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リディアン・クロマティック・コンセプト

今回紹介するのは、「リディアン・クロマティック・コンセプト(Lydian Chromatic Concept, LCC)」という理論。ジャズピアニストであり、作曲家であり音楽理論家であるジョージ・ラッセル氏が1953年に出版した書籍にて述べられているジャズ向けの特殊な理論です。

LCC

1953年というとモダン・ジャズが成熟してきた頃ですから、花開いたジャズの音楽可能性をさらに広げていくために発想されたコンセプトという感じでしょうか。

1. LCCとは

VI章の後半戦にてコードスケール理論(以下CST)を学んだことで、音楽の視野は大きく広がりました。ペアレントスケールからモードを作り、コードスケールというパッケージにまとめたことで、アドリブの思考法が効率化されただけでなく、音楽そのものに対する思考もクリアになりました。

そうは言えども、この理論系はあくまでメジャースケール、メロディックマイナースケールといった、慣習・伝統にのっとったスケールからスタートしました。
LCCは、このコードスケール理論に似たシステムを基本にしつつ、異なる哲学、異なるペアレントスケール、異なるモードの運用法を採用していて、創造的で発展的な音楽観を構築することを目的としているコンセプトなのです。

先に断っておかねばならないのは、この記事ひとつで紹介できる内容はごくごく限られているということ。一般的なコードスケール理論の基礎を解説するのにも、なんだかんだで9回もかかりました。それよりもずっと複雑なコンセプトであるLCCの内容をコンパクトにまとめるなんて、できません。これはあくまでもLCCに興味を持つきっかけとして、おおよその概要を知ってもらう目的としての記事だということを了承のうえ読み進めてください。

2. リディアンスケールと統一性

LCCの出発地点は、メジャースケールよりもリディアンスケールの方が根源的であるというアイデアです。

リディアンの特性音

このリディアンスケールが、メジャースケールよりも音楽の統一性(Unity)を体現している存在であるとLCCでは考えます。これは当然メジャースケールが主流である現代の音楽の実情には反する考えなわけですが、その件については後述します。

実際にジャズでは、アヴォイドノートがないことから、アイオニアンよりもリディアン、エオリアンよりもドリアンが選ばれる場面というのがある。ジャズ系理論の出発点として、まんざら無くもないアイデアです。

統一性(Unity)について

メジャースケールにおける音楽というのは、特性音であるファの音がもつ傾性によって形作られるといっても過言ではない。そのことをLCCでは以下のように述べています。

The major scale represents the horizontal, musical active force forever in the state of resolving to its I major or VI minor TONIC STATION goal (cadence center).

メジャースケールは水平的で音楽的である「能動的な力」を象徴し、常にIかVIの「トニック・ステーション」という目標(ケーデンスの中心)へと解決に向かう状態にある。

そして、メジャースケールのトニックへと向かう欲求を「ゴールへの圧力(Goal Pressure)」と表現しています。
メジャースケールが「水平的」で「能動的」にトニックへ向かっていくのに対し、リディアンスケールは「垂直的な重力」を持ち、「受動的」な力としてそこに在り、「自己組織された統一性(self-organized Unity)」を持つと説明します。

この「垂直」と「水平」の対比はLCC全体に横たわっていて、簡単に言えば、VI章コードスケール理論で扱ったような「1コードに対し1モード」という価値観が「垂直」で、大して「ii-V-Iは結局Iのメジャースケールで全部弾ける」というコード横断的な見方が「水平」ということになります。

LCCではまず垂直的な理論組みから始まりますが、後ろの方では水平的な視点というのも加わってきます。

論拠について

とはいえメジャースケールの圧倒的独走状態である現状で、いきなり「リディアンの方がふさわしい」といっても、誰も信じてくれません。そこで書籍の序盤は、なぜリディアンがUnityを体現しているかの説明がしばらくなされます。

例えば説明のひとつとして挙げられているのが、「完全5度の結びつき」です。Cに対して最もよく結びつくのは、Cの完全5度上であるG。これは間違いないです。そしてこのV-Iの関係を連続させていくと、Fより先にFが現れる

LCC

Cというリーダーへ向かって直列的に繋がっている音はFなのである。だから、Fの代わりにFを使ったリディアンスケールは、Cに向かって綺麗に繋がっていく、最も統一されたスケールなのであるとLCCでは考えます。

