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4. 倍音と上音

スペクトラム・アナライザーによって、楽器の音色をかなり数値的に捉えることが可能になりました!それではさらにもう一歩踏み込んで、具体的にその数値に何か法則がないのか、それを調べてみます。

注目するのは、特に検出音量が大きくなっている周波数の「ピーク」の部分です。先ほどのベース音のピークの周波数を辿っていくと、実は面白いことが浮かび上がってきます。まず一番低いのが55Hz。その次は110Hz、次は165Hz…というふうになっていて……

スペクトラム分析:55Hzの次は110,その次165…となっていく

法則がわかりますか? 初めの周波数をちょうど2倍,3倍…と倍数にしていったところがピークになっているのです!(・□・´)

これはベースギターだけに限った話ではなく、ピッチ感の明確な楽器の音色にはみな共通した特徴です。このとき、最も低い周波数のピークを基音Fundamental、対して基音を整数倍した周波数群のことを倍音Harmonicsといいます。

それからこの音色にはキッカリ整数倍した音だけではなく他の周波数も含まれていて、それが豊かな音色に繋がっています。そういった非整数倍の音も全部ひっくるめて、基音よりも高い周波数成分を上音Overtones/オーバートーンといいます。

基音 (Fundamental)
ある音の周波数成分のピークのうち、最も周波数の低いもの。人間がその音の音高として知覚する周波数の音。
倍音 (Harmonics)
ある音の周波数成分のうち、基音を整数倍した周波数に一致する部分のこと。もしくは単に、ある基本の周波数を整数倍した周波数の音のこと1
「倍音」という言葉の語義には若干のブレがある2
上音 (Overtones)
ある音の周波数成分のうち、基音よりも高周波数の部分のこと。

倍音のうちひとつだけを指したい場合は、周波数が2倍の音なら「第2倍音」、3倍なら「第3倍音」というふうに呼ばれます。

改めてまして、基音はチューナーが検出するピッチを決定する存在で、対して上音は音色の大部分を決定する存在となります。このことは実験で簡単に確かめられて、試しにイコライザーを使って上音を全て削ってしまうと、途端に音色の区別がつかなくなってしまいます。

これは記事の冒頭に聴いた色々な楽器の音ですが、でもどれがどの音だったか、全く分からないはずです。ピッチの揺れや音の伸びに若干の違いはあるものの、音色としての個性を感じることはほとんどできません。

元々の音色はこうでした

上音を取り除いたら、全ての音が味気ない音に変わってしまった。これは言わば、いろんな飲み物から成分を分離させていったら結局ぜんぶ水になったみたいな話です。私たちは上音の周波数成分を音色として味わい楽しんでいるのです。

いろいろな倍音は,決して一様に含まれるわけではなく,楽器,音高,発法,その他によって,ある倍音は強く,ある倍音は弱く,というようなさまざまな場合を生ずる。それら各倍音の発生状況は,機械で分析することができるが,人間の耳は,それらの混合したものを直観的に総合して,基音の持つ音質として感じ,識別するのである。
石桁 真礼生, 末吉 保雄, 丸田 昭三, 飯田 隆, 金光 威和雄, 飯沼 信義. 楽典―理論と実習(pp.12-13).

「直感的に総合して、識別する」って……なんか私たちの脳、けっこうすごいことをしてるんですよね。

5. 楽音とノイズ

アコースティック楽器の音色の周波数成分は複雑で、揺れや鳴らしている間の変化、演奏に伴うノイズなども全部含めてそれぞれの楽器の“味”となります。一方、シンセサイザーでは、自然界には存在しえないような、シンプルで揺れや変化のない一定な波形を生成することができます。

