると思うのですがいかがでしょうか?
              私はメロでの終止感も大事だと思っています。

              ぴゅら子
                ぴゅら子

                ご返答ありがとうございます!

                質問の主眼を汲み取れておらずすみません。私がこの件に関して説明できることは、一つ前に書いたことが全てで、それらを全て知っていらっしゃる上での質問とのことですので、私からご返答できることは無さそうです!

                アンドロメダ
                  アンドロメダ

                  >estaraquiさん

                  質問に対する大した解決でもないどーでもいい部分なんですけど、

                  このサイト(自由派音楽理論)では、(少なくとも古典派のセクション以外では)メジャーとマイナーは一体として考える方式を採用しているので、ここで議論するぶんには「Ⅰ」がどっちを指すのか明示した方がいいかもしれません(長短一体型か、別とする表記なのか)

                  お節介ならすみません…

                   

                  さて、一応自分も意見を持っているので、述べさせていただきます。僕はあまりジャズ系理論を知らないのですが、そういう人間の意見を求められているようだったので。

                  自分の意見としては、ぴゅら子さんの仰っていたように、G7は「裏切り」という意味合いが強いと思っています。Dm7 G7からCM7の動きも、おそらく作曲する側は大体はツーファイブとして考えて作っているのではないでしょうか。

                  ポップス向けの理論サイトや本だと、「Vm7→Ⅰ7は普通にⅤ7とか置くだけよりなんかオシャレになるよ~」くらいの感じでとりあえず紹介されているところも多いので。でも、Gm7単独で言えば、ドミナントマイナーが普通に「ドミナントをちょっと捻って雰囲気を変えた」という意味合いで使われることはあると思います。

                   

                  ただ、estaraquiさんの仰っている「メロディ次第でキーの感じ方が変わるのは頷けるが、これをGとして言い切ってしまうのはおかしい」という内容については、そもそもの意図のズレがある気がします。

                  というのも、このコード進行単独が取り上げられたとき、Gだと言い切ることはできないかもしれませんが、

                  「キーG/Emとして使われたときの【CM7→B7→Em7→Dm7→G7】という進行をJust the two of us進行と名付けた」のであって、「この進行がキー不明で存在していて、それをキーGと解釈している人がいる」という話は明らかに違うと思うのです。

                  「なぜキーG/Emなのか」じゃなくて「キーG/Emとして使われた進行」という事実が先に来ているんじゃないでしょうか?

                  議論するのであれば、

                  ・キーCにも思えそうなのに、なぜこの進行がキーG/Emとして使われることが多いのだろうか?

                  みたいな内容がいいのではないか、と思います。

                   

                  また、そもそも根本から解釈を否定する様で申し訳ありませんが、原曲のJust the two of usならジャズ理論でもいいかもしれませんが、ポップスに持ち込まれた進行のときにコードスケールなどを適用させすぎるのは、個人的にはあまり旨味がないと思います。

                   

                  非常に的外れなことばかり言っているかもしれませんが、一つの参考にしていただければ幸いです。

                  Riz
                  estaraqui
                    estaraqui

                    >ぴゅら子さん
                    「質問の主眼を汲み取れておらずすみません。」

                    私も言葉足らずだったかも知れません。
                    ご回答ありがとうございました。

                    estaraqui
                      estaraqui

                      アンドロメダさんご回答ありがとうございます。

                      >このサイト(自由派音楽理論)では、(少なくとも古典派のセクション以外では)メジャーとマイナーは一体として考える方式を採用しているので、ここで議論するぶんには「Ⅰ」がどっちを指すのか明示した方がいいかもしれません(長短一体型か、別とする表記なのか)

                      それはこのサイトで学んだ人にだけ通用する事では?
                      私が知りたいのは沢山の方がTV・ネットの記事・youtube等で同じような解説をしている人の解釈の仕方です。
                      自分の納得している理論だけで世界を見るなら「あれは間違っている」で終わりなんです。
                      このサイトを利用しているけどあれはこういう事だよと言う説明が出来る人を待っているのです。

