目次
この記事は、前回からの続きになります。
1 転調を学ぶに当たって
自然な転調と急激な転調
転調は、微妙な音使いの違いで自然なものにも急激なものにもなり得ます。遠い調へ自然に進むには、多少の技術が必要になるわけですが、「自然な転調=良い」というわけでもありません。あえて音楽の流れを断絶させたり、調性があいまいな時間を作ることも表現の一種です。ここからの記事では主に「自然な転調をする方法」について論じていきますが、そういう方向だけが「正しい転調のやり方」ではないということは忘れないでいてください。
ペアで覚える
これから具体的な転調について学んでいくにあたっては、上下をセットで覚えることをオススメします。半音上転調について覚えるなら、半音下転調もペアにして覚える。
というのも、もし通常のメロ→サビで転調した場合には、次のメロが来るまでに元の調に戻る必要があるからです。そうじゃないと、1番Aメロと2番Aメロでキーが違うという、おかしな曲になっちゃいますからね。「曲のラストに転調してそのまま終わり」というパターン以外は、元の調に復帰する術を用意していなければなりません。
だから、ある曲の転調の仕方を分析するなら、セットで元の調に復帰する方法も学んでおく。”上り”と”下り”をセットで覚える。これを原則にしながら解説していきます。
2 半音上転調
まずはポップスにおける転調の代表格である、半音上への転調から。
半音上転調はJ-Popの定番技法で、特に最後のサビに入る直前で象徴的に用いられます。1番2番と比べて最後だけ半音上げた状態でサビを演奏することで、単純に高揚感があって盛り上がる。それに加えてサウンドに変化を与えて耳新しくする効果もあります。半音上転調ならば、音階のメンバーもほぼ総取っ替えですので、必然的に新鮮な感覚がもたらされます。まずは実例を聴いて効果を確認しますね。
「心であれたら」の後に、その半音上で「Ah-」というスキャットが入りますが、ここが転調の瞬間です。D♭だったキーから、Dキーへと上がっています。
今回一連の記事で紹介する曲は全て4/4拍子なので、拍子記号はもう省略していきます1。
「半音上転調」を行う際には、上のようにVの和音をきっかけに、「転調前のVから転調後のVへ」と進行するのが定番です。これには和音として不安定な状態(ドミナント機能)にあるため、転調を行いやすいという理由がありますね。
基本的に、「Vsus4-V-I」や「IIm-V-I」といった強力なコード進行を転調後のキーできっちり演奏して中心音の確立をしっかり行いさえすれば、多少「入り(切り替わりの瞬間)」が唐突であったとしても、良い「緊張と弛緩」として受け入れられるものになります。
III7をきっかけにするパターン
こちらは通常のメロ→サビで半音上転調をする例です。半音上に“転入”する際には、ドミナントはドミナントでも二次ドミナントのIII7をきっかけにしています。
シャープ5つのBキーから、シャープなしのCキーへ。こうやって、ドミナントの和音をただスライドさせればいいと思えば、転調も楽勝だなと思えてきますよね。
半音上転調から戻るには?
