目次
1. 歌モノでの応用例
前回は器楽曲が中心でしたが、もちろん歌モノでも面白いハーモナイズをするチャンスというのはそこかしこに転がっていますから、そういうケースも紹介しておきます。
- VImIII7/VI/VIVIIm7V7IΔ7
こちらはおなじみベースライン・クリシェからのトゥー・ファイヴ・ワン。非常にベタなコード進行ですが、ベタの力は侮れません。リスナーが進行に聴き慣れているぶん、変なことをするには絶好のチャンスなのです。
特にVImからのベースライン・クリシェの時は、上に乗せるコードはかなり自由に遊ぶことができます。前回の内容も踏まえながら、このクリシェ上で攻めたハーモナイズをしてみましょう。
こちらがその一例。特徴的な音付けをしたところは赤くしました。特に過激なのは2小節目で、ミ♭やド♯といった音は、普通このタイミングでは入ってきませんね。でもベースラインがおなじみのクリシェで、しかもパリティは常に奇数です。だから「なんかクリシェの変形版なんだろう」で受け入れられてしまいます。
「クリシェ」はもともと「常套句、決まり文句」という意味でしたね。これはクリシェが常套句であることを逆手にとったハーモナイズというわけです。ポピュラー音楽でも、「曲想を揺らしてもいい瞬間」で、かつ「メロが大きく動いていない瞬間」というタイミングはあるので、そこが狙い目ですね。
2. 応用ハーモナイズの発想法
ただ問題は、どうやってこういった応用的なハーモナイズを思いつくのかという点ですよね。ココがセンス頼みじゃ理論化した意味がない。しかし実際のところ、発想力はさほど要りません。それよりも必要なことは2つ。まず「一音一音ときちんと向き合うこと」、そして「可能性を捨てないこと」です。
上のクリシェの例で特にユニークなのはこの2小節目のVm7(11,-13)でしょう。♭13thの音は、従来のコード理論だとアヴォイド、ココで乗せようとはならない音ですよね。
じゃあ理論を無視したセンスの結果かというと、そうではない。ちゃんとハーモナイズの理論に基づいて理論的に作られています。このハーモナイズに至るまでのプロセスを、詳細に一音ずつ紐解きます。
クオリティの決定
まず今回メロとベースの時点では7thが確定し、3rdが不確定という状態だったので、そこをメジャーにするかマイナーにするかの選択肢がある。そこで今回は普通でない方である「マイナー」を選択しました。
この先の進み方は自由度が高いですが、ここはまず奇数度である5thを確定させます。ここはさすがにレ♭のような攻め方はカーネル的にもシェル的にも厳しいので、普通にレで仮押さえしておきましょう。
攻めどころの決定
しかしシ♭ひとつでは物足りない。もうひとつくらいキーにない“攻めた音”を混ぜ込ませたいと思うわけですが、原則的には残っている音はあと3つだけ、ド・ミ・ラです。
これらのうちいずれかに♯♭をつけることを考えますが、実は可能性はそう多くありません。ラ♯はシ♭と重なってしまうし、ド♭はシと異名同音ですから、せっかく差したシ♭を殺しかねません。
こうして消去法で切っていくと、残る可能性というのは本当に少なくて、ド♯、ミ♭、ラ♭の3つになります。
この中では、カーネル的に見てミ♭が良さそうだと今回判断しました。同主短調の薄暗い雰囲気を持ち込んで、深みを与えてくれるはずです。ミ♭を配置する際には、「ミ♭にとっての注意音」であるレと衝突しないよう、下に離して配置します。
この「下方避難」を施した時点で、ミ♭は従来のアヴォイド論がいう「レに半音上で被さるのでアウトです」という禁則律からは逃れています。つまりこれは、アヴォイド論がヴォイシング情報を取り扱わないために一括で否定されてしまった、“本当はアヴェイラブルなサウンド”ということです。
しかしミ♭とルートとの関係を見てみると、短6度。「ベース傾性」は強いままで、ミ♭が全体から浮いてしまっている感じは否めませんね。(ここ単体だけを切り取った音源では分かりづらいですが・・・。)
しかしまだ諦めません。メロが自分の「取り巻き」を用意して結束、スラッシュコード化してパリティ転換したことを思い出し、ミ♭の仲間を作って結束することを考えます。ミ♭の下にドを配置して、下から順にソ・ド・ミ♭というフォーメーションを組むのです。