                      >ポップス向けの理論サイトや本だと、「Vm7→Ⅰ7は普通にⅤ7とか置くだけよりなんかオシャレになるよ~」くらいの感じでとりあえず紹介されているところも多いので。でも、Gm7単独で言えば、ドミナントマイナーが普通に「ドミナントをちょっと捻って雰囲気を変えた」という意味合いで使われることはあると思います。

                      もしポップスではC→F→G7→CをモーダルインターチェンジしてC→F→Fm→G7→Cとするように
                      モーダルインターチェンジしてC→F→G7→Gm7→Cとドミナントマイナーを使うのは良くあるよと言われれば
                      ポップスでは「ドミナントをちょっと捻って雰囲気を変えた」というのは理解できる。
                      だけどCM7→B7→Em7→Dm7→G7→の進行でDm7→G7→CM7はⅡ-Ⅴ-Ⅰではなく「ドミナントをちょっと捻って雰囲気を変えた」という目的で
                      D7をDm7しましたと分析するのは理解しがたい。
                      実際にDm7の部分で「ドミナントをちょっと捻って雰囲気を変えた」と感じているのでしょうか?
                      普通にⅡ-Ⅴ-Ⅰのサブドミナントにしか聞こえないのですが?
                      Vm7があれば慣習的にドミナントマイナーとしますと言われたらそれまでなんだけど「ドミナントをちょっと捻って雰囲気を変えた」と言われると
                      本当にそう機能しているかを見てしまうのですが如何でしょうか?
                      少なくとも私が見たTV・ネットの記事・youtube等の解説ではこのDm7をドミナントマイナーと分析し独特の雰囲気を演出していると言うような解説でした。

                      >ただ、estaraquiさんの仰っている「メロディ次第でキーの感じ方が変わるのは頷けるが、これをGとして言い切ってしまうのはおかしい」という内容については、そもそもの意図のズレがある気がします。
                      というのも、このコード進行単独が取り上げられたとき、Gだと言い切ることはできないかもしれませんが、
                      「キーG/Emとして使われたときの【CM7→B7→Em7→Dm7→G7】という進行をJust the two of us進行と名付けた」のであって、「この進行がキー不明で存在していて、それをキーGと解釈している人がいる」という話は明らかに違うと思うのです。

                      ここ重要なポイントですね。
                      私が見たどの解説も「キーG/Emとして使われたときの【CM7→B7→Em7→Dm7→G7】という進行をJust the two of us進行と名付けた」という説明は誰もしていません。
                      単にコード進行を示しコード分析をⅣmaj7→Ⅲ7→Ⅵm7→Ⅴm7 →Ⅰ7→としているのです。
                      このコード進行を紹介し解説するという事は普通はそれを知らない人に対して紹介や解説をすることになりますよね?
                      そしたら「キーG/Emとして使われたときの」という前提条件は必須であり、絶対に飛ばしてはいけない部分だと思うんです。
                      知っている人だけ知っておけば良いと言う事ではないと思います。
                      解説すると言うならそこが一番大事でしょ?
                      極端に言えばkeyが決まっていれば度数なんて言わなくても良いくらい「キーG/Emとして使われたときの」は最重要部分です。
                      例えばコード進行を勉強する人が初めて見たら誤解をしかねないと思う。
                      度数なんかよく分からんけどこのコードを弾いとけばOKなんだよねってなることもあると思うのです。

                      >議論するのであれば、
                      ・キーCにも思えそうなのに、なぜこの進行がキーG/Emとして使われることが多いのだろうか?
                      みたいな内容がいいのではないか、と思います。

                      仮に「キーG/Emとして使われたときの」という前提があればkeyCと思えそうなのにとはなりません。
                      何故ならkeyありきのコード進行で終わっていますから。
                      また仮に前提条件が無い場合も「キーCにも思えそうなのに、なぜこの進行がキーG/Emとして使われることが多いのだろうか?」
                      とはなりません。
                      何故ならこのコード進行でどちらのkeyを選ぶかは作曲者の自由でありどちらが多いとかどちらが正しいとかではありません。
                      例えばCM7→B7→Em7→Dm7→G7→のコード進行でEmの曲を作りましたとなってもなんの違和感もありません。