さっき紹介したシンセの基本波形5つの周波数成分には、実は5つとも面白い数学的な特徴があります。せっかくなのでそれも紹介させてください。

サイン波(正弦波)は上音が一切ありません!音波の世界で唯一「その周波数だけを純粋にお届けする波形」なのです。そのため、サイン波は純音Pure Tone / Simple Toneとも呼ばれます。
三角波・矩形波は奇数倍の倍音だけが含まれている、そしてノコギリ波は全ての整数倍音が整った比率で含まれている……。「こもっている」「ギラギラしている」といった音色の感じられ方が、倍音の含有量と直結していることがよくわかりますね。
また三角波・矩形波・ノコギリ波のどれを見ても、倍音の倍数が増えていくにつれて含まれる成分量が減っていくのもひとつ重要なポイントで、これはシンセサイザー以外の楽器の音色でも一般に見られる傾向です。

周波数成分とピッチ感

その一方、最後のホワイトノイズは極めて特徴的で、整数/非整数に関係なくあらゆるHzの成分がほぼ均等に含まれています。チューナーは周波数成分の“山”を検知するわけですけども、こうも均一に成分がバラけていたら、ピッチは検出できません。それは人間の耳でも同じことで、このような成分分布だとピッチ感を感じることはできない。だからこのサーーーーというホワイトノイズの音には、高いとか低いという概念がありません。ピッチというものが存在しないのです。

他にはシンバルの「シャーン」という音やシェイカーの「シャッシャカ」といった音もこれに似た周波数成分になっていて、ピッチ感はかなり希薄です。だからこの手のパーカッションの音をチューナーにかけても、何も反応してくれません。

ガン無視です。だからこそ私たちはこれらの音を使うとき、「キーに合わせた音の高さに調整しなきゃ」とか考えることはないですよね。ただしホワイトノイズほど完全に均一ではないため、希薄ながらもピッチ感が存在はしていて、だからこそパーカッションの音はピッチの上げ下げが可能です。

そしてモノによっては、チューナーが検出できるくらいピッチを伴ったパーカッション音も当然あります。

こちらのスネアはかなりピッチがはっきり聴こえる部類で、スペアナで分析すると370Hzあたりに分かりやすくピークがあり、これはちょうどF♯(=ファ♯)の音です。面白いのはチューナーの反応で、最初の1打はスルーしたものの、2打目からは「F♯?F?」と、戸惑いながらも結果をお知らせしたり、また無反応になったりを繰り返しています。ちょうどこの辺りが、ピッチ感がある/ないの境目くらいのようです。

これは人間のリスナーでも同じことが言えて、これくらいのスネアなら人によってはピッチがあるものとして聴こえてきますから、パーカッションのピッチ取りがハーモニーのアンサンブルに僅かながら影響を与える可能性があります。この問題はけっこう繊細で、キー外のピッチに合わせるとハーモニーから独立して目立つようになりますが、キーからの外れが気になる可能性も。逆にキーの音階のピッチのどれかに合わせると調和はしますが、ハーモニーの一員としての役割を否応なしに担うことになるため、今度はそれがかえって邪魔になる危険もあります。パーカッションのピッチは、単体としての響きで見ることも大事ですが、実はキーに対してどうアプローチするかという隠れた観点があるのです。

6. 周波数成分とサウンドメイク

周波数成分や上音という概念を理解することは、音作りやミキシングにおいて重要です。

例えば激安イヤホンやスマホのスピーカーでは低域があまり鳴りませんが、それでも多くのベース楽器の音が認識できるのは、上音のおかげです。いちばん低い成分がほとんど聞こえていなくても、スペクトラムの上の方の成分のおかげで楽器の存在を認知できているのです。ところがそのベースを担当する音色がサイン波主体のサブベースなどとなると話が変わってきます。

ベース音が聞こえましたか? 先述のとおりサイン波には上音がありませんから、こういった音は環境によっては本当に丸っきり聴こえないこともあり、曲の印象がだいぶ変わってしまうリスクがあります。それを防ぐために波形を少し変えたり、オクターブ上の音を足したり、ディストーションで波形を歪ませて周波数成分を変えたりといった対処をすることも考えられるわけです。

あるいは逆の目線で、ベース楽器も案外と高域が鳴っていることに着目し、「不要と感じた部分をEQで削ることで他の楽器を聴こえやすくする」といったこともできます。

Adjusting spectrum with a EQ pluginEQで周波数成分を調整!