「HANABI」と違い、この曲は2番Aメロまでに元のキーに復帰する必要があります。戻る最大のチャンスは、間奏。間奏中は歌がありませんから、コードを複雑にしても支障をきたしにくいので、再転調をするにはもってこいの場所です。それゆえ、間奏の終盤で転調後のキーに繋がるコードを差し込んで元のキーに復帰するというのが復帰の定石になります。
こちらはAメロに入る直前の部分のコード進行。間にいったん、CキーともBキーともつかないようなF♯m7のコードを差しこんでいます。そのあとはF♯sus4で、ノーマルなF♯は鳴らさないままBに着地します。おそらく、A♯の音がCキーにとって異端すぎるので、それを出さないことで変化の急激さを抑えたのでしょう。つなぎ目のところではFとCのシャープしか確定していないですから、最終的に5個シャープを付けたいところの、最初の2個だけに留めている。転調をなだらかなグラデーションにする。これはかなり巧妙なワザですね。
もっとも、ここまでの配慮をせず単に転調後のVsus4→Vを鳴らすという形でも、主調への復帰は十分自然にできます。傾向として、上品なJ-Popであれば自然な転調が好まれる一方、ロックや派手なアニソンなんかであれば少々荒々しい転調があってもそれが面白みとして受け入れられる側面もあります。実践においては、ここはやはり試行錯誤でバランス感覚を身につけていくしかないでしょう。
3 半音下転調
半音上転調と対になるのが、半音下転調。グラフ上で見ると、当然ながら先ほどと対称の動き方になります。
「下に転調」するということは一般的には落ち着きを曲にもたらす、悪く言えばトーンダウンするわけなので、半音上転調からの復帰として生ずるならともかく、サビで半音下に転調するような曲はあまり見かけません。
こちらが珍しい、メロ→サビで半音下に転調する例。やはりVでの伸ばしの後、半音下での「V-I」を演奏して着地するという構図になります。
実際にはこのDのところは、Dsus4とDが混じったようなフレーズを使っていて、Gへの解決力を高めています。
サビで下方へ転調する目的
転調をした目的としてはやはり「サウンドの変化」がありそうですが、それでは“下方”への転調を選んだ理由にはなりません。他に考えられるのが、音域とカーネルの関係性です。
この曲はBメロ、サビで共に最高音であるCの音を鳴らしていますが、キーが異なっているので、そのC音のキー内での役割、すなわちカーネルも異なっています。
ご覧のとおり、BメロにおけるC音は階名でいうところのミ、安定音です。それに対してサビにおけるC音は階名でいうところのファ、おなじみ強傾性音になっているのです。
これは歌モノにおいて重要になってくる考え方で、というのも人間の歌声の音域というのは非常にシビア、半音単位で声の出方が全く変わってくるし、地声/裏声の選択も重大な要素です。どうしても最高音は変えられないという状況がある。そんな時には転調を駆使することによって、「限られた声域」という制限の中でカーネルを“着せ替え”することが出来るということです。
半音下転調から戻るには?
転調は入り方も大事ですが、戻り方も大事。「世界には愛しかない」では、どんな風に主調へ復帰しているのでしょうか? 間奏終わりのコード進行を分析してみます。
復帰するには半音上に転調しなきゃいけないわけですが、「HANABI」のように「転調前のV→転調後のV」という繋ぎ方をしていません。アレは明らかに盛り上がりを煽る形の転調法なので、サビからメロに戻るこの場所には相応しくないわけですね。
代わりにわざわざクオリティチェンジのVIであるEのコードを使い、そこからE♭へ下がることで、調としては上がっているのにどことなく下がったような感覚を植えつけています。匠の技です😇
ですから、あるキーからあるキーへ行くにあたっては、やり方はひとつではありません。その時の状況次第で、うまくハマるかどうかが決まる。奥深いものがあるのです。
半音上下転調の共通事項
半音上・下の転調に共通しているのは、調号の変化量が大きいということ。半音上転調はマイナス5、半音下転調はプラス5です。たとえ絶対音感のない人であっても、転調に入ってしばらくの間、今までとは異なる音高が使われていることで新鮮に感じるという側面はあるのではないかと思います。音階のメンバーがかなり入れ替わることになるため、転調の際には転入後のVや、あるいはもっと丁寧にVsus4-Vのような流れを作って、新しいキーへ導く必要がある。これを覚えておけば、半音上下の転調は使いこなせますよ。
まとめ
- 半音上下の転調は調号プラスマイナス5の転調で、それゆえ劇的なサウンドの変化があります。
- 音階が大きく入れ替わるため、転入・転出時にはVの和音を用いて新しいキーへの流れを導くのが典型的な方法です。
- 何キーから何キーに行ったという結論だけでなく、それを完了するまでの過程によっても転調の感じられ方は変わります。コードのルート音の動きや、調号変化をどんな順序で完了させるかが重要なファクターになります。