                      >また、そもそも根本から解釈を否定する様で申し訳ありませんが、原曲のJust the two of usならジャズ理論でもいいかもしれませんが、ポップスに持ち込まれた進行のときにコードスケールなどを適用させすぎるのは、個人的にはあまり旨味がないと思います。

                      私はポップスはある側面においてはジャズには無い何でもアリ的な部分があると思います。
                      もちろんポップス側からジャズを見てもそう見える部分があると思いますが…。
                      進化と言う点ではポップスの方がどんどんいろんなことを吸収しいろんな事にチャレンジしていると思っています。
                      そいう私にとってポップスの知らない世界を知りたいと思っただけで
                      「ポップスに持ち込まれた進行のときにコードスケールなどを適用させすぎる」ということが根本的に間違いという話ではないと思っています。
                      例えばミーシャの曲をカバーしたことありますけどその曲はオルタードテンションだらけの普通にジャズコードでしたよ。
                      当然スケールもそうならざるを得ないですよね?
                      ポップスの方が領域は広いと思います。ジャズはアカデミックで難解だけど型が割とカチッとしていると思います。

                      核心はそれらを解説してる人やポップス理論を熟知している人に聞かないと分かりませんがこれはこれで有意義な回答を頂いたと思います。
                      ありがとうございました。

                      アンドロメダ
                        アンドロメダ

                        estaraquiさん

                        返信ありがとうございます。

                        「ジャズ理論を適用しすぎ~」のくだりは自分でも言いすぎというか、後から考えるとちょっと過言すぎでした。すみません。

                         

                        誤解を招くような言い方をして申し訳ないのですが、僕も最後のにコードについてはほぼ同意見で、自分は

                        >自分の意見としては、ぴゅら子さんの仰っていたように、G7は「裏切り」という意味合いが強いと思っています。Dm7 G7からCM7の動きも、おそらく作曲する側は大体はツーファイブとして考えて作っているのではないでしょうか。

                        この上で「Ⅴm7単独では」捻った感が出る…と言いたかったわけです。実際全員が全員ツーファイブのつもりで用いているとは断言できないので、ここはグレーです。

                         

                        >私が見たどの解説も「キーG/Emとして使われたときの【CM7→B7→Em7→Dm7→G7】という進行をJust the two of us進行と名付けた」という説明は誰もしていません。

                        >単にコード進行を示しコード分析をⅣmaj7→Ⅲ7→Ⅵm7→Ⅴm7 →Ⅰ7→としているのです。

                        キーを説明せずにコード進行だけ示されたのなら、正直それは単にその解説が言葉足らずなんじゃないかと思います。もしディグリーを示しているならキーは示せているのと変わらないので問題ないと思います。その場合はキーCか…という疑問はまったくもって必要ないですし。

                         

                        改めて考えて自分が異を唱えたいのは、

                        >

                        Cmaj7→B7→Em7→Dm7→G7

                        Ⅳmaj7 Ⅲ7 Ⅵm7 Ⅴm7  Ⅰ7

                        Ⅳ度から始まり浮遊感を感じさせⅤm7のドミナントマイナーで独特の雰囲気を醸し出しⅠ7のトニックに解決という解説でした。

                        私的にはメロも無しにこのコード進行だからkey Gと断定するのに違和感ありありなのですが…。

                         

                        キーGだと「断定」することは確かに難しいかもしれませんが、そう「解釈」することに不自然さ、違和感があるでしょうか?僕はポップスの文脈ならキーGも十分あり得ると思います。

                        最初の2コードを聞いたときに、ⅣM7|Ⅲ7と取るかⅠM7|Ⅶ7と取るかは人によると思いますが、自分はⅣM7|Ⅲ7と感じました。これは聞いている音楽の差なのかもしれませんが、聴覚上の印象だとコードネームを見たときよりもキーG感が強いように感じます。

