Skip to main content

スラッシュコード ❷ペダルポイント

今回は「コードアレンジ技法を知る」回です。
前回に引き続き、「スラッシュコード」の用法を見ていきます。今回は非常に使いやすく効果も目立つという、お得な技法を学べる回になっています。
[gt_radar_chart id=”gt-radar-genrechart” width=”” height=”240″ labels=”J-Pop,Jazz,Classic,Cinematic,Electronic,Pop,Rock” animation_type=”radarar”][gt_chart_data fill_color=”#2060db” stroke_color=”#2060db” data=”90,90,100,100,50,70,50″][/gt_radar_chart]

さて、コードのルート以外の音を低音部が奏でるのが、「スラッシュコード」。前回扱ったのは、コードの3rd5th7thをルートに据えることでサウンドのバランスを変化させる「転回形」でした。
しかしスラッシュコードには、他にもまだまだ使い方があります。2つ目の用法を学ぶのが今回の趣旨です。その名も、「ペダルポイントPedal Point」です。

1. ペダルポイントとは

「ペダルポイント」は簡単なテクニックで、コードの変化に関係なく同じベースを弾き続ける技法です。

これは前回もサンプルに使用した、IIVIIVというシンプルな進行。このベースをIにずーっと固定してみますね。

スラッシュその1


ベースはトニックの位置にいるわけですから、さっきと比べると格段に安定感が増しました。このように、ベースを固定することで特定のコード感を保つことができます。ベースに選ばれる音はド・ラのようなトニック系の音か、逆にドミナントを司るソの音がよく用いられます。

トニック感を保つペダルポイントは「トニック・ペダル」、ドミナント感を保つペダルポイントは「ドミナント・ペダル」と呼び分けられたりもします。

IV/Iというのは、見方を変えれば「IVの5thをルートにとった『第二転回形』である」とも言えますね。この場合どちらか一つに意味を定める必要はなく、単に「転回形を用いてペダルポイントを構成している」と考えます。

2. トニック・ペダル

IVImのようなトニックをベースに据えたトニック・ペダルは、すでに確認したとおり、ドシンとした安定感を曲中にもたらしますから、非常に使いどきが多いです。

ポピュラー音楽での用例

こちらは極めてわかりやすい使用例。ベースは1:03でIImのコードに合わせてレを弾く以外は、メロの間じゅうずっとドをキープしています。フレーズまでも同じという徹底ぶり。
この曲は、「いつか我々は星に還り 我々が何者であるのかの答えを知る 孤独な時の霧を超えてきた旅人 空から来た創造物」という歌詞の、なんだかSFチックで壮大なテーマの作品。ストーリーの巨大なスケールを表現するのに、このトニック・ペダルは最高にマッチしています。

チャップリンの劇中演説をサンプリングしたイントロから始まるコールドプレイの楽曲。これも相当分かりやすいですね。ウワモノは色々とコード感を変えているのですが、ベースが単一のフレーズだけでひたすら押し通しています。2:50までほぼ1フレーズですからね。すごい。
ペダルポイントはすごく印象的な技法ですから、使うときはしっかり使うとよいですね。

こちらかなり究極の例で、ウワモノは色々とコードを演出するのですが、ベースは一曲を通してドから全く動きません。厳密には繋ぎとしてソの音も使われていますが、アクセントとなる箇所はずっとドで、単一のフレーズを鋼のように固くリピートしています。この曲は歌詞の内容でいうと、愛を確信しているかのような自信に満ち溢れた曲です。その安定・平静の表現としてトニック・ペダルが利用されているといったところでしょう。ずっしりと構えたベースから安心感のようなものをリスナーは感じられるわけです。

BGMでの用例

どっしりした安定感をもたらすという点で、トニック・ペダルの技法は映画やゲームのBGMでも非常に活用しやすいです。

「虚空への前奏曲」は、シンプルなスーパーファミコンの音源なので、ベース音が非常に聞き取りやすいと思います。ウワモノはどんどん展開していくのに、ベースラインは一歩たりとも動きません。ベースとウワモノの分離が、異常な空気感を演出しています。これは「Clue Two」も同様ですね。
「A Hard Teacher」は映画「ラストサムライ」のBGMのひとつ。これは毛色がちょっと違って、どこか民族的で壮大な雰囲気を演出するのにペダルポイントが活用されています。

Iに合わせるコード

ベースがIを奏でているあいだ、上には色々なコードを乗せることができます。いくつか例を見てみましょう。

IV/IIV/IIΔ7

こちらはKey Fの基調和音でトニック・ペダルを行使した例です。コード自体もメジャーコードの連発ですから、とても開けた明るい感じがしますよね。

I♭VII/I♭VI/IVm/I

こちらはかなりオススメの、パラレルマイナーコードと併用したパターン。壮大さや緊張感があって、サウンドとして非常に面白いです。他にはIIII7、サブドミナントマイナーのIVmなんかも乗せるとよく映えます。

