目次
1. 多調性とは
「複合和音」でかなり音楽のリミッターを外した感じがありましたが、それの行き着く先が、多調性Polytonality/ポリトーナリティです。多調性は、曲の中で2つ以上の調を同時並行で共存させる手法です。調が2つの場合は、複調性Bitonalityとも言います。これはもう、一聞は百見にしかず。曲を聴いてもらいましょう。
こちらは20世紀の近代クラシック作曲家、バルトークの『ミクロコスモス』という小曲集の中の一曲。1分30秒ほどの短い楽曲で、冒頭を見てみると左手は白鍵のみ、右手は黒鍵のみで演奏をしていて、調性が全く一致していません!(・-・´)
そもそもそれぞれのパートで見ても調性が曖昧なのですが、白鍵のみの左手はまあCメジャーキー的なもの、黒鍵のみの右手はF♯メジャーキー的なものと言えるでしょう。五度圏で言えばちょうど正反対に位置する、トライトーン離れた2つの調が同時に鳴っている。このような楽曲を、“ポリトーナル”であると説明します。
初めて聴くときにはギョッとしてしまいますが、でも聴いているとだんだんこの不思議な音の世界に釘付けになってしまいます。20世紀にクラシック音楽が既存の枠をぶち破ってさまざまな挑戦をしたというのは序論で述べましたが、多調性もそのうちのひとつです。
例をもうひとつ。
こちらは、「惑星」でおなじみ、ホルストが1925年に書いた『フルート、オーボエとヴィオラのための三重奏曲』。楽譜の調号を見ても一目瞭然なとおり、それぞれのパートでキーが一致していません。それぞれのキーの構成音を並べて確認してみましょう。
こうしてみると、a,b,c,d,e,f,g全ての音にどれかのパートではシャープかフラットがついていて、音がぶつかるリスクに常にさらされていることがわかります。改めて楽譜を見ると、5小節目でオーボエが入ってきたところでは、ナチュラルのe音とフラットのe音が一瞬ぶつかります。ただオーボエのe♭音が長く伸ばされないところには、衝突を露骨に聴かせず、一瞬の違和感として“チラ見せ”するような意図があるかもしれません。また8小節目でヴィオラが加わる際も、フルートはa音、オーボエはg音と、それぞれがナチュラルでいられる音度をとってヴィオラの登場をジャマしないようにしているのが分かりますね。
ですのでこの曲はバルトークのようにゴリゴリに音がぶつかるのを楽しむタイプとは少し毛色が違っていて、不協和になるはずの3つの調性がスレスレで共存するスリルを楽しむような作品になっています。
この2曲を見ただけでも、多調性というアイデアを用いることで従来的な調性音楽では辿り着けなかったスリリングな音響を見つけることができ、そこに多大なポテンシャルがあるということが分かるかと思います。
2. 同主調による複調
上例のように全く異なるキーを噛み合わせるのにはかなり緻密な設計が要求されますが、もう少しカジュアルに実行できるパターンもあります。ひとつは、同じ主音を持つパラレル(同主調)関係のキー同士を合体させることです。主音が共通しているということは、どの音が奇数度でどの音が偶数度かとか、音の機能がどうだとかいった部分がかなり共通しているということ。そのため全体の構造を把握しながら組み立てていくのがずいぶん簡単になります。気にするのは、競合する音がどうぶつかるかだけです。
CΔ7→BΔ7というコード進行のギターのフレーズです。では、こちらはどうでしょう。
こちらは長短が変わりまして、Cm7→Bm7というコード進行になっています。
では、この2つを同時に鳴らしてみましょう! CメジャーとCマイナー。混ざり合ったらどうなってしまうのでしょうか。
メチャクチャなことをしたわりには、「ちょっと不気味」程度に収まっています。なんだか、妙に引き込まれる“毒”がありますね!! 独特な不協和は初めストレスに感じられますが、慣れてくると、聴き慣れない響きが魅力的に感じられてきます。
メジャーとナチュラルマイナーの場合、iii, vi, vii度の音が競合しますよね。それをどれくらいぶつけるかによって“毒気”の強さをコントロールできます。今回はコードクオリティを決定する要素である3rd・7thの音はお互いに直撃しないようにタイミングをずらしました。ただディレイエフェクトがかかっているので、場所によってはマイナーメジャーセブンスに聴こえたり、あるいは3rdや7thの残響が何かしらぶつかっているところもあって、それが不気味さに繋がっています。
ただのメジャーとマイナーなのに、かぶせるだけでオルタード・ドミナントにも負けないくらい不思議な雰囲気を作り出せました。こんな風に、複調性はアイデア次第で既存のコードの壁をぶち壊す可能性を秘めた技法なのです。
3. 平行調による複調
音階を共有する平行関係の音階同士で復調性を構築することです。
こちらの2つのピアノ曲、上はDドリアン、下はAマイナーになっています。この2つはトーナルセンターが異なるだけで、スケールの構成音自体は同じです。ではこの2つを合体させて、ポリトーナルな1曲にしてしまいましょう!