                        極論を言ってしまえば、43651と聞こえてしまう人からしたら最初からそう聞こえるので、estaraquiさんが見た解説はそのあとに「解釈を付けるとしたら」の話をしていたのかもしれないですね…とにかく疑問なのは、そこまでキーCを推す理由があるのか、というところです。

                        estaraqui
                          estaraqui

                          アンドロメダさん

                          返信ありがとうございます。
                          議論のキャッチボールができて楽しいです。

                          >キーGだと「断定」することは確かに難しいかもしれませんが、そう「解釈」することに不自然さ、違和感があるでしょうか?僕はポップスの文脈ならキーGも十分あり得ると思います。
                          最初の2コードを聞いたときに、ⅣM7|Ⅲ7と取るかⅠM7|Ⅶ7と取るかは人によると思いますが、自分はⅣM7|Ⅲ7と感じました。
                          これは聞いている音楽の差なのかもしれませんが、聴覚上の印象だとコードネームを見たときよりもキーG感が強いように感じます。

                          そこは全然問題ありません。
                          もちろん「聞いている音楽の差」もあると思いますがそれでも何も問題はありません。
                          何故なら一番そのkeyを感じさせるドミナントモーションは現在のところジャンル別に大きな差はないからです。
                          つまりは頭の部分でkeyをどう感じるかはその音楽性で揺れる部分でありkeyを決定づける最重要部ではないからです。
                          もちろんメロがあればそのメロのスケールで例えばCメジャーを使っているのかEマイナーを使っているかでkey感が強くなるが
                          メロのないコードだけではCともEmとも取れるののでどちらで感じても間違いではないと思います。
                          だけど最初はそう思わせといて実は違いましたという「裏切り」も含めて「可能性は一つではない」と私は言っているのです。
                          私の主張は「メロ無しで」が前提なのでコード進行だけで話をしますが
                          通常ワザと調性感を薄めた曲を作るとかでなければ
                          いろんな部分で調性感を出しますがやはり中でもドミナントモーションが強力です。
                          例えばアンドロメダさんのようにこのコード進行の頭でkeyGを感じたとしてもB7→Emで強烈にkeyEmを感じDm7→G7→Cmaj7で強烈にkeyCを感じます。
                          これはジャンル差はそんなにないと思います。
                          つまりは頭の出だしはその人の音楽性からくる感性で色んなkeyを感じるでしょうがドミナントモーションはほぼ共通した調性感だと思います。
                          ここで頭のいろんな人の感じる調性感とほぼ共通認識のドミナントモーションがあった場合その曲全体の調性感は普通はドミナントモーションに引っ張られるのが通常です。
                          これはメロでも同じですね。終止感が一番keyを感じさせるものだと思います。
                          例えばドレミファソラシドを無限ループさせた時keyは何かと聞かれたらメビウスの輪状態になりますよね?
                          つまりはCメジャーなのかA(ナチュラル)マイナーなのかは聴き手の感性次第です。
                          たまたま聞いた頭がフォソラからだったから一瞬keyFを感じたとしとても
                          またはたまたま聞いた頭がソラシからだったから一瞬keyGを感じたとしても
                          keyFの場合はシ♭ではなくシがきて次のドで終止感を感じたらこれはkeyCと調性感は上書きされます。
                          keyGの場合もファ#ではなくファがくれば最初のGと感じたという事よりもソラシドの終止感が全てをもって行きます。
                          私の言いたいことは分かるでしょうか?
                          例えばkeyGのつもりでソラシドと口ずさめば口ずさんだ場合、それは「移動ド」式で言うkeyGのドレミファ感覚です。
                          だけど何も知らいない人がこれを聞いたらkeyCのソラシドに聞こえる可能性がある。
                          ソラシドの「ド」が不安定な「ファ」に相当するのか終止となる安定の「ド」に相当するのかは
                          ただ単にソラシドがあるだけでは決めらないですよね?
                          この場合は私が主張してる逆パターンでコードなしのメロの一部分を取り上げてkeyを固定することはできないという事です。
                          それがあるから「思わせ」というテクニックも使えるのだと思います。
                          このコード進行でkeyGを主張するなら少なくともkeyGのドミナントモーションが欲しいです。
                          例えばメロで例えると作曲者がメロのみの曲を作ったとしましょう。
                          keyはGのつもりです。ソラシドレミファ#ソのスケールを使いますがワザとファ#を使わないメロを作ったします。
                          (これはコード進行で言うとダイアトニックのドミナントモーションによる終止感がないコード進行と同じです)
                          ファ#→ドというkeyGのメロの終止感が一切出てこないとこのスケールでのメロでありうるシ→ドが
                          移動ドでミ→ファではなくkeyCの終止であるシ→ドと取られる可能性がとても大きくなる。
                          ここで誤解をして欲しくないのはそういう曲を作ってはダメだと言っている訳では無い。
                          そういう意図をもってそういう曲を作ればそれはそういうモノになる。
                          だけどそれを普遍的にそういうメロを作ればkeyGだと限定するのは違うでしょ?という話です。

