目次
4. メジャーキー上でのラップ
ヒップホップというジャンルにおいては、明るいメジャーキーのトラックの方がマイノリティではないかなと思います。そのため、こちらは簡潔に紹介していきますね。
ドを照準にしたラップ
メジャーキーにおいては、ドが中心音であり最も安定する音となり、ラは暗さのある不安定音という風に立場が変わります。
加山雄三 feat. PUNPEE – お嫁においで 2015
冒頭はほぼ喋り調ですが、0:38~のバースはドを照準にしています。加山雄三氏のフックを経た後の2ndバースの方が、分かりやすいかもしれません。一番の安定音ということで、能天気な感じのリリックを邪魔することなく支えていると思います。
ミを照準にしたラップ
メジャーキーにおいてミの音とは、キーが「明るい」という印象を最も象徴する音です。中心音から離れていることによって生まれる情緒に加えて、原則的には明るさに寄与する音であると言えます。
「お嫁においで 2015」と似た能天気方面のリリックですが、中心音より3度上のミを照準にしているぶん、よりフワフワ感が演出されています。またフックのタイトルコール部分である「H.A.P.P.Y」の部分はさらに高い位置であるソを照準にしていて、非常に快活で明朗なタイトルの提示になっているところも見逃せません。
ソを照準にしたラップ
Nujabes – Luv (sic)Pt.2 Acoustica
ラッパーはShing02。こちらはバース全体がソの音を照準ピッチにしているという、ちょっと高めの位置設定になっています。メジャーキーのトラックにおいては、ソは音響的には十分に安定していて、特に着地を要しません。
そうはいえど、中心から大きく離れた位置にいることは確かなので、かなり浮き上がった感じはします。歌詞の中に「天」や「空」を思わせるフレーズが多いので、もしかしたらそういう浮遊感を、意図的に演出したのかもしれません。
この音源はHaruka Nakamuraによるアコースティック版のトラックで、ラップもこの音源に合わせて再録したものだと思われます。Nujabesのオリジナル版はもっとバースでの揺れ動きが激しく、ハッキリした照準が見えません。音階に沿ったフロウとそうでないフロウ、聴き比べてみると面白いです。
レを照準にしたラップ
不安定音の一種であるレの音は、中心であるドのすぐ上ということで、他の音にはない魅力的な浮上感を持っています。
志人・スガダイロー – ニルヴァーナ-涅槃寂静-
こちらはかなり歌のメロディ調に近いラップですけども、レの浮上感をこれでもかというくらい多用した特徴的な一曲なので紹介させていただきます。
バースの始まりはノーマルに中心たるドの音からですが、「傷だらけ」のところでレに浮上、そこから「青い悟り…」などのフレーズのところで、「レ→ド」という不安定→安定のモーションを繰り返します。
この「レ→ド」がフロウの明確な核となり、一旦間奏を挟んでの「行き着く果てなど…」の部分も引き続き「レ→ド」が続きます。次第にその浮力が高まり、「吹き荒む嵐に勇気を」「真空管中ジグザグ歩行でちんぷんかんぷん」「振り返らず繰り返さず」のように全くレから動かず浮遊したまま長続きする箇所が増えていきます。
もう一度間奏を挟んで以降はかなりメロディっ気が強くなり、ラやシといった他の音もフル活用してメロディラインを構築しています(ラップとは関係が薄いので分析は割愛)。
5. 多声のラップとハーモニー
時には複数人で同じパートをユニゾンしてラップしたり、その場合各人が自分の得意とするピッチをとると思うのですが、その時には声どうしが調和するように安定音が自ずと選択されていることがあります。
TABOO1 – 禁断の惑星 feat. 志人
こちらまず機械的なフロウが特徴の「ここは禁断の惑星…」のところが二声重なっていますが、それがぴったりラとミです。そのあと1:36〜の「土天地火木水金海冥…」の部分もやはりラとミ、もしくはラとドで重なっていて、そのハーモニーが「Let’s go next stage」まで続きます。
ICEBAHN – LEGACY
こちらはフックを全員で歌うことで厚みを増している例ですが、よくよく耳を傾けると部分的には若干のピッチ感が存在します。強いて鍵盤上の音で表すなら…
こんな感じ。ちょっと無理やり当てはめたな〜というところもありますが、「始まりのREC」や「このLEGACY 握るMIC」の辺りなんかは割とくっきりしています。全体を平均した時に照準となっているピッチは、低いフロウの方がミ、高いフロウの方がラ。やっぱりどっちも安定音です1。
これは憶測ですが、重要なタイトルの部分をバチッと決めたいという想いの結果として各クルーが直感で音楽的に安定する位置取りを選んだ、そしてFORKのように声域が低めの人がミ、KITや玉露のようにチョイ高めの人はラと具合よくバラけて、ハーモニーが生まれた…ということではないでしょうか。
こうやってたくさんの人が重ね録りする場面では、ピッチ感の濃い人薄い人の取り合わせ、組み合わせというのでまたさらにサウンドがドンドン複雑玄妙になっていくところにラップミュージックの面白さがありますね。
改めて、ラップにおけるピッチの取り方は、大雑把に分類すると例えば次のようにまとめられます。
トラックに沿う音を選んだ場合にはトラックとの一体感が期待され、逆に沿わない場合はトラックから分離する効果があると言えます。ライムにピッチを与える場合には、それが安定感ならそこでしっかり「落とした」感じが出せるし、逆に不安定音なら何か意味深な「余韻」のようなものを感じさせ得ます。
さまざまなサンプルを聴いて分かったとおり、どれかが一番優れているとか、どれかにすべきとかいう話では全くありません。
ただやっぱり一流の人達は良い音を選び取ってるんだなァという感心と、それから楽譜で書く一般的な「メロディ」と違うからといってどこのピッチを取っても同じってわけじゃないということを持ち帰って頂ければと思います。
ほか、自分の得意な音域を自分で理解していれば、それをキー内の何度の音にしたいかという設定から逆算してトラックを作る/選ぶことだって考えられますね。
自分の得意ピッチがDだったら、トラックをDマイナーキーにすれば中心音でドッシリと聴かせられるし、Gマイナーキーにすればだいぶ高揚した感じになるし、Cメジャーキーだったら不安定音になるし…などなど。
今回扱えなかった話として、トラックのキーだけでなくその場その場のコードとの関係というのもあって、これはメロディ編だとII章以降で扱う内容です。
一般的な音楽理論は12音の鍵盤に均された音楽観がベースにあるため、ヒップホップとの相性が根本的に悪いことは否めません。ただ部分的に要素を切り取ればこうして理論から見えてくるものがあることを知ってもらえたらと思います。
まとめ
- ラップでは、流動的なピッチの中でも照準となる高さが意識されている場合があります。照準を設定するか否か、またどこに設定するかがフロウの重要な要素のひとつになります。
- 照準ピッチがトラックのキーの音階に含まれる音か、そしてそれが安定音か不安定音かが大きな選択の分かれ目になります。
- 音楽的に安定感のあるラップを望む場合、安定音を照準にするか、あるいは不安定音を安定音に解決させることを意識するとよいです。
- 特にライム部分に対して特徴的なピッチを付与することで、ライムに音楽的な曲想を上乗せし、より印象的にすることもできます。
*Cover picture made by Macrovector