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1. エンヴェロープ

前回は周波数成分や倍音について学びましたが、音色を構成するもう一つの大切な要素として、音量の時間的変化があります。例えばスネアドラムの音ひとつとっても、「タッ!」のように短く素早く消えていくものもあれば「ザーーン!」とけっこう長めに持続するモノだってあります。

一打の中で、いつ音量が最大を迎えて、そしてそこからどんなふうに減衰していくか。これは音色に大きく影響する要素であり、またリズムの感じられ方やグルーヴ感にも大きな影響を及ぼします。

音量が描く曲線というのは、波形を眺めれば一目瞭然です。このような音量の時間的変化を辿ったカーブのことを、アンプリチュード・エンヴェロープAmplitude Envelopeといいます。もしくは省略されて単に「エンヴェロープ」と呼ばれることも。

エンヴェロープという用語はシンセサイザーの世界ではよく知られた言葉で、というのもシンセの音作りにおいて音量変化を設計することは一番根幹的なプロセスだからです。


クリーン・バンディットの『シンフォニー』の冒頭の優しい音色は、サイン波で出来ています。サイン波は上音の全くない音でした。周波数成分が音色を作ることをふまえると、サイン波は味気ない音になりそうなものですが……しかしマレットのようなエンヴェロープ設計によって、オーガニックさを感じる非常に魅力的な音色に仕上がっています。これが意味するところは、たとえ周波数成分が同じであろうと、エンヴェロープによって音色の印象が大きく左右されるということです。

こちらはみなサイン波でできた音色たちで、違うのはエンヴェロープのみです。それぞれがそれぞれの個性を持っていますね! 前回は、上音をカットしてしまうとどんな音もみんなお水のように味気なくなってしまうなんて実験をしましたけども、ごめんなさい。あれは半分うそでした。全く上音のないサイン波でも、エンヴェロープ次第でキャラクターをつけてあげることができる。

特にファミコンのような初期のゲーム音楽では、使える波形の種類が非常に限られていました。そうした環境でも作曲家は、エンヴェロープ設計を活用して音色にバリエーションを生み出していたのです。

同じ波形から異なる音色を作る

前回は周波数成分を「味」に喩えましたね。それで言うならエンヴェロープは「食感」のようなものです。お水と氷。お米とおもち。スパゲッティとマカロニ。味は同じでも、食感が違えばその味わいはまるで別物です。それと同じようなことが、音色でも言えるのです。

2. ADSR

エンヴェロープが描く曲線というのは本当にさまざまで、それこそ歌や笛だったら息の量次第で強くしたり弱くしたりを延々とコントロールできますね。ただ古典的なシンセサイザーでは、音量変化を4つのパラメータに分解して調節します。なのでここでは、その4つを解説させてください。

アタック(Attack)

多くの楽器は、鳴らした瞬間に音量のピークが来ます。でもモノによっては大なり小なり遅れてから音量のピークを迎えるものも存在します。この“演奏を始めてから音量がマックスに至るまでの時間”のことを、アタックAttackといいます。

特に効果音なんかは、シュワーーーッとだんだん音量が大きくなってくるものもありますよね。

このような場合、この音はアタックが“遅い”といいます。あるいはキックのように即時で音量マックスになっているように見えるキック(バスドラム)の音でも、その鋭さには差があります。

こちらのふたつのキックの音色を比較すると、2個目の方は少しだけ音の立ち上がりに鈍さがあります。そこでその波形を拡大してよ〜〜〜〜く見てみると…

1個目のキック
1個目のキック:即座にピーク
2個目のキック
2個目のキック:わずかにピークが遅い

1個目が出だしの瞬間も瞬間に即座にピークを迎えているのに比べ、2個目の方はほんのわずかながら曲線を描いて、ピークまで時間をかけて到達していることが分かります。
このような場合、2個目のキックのことをアタックが“鈍い”とか“弱い”とか形容します。キックの他にはボーカルもこの辺りがシビアで、発声の瞬間にピークを迎えないとアタックが鈍く感じられます。

ただもちろんアタックが鈍いのがダメなわけではなくて、それはその場面で求められるサウンド次第です。キックで言うと、ヒップホップなんかは「ボスッ」って感じの鈍い音がダーティーでカッコよく聞こえる場面も多々ありますね。

リリース(Release)

音がマックスを迎えた後は、音量はだんだんとしぼんでいきます。すぐ消えるものもあれば、長く残るものもある。この演奏を終えてから音が消えるまでの時間のことを、リリースReleaseといいます。

例えばこちらは鐘の音。叩いた瞬間が音量のマックスなので、アタック時間はゼロです。そしてその後しばらくゴーンという鳴りが減衰しながら続くので、こういうすべり台みたいな形になる。その“すべり台”のところがリリース時間です。

鐘は極めてリリースが長い楽器の例ですね。リリースの長さは楽器によって様々で、それが音色の個性のひとつになります。

順にマリンバ、シロフォン、ビブラフォンの演奏ですが、マリンバとシロフォンはリリースが短めで、対するビブラフォンはかなり長めです。

サステイン(Sustain)