                          >極論を言ってしまえば、43651と聞こえてしまう人からしたら最初からそう聞こえるので

                          だからDm7→G7をⅤ→Ⅰと聞こえてしまうのは現在の音楽ではアバンギャルド過ぎて一般的な解釈ではないと思うけど?
                          普通はⅣ→Ⅲ→Ⅵと最初に感じたとしてもDm7→G7でⅤ→Ⅰとはならず修正させるよねという話。
                          これは上述した通りメロでもコードでも同じでドミナントモーションなどの「終止感」は現在の音楽では揺るぎないものだと思いますよ。
                          このコード進行で裏切りというテクニックも含めDm7→G7がkeyGを感じさせる終止感を持っているのでしょうか?
                          もちろんそれが誤用であっても大多数がそれを普通に使用するようになってしまえばそれもありという事になりますが
                          現在の一般的な音楽ではまだそうなっていないと思うのですが如何でしょうか?

                          >とにかく疑問なのは、そこまでキーCを推す理由があるのか、というところです。

                          それは私の主張の本旨を見誤っています。
                          私は
                          「ぱっと見はkey CでⅠmaj7→Ⅶ7(Sec.D)→Ⅲm7→Ⅱm7→Ⅴ7
                          またはkey Emで Ⅵ♭maj7→Ⅴ7→Ⅰm7→(relative Ⅱm7→Sec.D)」と言っています。
                          決してなにがなんでもkeyCだとは言っていません。
                          色んな匂わせがあったとしてもDm7→G7をⅤ→Ⅰというようなテクニカルな解釈を受け入れない限りは
                          ごく一般的にはドミナントモーションのないkeyGと限定するよりもドミナントモーションがあるkeyCとかkeyEmの方が特殊な解釈をせずにすんなり理解出来るよねと言う話です。
                          例えばある人がこのコード進行でkeyGの曲を作りわざとkeyGの終止感を消したトリッキーな曲を作りましたという事を否定しているのではありません。
                          このコード進行だけを示してこれはkeyGだと限定するのは違和感があると言っているのです。
                          例えば曲の頭がCmaj7→Fmaj7あったらそのコードだけを見てkeyCとしてⅠmaj7→Ⅳmaj7と感じようが
                          keyGとしてⅣmaj7→Ⅶ♭maj7と感じようがその人の音楽的感性や引き出しの多さの違いで人それぞれだと思うけど
                          「このコード進行はkeyCです」と限定するのは違うでしょ?
                          もちろん限定にすることに違和感があるからと言っているのであってそのkeyでの作曲を否定している訳ではない。
                          例えばCmaj7→B7→Em7→Dm7→G7のコード進行でkeyEmの曲を作っているのに
                          このコード進行を見ただけでメロも見ずに「Just the Two of Us進行」だと分析し、
                          keyはGでⅣmaj7→Ⅲ7→Ⅵm7→Ⅴm7→Ⅰ7と言われるのは受け入れられないでしょ?
                          私の見てきた数々の解説はこういう事を引き起こす可能性があるよねという事を主張しているのです。
                          決してkeyをCに限定して主張しているのではありません。
                          色んな可能性があるとことを知っていた方が引き出しが多くなり音楽性が豊かになるのに
                          あのコード進行をkeyGに限定する解説なのは違和感があります。
                          この限定的な思考がポップスですと言われたらそれまでですが…。