こんな具合です。音階的に強烈な不協和が生じないため、比較的自然に、曲としてまとまっています。そのぶん、面白みもそこまでではないですけどね。とはいえまるでだまし絵のように、左側に耳を傾ければDドリアンに感じられ、右側を聴けばAマイナーに聴こえるというのはちょっと興味深いです。いわゆる「カクテルパーティー効果」のようなもので、片方に注目している間はもう片方の情報がないがしろになって流れていっているわけですね。それはスケールの構成音が同一だから起こることです。
多旋法
「調」という概念は西洋音楽のスキームであり、調といえば長調か短調のどちらかです。「ドリアン調」とかって、あまり言わないですよね。もっぱら「ドリア旋法の曲」というふうに、「旋法」と呼ばれます。そういったところから、このような旋法的音楽の場合には「多調性」とは言わず多旋法Polymodality/ポリモーダリティと呼んだりします。
ただ、そもそも「調性音楽」と「旋法音楽」自体の区切りがハッキリつけられるものでなく、「調性」という単語にも広義・狭義の解釈違いがあったりするので、この辺りの呼び分けに関しては曖昧さが残ります。例えば冒頭のバルトークの例も、出だしの「ソドファラレミ」というフレーズが明確にCメジャーキーかと言われたらかなり微妙で、見ようによっては多旋法と称しても全くおかしくありません。あまり厳密に考えようとしても不毛な部分であるので、文脈や好みに応じて言葉を使い分けてもらえればと思います。
4. ポピュラー音楽と多旋法
さて上ではドリアンの例を挙げましたが、そうなれば他にもフリジアンやミクソリディアンだったり、民族的なスケールまで視野に入れたら組み合わせはとんでもなくたくさんありますよね。
特にパラレル関係での多旋法は意外にも近年のポピュラー音楽で用例が増えてきているので、そちらも紹介いたします。
こちら、冒頭の楽器たちはB♭のフリジアンで演奏が進みますが、その一方で後から入ってくる歌はB♭のナチュラルマイナーになっています。伴奏隊はc音にフラットをつけていますが、歌はc♮をガッツリ鳴らしていて、かなり直接的に音がぶつかっていますね。
重苦しいフリジアンの雰囲気と、聴き馴染みのあるマイナーキーのメロディ。それを欲張って両取りしたら多旋法の曲が出来上がった。そんなカジュアルな制作背景が伺えます。
こちらは0:34-のBメロ部分に注目してください。伴奏のフレーズはEフリジアンの第3音がメジャー化した中東風の音階になっているのですが、その一方で歌メロはノーマルなEメジャースケールで歌っています。
これもやはり、中東風の表現を伴奏隊にやらせつつメインメロディは従来どおりのポップなフレーズ作りをした結果、2つの音階が混在することになったという感じがします。特にこのケースだと、リード楽器のフレーズも単音、歌メロも単音で横へ流れていくので、音度の衝突が気になりにくいというのはあるかもしれません。ある意味先ほど見たホルストの三重奏と同じ手法です。
バルトークたちの挑戦からおよそ100年。簡素な部類ではありますが、多旋法の音楽がこうして商業音楽の中にしれっと現れ始めているのは非常に興味深い現象です。
ポリコードは和音の上に和音ということで、どうしても6音や7音の重厚なサウンドにならざるを得ません。それに比べると多調性や多旋法は音数次第ではシンプルなサウンドとして聴かせられ、衝突するかしないかも選べるという点で使い道にはなかなかの幅広さがあって、キャッチーに聴かせることもできます。曲のちょっとしたところでコッソリ音階を交錯させるなんていうところから始めてみるとよいのではないでしょうか。
まとめ
- 複数の調が同時に存在する状態を、「多調性」といいます。
- 食い違う構成音を衝突させるか回避させるかで不協和の度合いをコントロールすることができます。
- パラレル関係にある複数の音階で旋律を重ねる手法は成立させやすく、ポピュラー音楽でも実例が見られます。