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3.スペクトログラム

そんなわけで、前回お話しした「周波数成分」と、今回話した「アンプリチュード・エンヴェロープ」が音色の主たる構成要素です。

しかももっと厳密に言えば、この音量の変化というのはトーン全体の総音量に限った話ではなく、「最初にノイズがザッと鳴って、その後は高次の倍音が減っていく」といったように、各周波数帯ごとにバラバラに変化していくのが普通です。周波数成分を一定に保てるのは、決まった波形を出し続けるシンセサイザーくらいのものです。

そうなると、各周波数帯の成分が時間とともにどう変化していくかをビシッと一覧できるグラフみたいなものが欲しくなりますよね。それを実現してくれるのが、スペクトログラムSpectrogramという表示方法です。百聞は一見にしかず、モノを実際に見てもらいましょう。

ピッチが上がって下がるサイン波サイン波のスペクトログラム:ピッチが高くなっていくにつれ線が上へ伸び、下がると下へ下り、山のような形になる。
ゆっくり減衰していくノコギリ波Saw波のスペクトログラム:倍音がたくさんあるので、グラフの全面が埋まる。高周波の含有量は少なくなる。

スペクトログラムは以下の方法で音の周波数成分の変化を可視化したものです。

  • 横軸は時間の軸。左から右へ流れる時間を表す。
  • 縦軸は周波数の軸。上へ行くほど高周波数帯域を表す。
  • 色はその周波数成分の強さ。黄色に近づくほど強く、紫は弱い。

だから基音しか周波数成分を持たないサイン波は、ほとんど真っ黒です。鳴っているメインの周波数のところだけが光って、ピッチが上がったらその線も上がるし、ピッチが下がったら線も下がっていく。そんなグラフになります。
一方でノコギリ波は単音の中にたくさんの倍音が含まれているので、ひとつ鳴らしただけでグラフがバアっと色づきます。そしてよく見ると、高周波域へ進むにつれて色が暗くなって、倍音成分が少なくなっていっていることが分かります。

より変化の複雑な音色を調べると、スペクトログラムも複雑な動きを示します。

波形が変化するシンセサイザーの音シンセ音のスペクトログラム:音がウネウネと動くので、不規則に変化し、結果的に妖怪の顔のような形が浮かび上がったりする

ピアノの音は、ノコギリ波と比べて様々なムラや揺れのようなものがあり、減衰の仕方も一様でなく、こうした繊細な周波数成分の変化が有機的なあの音色に繋がっていることが分かります。一方でシンセもシンセで、波形をウネウネと変化させることで、周波数成分にも面白い変化を作ることができます。偶然にもそのスペクトログラムは、ニワトリのオバケの顔みたいになりました……🐓
スペクトログラムは、音の時間的な変化を目に見える形にしてくれる、いわば“音の肖像画”のような存在なのです。

もちろん単音だけでなく楽曲全体をスペクトログラムにかけることもできて、特に五線譜で表せない電子音楽なんかを可視化するのには欠かせない存在となっています。

こちらは前衛的な電子音楽アーティスト、Aphex Twinの通称『Equation』という楽曲を丸ごとスペクトログラムで分析表示しているようすです。とても五線譜には書けないような音楽の姿を、スペクトログラムが形にしてくれています。ドラムの低音が入るとグラフの下の方が明るくなり、静かなパートでは全体的に暗くなるなど、曲の周波数成分の構成が絵になっている様子がよく分かると思います(特に4:04以降が視覚的に分かりやすいです)。

近年ではEDMを分析する学術論文で楽譜の代わりにスペクトログラムが使われたりもしていて、ある意味これは“電子音楽にとっての楽譜”だとも言えるかもしれません。

4. 音楽の三要素、そして…

耳をアップデートしよう

さて、「序論」で“音に関する言葉を知らなければ、音楽はよく視えないし、記憶できない”という話がありました。今回のアンプリチュード・エンヴェロープはまさにそうです。この概念を知るだけで、音楽を聴いたときに入ってくる情報量が大きく変わります。

