スラッシュコード ❶転回形

コード編 Ⅳ章:新しい技法
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今回は「編曲技法を知る」回です。
♯♭を使った難しいコードを使わずとも、ちょっとしたアレンジの技を知るだけでグッと表現の幅が増します。今回はそんな、便利な技法を知る回です。
大味なタイプの楽曲ではあまり使いませんが、繊細な表現を求めるジャンルではとても重宝する技術です。

#1.ルートは大事

「具現化基礎」のところで、低音部がルート音を弾くことが大事という話をしました。そうしないと、響きが本来のものから大きく変わってしまう。そしてもし意図的にそれを外したい場合には、スラッシュを打ってそのあとにベース音を付記するという決まりがあることも説明しましたね。

分数型

この「ルート音以外を低音に据える」方法は、正式には「スラッシュコードSlash Chord」といいます。なかなか奥深い知識であるため、Ⅰ章の時には名前すら紹介しませんでした。
実際にどんな時に、どんな目的でスラッシュコードを用いるのか。いよいよそれを本格的に解説していくのが今回です。

#2.転回形とは

さて、仕組み自体はシンプルですが、使い道はかなり幅広いのがこのスラッシュコードです。Ⅳ章はまずこのスラッシュコードの話で3回使いますからね。1回目のここで取り上げるのは、転回形Inversionという用法です。

「転回形」とは、コードのルート以外のコードトーンを低音部に据える配置のことをいいます。

new!

コードがCであれば、コードトーンはC・E・Gの3つがあります。ふつうベースはもちろんCを中心に弾きますが、そうではなくEやGを中心に弾く。これが「転回形」です。
クラシック系理論では、コードの3rdの音を低音にとった形は「第一転回形」、5thを低音にとった形は「第二転回形」と呼ばれ、それぞれ「一転」「二転」と略されます。

転回形の効果

コードは、ルートが低音でどっしり鳴っているのが最も音響として安定しています。転回形は、その安定感をあえて崩すことで新しいサウンドを得る手法なわけです。

例えばこれは、シンプルなIIVIIVのコード進行。このIを、「第一転回形」に変えてみますね。
コードトーンの3rdを低音に据えるわけですから、コードネームはI/IIIとなります。

スラッシュその2

サウンドが浮き足立ったような感じになり、安定感が減少しました。基本的にどのコードでやっても、転回形は本来の形よりも安定感が減ります。

そしてベース音の流れを見ると、位置が変わったことでなめらかな半音移動の動きが生まれました。結果として、曲想が穏やかなものになっています。あえて安定感を減じると同時に、ベースを滑らかにする。それが転回形の主たる使用目的です。

#3.なめらかな低音部を作る

度数の移動量がエネルギーの大きさとして感じられるというのは、接続系理論の時にも確認しました。
じゃあコード進行はIVとかVImIIImにしたいけど、ベースの変化量は抑えめにしたいって時はどうしたらいいんだと。そんな時がスラッシュコードの出番ってことです。

普通の場合


こちらは王道のコード進行としておなじみの、「パッヘルベルのカノンの進行」でした。

カノン

実は、J-Popで実際に使われる時には、スラッシュコードを使ってベースを綺麗に下降させる方が一般的です。それがこちら。

カノン2

要所でベースが第3音をとることで、どこを見てもなだらかなベースラインになりました。こういう綺麗なベースの流れは、やはり聴く側も気持ちよく感じるものです。

曲で聴き比べ

もうちょっと楽曲らしくした状態での比較もしてみましょう。まずスラッシュコードなしの状態がこちら。

曲1

まあ現状でも悪くはないのですが、曲がまったりしているわりに低音部はカクカク大きく動いているのがちょっと気になります。これも、ベースをなめらかにした方がきっと映えるでしょう。「第一転回形」を活用したパターンでアレンジしてみると、こうなります。

曲2

こうしてあげると、1-6小節目まで、綺麗に半音ずつ上がっていく流れになりました! 聴いていても非常に美しく、心地よい。何より、曲が持っているゆったりした情感にマッチしましたね。

東京事変の「スーパースター」は、サビに上の例と全く同様の、6小節かけて半音ずつ上がっていくコード進行が使われています。穏やかながらもふつふつ沸いてくる感情の高まりみたいなものを表現するのに、ぴったりの進行ですね!