                          きたかみさん
                            きたかみさん

                            横入りのような感じで失礼します。

                            ぴゅら子さんの動画から来ました(’-’*)♪

                             

                            全文は長いので流石に全部は読めていませんが、

                            たぶんestaraquiさんの望んだ部分である「Vm7による I7トニックへの終止」

                            に関する情報が得られていないと思ったので、

                             

                            わたくし的ブルーストニック(トニック7th)な曲の紹介をしようと思いました(’-’*)♪

                            (ブルーストニックの情報が欲しかったんですよね?)

                            (勘違いかもしれませんが紹介します(’-’*)♪)

                             

                             

                             

                            〜タイプ逆転2-5-1にmペンタ〜

                            Paul McCartney – Blackbird (Abbey Road studio LIVE)

                             

                            Key in Gの曲で

                            後半の〜 In to the light of the dark black night.

                            の部分がGmペンタのメロディに A7  Dm7の伴奏。

                            ブルース状態からのVm7  I な曲です。

                             

                             

                             

                            〜V7には違和感、Vm7がいい!〜

                            Jack Pearson – “My Old Friend”

                             

                            Key in F のメインリフが

                            F Bb Cm Bb F

                            的な手遊びフレーズでCmをBbsus4的に使ってます。

                            CがMになるのはブルース進行のV7の部分だけで、

                            他の部分でCやC7を弾くと違和感を感じる曲調です。

                             

                             

                             

                             

                            〜通常モードとブルースモードの切り替えがわかりやすい〜

                            Lawrence – The Weather (Acoustic & Gospel Reprise)

                             

                            3:10で和音がブルースになってメロディのフェイクもmPが入ってきます。

                             

                             

                             

                             

                            ブルースでない、かつ、Vmと Iを使う曲は短調の借用としてのVmで

                            ゲーム音楽とかでよくでてくるのでわ?(あんまりしらない)

                            借用でないパターンで、ミクソリディアンモードのゲーム音楽とかもあると思います。

                             

                             

                             

                            一応just the two of us進行にも触れておくと、

                            曲の頭がIVM7でお尻の2-5がVm7  I7なので

                            和音の位置的に I7に解決とは言わないですね。ドミナントな位置です。

                            進行だけなら小節線はないので I7に解決してるかもしれませんが、

                            曲が指定されてますので、頭はIVM7です。

                             

                            Sound questさんの記事に古典短調VImの並行長調はIVという内容があったので、

                            IV始まりの曲はざっくり短調かも〜って思っておくのがいいかもです。

                            (昨今の曲は長調短調はあまりはっきりさせないって話も、そうよねぇって感じ〜(’-’*)♪)

                            (これをリディアンだとか言うとだれかに怒られますたぶん)

                            estaraqui
                              estaraqui

                              きたかみさん
                              ご意見有り難うございます。
                              また気付かずに返信が遅れてしまい申し訳ありません。

                              >ブルースでない、かつ、Vmと Iを使う曲は短調の借用としてのVmで

                              仰る通りだと思います。
                              ⅣをⅣへとモーダルインターチェンジと同じ手法はありすますね。
                              だけどそれが今回のコード進行には該当しているとは思っておりません。
                              そういう手法があるかどうかと今回のコード進行がそう解釈するのがスムーズかどうかというのは別だと思っています。

                              >一応just the two of us進行にも触れておくと曲の頭がIVM7でお尻の2-5がVm7 I7なので

                              ですからその前提が違うでしょという事を私は主張しているので
                              どうして頭がⅣmaj7でお尻がⅤm7→Ⅰ7だと断定するのかを示して頂かないとその続きに進めません。
                              こういう風に解釈もできますよなら前提が断定ではないという事で話を進めないといけないと思います。

                              >Sound questさんの記事に古典短調VImの並行長調はIVという内容があったので、
                              IV始まりの曲はざっくり短調かも〜って思っておくのがいいかもです。

