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1. オーダー

作曲するとき、メロディから作ってるか、コード進行を先に作ってからメロディを乗せるか。「何を中心に曲を組み立てているか」というのは、ちょっと堅い言い方をすれば「作曲法のモデルを想定する」ということであり、理論構築において極めて重要なポイントになります。
特に「メロディ理論」というものをしっかり論じるにあたっては、コードからメロディを起こすのか、メロディに対しコードを肉付けするのかでメロディに対する考え方もずいぶん変わってきますよね。

通常理論の想定モデル

従来の音楽理論は、「コード理論」と呼ばれることもあるように、コードからメロディを起こしていくのが基本モデルです。クラシック系なら決まったベースラインに音を乗せていく練習から始まるし、ジャズ系もコードトーンとテンション・アヴォイドを区別することから理論が始まります。ただ、一部のエリアでは逆パターンも想定されています。ジャズ理論では、既存曲のメロディに対してコードを付け替える「リハーモナイズ」がその代表です。

リハーモナイズの例

メロディに合うコードを選びつつ、コード進行自体も綺麗に組み立てなくてはいけない。なかなかテクニックの要る作業ですが、コード理論に精通した後でならば、メロディの魅力を削がずにいいコードを当てることが可能になるわけですね。

同じようにクラシック系の学習課程でも「ソプラノ課題」と呼ばれる、決まったメロディに対してコードを付けていく練習が途中から登場します。

ソプラノ課題の例

コードを入れ替えるのは「リ・ハーモナイズ」ですから、そもそも何もないところにコードをつける行為はハーモナイズHarmonizeといいます。

こちらはクラシックのハーモナイズ。これもやっぱり厳しいルールを守りながら肉付けしていかなきゃいけないので、大変なんですよ。本格ジャズ・本格クラシック理論ではこういった作業を通じて、「メロディを生かしながらも、その下に魅力的なコード進行を組む」という技術を習得します。

この作業は、完全にメロディ優先の作曲モデルですよね。だから「コードにメロディを乗せる」時とは思考回路を逆向きに回しているわけですけど、従来の理論ではそれをことさら言語化しません。当たり前のことだからと言えば、それまでなのですが。

言語化する

しかしやはり「メロディ理論」をしっかり構築していくためには、ここについてもきちんと言語化しておいた方がずっと都合のよいことです。そこで自由派音楽理論では、この「作編曲におけるある事項の優先度」を、その状況での秩序、序列、階級であるという意味からオーダーOrderと呼ぶことにします。

「オーダー」という言葉を使って、作曲の中のプライオリティをスッキリ言語化できます。例えば・・・

  • コード進行が決まっていて、そこにフレーズを乗せる即興演奏のセッションでは、コードのオーダーが高い
  • 既存曲をカバーアレンジする場合、コードを変えることはあってもメロディは基本的に変えられないので、メロディのオーダーが上である
  • 詞先で作曲をする場合、基本的に歌詞を変えることはできないので、メロディよりも歌詞の方がオーダーが上である。
  • 出せる音域が決まっている楽器においては、メロディよりも音域の方がオーダーが上である。

どれもこれも当たり前のことばかりですが、こうして「オーダー」という言葉を与えることにより、いまの自分の音楽構築モデルについて意識的になれます。「オーダー」を論じる対象となる代表的な項目はメロディ、コード、リズムが挙げられますが、上のように「歌詞」「音域」といったものも、「制約があって、それに従った作曲をしている」という意味ではオーダーの一種として捉えることができますね。

メロディ・オーダー/コード・オーダー

もう少し言語化を推し進めて、ある作曲の場面でメロディやコードがオーダーのトップに立っていることを、簡略的にそれぞれ「メロディ・オーダー」「コード・オーダー」などと呼ぶことにします。

つまり、「メロディ優先型の思考で」とか、「メロディが固定された状態で」とか、そういう煩わしい言い方を、今後は「メロディ・オーダー」という表現で代替していくということです。
「優先」というと他を犠牲にしている感じがするし、「固定」というほど固まっていない場面もあるし、「なんとなくメロから先に作っている」という時もある。「オーダー」という言葉は、そういった状況全般を包括するためにあえて曖昧に定義された用語だと思ってください。

2. オーダーの変更

実際の作曲作業の中で、オーダーは頻繁に入れ替わります。特にメロディ・オーダーとコード・オーダーを変更しながら作曲を進める場面は誰しもが経験しているのではないかと思います。

メロディ・オーダー
よし、いいメロディが思いついたぞ!  帰ったら打ち込んでみよう

(問題の発生)
なんか、ここに付けるコードがよくわかんないな・・・

コード・オーダー
ちょっとココのメロディだけは変えることにして、まず何のコードが合うのか考えよ。

コード・オーダー
よし、このコード進行ならイケるからここにメロディを乗せよう

メロディ・オーダー
せっかくならここはクオリティ・チェンジした方がメロディの質感が生きてくるかな?