音色を原理から理解していれば、様々な場面で応用を利かせることができるわけです。

7. ハーモニー理論との関係

今回の内容はずいぶん物理学チック、あるいはミキシングエンジニア向けのような話でしたが、実はハーモニーの理論とも無縁ではありません。というか、ハーモニーと関係があるからこそ倍音は英語で“Harmonics”といいます。そのため理論書ではしばしば音階や調の話よりも先に、最初の最初にこの倍音の話が登場するんですよ。

その場合はスペクトラム・アナライザーのグラフではなく、五線譜で分布を表したものが一般に使われます。

倍音列C音を基音として第21倍音までを並べた楽譜(周波数誤差の大きいものは黒塗り音符で表示)

実際には基音を2倍,3倍…していった周波数がピアノの鍵盤のピッチとぴったり一致するわけではなくって誤差がある3のですが、まあ楽譜で表すとおおよそこんな具合になります。このように列挙されていった倍音の配列のことを、倍音列Harmonic Seriesといいます。

疑似科学にご注意を

倍音列には、神秘的なロマンと魅力があります。ある単音の中にさえたくさんの周波数が含まれているなら、もはや「単音も実は和音なのである」とも言えますよね。たった1音の中に隠された和音があって、そこには強く鳴っている音とほとんど聴こえない音とで序列がある……。そこからハーモニーの調和の秘密だったり、果ては和音の明るい/暗いといった印象の理由さえも解き明かせるのではないかと、そう思った理論家がたくさんいます。そして「ハーモニーの原理を解き明かしたぞ!」という主張は過去に何度もなされてきました。特に18-19世紀のクラシック界では、倍音と調和の関係性について熱心に研究がされてきた歴史があります。

イラスト:持論を主張する学者

なんなら21世紀に出版された本でも時折そうした記述は見られます。ある音が不安定に聴こえるのはその音が倍音列の手前の方にいないからだとか、ある和音が悲しげに聴こえるのは倍音どうしがぶつかり合って濁るからだとか、ある和音からある和音への進みやすさは倍音の関係性をもとに順位付けが出来るのだとか。

確かにそうした主張の中には、モノによっては有力そうな説もあります。ただいずれにしても、これらの仮説が単なる“仮説”であって立証された“事実”ではないということには留意してください。そういった仮説を立証するには当然脳科学・神経科学・生理学といった分野からの検証が最終的に必要となりますが、音楽理論はまだその壁を超えていません。それどころか、音楽の多様化や世界各地の民族の音感覚の研究が進む中で、どうもこれまで西洋音楽界の中で常識と思われていたことが通用しないかもしれないという疑念が強まっているのが現状です4

仮説を信じるのは自由だし、仮説を人に話すのも自由ですが、それが科学的に立証されているかのような語り口をしてしまったら、それは疑似科学の入り口です。そこだけは気をつけてもらえたらと思います。


ちょっと話はそれましたけども、そういうわけで、周波数成分が音色を決めているということ。これが今回持ち帰ってもらいたい一番の内容です。ただ音色を決定する重大な要素がもうひとつあって、それを次回紹介することになります。

まとめ

  • 音色はその音が持つ周波数成分によって定まり、スペクトラム・アナライザーによって分析することができます。
  • 楽器の音色は、基音とそれを整数倍した倍音をたくさん含んでいます。基音や倍音の構造が明確でない音は、ピッチ感が希薄になります。
  • 非整数倍の周波数成分はノイジーな音色を生み、全ての成分が均等なレベルになると、ホワイトノイズとなります。
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