                              それはあくまでもそういう特性があるというだけでⅣ始まりがどういう意図を持たせるかは作曲者の自由だと思います。
                              例えばⅣ#m7(♭5)はⅣmaj7の代理和音になりますと言う事を知り
                              Ⅳ#m7(♭5)→Ⅶ7(♭9)→Ⅲm7のようなリレイティブなⅡ-Ⅴの〇m7(♭5)をたまたまⅣ#だったのにⅣmaj7置き換えられると主張したら違うでしょ?
                              そういう特性があるというのとその特性を利用するかどうかは別問題です。
                              ⅠメジャーとⅥマイナーは平行調だからⅠ始まりの曲はざっくり短調かも~って思っておくのがいいのかい?
                              そんなの作曲者の意図次第では?

                              Cmaj7→B7→Em7→Dm7→G7はⅣmaj7→Ⅲ7→Ⅵm7→Ⅴm7 →Ⅰ7
                              はⅣから始まっているからざっくりとⅥmの曲だ思っておけば良いという主張だと思うのですが。
                              そもそもⅣと断定できないよねというのが私の主張です。
                              もし作曲者がⅣとして作ったならその曲についてはそうですが
                              それはこのコード進行だからではないですよね?
                              それに百歩ゆずってこのコード進行は短調だと言う風に見るなら
                              Ⅳmaj7→Ⅲ7→Ⅵm7→Ⅴm7 →Ⅰ7で短調と理解するより
                              key Emで Ⅵ♭maj7→Ⅴ7→Ⅰm7→(relative Ⅱm7→Sec.D)の方がスムーズだと思うのですが?
                              度数分析はkeyはGで平行調のEmの曲ですってややこしいでしょ?
                              普通にEmの曲で良いと思うのですが?
                              メロでの終止感がどのドミナントモーションで作られるかでそのドミナントモーションが
                              ダイアトニックなのかセカンダリーなのかと見るのが普通ではないですか?
                              メロの無いコード進行だけでは色んな解釈ができると思うですが?
                              如何でしょうか?

                              きたかみさん
                                きたかみさん

                                ・メロディが欲しいよね。

                                 

                                メロディさんはリズムも和音も示唆してくれるから。聞いたらなんとなくわかる。

                                なんとなくわかるってのが大事だと思うの。

                                自分がなんとなくわかるのがまず一歩で、

                                他の誰かも同じようになんとなくわかってくれるのが第二歩で。

                                でもなんとなくそれをわかり合ってても言葉にしなきゃ不便だから理論っぽく喋ってるだけで、

                                ほんとのところはその音楽だけで必要十分。

                                しかも面白いのが、バンド仲間の解釈(6/8 or 3/4 など)が

                                食い違ってる方がいい(おもしろい?)アンサンブルになったりします(’-’*)♪

                                ならもう、弾いて歌って、それだけでいいじゃんって話。

                                 

                                 

                                 

                                ・不十分な情報しか提示されない場合の聴感

                                 

                                メロ無し、リズム無し、3度無し、など。

                                可能性の重なり合いを感じるか、

                                別っこの新しいものとして認識するのか、

                                人によりますね。

                                “●M7”の和音だけ聞いてそれを Iと思うかIVと思うか。重なり合ってる感か。なかには特に判定してない人もいたり。

                                たぶん Iと思って聞いた人はその後のつながりへの解釈ができず、斬新!って思うんじゃないかなぁと思います。

                                M7に限らず、そういうフェイント仕掛けてくる曲は聞いてて面白いですよね(’-’*)♪

                                フェイントがフェイントとして機能するためにも、

                                パッケージの確定(調性)は大切だし便利。

                                西直樹さんは”251したら調確定、一発で転調成立”

                                って言ってました。

                                どこまでが一時的なもので、どこからが完全な転調なのか

                                曲をよーく聞いて感じ取るのが大事だと思います。

                                 

                                ・耳コピとIV始まり曲

                                 

