目次
前回は3▲の中で比較的使い勝手のよい2つの解説をしました。ここからは『かつての禁則』であった残り3つを見ていきます。
1. 『かつての禁則』の特徴
『かつての禁則』たちに共通しているのは、TDS機能に変化がないことです。
だから、そもそも共通音が多く変化の少ない3▲の中でも、さらに一段階変化の少ない接続だと言えます。
ただ当然、変化が少ない接続がダメな接続なのではない。禁則とされていた理由は、結局のところあまり明確でない慣習的な論理にすぎません。そうだからこそ、特に21世紀に入ってからこうした進行は新進気鋭のアーティストや作曲家による用例がどんどん目立つようになり、着実に支持を得ています。その活用法を、実例とともに見ていきましょう。
2. VIm → I の接続
VIm→Iは、定番のI→VImと同じく、トニック機能が連続するゆったりと落ち着いた流れを作ります。しかしVImが先にいるぶん暗くなるので、ポップ系の曲よりもロックやダンスでよく使われる傾向にあるかと思います。
これら、集めてきた曲はたまたまいずれもドミナント不使用で、3▲の接続を活用しているのが特徴です。
VIm→Iの接続は、明確に「暗から明へ」の転換を提示する形なので、どこか希望の光が指すような情感を曲にもたらすことができます。「STAR TRAIN」はそれがよく活きていますね。
一方「Sexy Bitch」や「RGTO」のような電子的な楽曲においては、キーがメジャー/マイナーのどちらかに偏りすぎないよう拮抗をもたらすような作用も生んでいるように思います。
6-1-5-4型
Vのコードを交えたパターンでは、6-1-5-4、もしくは6-1-5-2という進行がアメリカのポップス(特にダンス系音楽)では定番のひとつになっています。
初めの方が6-1-5-2、アヴィーチー以降はみな6-1-5-4です。ノリの良い音楽に似合うコード進行ですね。VIm→IだけでなくV→IVないしV→IImの禁則を両者とも犯しているのは面白いところ。洋楽界ではもはや禁則はもう禁則でなく、日常的な語彙のひとつになってきた感じがします。
この手の進行におけるVIm→Iはやはりマイナーキーとメジャーキーのバランス取りとして機能し、曲を暗くしすぎない効果を発揮していますね。
つまり、まずスタートは多少ダークにVImを選んだはいいものの、そのままドンヨリとした雰囲気を続けたくはない。マイナー調を一発で打ち消せる最大の存在が、メジャーキーのリーダーたるIというわけです。
3. IIm → IV の接続
IIm→IVも「連続でサブドミナント」という穏やかさが魅力の素敵な接続です。IImというのは、基調和音の中では「タメ役」を担っているコードです。だから最もベタな展開は、Vへ進むことで高揚のピークへ持っていくこと。実際に、古典派理論ではそれ以外の進行は禁止されています。
しかしそこであえてのIVに進むなると、キャラクターは全く変わってきます。共通音2音でTDS機能の変化はなし。ほとんど差のないまま、ただマイナーコードからメジャーコードに変わったという明転は確かに存在しています。
その結果、IIm→Vが極めて明快に元気さを示すモーションなのに対し、IIm→IVはすごくひっそりと幸福感が発露するような、独特な情感を示します。
2-4-6-型
Daft Punkの『Get Lucky』は第56回グラミー賞で5部門を受賞した大ヒット曲ですが、こちらは曲を通してIImIVVImVという進行で3▲を連続して使っています。あえて派手に騒がない、大人のダンスミュージックとでもいった演出法でしょうか。
AKLO×JAY’EDの『Different Man』でもIImIVVImVの進行が一貫してループしています。『Get Lucky』と同じくディスコサウンドのリバイバルが意識されていて、このスローテンポでチルな雰囲気の演出に、3▲のソフトな雰囲気がピッタリはまっています。
この曲の場合、多くのパートでは2-4-6のそれぞれ手前に一瞬1,3,5が挟まっていて、滑らかな順次進行の動きを作っていたりもします。聴き馴染みの薄い3▲を聴かせやすくする工夫と言えますね。
