目次
前2回で述べたのは、わりとスタンダードなハーモナイズの方法論です。工程を3つのプロセスに分けて、判断基準や注意点を確認してきましたね。
- ❶ パリティの優先度設定
- ❷ ルートの設定
- ❸ 残りの音の設定
ですが正直、これくらいであれば感覚で十分補える範囲でもあります。せっかくなので、理論を学んだからこそできるような強烈なハーモナイズも使いこなしたいですよね。今回はそこを掘り下げていきます。もはやメロディ理論というよりコード理論に近づいて来ていますが、最終的に音楽というのは全ての要素が一体になって鳴り響くものですから、分野がクロスオーバーしているのはそれだけレベルが上がってきた証拠、悪いことではありません。
1. 注意音
創造的なハーモナイズをするにあたっては、まず要注意の音を押さえておくことは大切。コード編IV章で、アヴォイドについて学んだのと同じことです。
コードオーダーの思考法においては、「コードトーンに対し半音上の度数関係となる音は、コードの響きを阻害するのでアヴォイド」といった風の考え方でしたね。しかしメロディオーダーの思考はコードオーダーと上下逆さまですから、これも次のように捉えることとなります。
メロディに対し半音下の度数関係となる音は、メロディの響きを阻害する可能性が高いので、注意して取り扱う必要がある。
例えばドをメロディとする場合、いちばん取扱注意なのはシの音。これは前回までの内容で既に理解していることだと思います。まずこの点を押さえて、使うときにはその濁りを理解して効果的に使うことが重要になってきます。ここでは便宜上、この取扱注意の音を注意音Marked Noteと呼ぶことにします。
アヴォイド論とは別思考
これを言うのはもう何度目かという感じですが、完全メロディオーダーのハーモナイズを論じるにあたっては、従来のアヴェイラブル/アヴォイドのくくりは本当に関係ありません。ハーモナイズの理論は単音と単音の調和の理論であって、注意音はどんな時にも注意を要します。
- IVΔ7V6IΔ7
こちらは4-5-1の進行に、メロはずっとド、そしてハーモナイズの際に「注意音」であるシの音を、ダイレクトに半音下のピッチで鳴らした例。お聴きのとおり、どのコード上でもメロディは阻害されていて、聴き心地はよくないですね。
- IVΔ7V6sus4I
こちらはシを取り除いたバージョン。この方が、メロディがきちんと立っていて音響としての成立度は上です。
ドとシの組み合わせに注意。これについては、Vの時であれば「ドがアヴォイドだから」と従来の理論で考えても同じ結論が導き出されますが、注目すべきはIVとIの時ですね。
このように、IVとIの時にはシはアヴォイドではありませんが、それでもメロディの響きを阻害している事実に変わりはありません。半音差でぶつかるのだから、当然ですよね。
アヴォイド論は下から上へのコード・オーダー、そして判断基準は「コードの機能を阻害してしまわないか否か」。対するハーモナイズ論は上から下へのメロディ・オーダー、そして判断基準は「メロディを阻害してしまわないか否か」。判断基準が異なれば、すべからく判断結果も変わるということなのである。ですので改めて、アヴェイラブル/アヴォイド理論の思考はここでキッパリと捨ててから先へ進んでください。
配置で注意音を処理する
この濁りは、オクターブ下げて距離を離してあげることで、いくぶんか緩和させることができます。
- IVΔ7V6IΔ7
特にラストのIΔ7は、こうやって下方にシの音を混ぜ込むことで、渾然とした美しいサウンドになりました。一方でIVΔ7の方は依然として、響きをひそかに脅かしている感じはあります。このIVについてはやっぱり、シは入れない方がよいでしょうね。
メジャーセブンスの注意音
そんなわけでメジャーセブンス系コードでRtシェルを選んだ場合、大事なセブンスの音が注意音となってしまうんですね。ここは重要な部分なので、ちょっと補足しましょう。
もしメロはRtでガツンといきたいけど、メジャーセブンスのオシャレな香りも含ませたいという時には、音量、音高、サウンド等から総合的に調整してミックスすれば、音響的に美しく成立させることがでいます。
こちらは宇多田ヒカルの代表曲のひとつ「道」で、サビのコード進行はIVVIΔ7VImです。伴奏はメジャーセブンスのとき、トップノートでしっかりシを鳴らしているのに対し、メロディはドを鳴らしまくるという構図を取っていますが、お聴きのとおり、音響として何ら問題なく成立しています。
この場合まず音量比でメロディが明らかに勝っているのがひとつ、それからシを鳴らしているキーボードが比較的こもり気味の目立たない音になっているため、メロディを邪魔するほどに主張してきません。メロディを伴奏が脅かすことのないよう、良いバランスを保っているわけですね!
