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調性引力論 ❹ 声域区分法

さて、前回は「カーネル」という言葉とともにメロディ各音の特徴についてふれました。一音一音レベルで音楽を考える、細かい作業でしたね。今回は視点を改めて大きな範囲に戻して、1つのパートや楽曲全体の流れの中での音の使われ方に注目します。

1. 音域の配分を考える

いざ曲を作っていると、ついついメロディを広く展開しがちです。ちょっと跳躍したくなったり、音階をズンズン登りたくなったりして、メロディの音域はどんどん広がっていきます。

しかしどの楽器においても聴き映えのする音域というのは限られていて、特に歌曲においては、想定する歌い手の声域という制約を常に念頭に入れなければいけません。特に「どうにか出せる声域」とは別に「魅力的に出せる声域」となるとさらに限定されますよね。

配分に問題あり

そこでこの記事では、メロディの音域をうまく配分するための方法について考え、またそれを用いて実際の楽曲を分析してみます。

セグメントを設ける

まず、無限に続く音の階段を適度なセグメント(区画)で区切って、音域をより「エリア」として認識しやすくすることにします。その大きな区画として最もふさわしいのは、やはり中心音となるドからその上のドまでの1オクターブでしょう。

セグメントの基本単位(Cメジャーキーの場合)

ここでは「ド〜シ」ではなく「ド〜ド」までで1つのカタマリと見なすことにします。つまりドの音は上下2つのエリアをつなぐ“蝶番”、“のりしろ”のような立ち位置となります。

のりしろ

この“蝶番”であるドの音を踏まずに跳び越して他のエリアへと移動するのが「ストライド」の跳躍という話になりますね。

ソのボーダーライン

加えてドから離れた安定音であるソをもうひとつの目印としてさらに区画を分けて、これを最小の基本単位、セグメントSegmentとします。

ソで区切る

ソはやはり、上下両方の区画に所属するものとみなします。そうすると下のセグメントが5音・上のセグメントが4音という風に格差があって気持ち悪く感じるかもしれませんが、こう定義した方が最終的に実用性が高くなるという判断です1

この1オクターブを上下に二分した「セグメント」を基本単位とし、これをもとにしてメロディを分析していく方法を、声域区分法と呼ぶことにします。

この方法は自由派独自のもので、セグメントの取り決めも「これが一番分析・実践で扱いやすいだろう」という恣意的なものです。だから声域区分法はセオリー(理論)というよりかは分析のメソッド(方法論)であります。

ではどんな風にセグメントが消費されていくのかを、簡単に見てみましょう。

2. 1セグメント構造

メロディラインを1セグメントで収めようと思うとなかなかに窮屈です。5音ある「ドレミファソ」のセグメントはまだ色々とパターンがありますが、「ソラシド」の方はやれることがかなり限られますね。

こちらは「モチーフ」の回でも紹介した曲ですが、メロディの抑揚が非常に抑えめな楽曲で、ほぼ「1パートにつき1セグメント」で成立している実例となっています。メロの大半はドレミの3音だけで回していますね!さっそく各パートでメロディが利用しているエリアをビジュアライズしてみます。

「おしゃかしゃま」の区画消費

細かいラインの動きは一旦抜きにして、やや単純化した四角でセグメントの消費イメージを可視化しました。盛り上がりに応じて綺麗にセグメントを使い分けていることや、サビの直前で上の区画に踏み込むことで展開をリードしていることなどが分かります。

パンクロックやEDMのように単純なフレーズのリピートで成り立つジャンルであれば、こうやって「1パート・1セグメント」でも曲は成立します。

こちらはEDMのビルドアップとドロップを「ドレミ」の3音だけで乗り切っている例。サウンドやビートの気持ちよさがあればメロディがほとんど動かなくても魅力的に聴こえますね。

もう少し幅のある抑揚を表現したいとなったらば、1セグメントではかなり限界を感じます。より広いセグメント消費のスタイルを見てみましょう。

3. 2セグメント構造

2セグメントを消費すれば、表現の幅は一気に広がります。その場合セグメントの選び方は2種類あって、「ド〜ド」の1オクターブか、「ソ〜ソ」の1オクターブということになります。

