目次
今回はちょっとしたおまけの回で、クラシックで慣習的に用いられる特殊な和音を紹介します。あまり他のジャンルに持ち込まれることがないので、これもまた”クラシック風”を演出するにはぴったりのアイテムとなります。
1. ナポリの六とは
こちらにおなじみの古典派短調カデンツがあるわけですが・・・
短調のIIというのはやっぱりクセの強い和音です。ディミニッシュト・トライアドで、トライトーンを有しているわけですからね。こうして「第一転回形」にすることでやや印象は和らいでいますが、それでも鋭さがあります。そこで、そもそもの根音を半音下げるとどうなるでしょうか?
こうです! トライトーンが消失し、ルートは主音の半音上にそっと寄り添う形になって、独特なサウンドが生まれました。この「ファ-ラ♭-レ♭」という特殊な和音を、クラシック界ではナポリの六Neapolitan Sixthと呼びます。
ちなみにメジャーコードの第一転回形で3rdが重複する形になっていますが、これは例外的に許可されます。ファを重複させるこの形が、最も標準的です。
名前の由来と和音記号
「ナポリの六」は、18世紀にオペラ作曲界を賑わせた「ナポリ楽派」という一派が好んで使ったことから”ナポリ”の名を冠しています。そして「六の和音」というのは、フランスの伝統流派で「第一転回形」を意味する言葉でしたね。ですから「ナポリの六」と言ったらば、それだけでもう「第一転回形」という意味がそこには含まれていることになります1。
この和音に対しどのような記号を与えるかはまた流派・書籍によって異なっていて、「N6」という表記が国際的には有名かと思います。一方、VII章で基準にしている「島岡和声」では、これを「ナポリのII」と呼び、「-II¹」という記号を使っています。根音が下がっているので「マイナス」をつけるというシステムですね。今回はこれを採用することにしましょう。
二重文脈性
この「ファ-ラ♭-レ♭」という構成音には、もうひとつの解釈を与えることが可能です。それは、「IVの和音の5thを半音上げる」という変形です。
ナポリ楽派がこの「ファ-ラ♭-レ♭」という転回形のフォーメーションでこの和音を好んで使った理由として、IVの和音と形状が類似していて、伝統的なカデンツのラインに嵌め込みやすかったという点が考えられます。
また、3rdであるファを重複できる理由も、「そのファこそが根音であるとも言えるから」という風に説明ができますね2。
直でVにGOするパターン
上のように「Iの二転」へと繋いであげるとレ♭を美しく半音で解決させられるので、これが模範的な型と言えますが、そうではなく直でVの和音に繋ぐ形もあります。
このさいレ♭とレの間で「対斜」が発生しますが(破線部)、これは例外的に許可されます。またソプラノがレ♭からシ♮へと「減3度」で跳躍することも、何ら問題視されません3。
このように、「ナポリの六」からVやI2→Vへ進んでIへと解決する一連のカデンツは、古めの書籍ではパセティック・ケーデンスPathetic Cadenceと呼ばれたりします4。
長調で用いるパターン
また、基本的には短調で用いられるナポリの六ですが、長調の文脈上に「同主短調からの借用和音」として差し込むことも可能です5。
(「島岡和声」では、同主短調からの借用和音にはマル印をつけます。)
これはなかなか、知らなければ候補として挙がってこない和音かなと思います。「ファ-ラ♭-レ♭」という和音をそのまま借用することになるので、ラ♭とレ♭という、ふたつのテイストが調外から持ち込まれ、大きく雰囲気を変える効果を持ちます。
フリジア旋法との繋がり
「主音に対し半音上から寄り添う♭ii度の音」を活用するということで、この「ナポリの六」は、フリジア旋法(もしくはスパニッシュエイト、アラビックスケール等の短2度を含むスケールたち)と切っても切れない関係にあります6。
この点を理解していると、ナポリの六のポジションというか、活かし方の目安になるかなと思います。
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2. ナポリの諸和音
ナポリ楽派の人たちは際立って「第一転回形」でこれを用いたので、「ナポリの六」と呼ばれました。しかしここから着想を得て「じゃあ基本形とか二転で使ってみても面白いんじゃないか?」と考えた作曲家は当然いたわけで、特にロマン派以降ではそのような使用例が散見されます。
しかし「ナポリの六」という名は、あくまでも第一転回形だからこそのネーミングです。それゆえこうした諸和音は、ひっくるめてナポリの和音Neapolitan Chordsと呼ばれます。
「ナポリの和音」の方が広い範囲を指す言葉で、そのうち第一転回形だけを「ナポリの六」と呼ぶ、ということですね。
- ナポリの和音 (Neapolitan Chord)
- ♭II度の音を根音とする長和音の総称。
- ナポリの六 (Neapolitan Sixth)
- 「ナポリの和音」のうち第一転回形になっていて、「IVの5度が変位したもの」とも解釈できるもの。ナポリの和音のうち最も頻繁に使われるもの。
- より広義には、メジャーセブンスコードになった場合も「ナポリの和音」と呼ばれる。歴史的には「ナポリの六」の語が先に定着し、第一転回形でない使い方が増えてきた頃に、それを包括する目的で「ナポリの和音」という言葉が発生したと見られる。
いつものディグリーで確認
このVII章は一貫してクラシックの流儀でディグリーを振っていますが、自由派本来の形は「短調のリーダーはVIm」という”調性一元論”スタイルですよね。そのいつもの振り方で確認すると、こうなります。
短調のナポリは、VII。「ナポリの六」ならVII/IIということになります。 一方で、長調のナポリは「同主短調からの借用」ということで、IIになります。
普段は身軽で便利な「一元論式ディグリー振り」ですが、このように同主調関係を中心に考えるクラシック特有の理論を解釈するときには、逆に説明がゴチャゴチャしますね。記号の体系もやっぱり一長一短なのです。
さて、こうしていつものディグリーで見るとよく分かることですが、短調のナポリはやはりフリジア旋法との類似性があり、一方で長調のナポリはトライトーン代理との類似性があります。とはいえ、「第一転回形で使われるのが定番となっている」点において、ナポリの和音は特殊な存在です。