Adoの『新時代』もまた、サビにIImIVVImの進行がループで使われています。こちらはVImで長く伸ばしていて、Vは不使用。サビにドミナントのコードを使わないという文字どおり“新時代”のコード進行は、この曲にぴったりでしょう。
2-4-1-型
2-4の後の進行先をVImではなくIにすると、メジャーキーに寄ったバージョンとなります。
こちらは『パラダイス』というタイトルのとおり、「現実逃避をして空想の楽園に逃げ込む」といった歌詞の一曲。そのような幻想的なテーマに対し、IImIVIVというコード進行をループしています。
ご覧のとおり、安定的な接続を構築できる2▲2▼3▼5▼を一切使用せず、密やかなモーションのIIm→IVの後にひたすら5▲でダイナミックに飛躍するという、かなり特徴的なコード進行になっています。まさに非日常的で、前進せずに逃避するという楽曲の難しいテーマ性をコード進行自体が完璧に体現しているようです。もしこのサイクルを逆回りすると2-5-1-4となり、これは5▼が連続するジャズのお手本かのようなコード進行になるわけですが、仮に2-5-1-4に変えてしまうとこの曲の儚さや空想的な情景はかなり失われてしまいます。V→IImと「Let It Go」の時もそうでしたが、従来の理論で「非推奨である」と言われたものたちにも、それでしか表現できない曲想が必ずあります。そして現代のアーティストたちは、その全てを使いこなすことで表現の幅を拡張しているわけです。
2-4-1-5はこの曲の他にも特に2010年代以降のUSポップスでの用例がちらほら見られ、エミネムやテイラー・スウィフト、ケイティ・ペリーなどの曲中でこれが見つかりました。
4. IIIm → V の接続
残るIIIm→Vはけっこうクセがあって使用頻度が落ちるのですが、やっぱり独特な面白さがあります。
IIIm自体が状況次第ではトニックぽくなってしまう中途半端なマイナーコードですから、そこで急にVに進むと、メソメソした響きからキッパリした響きへ変わる。結果として「グイっと持ち上がった感じ」「堂々と開き直った感じ」が生まれます。
ニューヨークのインディーポップバンドの曲です。AメロのコードがVImIVIIImVという進行になっていて、「モヤモヤしたIIImから力強いVへ」という質感が分かりやすく感じられる曲です。
また他のパートではIIm→IVも活用されていますね。『かつての禁則』たちは、年を追うごとにどんどん日常的な表現としての地位を築きつつあります。
こちらはイギリスのロックバンド、Radioheadの代表曲のひとつ。まずメロからサビ(This is what you get~)へと進むつなぎの箇所でしれっとIIIm→Vが使われています。さらにそのあと、2:35~のブリッジ部分が、IIIm→V→Iという珍しい進行から始まります。
このパートは“I lost myself(僕は我を忘れていた)”という歌詞があるとおり、朦朧・混沌とした様子が演出されています。IIImからVへの接続は確かにあまり聞き慣れないイレギュラーな動きですが、だからこそここで表現したいものにはぴったりとハマっています。
全てのコード進行に意味がある
さて、これで30種類の接続法を紹介し終えました!どれも全く「禁則」ではありません。むしろ「どの接続系をどう使うかによって、ジャンル性・時代性・スタイルを選択できる」と考えた方が、何倍も実践的で広がりがあります。これらを例外的存在として軽視する理論は、単なる保守主義にすぎません。
音楽に“正しさ”という尺度があるとすれば、それは表現したいものに対して音楽表現が合致しているかどうか、そのふさわしさという観点でしかあり得ません。理論はあくまでもその判断の手助けのためにあるのです。
まとめ
- IIm→IV、VIm→I、IIIm→Vの3つは、伝統的な西洋様式の音楽ではあまり使用されません。しかし、21世紀以降のロックや電子音楽ではこのような耳新しいコードを活用する例が増えています。
- 2音共通でTDSも共通ということで、接続した際のサウンドの変化量はかなり小さく感じます。全体的な変化に乏しい中で、マイナーからメジャーへの明転という効果が目立つことになります。