鐘のような打楽器は一度叩いたらそれで演奏行為は終わりですが、オルガンのような鍵盤楽器では、「鍵盤を押さえる→鍵盤を離す」という2段階の動作で演奏が完了します。管楽器も、「吹く→止める」の2段階がありますね。息が続く限りは、音をずっと持続していられる。この「音を伸ばしている間の音量」のことを、「サステイン」といいます。

オルガンは、最初の「アタック」の時からずっと音量が変わりませんから、オルガンのサステインはマックス、100%ということになります。これは割と珍しいタイプで、管楽器なんかであればやっぱり、息を吹き込むアタックの瞬間と比べると、伸ばしている間は音量が落ちるのが基本です。ずっと全力で吹いてたら、息切れしちゃいますからね。

こちらは勢いよく吹いてから少し音量が小さくなるトランペットの例。この場合、サステインがやや小さくなっているということです。ピアノも、サステインペダルを踏めば音を持続させられるので、その際には似たようなエンヴェロープを描きます。

やはり叩いた瞬間の音量と比べるとサステイン音量は若干落ちますね。100%のサステインを容易に保てる楽器は、オルガンの他にはヴァイオリンなどの擦弦楽器か、シンセサイザーといったところでしょう。そして打楽器では、「吹き続ける」「押さえ続ける」というような動作が不可能なので、サステインは基本的に存在しません。

ディケイ(Decay)

そうすると、サステインを持つ楽器においては、もうひとつ重要な要素が出てきます。それが、「アタック」でピークを迎えてから「サステイン」で安定した音量になるまでの時間です。

同じブラス隊の演奏でも、音量MAXからすぐに減衰するものもあれば……

逆に長い時間をかけてちょっとずつ音量が落ちていく場合もある。

この「音量マックスの瞬間から、サステイン状態に至るまでの減衰時間」のことを、ディケイDecayといいます。すぐに減衰する音は「ディケイが短い」、ゆっくりと時間をかけて減衰する音は「ディケイが長い」と説明されます。


「ディケイ」は「リリース」と同じく音の減衰スピードに関する言葉ですが、ディケイが「演奏行為をしている間の音の減衰」であるのに対しリリースは「演奏行為を終えた後の音の減衰」であるという点が異なります。

理論モデルと現実

ADSRは元来シンセの音作りという目的のために、音量変化を4つのパラメータに落とし込んだものです。現実の楽器演奏においては、この単純な言葉だけでは割りきれない部分もあります。

例えば撥弦楽器や打弦楽器は、一生懸命音を伸ばそうとしても、ちょっとずつ減衰はしていきます。

ピアノには「サステイン・ペダル」という名前の、踏んでいれば鍵盤を離しても音を伸ばしてくれるペダルがありますが、たとえそのペダルを踏んでいても、楽器の構造原理的に必ず音は減衰します。でも感覚論で言えば、コレくらい長く伸ばせているのならちょっと音量が下り坂になっていたとしても「サステイン」のフェーズに入っていると捉えるのが普通でしょう。「サステイン・ペダル」という名前も嘘になってしまいますね。

他にも例えばシンバルの場合、叩いた後の「シャーン」という鳴りは、叩き終わった後なので「リリース」の時間と言ってよさそうですが・・・

でもこうして演奏者の説明を聞くと、叩いた後の動かし方も立派な「演奏」の一部だし、身体にシンバルをあてて鳴動を止めた瞬間が「演奏の終わり」とも言えます。そうなると、「シャーン」部分は「ディケイ」という感じもします。これらの言葉はあくまでもシンセ向けに用意された言葉なので、こうして他楽器に当てはめる場合には、あまり細かくは考えすぎないのがよいでしょう。

ADSR

さて、大事な言葉はここでひととおり説明を終えました。改めて時間軸順に言葉をまとめると、以下のようになります。

段階 説明
アタック 演奏行為を始めてから、音量が最大に至るまでの時間
ディケイ 音量のピークに到達してから、サステイン状態に移行するまでの時間
サステイン 一定で音量が保持されるときの、その音量。ピーク音量に対する割合で示すのが一般的
リリース サステイン状態を終えて音が減衰していき、消えるまでの時間

そしてこの4つは、よくそれぞれの頭文字を並べてADSRという略称で呼ばれています。またこの各段階はステージStageと呼ばれ、「アタック・ステージ」「サステイン・ステージ」などと表現します。

ADSRまとめ。1.音量が最大を迎えるまでの時間がアタック。2.そこから音量が減衰していく段階がディケイ。3.一定の音量が維持されるときの音量がサステイン。4.演奏行為をやめ、楽器の残響などが残っている時間がリリース。

サステインだけは「時間」ではなく「音量」を指すという点に要注意。場合によってはこのあたりをより厳密に論じるために、サステイン時の音量のことを「サステイン・レベル」、サステイン・ステージを続ける長さを「サステイン・タイム」と呼び分けることもあります。

サステインの長さと音量を、タイムとレベルで呼び分ける。

この4つが、アンプリチュード・エンヴェロープを分析する基本のモノサシとなります。そしてエンヴェロープはシンセサイザーに限らず全ての音色にとって重要なパラメータなのです。

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