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さて、ようやくここまで来ました。最後に解説するのが3▲、3度上行の接続です。
3▲は、その妙に落ち着かないフワフワした感じが独特で、「ソフトな効果をもたらす」などと称されます1。
クラシックではI–IIImを除いて他はすべて非使用、ジャズでも「弱い進行」と評されます。『かつての禁則』が3つもあるので、今回はまずそうではない方、比較的使い勝手のよい残り2つの方の説明で一記事を費やすことにします。
1. I → IIImの接続
まずI→IIImについては、落ち着いた聴きやすさがあって、ポップスのAメロなどで普通に使われる接続であり、3度上行の中でも例外的にクラシック時代から認められ、広く用いられている存在です2。
サウンドとしては、同じT→DのモーションであるI→Vと比べると移動量が少なく、またマイナーコードになるため、若干哀愁めいた曲想が生まれます。
Help!のメロ冒頭(When I was younger so much~)がI→IIImですね。このクイっと持ち上がる感じが3▲のキャラクターです。
こちらは恐ろしいほどのアイドルスマイルが印象的なMVですが、サビ・Aメロ共に出だしのコード進行がI→IIImです。I→Vだと明るくってパワーがありすぎる、「恋の切なさ」みたいな風合いが足りないなんていう時に、代案として使うイメージですね。
その適度な切なさはK-Popでも引っぱりだこ。こちらは多国籍アイドルグループTWICEのシングル曲。これまたAメロ、サビ共に始まりがI→IIImです。この「押し出しすぎないちょっとした切なさ」はIIIm特有のもので、ポップスとの相性がすごく良いコード進行です。クオリティ・チェンジをしてIIIに変えてあげてもいい感じですよ。
2. IV → VImの接続
IV→VImの方も、J-Popでこそあまり聴き馴染みがないですが、EDMやテクノといった電子音楽系のジャンルや、R&Bなどでは普通に使用されます。特に電子音楽にはBGMとしての側面がありますから、あんまり情感豊かに進行すると主張が強すぎて良くないなんて時もあって、そんな時には共通音が多く変化の少ない3▲が活躍するのです。
例えばIVVImVVという進行が、ちょこちょこEDMの分野で使用されます。
イメージとしては、IVVVImという定番のコードからVを省いてしまって高揚の度合いを抑えているという感じで捉えるとよいでしょう。
4-5-6だと、ベタに感情を煽りすぎという場合もあるわけなんですね。4-6-5という、先にVImにスッと着地してしまった後に余韻のような感じでVに流れる方が良い情感に映ることがある。大人な穏やかさを出したかったり、メソメソした表情を出したい時には、3▲の方が似合うと、そんなふうに言えるかもしれません。他のコード進行例も見てみましょう。
これらの曲では4-6-2-1という進行が使われています。J-Popでは滅多に見ることのない組み合わせですね。オトナかつファンキーな感じを演出するにも、3▲はピッタリ。ベタに盛り上げすぎていない感じがオシャレです。ドミナントを全く使っていないことも、落ち着いた感じの要因のひとつになっています。
宇多田ヒカルの曲にはすごくJ-Popらしく感じられるものとアメリカっぽいのと両極端だと思うのですが、その差を作っている要因のひとつがコードの接続傾向の差です。この曲は、J-Popらしからぬ接続がたくさん使われているのです。
エレクトロニカやオルタナティヴロック、ヒップホップなどのジャンルでは、IVとVImの往来だけで1パートを乗り切る曲だってあります。
純粋にIVとVImだけを用いるものと、間にちょこっと繋ぎとしてVを挟むものとがあって、その辺りの微妙な差異でバリエーションを作っていますね。そもそも音楽を展開させるものは決してコードだけではありません。リズムで聞かせるもの、サウンドの展開で聞かせるものなど様々です。抑揚のないコード進行が活きる場面だってあるのです。
そして、クラシックやジャズにないタイプの進行だからこそ新鮮に聴こえるという側面も多分にあります。理論書にないコード進行は、決して間違いなのではありません。それは新しい様式が誕生しているにすぎないのです。