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V章ではメロディに対してコード付けをしていくわけですが、メロディとは別にコード自体も進行していく。そしてコード進行を司どる大きな要素が、ベースラインの変化です。だから、メロディとベースを同時に動かしたときにふたりの距離がどう変わり、それによってシェルがどう変わるかは非常に重大なポイントとなります。
それゆえ、具体的なコードのヴォイシングに入るより前に、まずメロとベースの関係性に特化し、「シェリング」の感覚を鋭くしていくところから始めていきます。
1. COPに気をつけろ
ひとまずスタート地点として、これまでのK/S分析同様、コードチェンジ時の頭の音に着目することにしましょう。そしてM3/m3のようなQualityの違いにも今回いったん目をつぶり、シェルのQuantity(数字部分)だけを可視化することにします。
これくらいシンプルじゃないと、情報量が過多になってしまいますからね。コードが変わって、それと同時にメロディも動く。シェルが変わる。その変化に着目します。いざ考えてみると、メロとベースの動き方の関係性は、3つに大別できることに気がつきます。
①逆方向に動く
まず、メロとベースが反対向きに動くモーション。メロが上がってベースが下がればふたりは大きく離れることになるし、逆ならふたりはギュッと近くことになる。距離に大きな変化が生じるので、ダイナミックな動きと言えます。このように2つのパートが逆方向に動くことを音楽理論では反行Contrary Motionと言います。
②どちらかだけが動く
メロとベースのどちらかだけが動くという形もある。ロングトーンのメロに対してコードチェンジをしたり、ベースがペダル・ポイントを発動している時などがその典型例ですね。この動きは斜行Oblique Motionと言います。片方が固定されているので、落ち着いた感じの動きと言えます。
③同じ方向に動く
最後に、「上行と上行」や「下行と下行」といった風に、ふたりが仲良く同じ方向に動く形。これは並行Parallel Motionと言います。並行の動きは当然ながら、一体感がありますね。
反行、斜行、並行。これは古典派理論の時代からずっと受け継がれて来ている言葉です。
- 反行 (Contrary Motion)
2つのパートが逆方向へ動くこと。ダイナミックさがある。 - 斜行 (Oblique Motion)
2つのパートのうち片方は動かず、どちらか一方だけが動くこと。落ち着きがある。 - 並行 (Parallel Motion)
2つのパートが同じ方向へ動くこと。一体感がある。
この順で並べると頭文字がC・O・Pと並んで、「コップ(COP)に気をつけろ」なんて標語が作れますね! 今回はメロとベースに注目していますが、どのような2パートにおいてもこの言葉は使えます。「フルートとクラリネット」とか「メインボーカルとハモり」とかでもね。
オクターブに注意
用語の注意点が2つあって、まずオクターブの上下はしっかり考慮されます。「接続系理論」なんかでは、「5度上行は結局近い方で見て4度下行」と同一視していましたが、この「反行/斜行/並行」を語る時には、2つはしっかり区別します。
だから今回の話は、「編曲」の世界に踏み込んだ内容と言えます。抽象的な概念としてのコードではなく、具体的に動く楽器のラインを見ていくのです。
直行と等度並行
もうひとつ、跳躍・順次といった移動の度数は名前に関係ありません。例えば「並行」と聞くと動きがピッタリ揃っていないとダメな気がしちゃいますが、そうではない。例えば片っぽが2度上行で片っぽがオクターブ上行でも、向きさえ揃っていれば「並行」と呼びます。
しかし!「2パートが度数を綺麗に保ったまま移動する並行」と、「2パートで度数が違う並行」とでは、与える印象はやっぱり違いますよね。英語圏の理論では、前者のみを”Parallel”と呼び、後者は”Similar”ないし”Direct”という風に呼び分けているコンテンツもあります。
ここでもまた流派の断絶が…。これってつまり、Parallelと言われた時にそれが広義なのか狭義なのか判断できない、ミスコミュニケーションが生じうるということですからね。怖いところです。
日本でも一応”Direct”と対応する「直行」という訳語がありますが、使われる場面は限定的で、さほど定着はしていません。そのためこのサイトでは、基本は「並行」という言葉で一括りにしつつ、厳密に論じたい状況に限りこの「直行」という言葉も取り入れ、加えて狭義の平行に対しては等度並行Pure Parallelと呼ぶことで広義の並行と区別するという方針にしたいと思います。
さてこのC.O.P.は、最小の目線で言えば、あらゆる楽器の各一音一音の関係についてこの方向分析が可能なわけですよね。どれくらい細かく見るかで、大変さも変わっていきます。本格的なクラシック理論だと各パート同士の関係が全て美しくなるように細部まで理論化されています。そうじゃないと、オーケストラのような大編成で美しいハーモニーを奏でることが出来ないですからね。
でもまあポップスならやっぱりまずメロとベース、特にコードチェンジの繋ぎ目を気にするくらいで最初は十分だと思います。レベルアップしていったら今度はメロとベースに加えて後ろで鳴ってるストリングスの位置どりも…なんて具合に、気にするパートを増やしていくとよい。
2. シェルの変化を見る
それではここからは、それぞれの動きにおいてシェルがどう変化するのかに注目していきます。
反行の場合
反行の動きにおいては、シェルは変化することの方が多いです。
後半のように、偶発的に移動前後でシェルが揃うことも時々ありますが、変化することの方が多いでしょう。反行は、2パートの距離がダイナミックに開閉するだけでなく、シェル関係も多彩に変化し、曲に様々な彩りをもたらす進行であると言えます。
斜行の場合
斜行の場合も同じで、パートがオクターブで移動しない限りはシェルが変化します。
メロが固定されている場合とベースが固定されている場合とがありますが、今回は全部メロ固定で行きました。
片パートが動いたぶんだけシェルが動くので、両パート同時に動く反行よりはシンプルな感じがしますね。斜行は距離の変化に関してはシンプルですが、彩りの変化は十分にある。そんな風に言えそうです。
並行の場合
並行については、等度並行であればシェルのQuantityは変わらない、単なる直行なら変わるということになりますね。「等度並行」はやはり特別なモーションなので、「等度並行」になっているところはイコールのマークをつけました。
2パートが等度平行を続ける場合、同じシェルが連続することになる。それは良い意味にとれば統一感がある、悪い意味にとれば彩りに欠けるとも言えますね。もともとカラフルな3rd Shellや7th Shellは連続しても何ら問題ありませんが、Root Shellや P5 Shellで等度平行が続くと、音響的には少しモノトーンに聴こえる可能性もあります1。
上の3つの音源はコード進行が同じなので比較しやすくて、「反行」と「並行」を聴き比べると、「並行」の方がだいぶストレートな印象を与えます。とはいえそんなに大きな影響ではないですし、モノトーンさが逆に活きる場面というのもありますので、シェルの話と同じですべては一長一短。その辺りは後述します。