こちらは一般人には「何が良いのかわかんない」などと言われてしまいそうな、先鋭的な電子音楽です。しかし今一度耳を傾けると、それぞれのエンヴェロープがどれほど繊細に構築されているか、その丹念さに驚かされるはずです。ディケイが短くアタックを際立たせている音、単調にサステインしている音、アタックが遅い音、リリース・ゼロで瞬時に消える音、一度減衰してからまた大きくなる音……。多彩なコードが曲に彩りをもたらすのと同じように、多彩なエンヴェロープもまた曲に彩りをもたらします。エンヴェロープは単なる音色作りの問題ではなく、音楽のグルーヴ感や心地よさにも大きく影響してくるのものでもあるのです。

エンヴェロープは音楽にとって超・超・超重要な概念です。ある意味で音楽の核と言ってもいいかもしれません。なぜなら、ハーモニーやメロディがない音楽や明確なリズムのない音楽は存在しえても、エンヴェロープがない音楽なんて想像しがたいからです。エンヴェロープとはつまるところ音波の振幅の大きさの変化。そして音楽が空気の振動から生まれるものである以上、エンヴェロープは音楽の最も根源的なところにあるパラメータと言えます。

理論という光が、ときに目をくらませる

一般的な音楽理論のコンテンツでは、音色に関するトピックは限られています。それはこのサイトでも同じこと。しかし、それは音色が音楽にとって重要ではないという意味では全くありません。実際にはむしろ逆で、音色の領域があまりにも奥深すぎるがゆえに、理論構築のうえでは無視せざるを得ないのです。
たとえば単に和音を鳴らすだけでも、ギターと人間の声とでは条件が大きく異なります。ある楽器では許容できない濁りに聴こえるハーモニーが、別の楽器では神秘的な美を伴って聴こえるなんてことが、実践の場ではあります。でもそこまで考慮して話をしだすとキリがないから、そういう情報は削ぎ落として理論化しています。

メロディ・ハーモニー・リズムはよく「音楽の三要素」と言われますが、ここでいう三要素というのは、例えばおにぎりの三要素——ごはん・具・のり——のように、独立分離した3つを足し合わせたら100%になるような、そういう類のものとは全く違います。メロディ自身もリズムやハーモニーの要素を有しているなど互いに重なりがあるし、この3つが音楽の全てではないので、3つを足しても100%にはなりません。

つまり音楽の三要素というのは、音楽の構成要素というよりは、抽出要素に近いのです。音楽というふしぎな存在から、かろうじて理論化できそうなところを選んで抽出してきたもの、それがメロディ・ハーモニー・リズムです。

メロディ+ハーモニー+リズム=音楽ではない。構成要素ではない。
音楽という存在をある側面から切り取ったのがメロディ、ハーモニー、リズム。

この三要素は、音楽を見つめる「着眼点」だとか、音楽を切り取る「側面」の一種だとか言ってもいいと思います。このサイトもこの先メロディ編・コード編・リズム編に分かれていますが、それは決してこの3つだけで音楽が成り立っていることを意味しません

音楽理論に精通してくると、どうしても理論で体系化された範囲ばかりに無意識的に注目してしまうことが起こりがちです。しかし、楽譜に表れない情報のなかにも音楽の本質が宿っているということを忘れないでいてほしい。そのような意味もこめて、準備編の最後にこの音色のトピックを扱いました。

まとめ

  • アンプリチュード・エンヴェロープとは、音量の時間的変化を曲線で表現したものです。
  • シンセサイザーにおいてエンヴェロープは一般的にアタック・ディケイ・サステイン・リリース(ADSR)の4段階に分けられ、他の楽器においても分析の目安として有用です。
さて、準備編はこれで完了です! ここからコード編、メロディ編、リズム編。どこへ進むのも自由です。実践を交えながら、生きた音楽理論を身につけていってください。
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