やはり両方ともが奇数パリティのコードトーンであるということで、理論上「注意音」であるとはいっても、音響としての成立させやすさは高めです。
「注意音」は、決して「使えない音」ではありません。VIIø7にドを乗せるという例だってありました。スラッシュコードの結束力を利用したり、「上方避難」を使ったりといったテクニックも既に紹介済みです。常に「何だって可能である」というマインドは忘れないでください。
上方注意音
むろん、メロディに対して半音上の位置に来る音も、メロディの邪魔にはなります。例えばメロディがシの時に、ちょうど半音上のドを伴奏がガッツリ鳴らしたら、それは当然サウンドとして衝突が起きますよね。
- VIm9V(11)IΔ7
特に冒頭VIm9のところで阻害が顕著です。ただこれに関しては、邪魔している音をオクターブ下へ下方避難すればいいだけの話です。普通に編曲していたらこんな配置はしないでしょうから、さほど特筆すべきものとはせず、名前もつけないでおきます。
- VIm9V(11)IΔ7
ストリングス、ピアノのドの音をオクターブ下げるとこのとおり、スッキリしました。
2. 応用的クオリティチェンジ
さて、ここからはこの記事の本題である、より創造的なハーモナイズを行なっていきます。注意音にさえ気をつければ、攻めたハーモナイズも成立させやすいです。
創造的なハーモナイズの絶好のチャンスは、ルートを決め終わった後の「❸ 残りの音の設定」です。メロとベースの構造がしっかりしていれば、残りの音に関しては遊んでも案外なんとかなります。それをうまく利用して、創造的なサウンドに挑戦していきましょう!
今回スタート地点となる題材はこんな感じ。前の2つの題材とまた違って静かなBGMで、既にルートを設定しています。コードクオリティで遊べるように、あえて偶数シェル多めの構成にしました。歌モノだとここまで偶数寄りの構成はしづらいですが、器楽曲では十分ありえる範囲です。
普通にハーモナイズ
この題材に、臨時記号なしでノーマルな和音付けをすると、例えば次のようになります。
- VIm7VIVΔ7IΔ7
当然ながら、面白みはありません。そこで、ノンダイアトニックな音を入れこんで、サウンドをアレンジしていきます。特にVI,IV,Iのところは3rdや7thが決まっていませんから、クオリティ・チェンジの余地が大いに残っています。
普通じゃなくハーモナイズ
それでは、とことんクリエイティブにやってやりましょう!
ドドン! 怒涛のマイナーメジャーセブンス推しにしてみました。全てがノンダイアトニックコードで、他調のカラーによって本来の調性を塗りつぶす、「骨組み」と「肉付け」でカラーのコントラストを作るような構成法になっています。
ポイントがいくつかあるので、箇条書きにしますね。
- 内部が色々濁ってるけど、ベースラインはシンプルだしメロディも同じ形のリピートなので、聴いていて安心感がある。
- メロディの「レシ」を綺麗に響かせるため、“注意音”であるド♯・ラ♯はこのたび一切不使用。
- 全コードが「ド」を構成音に含んでおり、3拍目に必ず鳴らしている。
2小節目なんかは、「勝手にVをメジャーセブンスに変えていいの?」とか「シとド、いっぺんに鳴らしていいの?」とか疑問が湧くかもしれませんが、全く問題ありません。前後の流れや高低の配置をきちんと調整すれば、綺麗になるコンビネーションというのが見つかります。
コード理論から物事を考えるときはどうしても「○○からの借用」みたいな理由がないと使うのを臆してしまいがちですが、実際にはタテ(=音の配置)とヨコ(=声部連結)がしっかりしていれば何でも健全にサウンドします。
「マイナーメジャーセブンス」はなかなか使いどころの難しいコードクオリティですが、こうやってメロとベースだけでしっかり流れが完結している状態からクオリティチェンジで導入してあげると、音楽としての成立度を損なうことなく入れ込むことができます。
カーネル的な意味を考える
こうした特殊な音あてをする時には、その音の意味を考えることも重要です。例えば上例最初の、VImに対してソ♯をあてるという発想は、実はIII章でもう紹介済みなのです。そう、「三つの短音階」で紹介した「旋律的短音階・和声的短音階」の音楽観です。