こちらはパラレルマイナーコードを交えたトニック・ペダルの実践例。イントロですね。ベースはトニック一発で、その上にギターがIVIIm♭VIIと重ねています。

トニックマイナーをブチ込んでいるのが特に印象的ですね! ふだんはなかなか盛り込みづらいトニックマイナーですが、こうやってペダル・ポイントという文脈上であれば、「色々変なコードが乗っても当たり前」というようなコンディションが出来上がっているので、導入しやすいです。

VIに合わせるコード

一方マイナー調の曲では、VIの音をベースが押さえた形が定番です。

こちらはサビがVImIIIVImというロック調のコード進行ですが、ベースはVIの音から全く動きません。サビの最初から最後までぶっ通しでマイナーのトニック・ペダルという、かなり挑戦的な作品になっています。「他人のせいにするな」という非常に強いメッセージがテーマの楽曲であるため、強靭な精神・動じない心といったものを音楽でも表現するためにペダル・ポイントが選ばれたのでしょう。

こちらはロックでの使用例。ボーカルのロバート・プラントがサハラ砂漠をドライブしているときに浮かんだ曲とのこと。砂漠の広大で荒涼とした世界を表現するために、マイナーのトニック・ペダルを用いたという感じですね。


マイナーのトニック・ペダルは、こういったテクノ系音楽でも自然と使われます。シンセベースが同じフレーズを延々繰り返す上にパッドなんかを乗せれば、それすなわちペダルポイントですからね。
マイナー・トニック・ペダルの場合、基調和音のIIImIIImIVVはいずれを乗せても面白いですし、他II7も定番。ちょっと際どいですが、♭VIIを乗せるのも不気味さがあって効果的。

テクノサウンドでサンプルを作ってみました。6-5-4-3-2-1と下がって、そのあとはII7♭VIIを乗せてみました。やっぱり最後2つは基調外和音ですから、独特な風合いがありますね。他はIVやIImを乗せたときの、ファの音との不気味な絡みもユニークです。

こちらは実際に曲らしくスラッシュコードを適用してみたものです。コードがVImVIIIVと動く中で、ベースは常にVIの位置に止まったまま。とても堂々とした感じがしますね。試しにスラッシュコードじゃなくしてみるとこうだ。

もちろんパートによってはこんな風に動いても良さそうですが、少なくともこのイントロっぽいパートでは、動かない方がカッコイイですよね。
イントロではズッシリとペダルポイント、ドラムやハットが入って曲が動き出したらペダルポイント解除・・・なんていう展開にするのは定番のひとつです。

3. ドミナント・ペダル

ポップスやジャズではドミナントで伸ばしまくる「ドミナント・ペダル」もけっこう使われます。

こちら、前半はなにやら難しいコードが並び、途中からベースはV一発。その上でピアノが色々なコードを弾いている例です。ドミナント機能であるVのベースで伸ばしている間というのは展開上「緊張」のピークを構成している場所ですから、けっこうな濁りが発生したとしてもその後トニックに解決さえすれば文字どおり“万事解決”なところがあるので、強烈な濁りも展開上のアクセントとして受け入れられやすいです。

こちら実例。イントロ終わりの0:14〜0:20のところで、ベースがずっと同じ音を維持する傍ら、ブラスセクションが動いてコード感が変わっていきます。

4. ソプラノ・ペダル

そんなわけで、ペダル・ポイントは一定の低音を保つ技法。しかし正反対に、高音部を一定に保つ技法も存在します。それが、「ソプラノ・ペダル」です。

先ほどの音源を流用しました。今度はベースがコードに合わせて変化する代わりに、シンセ・ストリングス・ピアノが全く同じフレーズを弾き続けています。
いちばん目立つ高音部が同じフレーズを続けるというのは当然耳につきますから、ベースでのペダル・ポイントよりもインパクトは強いですね。

この技法のいいところは、「リピートしている」というコンテクストがあるために多少の音のぶつかりは許容できるという点です。単体で聴いたら濁ってて気持ち悪いと思うようなサウンドでも、ソプラノ・ペダルの流れの中であれば自然に聴こえるというところがあります。上の音源も、理論的にいえば際どい音程が含まれているのですが、コンテクストでそれがかき消されて、サウンドとして成立しています。

これはペダル・ポイント全般に言えることですが、ベースとウワモノが別行動をすることで、コードネームで言えばすごく複雑になってしまうような、珍しいサウンドに出会えるというのがすごく楽しいところです。
知ってるコードを組み合わせるのもいいし、いっそコードネーム的考えを捨てて音を試してみるのもよいでしょう。

まとめ

  • コードの変化にかかわらずベースが同じ音を引き続ける技法を、「ペダル・ポイント」といいます。
  • IやVIのベース音で行うものを「トニック・ペダル」といい、ズッシリとした印象を与えることができます。
  • Vの音をベースにとる「ドミナント・ペダル」や、高音部でこれを行う「ソプラノ・ペダル」も存在します。
  • リピート効果によって多少の濁りが許容されるところがあり、複雑なサウンドを構成するのに最適です。
Continue