目次
4. 白鍵と異名同音
先ほどの音源をそのまま4半音上にずらして、Eメジャーキーの曲にしてみると、いよいよ話は難しくなってきます。
さてさてEメジャーキーであるこの場面、「ソ♯にもラ♭にもなりうる、スペル不確定の音」は、上のピアノロールだと「C4」とラベリングされた音になります。そうです、このcの音、実はまだ本当のスペリングが確定していないのです。
これは初めて説明することですが、白鍵にも異名同音があります。これは鍵盤を使って確かめた方が分かりやすいでしょう。
鍵盤でチェック
こちらがEメジャーキーにおけるIIImとIVの和音。書かれたドレミはキーに対して相対的な「階名」です。だからIIImはミソシ、IVはファラドとなっています。困惑してしまう場合は、いったんEメジャーキーの階名振りをしっかり確認してみてください。
それで、この2つの和音それぞれをクオリティ・チェンジすると…
このように、白鍵であるcの音が、Eメジャーキーにおいてはソ♯とラ♭の衝突地点となるのです。
これはもう、あからさまにややこしい出来事です。音をキー相対的に捉える「階名」に慣れていないと、ちょっと混乱してしまうと思います。
楽譜でチェック
この出来事を改めて楽譜でチェックします。EメジャーキーでIIIを表したい場合には、b音にシャープをつけて「b♯」とすることで、音が上がったことを示します。
こうやってCメジャーキーと並列してみると、こう書くのが自然であることは十分頷けると思います。
もしココで「b♯って何やねん紛らわしい、普通にcでええやろ」と綴ってしまうと、逆にこの場面で起きている状況が伝わりづらくなります。
コードの「お団子がさね」が崩れて特殊なコードを使っているように見えるし、パラレルマイナー系のコードかな?と勘違いしてしまって、ここにある音楽性が見えてきません。「cじゃなくてb♯と書くのがふさわしい」なんていう状況が、音楽の世界にはあるわけなのです。
実践上に潜むトラップ
ここで改めて、先ほどのピアノロールを振り返ります。
この堂々と「C4 – A4 – F♯4」と綴られたピアノロールを見たとき、ここにAmじゃなくGのコードをあててもバッチリ素晴らしい曲想が生まれることを、見落としてはしまわないだろうか?
そういった類のトラップが、コード作り・フレーズ作りの際にはあちこちに潜んでいます。「知らない間に、最高のコードを付けられるチャンスを見逃しているのではないか…?」という、この種類の懸念はちょっと、気持ちが悪いですよね。理論的思考を持つことで、そういう部分をクリアに出来るわけです。
もちろんそれは経験やセンスでも大方カバーできるものではありますが、そこをきちんと頭脳で理解することでスピードや正確性を底上げするのが音楽理論の役目といったところです。
転調への利用
加えて「こういう読み方もあるよな」というアイデアを膨らませることで、意外性のある転調に応用したりすることもできます。
- EBAAmCm9FBΔ7
こちら、始まりはE♭メジャーキー。4つめでサブドミナントマイナーの哀愁を漂わせたのち、気付けばシャープ系の方面に切り替わり、あっという間にBメジャーキーに転調しました。
フラット3つのキーからシャープ5つのキーへの大ジャンプですが、すごく自然に聴こえると思います。それにはちゃんとしたワケがあって、Amのスペルを読み替えるとGmになるというのがポイントです。
Gmだったら、これはBメジャーキーからすればVImの和音、基調和音の一員です。だからAmというのは実はBメジャーキーに直通の“架け橋”となれる存在だったわけなのです。
なまじキーやスケールの概念を知った今となっては、なかなかこの場面でCmに進むというアイデアは出てきづらいのではないでしょうか? 逆説的ですが、スペルをしっかり区別できていればこそ、こうやって「あえて逆のスペルで捉える」みたいな“反則技”もうまく使いこなすことができるということです。
Check Point
音名も階名も、「キー(音階)の何番目の音なのか」というディグリー情報と直結している。したがってスペルに迷った場合は、その場面の音階状況を想像するとよい。たとえ白鍵の音でも、それがキー本来の音でない場合には、上の音がフラットして生まれた音なのか、はたまた下の音がシャープしたのかには注意した方がよい。
楽譜にするより前の創作段階であっても、異名同音を区別することには実践上の意義がある。
上行/下行に基づく判断