                                耳コピ楽譜を書いていて、IV始まりの曲は

                                調判定に時間がかかりがちです。 IM7が出てきてくれないまま I7ばかりでてきます

                                でも響きにIV感(爽やかな、秋、感)があるので、

                                IVっぽいなぁって思いながら耳コピを進めます。

                                 

                                これってもしこれが IM7でVIIm7やVII7だとしても、”IV感”が出ると思うんですよ。ならIVって書きたいなぁ。できるだけ。って思います。

                                 

                                調の中心としての Iでなくて、

                                I感があるから I、IV感があるからIV。

                                短調と言ってもそれはVIm感のことで、こてこての短調感じゃない感じ。

                                 

                                昭和歌謡みたいな曲を耳コピすることがあって、

                                これは、”ど”短調だなぁってくらい暗い響き。

                                そんな曲は Imってディグリーで呼びたくなるけれど、

                                勘が働かなくなるって理由でVImで計算します。

                                気持ちとしてはIIIなどに♭をつけて呼びたくないので、

                                クラシック流儀に賛成なんですが、慣れの問題でVIm計算です。

                                 

                                (もっというと私はミラートーナリティー派なので短調は鏡面対称で考えたいのがほんとのところ)

                                 

                                でも、こってこて短調さんもいるよねぇ。 Im感わかるぅ(‘ε’*)

                                てのも感じてます。

                                 

                                ・ JtToU進行は暗くない

                                 

                                IV始まり曲でVImに帰結して暗く終わるって、あんまりないんじゃないかなぁと思います。大抵はくりかえしてフェードアウト系。どん暗くはしないのがほとんどだと思います。

                                これも Imって呼びたくない理由の一つよね。

                                短調っていうにはさわやか。

                                ♭VI始まりの曲だって認識するのは、何か遠回り感がいなめない。

                                IVと呼びたい(`・ω・´)

                                 

                                ・ こりゃ判定に時間もかかりますわ調判定フローチャート

                                 

                                調判定開始

                                 

                                パッと聞き、まぁ、あかるいかなぁ、かっこいい系?、、、長調で_φ(・_・

                                セカンダリが多いとM7が IなのかIVなのかわかりにくい(´・ω・`)

                                耳を頼りに、、、、IVっぽい_φ(・_・

                                落ち着き感のある終止はVImオンリー、、じゃ短調ね_φ(・_・

                                でも曲の大事なところはIVに向かって終止。

                                結局 Iは7のみの登場で、もはやV7かなぁとも思ったけれども、

                                IVのさわやかさ、まだつづく感じ、Bメロ感、など、

                                総合的にIV始まりで、 Iは出てこず、VImに終止感あり。

                                暗くはないので ImでなくVIm呼びで短調って呼びたい(計算も楽だし)

                                まぁまぁ明るいからと言ってリディアン I調呼びって路線は歌ものポップスには的外れだしそこまでは明るくない。終止感はVImに対して感じたわけだし。IV始まりのVIm短調で_φ(・_・

                                 

                                調号をつけ、心の中で”これは短調”って解釈だけする。

                                 

                                 

                                 

                                 

                                 

                                 

                                って感じですね。

                                これがだんだん省略されて、

                                JtToU進行って気がついたらもうIV始まりって決め打ちになっていきます。

                                VIIm7なんかも見た瞬間IIIm7のまちがいだ(`・ω・´)アッブネ

                                ってなりつつ全体的な確認をしたりします。

                                それが本当にVIIm7なのかIIIm7なのかは、曲が教えてくれるはずです。

                                VII7は明るく感じることが多いので、III7との聞き分けは楽な部類です。

                                 

                                 

                                 

                                 

                                まとめ?

                                 

                                曲をよーく聞いて、感じた通りの調判定、調号をつければよし!です。

                                同じコードタイプでも違った響き聞こえるのが音楽のとっても楽しいところだと思います。もし勘違いの調号をつけたとしても、そういう聞き方、視点っていうのもありだと思います(’-’*)♪

                                Donald Fagen
                              14件の投稿を表示中 - 1 - 14件目 (全14件中)

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