落下

序盤では他にも様々な話を持ち出してリディアンスケールの統一性について説明しているのですが、それはここでは全て割愛します。そういった「論証」の部分は、実のところLCCにおいては重要ではないからです(やはりその辺りは後述します)。

3. リディアン・クロマティック・スケール

次にLCCでは、先ほどの「完全5度で数珠つなぎ」を発展させて、12音を網羅したリディアン・クロマティック・スケールLydian Chromatic Scaleを完成させます。

F Lydian Chromatic

I,V,II,VI,III・・・と並ぶこの序列をLCCではトーナル・オーダーTonal Orderと呼びます。この序列がいわばIとの結びつきの強さを表すわけです。システマティックに考えればこの序列の8番目にFの音が登場するべきですが、これはルートと短2度の関係、流石にこれがIと結びついているというのは無理があるということで、例外的に序列の最後にまわっています。

リディアン・クロマティック・スケールが単なるクロマティック・スケールとは違うのは、この「序列」の情報を内在している点です。この序列をもとに、サウンドがリディアンスケールの重力を支える方向に働くか、重力から外れる方向に働くかを統一的に論じていくのです。

トーナル・オーダーの序列が高いものは「イン・ゴーイングIn Going」、低いものは「アウト・ゴーイングOut Going」であると説明されます。抽象的な言葉ですが、イン・ゴーイングはサウンドに「落ち着き・まとまり」を与えるもの、アウト・ゴーイングはサウンドに「外した感じ」を与えるものといったところです。おそらくジャズでいうインサイド・アウトサイドに近い意味合いだと捉えて差し支えないでしょう。

4. プリンシパル・スケール

そして先ほどの序列に基づいて、リディアン・クロマティック・スケールから音を選んで、計11個の音階を作ります。そのうち特に重要となるスケールが、7つのプリンシパル・スケールPrincipal Scalesです。日本語で言うなら、「七つの主要音階」といったところでしょう。

リディアン
リディアンaugリディアンdim
リディアン♭7
aux aug
aux dim
aux dim blues

先ほどの序列(トーナル・オーダー)が頭に入っていると、この7つのスケールは分かりやすいです。トーナル・オーダーの上位7音だけで作られた最も基本的な音階が、もちろん「リディアン」。そしてオーダー8,9,10位の音をそれぞれひとつずつ埋め込んで作ったスケールが、「リディアン・オーグメンテッド」、「リディアン・ディミニッシュト」、「リディアン・フラットセブンス」なわけです。

「リディアン・オーグメンテッド」「リディアン・フラットセブンス」については、メロディックマイナーを親にした時の第IIIモード、第IVモードですが、LCCではこのように、「リディアン・クロマティック・スケール」から全てが生まれると考えます。

そしてオーダー8と10を両方埋め込んでVIを無くしたのが「オグジュアリー・オーグメンテッド」。オーダー8,9,11を入れたのが「オグジュアリー・ディミニッシュト」で、唯一P4thのインターバルを持つスケール。最後に、オーダー9,10,12を入れたのが「オグジュアリー・ディミニッシュト・ブルース」になります。

最後の3つについては、インターバル編成になんだか見覚えがありませんか? 実はこの3つ、コードスケール理論では別の名前で呼ばれている既知のスケールですね。

LCCでの呼び名 一般的な呼び名
Aux. Augmented Wholetone
Aux. Diminished Diminished
Aux. Diminished Blues Dominant Diminished

CSTでは、この3つはメジャー、メロディックマイナー、ハーモニックマイナーのいずれからも生まれないため、後ろの方の回で追加紹介した者たちです。それらが「七つの主要音階」として名を連ねている。
明らかに普通でない、どちらかと言うと飛び道具的存在として認識されているスケールたちを、あえて基本に据えてシステムを作る。そうすることでLCCはより発展的な創造性を生み出そうとしているわけです。

4つの水平的スケール

LCCではさらに、補助的にもう4つのスケールを加えて、合計11のスケールを基盤にして進めていきます。残り4つは以下のとおり。

LCCでの呼び名 一般名 インターバル編成
Major Major I II III IV V VI VII
Major Flat 7th Mixolydian I II III IV V VI VII
Major Augmented 5th Ionian 5 I II III IV +V VI VII
African-American Blues Blue Note I (II) III III IV +IV V VI VII (VII)

これらはP4thのインターバルを持つことから、「水平的」であると評されます(Auxiliary Diminishedはどうなんだという気もしますが・・・)。先ほどの「7つの主要音階」と違い、こちらは例の「ゴールへの圧力」「水平的で能動的な力」を持つスケールとされ、これらについては後の方の章で論じられることになります。

