目次
1. 第一転回形の配置
前回は転回形の表記話だけで終わってしまったので、今回がいよいよ本題です。
改めて確認しますと、第一転回形はC/Eのように3rdの音をベースにとった形を指す言葉でした。主要三和音でいうと以下のようになります。
しかし、これらは配置としては良くありません。三和音を4声部で演奏する時には、どれを重複させるかというのが重要です。上譜では3rdが重複する形になっていて、これがNGなのです。
音が重複するのであれば、Rtか5thがいいという話はすでに登場しています。コードのカラーが強調されすぎる3rdの重複は、基本的に避けるべきなのです。ですから主要三和音を一転で使うときには、上三声には3rdを使わず、代わりにRootか5thを重複させます。Iの一転の標準配置として考えられるのは以下です。
理想形とよく言われるのが(a)。不安定なベースによって失われたトニック本来の安定感を補完するには、ルート音を重複させてあげるのがベストだからです。(b)は5thを重複した形で、これも十分許容できます。(c)はちょっと配分が中途半端ですが、まあアリかなという感じ。
3rdが重複するのは基本的にありえない形。ただでさえ推奨されない3rdかぶりだというのに、3rdがバスを陣取っているこの状況で重複させるなんていうのは、トーンのバランスが崩壊してしまいますからね。
特にVの和音のときは、3rdが導音です。非常に不安定な音ですから、重複するのは絶対に避けたい出来事です。
一方、マイナーコードであれば、3rdの重複は全く問題視されません。そういえばVIの時も3rdかぶりの配置が標準配置として認められていましたし、マイナーコードには3rdの重複が許されているフシがあるのです。
マイナーコードと3rdの重複
なぜマイナーコードは3rdの重複が許されているのでしょう? Franklin Robinsonの「Aural Harmony」という書籍では、以下のような見解が述べられています。
例えばCキーでは、II番目のトライアドであるDmの3rdが重複されると、それはFのコードをより暗示することになる。それゆえIIのマイナーとしての特徴は減少し、メジャーキーにより適応しやすいものとなる。同様の結果はVIやIIIでも得られる。従って、メジャーキーの副三和音においては、むしろ3rdを優先的に重複させるべきである。“Aural Harmony” p31より翻訳, Franklin W. Robinson
なんと、「許可」どころか「推奨」されています。でも、説明を聞くとなんだか納得できますね。すでに述べたとおり、古典派は長調短調を出来るだけ対照的に保ちたい。だからメジャーキーでマイナーコードを使うときも、そんなに目立った使い方をしないことが好まれるというわけです。
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2. 失敗例と改善例
さて、不用意に転回形を使っていると、このような3rdの重複はいとも簡単に起こります。”一転”は、バスをなめらかに順次進行させたい時によく使うので、そのような例で実際のパターンを見てみましょう。
聴いた時点で「何かバランスが悪いな」というのを感じ取れたら嬉しいところです。間違っている部分を、見つけてみてください。
3rdの重複をあぶり出す
今回の例では、ミスを犯していたのはいずれもテナーのパートです。
特にV1においては「導音の重複」となるので、かなり響きがキツイです。より美しいアンサンブルのために改善を施していきましょう。
改善例
例えばこんな具合です。V→VIにかけてテナーがちょっと跳躍しましたが、全体のバランスを考えれば、ここで多少の跳躍があっても十分許せるかという判断です。
3. ダブルドミナントの一転
せっかくなので、もう少し応用のパターンも紹介しておきます。それが、ダブルドミナントの9thコードの場合です。
長調をできるだけ明るくしたい古典派にとって、ダブルドミナントはすごく頻用するアイテムです。そしてドミナントセブンス系コードですから、9thまで積むことができ、また「根音省略形体」として使うことも出来るんでした。そういった観点から、非常に「古典クラシックらしさ」を象徴する和音のひとつですので、ここで紹介したいわけです。
こちらが、ダブルドミナント9thと、その根音省略形体の標準配置例です。基本形では5thを省略するんでしたよね。「根音省略形体」はルートがありませんから、当然何らかの転回形になります。今回は、第一転回形を例にとりました。
ダブルドミナントの進行と連結
ダブルドミナントは二次ドミナントのひとつですから、進行先はVと決まっています。トライトーンを構築している3rdと7thは半音移動で解決させ、9thの音は下行するよう定められた限定進行音。
根音省略形体は、あえてルート音のDを無くしたことで浮いたようになり、とても煌びやかで美しいのが特徴です。クラシックを象徴するサウンドのひとつといえます。
こんな感じの節回しで、ピアノ曲でよく使われますね。どことなく聴き覚えがあるのではないでしょうか。格調高いサウンドが欲しいときには、この用法を知っていると非常に役立ちますよ。
他流派との見解の相違
この和音を紹介したことにはもうひとつ理由があります。ファ♯・ラ・ド・ミという構成音は、コードネームでいうとF#7ですよね。属七の根音省略という見方をしない場合、このコードはハーフディミニッシュに相当しますね。
ハーフディミニッシュの回で紹介したとおり、#IV7の和音はIVへ進む形も定番のひとつ。ほかジャズの世界ではトゥー・ファイヴ・ワンの「ワン」のところにこの和音を突っ込む場合もあります。
そこでジャズ系統の理論では、このように必ずしもVには接続しない点、サブドミナント性の象徴であるファをもたない点、ラドミの3音を有する点などをふまえ、このコードは「トニックとして現れる場合がある」「トニックとサブドミナントの中間のようなコード」などと説明されることがあります1。
一方島岡和声では、この和音はダブルドミナントに由来するものであるからサブドミナントに分類され、必ずVに進むものとして示されます。IVへ進むような型は紹介されず、トニックに類するというような見解はクラシックサイドには見られません。つまりこの和音は、流派によって解釈の大きく分かれるコードの代表例なのです。
もちろん、どちらの解釈が正しいかなんて話をするつもりはありません。それぞれ異なる定義や論理を持っているから、分類結果も割れてくる。異なる流派が異なる音楽観を提示するのは、自然なことです。やはり結局は古典派理論もジャズ理論も単なる一様式であり、それぞれの機能和声論についても、ターゲットとする音楽に合わせて人為的に作られたシステムだということを改めて強調しておきたいところです。