2区画の消費法

音域としてはどちらも同じ1オクターブとなりますが、フォーメーションは異なります。「ド〜ド」は両端のドに広がって終止を形成するようなスタイルになるのに対し「ソ〜ソ」では中央のドへと集まって終止を形成するようなスタイルになります。

セグメントの開閉

作れる曲想がけっこう変わってきますから、地味に大事そうです。何かかっこいいめの名前をつけて管理してもよさそうですが、ひとまずは単に「外向きの2セグ / 内向きの2セグ」などと呼ぶことにします2

外向きの2セグ

「外向きの2セグ」は両端に終着点があり、間にミ・ソという安定音がいるというフォーメーション。だからミ・ソを起点にしながら、落ち着かせるときは下のド、盛り上げるときは上のドに終止するというスタイルが基本形だと言えます。

外向き2セグ

ソがどっちにも転べる中立位置で、そこより下をうろつくか上をうろつくかでおおよその盛り上がり具合が決まるという感じ。実際の曲で聴いてみましょう。

HoneyWorksの『可愛くてごめん』のサビはきっかり1オクターブに音域が収まっていて、外向き2セグの構造がよく分かる典型的な一曲です。キーはDメジャーなので、階名振りは次のようになります。

Dメジャーキーの「外向きの2セグ」

サビはまず「Chu! か」の2音でいきなり上のドから下のドへオクターブ跳躍し、その後の「ごめん」でまた上のドという、実に激しい往復を行います。サビ1周につき4回ある「ごめん」の「ん」のピッチを見ると面白く、上のド→真ん中のソ→上のド→下のドと推移します。ド・ソ・ドというセグメントの区切り目の安定音が3種類の異なる着地点として機能しているさまがよく分かりますね。

内向きの2セグ

一方で「内向きの2セグ」は、単一のトーナルセンターを他の音が取り囲み、上下から演出をしていくというフォーメーションです。

内向きの2セグ

「外向きの2セグ」との大きな違いはまずストライド跳躍が出来る点、それからファが相対的にかなり高位置につけているので「ファ→ミ」の揺さぶりを効果的に聴かせられる点などが挙げられます。

ヨルシカの『だから僕は音楽を辞めた』は、A・Bメロが綺麗にこの「内向きの2セグ」に収まっていて、ラインを見ても「内2セグ」が形作る音楽がどのようなものであるかが非常に分かりやすいメロディになっています。

Eメジャーキーの「内2セグ」

メロディを分析すると、中心のドと上下のソを跳躍で行き来する場面が多く、上下に広がっては中心のドへ収束するという波を繰り返します。また「シ→ド」の半音解決がたくさん見られますが、これも「シ→ド」がてっぺんになる「外2セグ」だとここまで頻繁にはやれないところです。

両端に位置するソは安定音といえど、終止感は演出せずにパワーがあります。しっかり着地ができるのは、内側に戻ったときだけです。それがこの曲の根底にある「外に対しトゲトゲしく、かつ内に塞ぎこんでいる」ような情感を表現するのにピッタリという気もしますね。

外向きか内向きか

こんな風に、同じ2セグメントでも作られるメロディの特徴がずいぶん違います。「外向き」の方はストライドがなく「上の中心音には上行で、下の中心音には下行で」とパターンが決まってしまうのは欠点と言えます。頃合いをみてその壁をつき破ることで次の展開を作るのが効果的でしょう。

逆に「内向き」の方は中心音へのアプローチ法が豊富である代わりに、今度は「けっきょく終止したかったら真ん中に戻るしかない」という選択肢のなさが欠点とも言えます。この場合、他の安定音であるミ・ソを適宜活用することがポイントになってくるでしょうか。どちらも一長一短ですね。

区画を3セグメントにまで広げると、いよいよそういった欠点も解消できますので、次は3セグメントのメロディを見てみましょう。

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