こうすることで、「Imの第二転回形」という文脈が新たに生まれます。ドが仲人になってソとミ♭の間を取り持ってくれて、ベースとミ♭の間に結束感が生まれました。こうなってくるとこのコードはIm11/Vともとれますから、そうなればミ♭もドもパリティが転換して奇数。だいぶ伸ばしやすくなるのです。
つまり、「テンションコードともスラッシュコードとも取れる」という文脈の多重性を利用して、上方の「シ♭・レ・ファ」も下方の「ド・ミ♭」も、どっちも奇数シェルに感じるという二律背反を成しているのがこのハーモナイズなのです。
そういうとすごく突飛な発想に思えますが、そんなことはない。「避難による濁りの回避」「スラッシュコード化によるパリティ反転」という基礎技術の複合、そして「やる前から可能性を切り捨てずにやってみる」精神によって、このハーモナイズが達成されました。
ド♯を選んだ場合
今回は「攻め」のポイントとしてミ♭を選びましたけども、ほか、一見ミスマッチに見えるド♯も、レを下方に避難させて適度な距離を保てばサウンドとして成立します。
ファ・ド♯・シ♭を同時に鳴らすのは、VI7を複雑化した時にありうる構成音なので、それに近い意味合いを帯びていますね。こういう意外な選択肢というのがけっこう転がっているので、ダメだと思ってもやってみる精神はかなり大切です。
ラ♭を選んだ場合
最後の候補であるラ♭はルートと短2度関係であるというのが非常に強烈で、メロのファともあまり関わりがないですから、成立させるのはかなり難しいですね。
こんな風に、ラ♭をフォローするための仲間たちを色々用意してどうにか、なんとかサウンドとして意味のあるものになったかもくらいのところ。今回の曲調ではこれが良いハーモナイズとはとても言えませんが、この“淀み”が生きる場面も、曲調によってはあるでしょう・・・。どう料理しても難しい音があるというのもまた、事実です。とはいえ基本的には何でもできるというマインド、それはやっぱり持っておくべきです。
3. 垂直思考と解像度
今回途中で、「ミ♭をカバーするために下にドをつけて、ソ・ド・ミ♭でIm/Vを構築、パリティを奇数っぽく聴かせる」というワザを使いました。言ってみればこれは、メロでもベースでもない“脇役”のひとりであるミ♭を一時的に主役とみて、そこから下へのハーモナイズを考えたことになります。
和音といえど単音の集合体ですから、ある意味ではその一音一音がメロディです。その各音各音、一粒一粒の関係性がよく見えていればいるほど、ハーモナイズを的確に行えるとも言えますね。
例えばドミソとお団子がさねしたなら、「ドとミ」「ドとソ」「ミとソ」という3つのネットワークがそこにはあります。この3つの関係性の総和が、ドミソのサウンドとして現れる。そして積み方が変われば度数関係が変わるので、たとえコードネームが同じでもサウンドは微妙に異なる。
このネットワークの量は、音数が増えるにしたがって、放物線を描いて増大していきます1。
ですから例えば上ではメロ・ベース含めて6音でハーモナイズをしましたから、そこには実に15個のネットワークが存在していたんですね。その単音同士の響き合いの集合体が、最終的なハーモニーです。
そう考えると、配置についての情報を削ぎ落とした「コードネーム」というモデルで語られるコード理論の世界はやはり、“解像度”が粗くなっているのは間違いありません。便利さを優先して、情報をずいぶん捨象した粗めの理論なのです。
あらゆる理論は「精密性」と「機動性」のトレードオフという制約のもとにあるわけなので、場合によってはこうやって「コード理論のスイッチオフ、ハーモナイズ理論のスイッチオン!」という具合に、頭の中で情報の解像度を切り替えられると、「精密性」と「機動性」のバランスを上手くとりながら作曲が進められるのではと思います。
今回は、「一音一音を精査しながら追加していく」という方式でいよいよコード指向の世界から離脱し始めました。「メロ+ベース+コード」という“粗い”モデルの世界から、「一音一音がメロディで、その集合体がハーモニー」というより精密な理論モデルに、片足を突っ込みつつあります。
To Be Continued...