こんな具合です。もちろん理想は「全てがクッキリ見えた状態で頭に音楽が浮かんでくる」ことですけど、でもその域に至るまでには、こういう試行錯誤の過程というのは必要ですよね。

3. 表層と深層

オーダーは作曲の際の要素の序列であり秩序です。それをもっと根本的なところまで考えると、「キー」「スケール」「拍子」などもオーダーと言えますね。取り立てて意識はしないものの、「変えるぞ」と思わない限りはそれに従った作曲をしているのだから、それこそまさしく“秩序”に他なりません。

これらはある種コードやメロディよりも“優先”されている事項かもしれませんが、序列の“頂点”にいるという表現も、しっくり来ません。むしろ逆で、奥底の深いところに存在する秩序であるように思えます。比喩的に言うならば、演奏として現れる表層でのオーダーとは別に、深層部分で作曲の枠組みとなっているオーダーもまた存在しているということです。

表層 具体的に鳴る音響そのもの メロディ
コード
リズムパターン
歌詞
など
深層 抽象的に形成される認知物 スケール
トーナリティ
拍子
ビート(アクセント)
テンポ
など

表層のオーダーは、実際の作曲の際にどれを優先させるかすぐに切り替え可能という点で、オーダーはオーダーでも「序列」に近い意味合いです。一方で深層にあるオーダーはそうした要素をまとめる骨組みであり、全体の在り方を緩く規定しているという点で「秩序」に近い意味合いであるといえます。ですから「オーダー」というひとつの言葉にまとめはしましたが、この二者はけっこう性質の違うものかもしれません。

4. 独立と従属

作曲においては、各要素が秩序オーダーに従うことで音楽が成り立っています。全員が違うコードを演奏したり、全員が違うリズムで演奏していたらば、当然めちゃくちゃな音楽になってしまう。しかし一方で、音楽の中でどこかのパートが、何らかの形で他の秩序から「はみ出る」ことはあります。これまでに学んできた知識の中でも、そういう類のものはありました。

ブルーノート

例えばメジャーキー、メジャースケールの世界の中にマイナースケールの香りを持ち込む「ブルーノート」は、その典型と言えます。

ブルーノートを理論的に解釈していく時の基本理解モデルが「メジャーキーのコード群にマイナーペンタトニックスケールを重ね合わせたもの」でした。ブルーノートは、メジャーキーという深層のオーダーからはみ出した存在であるわけです。

このようなとき、ブルーノートはキー(またはスケール)というオーダーから独立Independentであると表現することにします。逆に、(あまり使うことはないと思いますが)オーダーに従っている状態は従属Dependentと呼びます。

変位のキャンセル

コードが変位しているのにメロディがそれを無視する「変位のキャンセル」も、本質はブルーノートと同じです。

キャンセルあり

コードが臨時記号を伴うものになることで、メロディが使うべきスケールも変わる。それが本来の、秩序ある演奏です。しかしメロディだけがそのスケールのオーダーから独立している状態も実際にありえることで、それを「変位のキャンセル」と呼ぶ…というような説明になります。

ペダルポイント

ベースが他と“独立”してある音を弾き続ける「ペダルポイント」も、独立の例と言えます。

I♭VII/I♭VI/IVm/I

全体が作ろうとしているコードを、ベースだけが無視しているわけですからね。コードというオーダーからの独立です。ですがこの場面、見方を変えるとこうとも言えます:パラレルマイナーコードが調性を脅かしている中、ベースだけは元々の調性を守ろうと頑張っている。

パート 調性に対して コードに対して
ウワモノ 独立 従属
ベース 従属 独立

こうやって眺めると、音楽の中に小さな“社会”が見えてきます。ウワモノたちは本来の調性から離脱しようとする“反逆者”たちなわけですが、それが多数派に回ると、逆にウワモノの方が孤立して、独立しているとみなされるわけですね…。なんとも世知辛いものがあります。

ポリリズム

あるパートが拍子から独立すれば、それはすなわちポリリズム(ポリメーター)の発生です。

初めはキックが4つ打ちをキープしてくれていますが、途中からはキックも独立してしまい、オープン・ハイハットの裏打ちだけが辛うじて深層の拍子に従属している状態になります。

混沌と音楽の情報量

こうした技法は、曲の統一的な秩序オーダーを乱して混沌ケイオスを引き込んでいるわけですが、それが曲を面白くしているというのが、音楽の奥深いところですね。リスナーはひとつの場面で複数の動きを体感することになるので、その情報量の多さが刺激に繋がっているとも言えそうです。

いずれにせよ、「オーダー」という用語を定義することで、私たちはまず音楽の秩序について自覚的になった。その結果、「ブルーノート」「変位のキャンセル」「ペダルポイント」「ポリリズム」という、メロディ・コード・リズムにかかわる技法に共通した性質のようなものを見出すことができました。またひとつ、音楽をクリアに観測する道具が増えたというわけです!

この「オーダー」という言葉は、今後ちょこちょこ現れて、言葉を用意したことのありがたみがジワジワと実感できてくるはずです。下準備を整えたところで、次回はメロディ編V章の概論に入っていきます。

まとめ

  • 作編曲中のある場面において、メロディ・コード・リズムパターンといった要素のうちどれを優先的に考えているかという序列を「オーダー」と呼ぶことにします。
  • 加えて、ある要素が序列のトップになり、それを固定して作編曲を行っているとき、それを簡易的に「⚪︎⚪︎オーダー」と表現します。
  • 曲中にあるパートがオーダーから外れた演奏をすることを、オーダーからの「独立」と表現します。
  • 「オーダー」という言葉を用意したことで、「コードからメロディ」や「メロディからコード」といった作曲のモデル差から来る理論形式の違いを、より明快に論じることができるようになります。
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