4-5-3-6の応用
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こちらは王道進行である4-5-3-6のVのところで、ベースが動かずIVをキープする手法。これもV7のセブンスの音をベースが弾いているという風に解釈されており、「転回形」の一種に分類されます。

ベースが停留するということで、推進力を失う代わりに、より切なさが増します。Mr. Childrenなんかはサビでこの形を本当によく使っていますよ。

こちらおなじみの名曲「HANABI」ですが、サビがまさにこの形。IVからVに進むとき、ベースだけが動かずに止まっているのに耳を傾けてみてください。ベースが推進しないことで、浮遊感が生まれています。
ここは歌詞とのマッチングが絶妙で、「決して捕まえることのできない」というネガティヴな歌詞に対してはこの推進力の弱いIVV/IVを用い、その直後の「もう一回 もう一回」というポジティヴな歌詞に対してはパワフルなIImVをあてています。

すでに何度も述べているとおり、「機能的に代理できるから代理する」なんていう動機は全くもって不純で無意味で、こうやって伝えたいものに合わせた表現法を選べることが重要なのであり、それこそが人々のいう「センス」の正体なのです。

こちらも使い分けが本当に素晴らしい。この曲はBメロとサビでメロディやコードが似通っているという変わった構成なのですが、ベースがきちんと構成のサポートをしているんですよ。
Bメロ「怖いもの見たさで」という、まだ盛り上げるべきでないところでは転回形V/IVを使い、よりエモーショナルになったサビ「違う誰かの肌触り」のところでは推進力の高いVを使っているのです。

もちろん他にも歌い方やストリングスのフレーズなんかがサビらしい盛り上がりに貢献しているわけですが、身体にズシンと来る低音部がどちらを弾くかというのも、すごく重要なファクターになっています。

#4.I/IIIとIIImの差異

「転回形」のなかで最も頻繁に用いることになるであろう形が、「I/III」です。すでに上のサンプルでも何度も登場しています。このコードは、構成音としてはIIImに近いところがある。

I/IIIとIIIm

違いはもちろん、シの音が入るか否かですね。でもこの差は大きくて、強傾性音のシで不安を煽るのか、トーナル・センターのドで安定をはかるのかという風に、サウンドの方向性が正反対になります。ですから今後は、この2つを意識的に使い分けられるようになってほしいなと思います。

こちらはシンプルな3-4-5-6の進行。シの音が盛り込まれた結果、最初から暗くて淀んだ雰囲気になっています。

こちらは最初をI/IIIにしたバージョン。全員シを弾かずにドを強調して、明るいトニック始まりであるという印象をプッシュしています。サウンドが大きく変わり、希望が溢れるような情感が生まれています。
ですから普段は何の気なしにIM7を使っているような人も、このI/IIIを使うときは変にシの音を盛り込まない方が良いわけですから、注意せねばなりません。

先ほどの「カノンの進行」についてもそうで、1-5-6-3-4ときてその次のコードを明朗なIにするか、滑らかなI/IIIにするか、暗いIIImにするかで全く表現内容が変わってきます。そうしたところまでこだわってサウンドを追求すると、最終的な出来栄えがまた変わってきます。

総括
  • 曲のコードのルート以外の音をベースラインが弾くものを「スラッシュコード」といいます。
  • コードの3rd,5th,7thの音を低音が担当する形を、「転回形」といいます。
  • 転回形を使うことで曲の安定感をコントロールしたり、なめらかに動くベースラインを作ることができます。

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