目次
2. V→IImの用法
5▲の中で唯一かつて禁則とみなされていたのがV→IImの進行です。これはV→IVが禁則だったのと全く同じ理由で、「VはD機能のコード、緊張のピークなんだから、次進むならTが良い。Sに逆戻りするのは良くない」という考えから来ています。
V→IVやIIIm→IImは、逆行とはいってもルートが2度で動く穏やかな逆行でした。しかし今回はルートが5度で動く強烈な逆行ですので、こちらの方が使いこなすのに若干の難しさがあります。
またV→IVがブルース、ロックンロール、レゲエなどのジャンルで定番の地位を確立しているのに対し、V→IImにはそういった強固な“地盤”がありません。印象としては、比較的近年のロックやEDMでじわじわと使用例が増えてきている段階です。
とはいえそれは言い換えると、この進行は新しい現代風の曲想を演出できるということでもあります。使い方をしっかりと観察していきましょう。
V→IImの活用例
V→IImの刺激を活かしたヒット曲といえば、2013年の映画「アナと雪の女王」の主題歌「Let It Go」のイントロでしょう。
エルサ (イディナ・メンゼル) – Let It Go
ちょっと該当部分を切り抜いて、詳しく掘り下げてみます。
さすがに天下のディズニー・カンパニーの曲をそのまま引用する勇気はなかったので、同じコード進行で、別のフレーズの曲を作りました。
このコード進行は、前回紹介した6-4-5-1という定番進行の、ラストをすげ替えたような進行です。ラストで着地せずD–Sの強烈な逆流を作る。起承転結の「結」をあえて奪ってしまうことでただならぬ雰囲気や落ち着かない感情を巧みに表現しているんですね。
ココにV→IImがあるからこそ、「王国から逃げ出した主人公の悲しみ」といったテーマがよく伝わってきます。あえてクラシックの型にはまらないことで表現の幅を広げている模範的な例といえるでしょう。
試しにラストをIに変えて、王道パターンである6-4-5-1型に収めたものも聴いて比較してみます。
確かに自然な流れにはなりました。でも、だからなんだというのでしょう。雪山の白く冷たい情景、故郷を去る悲しみ、不吉な予感・・・そういった曲想が全部消えてただのノーマルなポップスになってしまいました。「表現したいものに相応しい音響」という点でいえば、これは大失敗です。
ASIAN KUNG-FU GENERATION - リライト
全く同じやり方で6-4-5-2を活用した大ヒット曲が日本にもあって、それがアジカンの代表曲『リライト』です。
使われているのは、まず冒頭ドラムが入る前のギターリフ。面白いのは、ドラムが入ってからはこっそり定番の6-4-5-1にシフトしている点です。バンドメンバーが入ってくる前の段階ではIに解決しないことで、ヒリヒリした緊張感というか、「これから何か始まるぞ」という雰囲気がうまく演出されています。
それからアウトロ終盤、3:35からまたリフに帰ってきたパートでもまたこの6-4-5-2が帰ってきて、この曲はII度のコードで終わるという大胆な構成になっています。2004年というリリース当時では(少なくとも日本では)斬新な手法だったのではと思います。
音楽理論を知らない一般的なリスナーも、「何か普通でない終わり方をした」ということは何となくでも分かります。こうしたコード進行の斬新さに惹かれたリスナーもいたことでしょう。
ウルフルズ - バンザイ
6-4-5-2以外の形もひとつ紹介します。
こちらはサビが、IVIImIIImIVVという進行になっています。「好きでよかった」のところで着地せずIImへ逃げて、Iに行き着くのは次の「バンザイ」の時です。Iへの解決を遅延して遠回りしているような進行だといえます。
これが普通のポップスだったら、1-5ときたら次はVImなんかに行きそうですね。
例えばこの1-5-6-3-4-1-4-5という、王道としておなじみ「パッヘルベルのカノンの進行」に乗せても、このメロディは違和感なく歌うことが出来ます。しかしこれだと、この曲が本来持っていた泥臭さや朴訥さといったものがなくなってしまって、曲の良さが台無しです。
ロックやEDMといったジャンルでこの接続が使われるのは、クラシックの規則どおりの進行ではどうにもお行儀よくなりすぎてしまうところからの適度な逸脱が好まれたというような事情はあるでしょう。
禁則はない
改めての念押しになりますが、一般的な理論書で「禁則」「弱い」「逆向き」「イレギュラー」などと説明される進行も、結局はそれを個性として逆に活かすことがポピュラー音楽ではできます。
普通と違うことはいけないことではなく、それを魅力的に感じる人もいる。それはファッションや絵画の世界でも共通して言えることではないでしょうか。だから作曲時にこうした「かつての禁則」を解禁するか否かは、自分が作りたい音楽のジャンルや目的に合わせて決めていけばよいことです。
まとめ
- 5▲の接続は、5度という大きな移動でTDS機能を逆行します。そのドラマチックさ、ダイナミックさが魅力です。
- V–IImは従来の理論では禁則扱いですが、その「裏切り」の効果を活かすことで、より奥深い曲想の表現が可能になります。