だからここはナチュラルマイナースケールの香りを消し、クラシカルな短調の情緒を持ち込んでいる行為と言えます。
そして2小節目、Vにミ♭を乗せるという発想もやっぱりIII章、「ブルーノート」に通じるところがありますね。
各変位音が想起させうる主な音階やコードは、Cメジャーキー/Aマイナーキーを基準にすると、以下のとおりです。
音 | 想起させるもの |
---|---|
ド♯ | VIの和音(Aメジャーキー / Dマイナーキー) |
レ♭ | Cフリジア旋法、Vのトライトーン代理 |
ミ♭ | Cマイナーキー、ブルーノート |
ファ♯ | IIの和音(Gメジャーキー)、Cリディア/Aドリア旋法、Aメロマイ |
ソ♯ | Aハモマイ、Aメロマイ |
ラ♭ | Cマイナーキー、IVm系の和音全般 |
シ♭ | Cミクソリディア/Aフリジア旋法、Cマイナーキー、Fメジャーキー |
シ♭のように複数の意味合いを持ちうる音がどのように感じられるかは、前後関係次第ですね。こうしてみるとレ♯・ラ♯・ソ♭は身近なところにはいない音なので、混ぜ込むことが難しいという予測も立ちます。
この「意味」を把握するには別に理論的な言葉じゃなくて、「重たい」「暗い」みたいな形容詞でもいいし、言語的でなくてもいいし、何にしても自分の中で単音に対しイメージを持っていると音の整理がしやすいですよ。こうした「各音の音楽的特色」を把握していると、応用的な和音付けをする際にも、その音付けによって得られる聴覚印象をあらかじめ想像しながら進められるので、効率的です。
実際の例
こうした「クオリティの遊び」は、100年以上前の音楽からも見つけることができます。
こちらは20世紀の作曲家、モーリス・ラヴェルの『クープランの墓 – 4.リゴドン』からの抜粋。2・4小節目では、上の例と同じように本来メジャーセブンスが入るべき文脈のところで、ミの音がメロディに含まれていないのをいいことに、和音をマイナーメジャーセブンスに差し替えています。
その結果、メロディやリズムは明るく元気な感じであるにもかかわらず、マイナーメジャーセブンスの響きが“毒”を楽曲に与えていて、圧倒的な個性を放っていますね。
でもこれはもちろん、感性だけで為せるワザではありません。理論を「ルール」ではなく「ツール」として体得しているからこそ、こんな発想が飛び出してくるのでしょう。このタイプの和音付けは、以前も話題に上がった「リシェルのないリハモ」というやつです。
メロとベースという、音楽の骨格とでも呼ぶべき部分が「普段どおり」の顔をしているので、濁りも自然に聴こえる。これは「変位のキャンセル」と似たところがありますね。
よりポップなジャンルや歌モノなどになっていくと、リスナーが求める「聴きやすさ」のハードルがドンドン上がっていくため、こうした“応用的クオリティ・チェンジ”を行うのは難しくなっていきますが…。それでもこの技法、知っておいて損はないところです。
ソリッドなメロ・ベース関係を原型にして、注意音をケアしつつ音を加える。たったこれだけで、コード理論の思考では導きづらかったハーモナイズを簡単に達成することができました! ここまできてようやく、ハーモナイズを理論化してきたことの「うまみ」が出てきたかという感じです。
とはいえこれだとまだ、肝心のハーモナイズ作業がセンス頼みになってしまっている感もありますね。次回はさらにこの「肉付け」工程を解剖して、センスほぼなし、ひとえに理論的思考だけでもっと複雑なハーモナイズを行なっていきます。
まとめ
- メロディに対して半音下の度数関係となる音を用いてハーモナイズする際には注意が必要で、これを注意音と呼びます。
- 注意音はオクターブ離すことでも濁りを緩和できるし、他にもメロディより上に「上方避難」する等、複数の対処法が考えられます。
- メロとベースのラインがしっかりしている状況であれば、他の音を自由においても高いサウンドの成立度を保つことができ、「マイナーメジャーセブンス」のようなクオリティへのクオリティ・チェンジも十分に可能です。