目次
1. リズムの重要性
さてリズム編ではリズムに関する音楽理論を学んでいくわけですが、まず初めに音楽にとってリズムがいかに重要であるかということを再確認するところから始めたいと思います。
楽曲の構造というのは(音色や空間配置などを除けば)根本的には2つの軸で成り立っており、それがピッチと時間の流れです。つまり、どんな高さの音を、どのタイミングで鳴らすのか。これで楽曲の構造が決まります。このことは、五線の楽譜を見ても、ピアノロールを見ても明らかですね。
それで、このタテ軸に関する理論が、コード理論です。ドミソと積むのか、ドファソと積むのか。そういったことを延々と論じます。コード同士の繋ぎ方など一部はヨコ軸の分析も入ってきますけども、まあ基本はタテです。そして、ヨコ軸に関する理論が、この章で扱うリズム理論となるわけです。音楽を構成する二軸のうち1つを担っている。そう考えると、リズムの重大さというのがちょっとズシンと重く感じられてくるのではないでしょうか。
ましてや音楽は時間芸術Temporal Artと呼ばれる芸術の最たるものであって、この“タテ”と“ヨコ”のどっちが大事かと言われたら、それは“ヨコ”の方だとさえ言えるかもしれません。ちょっと試しに比較をしてみましょう……。
- A:コードだけがんばった音楽
- B:リズムだけがんばった音楽
片方はコードにこだわって、リズムは何もがんばらなかった曲。もう片方はリズムにこだわり、コードで何もがんばらなかった曲です。
Aの方は、和音の並びを聴けば確かにオシャレですが、全体的なプロダクションのレベルとしては低いと言わざるを得ません。音の強弱や伸ばす/切る、打点のチョイスなどひとつひとつの選択が練られておらず、音楽の魅力がやや削がれてしまっています。
一方Bは、和音を分析しても面白いものは何ひとつ出てこなくて、ただ同じ音を弾き続けているだけの単調な曲です。でも単純に音楽としての聴き心地がよくて、ココにラップなんか乗せたらちゃんとカッコいい楽曲に仕上がるでしょう。
コードが単純であることは別に曲をダメにするような問題にはなりません。それどころか最近はジャンルによってはコード楽器のない楽曲も普通です。しかしリズムが良くないと、それだけで曲は聴き心地の悪いものになってしまう危険があります。
これは例えばお笑いの漫才で、いくら台本が面白くても間や声量がハマってないとどうも大きな笑いが起きない。逆に単純なボケとツッコミでも、テンポがバッチリだと思わず笑ってしまう。そういう構図とよく似ています。時間芸術にとってリズムとは、作品をいとも簡単に台無しにしてしまう恐ろしい存在なのです。
……と、あまりにも両極端な比較だったかもしれませんが、コード理論ばかりに傾倒すると多かれ少なかれAのような状態におちいる可能性は十分にあるわけです。ピッチ軸と時間軸、どちらで見ても面白い作品を作るために、リズムへの理解は欠かせないものなのであります!(∩˃o˂∩)
2. リズム理論の重要性
しかし、そんな最重要ファクターであるはずのリズムなのですが、一般的な音楽理論ではそこまで重きを置かれないことが多いです。「コード理論」と銘打つ本にリズムの話が書かれていないのはもちろんのこと、「音楽理論」と題するものでもリズム関連の言及がほぼないなんてケースも普通にあります。なぜなのか?
理由はいくつか考えられて、そこには西欧中心で進んできた理論の歴史みたいな問題も絡んできますけども、そもそもあまり需要がない、つまり人々がリズムをわざわざ理論的に勉強するものだとはそんなに思っていないところはあるかもと思います。というのも、コードに比べてリズムはコピーが簡単です。和音を聴いて「これはファラドソが鳴っているな」と判別するのはハイレベルな作業ですが、「ズッタンズズタン」を聴きとることは誰にでもできる。「コード理論を勉強しないとコード進行が作れない」はあったとしても、「リズム理論を勉強しないとリズムパターンが作れない」なんて事態はおよそ考えられないわけです。
共有物としてのリズムパターン
さらに決定的な要因として、リズムパターンには著作権がありません。誰かが発明したすてきなリズムは、人類みんなの共有物。だから迷うことなくプロの作品をそのままマネすればいいんですよね。
定番ビート – 4つ打ち
たとえばテクノやディスコ、EDMなどのジャンルでは、一定のタイミングでドシドシと低音が刻まれる4つ打ちFour-on-the-floorのビートが定番です。
心臓の鼓動のように一定で刻まれるビートには安定感があって、テクノやEDMをはじめとする電子音楽における定番中の定番です。
このリズムを誰かが独占することはなく、誰しもが使う。そしてそれがパクリとか言われることはない。リズムとはそういうものですね。
定番ビート – モータウン・ビート
ポップスやロックでも、昔からの定番と言えるリズムがあります。
このノリノリなリズムは、俗に「モータウン・ビート」などと呼ばれます。ウキウキ感があっていいですよね。
こういう優れたリズムパターンは、何度も何度も繰り返し使われていて、我々も飽きることなくこれを楽しむことができます。
非大衆的なリズム
さらに言えば、コードはかなり複雑な技法や高度なワザが存在しますが、リズムでそのようなことをやってしまうと、大衆性がガクッと一気に落ちてしまいますし、またそういった部分の理論化もコードやメロディの理論ほどは進んでいません。
こちらはちょっとノリが分かりづらいリズムの例。やはり大衆的な音楽からはかけ離れてしまいます。
というわけで、リズムは簡単に聴き取れて、そっくりそのままマネしてよくて、難しいことをする必要は全くない。そのため理論があまり重要視されていない。そんな状況かなと推測します。
簡単にコピーできる……本当に?
リズムをマネるのは簡単——。しかし、本当にそうでしょうか……? 先ほどの「B:リズムだけがんばった曲」は、サッと聴いた感じは別に何も複雑なことをしていないように見えます。ドラムを聴いても「ズッタン、ズズタン」と叩いているだけで、すぐにコピーできちゃいそうです。でもいざやってみると……
- B:リズムだけがんばった音楽
- C:それを簡単にコピーした音楽
なかなかB本来の“ノリ”をきちんと再現するのは大変です。Cの方はまだまだリズムが良くなくて、ずいぶん気持ちよさが減ってしまいました。一体どこが違っているのか、どれくらい説明できるでしょうか?きっと、楽譜に直したらどちらも同じ楽譜になります。でも、楽譜には書けないくらい細かなところでリズムが違っていて、それが思わず体を動かしたくなるような心地よいリズムのノリ、いわゆるグルーヴGrooveを大きく左右しているのです。
——よくよく考えてみると、それぞれの楽器の1音1音、そのタイミング、強さ、長さ…それら全てがリズムの一部です。それを思えば、リズムを正確に聴き取ってマネするというのは実はメチャクチャ難しい作業なわけです。マネ出来てるつもりが出来ていない。プロと同じようにやれているつもりがやれていない。リズムの世界では、そんなことが簡単に起こりえます。怖い話です。
だからやっぱり、せっかく音楽理論を学ぶのであれば、リズムの理論だって学んだほうがお得であることは間違いありません。もちろんリズムは身体感覚で修得することも大切ですが、頭で理解しておけば話が早いこともたくさんあります。というか、まず頭で理解しておいた方が身につけるのも絶対に楽になりますよね。
というわけで、音楽におけるリズムの重要性、そして理論的にこれを学ぶことの意義がいくらか見えてきたところで、本論に進んでいきたいと思います。