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「複合和音」でかなり音楽のリミッターを外した感じがありましたが、それの行き着く先が、多調性Polytonalityです。

1. 多調性とは

多調性は、曲の中で2つ以上の調を同時並行で共存させる手法です。調が2つの場合は、複調性Bitonalityとも言います。これはもう、一聞は百見にしかず。曲を聴いてもらいましょう。

1分30の短い楽曲で、冒頭から左手は白鍵のみ、右手は黒鍵のみで演奏をしていて、別々の調のフレーズが重なることで独特な音楽世界を作っています。
先に言っておきますが、ここまで極端に調が分離したパターンだけが、多調性の使い道ではありません。もっとポピュラー向けに使えるものを、後の方では紹介していきます。

もう少し、サンプルを聴きましょう。



こちらは、「惑星」でおなじみ、ホルストによる作品。まずフルートの旋律が始まり、そこにオーボエが加わるのですが・・・フルートはBマイナー、オーボエはAメジャーでしょうか。 調が一致していません。2つの調が絡み合いながら進行していくさまが、とても美しいです。
多調性はこんな風に、単音の旋律を組み合わせてやると作りやすいです。和音をジャラーンと鳴らしてしまうと、どうしてもそれが生み出す調性感というのがとても強く感じられてしまいますからね。

3つ以上の調が混ざる「多調」というのはかなり高度な技術ですが、「複調」であれば、ちょっとしたアイデアを色々と発想して、試すことはそんなに難しくありません。いくつか考えてみましょう。

2. モードを利用した複調性

例えばメロディ編でやった教会旋法を利用すれば、複調性の曲を作ることは難しくありません。

まずこちらにDドリアンモードの曲があります。Dドリアンモードですから、使うのは白鍵のみ。ただし、トーナルセンターはD音にあります。

トーナルセンター

そして、こちらにはAマイナーキーの曲もあります。

別になんてことはない、平凡なピアノ曲ですね。
Dドリアンと、Aマイナー。この2つは、トーナルセンターが違うだけで、スケールの構成音は同じです。そういう意味では、非常に混ぜやすいコンビと言えます。では、この2つをいっぺんに鳴らしてみましょう! そうすればもう、複調の曲の完成です。

こんな具合です。音階的に強烈な不協和が生じないため、比較的自然に、曲としてまとまっています。そのぶん、面白みもそこまでではないですけどね。
ただ、まるでだまし絵のように、左側に耳を傾ければDドリアンに感じられ、右側を聴けばAマイナーに聴こえるというのは、ちょっと興味深いです。いわゆる「カクテルパーティー効果」のようなもので、片方に注目している間は、もう片方の情報がないがしろになって流れていっているわけですね。それはスケールの構成音が同一だから起こることで、音楽的というより科学的にちょっと面白い。

3. 同主調による複調

逆に、トーナルセンターが同じであることを利用して、メジャーとマイナーを同時並行することも可能です。

CΔ7B♭Δ7というコード進行のギターのフレーズです。では、こちらはどうでしょう。

こちらは長短が変わりまして、Cm7B♭m7というコード進行になっています。
では、この2つを同時に鳴らしてみましょう! CメジャーとCマイナー。混ざり合ったらどうなってしまうのでしょうか。


メチャクチャなことをしたわりには、「ちょっと不気味」程度に収まっています。なんだか、妙に引き込まれる「毒」がありますね!! 独特な不協和は初めストレスに感じられますが、慣れてくると、聴き慣れない響きが魅力的に感じられてきます。
種明かしをすると、実はコードクオリティを決定する要素である3rd7thの音はお互いに直撃しないようにタイミングをずらしているんです。だからまず極端に不協和にはならない。でもディレイエフェクトがかかっているので、場所によってはマイナーメジャーセブンスに聴こえたり、あるいは3rd7thの残響が何かしらぶつかっているところもあって、それが不気味さに繋がっているのです。

ただのメジャーとマイナーなのに、かぶせるだけでディミニッシュセブンスとかに負けないくらい不思議な雰囲気を作り出せました。こんな風に、複調性はアイデア次第で既存のコードの壁をぶち壊す可能性を秘めた技法なのです。

4. 多調に挑戦する

3つの調が同在するというのも、みなさんが想像するよりはたぶん、難しくありません。キーやテンション、スケール、四度堆積やアッパーストラクチャといった知識はもちろんのこと、メロディ編で学んだ「調性引力」や「傾性」、「特性音」といったところまで含めて身体に染みついていれば、試行錯誤するうちに自然と曲として成り立つはずです。

こちらはCメジャー、Dメジャー、Eメジャーという3つの調によるポリトーナリティの例。わりと聴きやすい形に収めてみました。
軽く解説すると、最初のピアノはF6のコードからはじまる、シンプルなCメジャーキーのフレーズです。そこに加わるメロトロンビブラフォンが、Bマイナーキーで加わります。ちょっと、Eドリアンモードにも聴こえますね。
Bマイナーキーはファとドにシャープがつきますから、そこをいかに共存させるかが工夫のポイントとなります。実はCメジャーキーのメロディが、通して「四抜き音階」になっているので、そこでまずファとファ♯の競合問題を解決しているのです。Cメジャーキーにファ♯が紛れ込むぶんには、よくあることなので全く問題になりません。ピアノのコードがFのときは、逆にビブラフォン側が譲歩します。メロディとしてファ♯を使わず、「ミ・レ・シ」あたりの共通音を使って衝突を避けているのです。

最後に加わるメロトロンクラリネットは、Eメジャーキーです。こちらはかなりおどけた風のフレーズですね。そうするとさらにソとレに♯がつきますから、またそこで調整が必要。ソ♯・レ♯を鳴らす頻度は減らして、しかもレ♯を鳴らすときにはピアノは「ラ・ミ・シ」という、Eメジャースケールと共通の音を使うことで衝突を避けています。くらいのちょっとした配慮を各所で重ねるだけで、それだけで聞いたことのない新しいハーモニーが生まれると思えば、安いものです。

多調性を成立させるには、理論の基礎に加えて細かな音の配置に関する技術や、音に対する感性、構造にテーマを与えられる技量などが必要になってくるでしょう。コンセプトとしてシンプルなのでここⅤ章で紹介はしましたが、Ⅷ章までマスターしきってからの方が、たやすくこれを使いこなせるはずです。

多調性のいいところは、「手癖」では絶対に達成できない音の世界を発見できるということです。ここへ来てまだまだ未知の表現がたくさん残されているというのが分かりましたね。

まとめ

  • 複数の調が同時に存在する状態を、「多調性」といいます。
  • 多調性を成立させる方法はたくさんありますが、いずれにしても理論的な工夫が必要になります。
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