LCCではこれら11個(特に7つの主要音階)を使って音楽を構成していくことになります。

5. 対応スケールを見つける

そうすると次はコードスケール理論と同様、コード対して対応していく音階をあてていくという話になります。しかし、音階を当てはめるといっても、その方法論はこれまでに2種類ありました。

一般音楽理論のメソッド

ひとつは、キーの中心を基準にしてモードをあてる方法です。

F#ø

ようは一般的な音楽理論の世界で用いられる方式であり、この方式においては「モード」という概念は存在せず、スケールの上にコードが分離したような状態で同居しています。コードが何であろうと、それとは別にスケールのセンターが存在する。上の例でいえば、コードが変わってもキー・トニックはずっとCです。

この方式はスリムで便利ですが、キーに依存したメソッドのため頻繁な転調に対応できず、モード・チェンジの発想がしづらいという欠点がありました。

CSTのメソッド

そこでコードスケール理論では、コードのルートを基準にしてモードをあてる方法を提案しましたね。

CSTのモードチェンジ

CSTではモードの中心を「モーダル・トニック」と呼ぶことで、「キー・トニック」から独立して音階を捉えることにしました。習得が大変なぶん、キー非依存となってコードごとのテンション・アヴォイド情報までもが内臓され、モードの交換による発想を広げていきやすくなりました。

しかしLCCが行うモードとコードの対応法は、このどちらとも異なります

リディアン・トニック

LCCは、何についてもリディアン・スケールを中心に物事が動いています。だからLCCの考え方はシンプル。どのコードに対しても、リディアンスケール(もしくはそれに次ぐ6つの主要音階)を親にしてあてていくのです。Cメジャーキーを例にとると…

たとえばFΔにはもちろんFリディアンをあてるし、CΔに対してもCリディアンをあてます。

C Lydian

CリディアンのばあいF音にシャープがつくわけですが、LCCにとってこれは最も統一性のある状態であり、平常状態です。こうすることで、「不安定なアヴォイドのF音を解決せねば」というプレッシャーから解放されると考えます。

じゃあG7に対してどうするかというと、これにはFリディアンスケールをあてるのです。確かにFリディアンなら全部“白鍵”の音ですから、G7に対応はできます。

F lyd to G7

「ルートがGだからGリディアン」でもなければ、「キーがCだからCリディアン」でもないというのがポイント。この選び方は、一般的な音楽理論ともコードスケール理論とも違いますよね。

理論系 適用するスケール(モード) スケール(モード)の中心
一般理論 Cメジャースケール C(=キーに依存)
CST Gミクソリディアン G(=コードに依存)
LCC Fリディアンスケール F(=どちらでもない)

LCCの方法論は、キーに依存していないという意味ではCSTに近いが、コードとは別にペアレント・スケールの中心があるという点では一般理論に近い。ちょうど2つの“合いの子”のような独特の発想をしているのです。

LCCでは、この「モーダル・トニック」とも「キー・トニック」とも異なる「ペアレントスケールの中心」のことを「リディアン・トニックLydian Tonic」と呼ぶことにしました。

リディアントニック

メジャーセブンス以外のコードでは、モーダルトニックとリディアントニックは原則ずれます。クオリティごとの「ずれ」を覚えておかなければいけないのが、LCCを難しく感じさせる大きなポイントなのです。この「モーダルトニックとリディアントニックの間のインターバル」のことを、リディアン・トニック・インターバルLydian Tonic Intervalと呼びます。たとえばG7におけるL.T.I.は、「短7度」ないし「長2度」です。

2-5-1-6にスケールをあてる

ココは結構な躓きどころなので、もう少し例を付け加えますね。たとえばジャズでよくあるii-V-I-viの進行のばあい、次のようになります。

A–7に対しても、強傾性のF音を避ける目的でC Lydianがあてがわれる。やはりジャズという文脈内では、ファは何ら問題なくKey Cの調性内に存在できていますね。

この「スケールの適用」を身につけた段階で、まずこうやって簡単な演奏が出来るようになるので、ようやくLCCの最初の一歩を踏み出したというところです。
しかしこの段階では、まだ何のためにこんなことをしているのか分かりませんね。序盤で紹介した「7つの主要音階」も全く活かされていない。この先に進んでようやくLCCの意義が見えてきます。

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