ちなみに、スペリングの判断基準として時折言われるものに、「音が上がっていく場合にはシャープ、下がっていく場合にはフラット」という説明があります。
これは確かに一理あるし、この判別法でもそれなりの確率で正しいスペルを選べますが、これを第一の判断基準とすることは推奨されません。
これは「曲の最後の音を聴けばそれでキーが分かる」と同じような話で、この法則にあてはまらないパターンはいくらでも考えられるし、このような機械的判別では「その場面で起きている音楽的な意味を言語化する」という本質から遠ざかりかねないからです。あくまでも、情報が少なくてどちらで綴るか決めかねた際の参考程度にするのがよいでしょう。
5. ダブルシャープ・ダブルフラット
かなり応用的な存在である「ダブルシャープ・ダブルフラット」についても、一応説明しておきます。日常でそこまで目にするものではないので、もし今読んでピンと来なくてもさほど問題ありません。出くわした時に、ここをまた読み返せばいいでしょう。
ダブルシャープ
「ダブルシャープ」は、既にシャープしている音をさらにもう半音上げる時に用いる記号です。ナチュラル状態と比較した場合には全音上に音が移ることになります。例えばfだったら結局gと異名同音となる。きっと誰もが「なんでそんな回りくどい表記を?」と思いますよね。
「既にシャープしている音をさらにもう半音上げる」ってなんぞやという話ですが、これは「調号で既にシャープのついている音を、さらにクオリティチェンジなどで半音上げる」というシチュエーションが典型になります。
だからダブルシャープに遭遇するのはたいてい、BメジャーキーやF♯メジャーキーのようにシャープのいっぱい付いたキーにおいてです。
BメジャーキーにおけるIIImの和音は、Dmです。構成音は、d♯ – f♯ – a♯の3音。全員が既にシャープ状態ですね。
この3rdを半音あげてIIIになるということを楽譜で示したいという場合。クオリティ・チェンジの際にアルファベット自体を変えることはありません。それゆえf♯は己の限界を超えてメガ進化して、「f」となるわけです。
見慣れない記号があるとつい身構えてしまいますが、「キー本来の状態より半音上がる」ことを意味しているという点では、本質的にシャープと何の違いもありません。
ダブルフラット
ダブルシャープと対になる概念が、「ダブルフラット」です。
「ダブルフラット」は既にフラットしている音をさらにもう半音下げる時に用いる記号で、例えばb♭♭はaと異名同音です。こちらもやはりまず調号でフラットがかかっている環境からさらに…というのがほとんどですから、大半はフラット多めのキーで遭遇します。
こんな風に、フラット5つのD♭キーのIVmなんかで登場するのが典型例です。こちらもやはり、「キー本来の状態より半音下がる」ことを意味しているという点では、本質的にフラットと何の違いもありません。
6. プロセスのまとめ
改めまして、スペル判別の要点は次のとおりです。
- 階名を活用する
そのキーの中で起きていることを理解するために、階名で音楽を分析した方が惑わされにくい。 - 音階を推定する
鳴っている音から、その場面で使われている音階を推定する。音数が少ない場合には、推量で空白を補う。その音のディグリーが分かれば、スペルも分かる。 - Cメジャーキーに直す
頭がこんがらがる場合には、曲全体を上げ下げしてCメジャーキー(Aマイナーキー)に変換してあげると、起きていることが分かりやすくなる。
音楽自体の構造、流派ごとの慣習、楽譜の目的などからもろもろ例外が生じることもありますが、基本方針としてはとにかく「推定される音階構造から音に番号を割り振る。その番号に応じたスペルで記す」という観点に集約されます。
「綴りが間違っているのは恥ずかしい」みたいなマイナスの風潮や考え方は、必要ないと思います。そうではなくて、「綴りを意識すると音楽がもっとよく見える、作曲がもっと面白くなる」というプラスの感情を動力源にして、スペリングと向き合ってもらえたら理想的です。
まとめ
- 異名同音を考えることは音度を考えることであり、それは音階構造に考えを巡らせることに繋がります。
- 作曲の際にはメロディ単体だと異名同音が確定しない場合もあり、どちらとみなしてコードを付けるかで音楽の方向性がガラッと変わります。
- Cメジャーキーとの比較・類推から考えると、「ダブルシャープ」や「ダブルフラット」を用いる意味が分かりやすくなります。