目次
1 全音上転調
前回紹介した半音上転調と近しい効果を生むのが、「全音上転調」です。
タテもヨコもプラス2と抑えめの変化量で、基調和音も(トライアドの範囲なら)2つ残るので、半音上転調ほど露骨ではないのが特徴。
半音転調のときにはなかった、転調前後での共通性。これがなかなかのポイントになってきます。
全音上転調は「流れ」がとても大事なので、Bメロ頭から聴いてもらいます。転調の入り方が実に音楽理論的で、まずサビ直前の「(かけがえの)ない足跡と」のところで、基調外和音であるVIsus4→VIという流れが登場します。
これはクオリティ・チェンジの技法であり、「予想外の明るさ」によって“希望が差し込んだような雰囲気”を曲にもたらすのでした。ここで、このVIを転調後のVと“見立て直す”ことで自然に転調を完了させます。
こういうこと! この「見立て直し」の技法は、転調をスムーズに行うにあたって極めて重要です。Cというコードを聴いた瞬間にリスナーが感じる質感は、もちろんVIのそれです。しかしその後Fメジャーコードに進むことで、「あれ、今のC-Fという動きは、V-Iの解決だったのかな?あれ?」と、狐に化かされたような感覚に陥るわけです。そして、気付けば転調が完了している。
ですからリスナーの中には、何かが変わったような気がするけれど、“転調した”と認識するまでにはいかないという人もいるはず。良い意味でのさりげなさがあります。
ピボットコード
見方を変えると今回のCsus4-Cは、この時点で既に転調しているとも解釈できますね。転調前のVIだと見ても、転調後のVだと見ても、実に自然な解釈が可能。つまりここは二調が重なり合っている場所であると言えます。このように、「転調前後の双方から解釈が可能で、それゆえ転調の良いつなぎ目となるコード」のことを、ピボットコードPivot Chordといいます1。
ピボットコードを利用した転調は、ピボタル・モジュレーションPivotal Modulationといいますが、日本ではあまり広まっていない言い方です。「ピボット転調」などと言った方が、伝わりやすいかと思います。
ピボットとなる箇所は、まるで汽水域のように二調が混ざり合っている、そんなイメージです。ピボットコードを用いれば自然な転調が可能ですし、逆にピボットなしの場合には、急激な転調を演出することができます。
メロディで新調へ導く
「サヨナラの意味」は、メロディの面でも工夫があります。まずCコードに突入した時点でE音のフラットは取れていますが、Fキーに完全移行するにはもうひとつ、A音のフラットも解消する必要がありますよね。
「フラットを解消する」とは、「A♮の音を鳴らすことで、リスナーの中にあるA♭の記憶をかき消す」ということ。それをどの段階でしているかというと、実はFのコードが鳴るよりも先に、コードがCの時のメロディで既にA♮を提示しているのです!
つまり、サビの小節ド頭ではなく、それよりも少しだけ早くにFキーであることを明示している。それによって、サビに入った瞬間に「あれ?」とリスナーに思わせることなく、自然にサビを開始させています。こんなささやかな箇所にも、プロ作曲家の技術が現れているわけです。
全音上転調から戻るには?
今回もやはりメロ→サビの転調ですから、次のメロまでの間に主調に復帰する必要があります。「サヨナラの意味」の場合は間奏パートがないので、サビ終わりの“余韻”の時間で全音下へと戻る進行をしています。
見てのとおりシンプルで、復帰先のキーの「IV-V-I」を演奏することで、誰の耳にも明らかな形で復帰しています。A♭-B♭というコード進行は、復帰前のFキーでいうとIIIとIVですから、前者はパラレルマイナーとして一応馴染みのあるサウンド、そして後者は典型的なピボットコードと言えますね。
2 全音上+R転調
全音上転調は、調号プラス2の転調です。Cメジャーキーならば、Dメジャーキーへ。しかし「調号プラス2」といっても、明るいDメジャーキーではなく、その「レラティヴ」であるBマイナーキーへ行くこともできます。
やり方は簡単で、先ほどの「VIをVに見立て直してからのV-I」というのを、V-VImに変えればよいだけです。
こちらが実例。「傷つかないで僕の羽根」から始まるサビ前の一連の流れでは、スラッシュコードを多用して玄妙なサウンドを生み出しています。どんな風に転調しているのか、分析してみましょう。
はじめの♭VIや♭VIIは、転調に貢献しているというよりかは、単に「何かスゴイことが始まるぞ」という感じを予感させる助走という感じですね。転調の瞬間は、先述の「VIをVに見立て直す」方法を使っています。sus4を連続で使用している部分については、調性を曖昧にさせる効果があるかなと思います。
全音上+R転調から戻るには?
ここから元の調に“復帰”する時の動きですが、サビ後の間奏でシンプルにB→Bmと進んで、そのBmをVImと「見立て直す」ことで元に戻ります。
今回は間奏の途中で復帰、編曲的にも転調した瞬間からスキャットが入って来るので、自然に聞かせるというよりはむしろガラッと空気が変わるのを演出として活かす方向性になっています。前回の半音上下転調と違って、全音の転調では基調和音に共通するところがあります。それゆえ「ピボットコード」という技法が存在するわけですね。やり方次第で転調をスムーズにもできるし劇的にもできるということは、覚えておくとよいです。
3 全音下転調
一方、サビで全音下に転調するものはまれです。転調の基本的な性質から考えれば、下がる転調は盛り下がってしまう危険がありますからね。簡単にだけ実例を紹介するに留めます。
こちらドラゴンボールZの主題歌、「CHA-LA HEAD-CHA-LA」。サビでEキーからDキーに転調します。転調を完了するには、D音とG音の2つに付いているシャープを解除する必要がありますね。この曲の面白いところは、コードの推進力で転調を導くのではなく、一旦ブレイクしてギターのソロフレーズによってキーを変えに行っているところです。
ベースラインやコード楽器がなくなるので、調性が曖昧になります。そこにD音がナチュラル化したフレーズを入れることで、Dキーへと音楽を導いているわけです。このフレーズがまたよくって、強いてコードとして捉えるならばFm7→Bm7というDキーにおける3-6の進行になっているんです。だからDキーのIVへとスムーズに繋がるという仕組み。
またこの曲に関しては、Bメロの段階で♭VIIとしてDのコードが登場しています。Bメロの途中から調性をいくぶん曖昧にしておいて、転調しやすい下地を作っている工夫も見られます。主調に復帰する際にも、「ペダルポイント」を活用して調性をぼかす技法を使っています。
全音転調のまとめ
前回の半音転調は調号変化があまりにも大きいため、「とにかく転入先のVを鳴らす」という戦法が基本になりました。対して今回の全音転調は、調号変化はプラマイ2。共通の和音もあるということで、より滑らかなコードの移行だったり、より微細なコントロール方法というのが見えましたね。転調の際には、音階の新メンバーをどんなタイミングで提示していくかという点に注意するとよいです。
まとめ
- 全音転調は、t軸・s軸ともにプラマイ2の移動で、s軸の変化が少ないことから、半音転調ほど大げさではない形で使うことができます。サビで一段階上の明るさを打ち出したいときに、全音上転調は活躍します。
- 全音上転調では、クオリティチェンジで差し込んだVIをVと見立て直すのが典型的な方法です。
- 全音下転調では、逆にVをVIと見立て直すと自然に転調できます。
- 転調前後の調両方に“共通”していて転調のつなぎ目に使えるコードを「ピボットコード」と言います。“共通”とは、広義には「両調から自然に解釈できる」こと、狭義には「両調のダイアトニックコードである」ことを指します。