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さて、これまでに「メロとベースの移動方向関係」や「メロを固定してベースを変えた時のシェルの偶奇性変化」、「詳細度数でみるシェルの傾性」「単音に対するハーモナイズ」等を説明してきましたが、今回ようやく、それらを総動員して実際に旋律に対してハーモナイズを行います。
とはいっても、ハーモナイズの工程は複雑かつ多様です。あまりにもプロセスの形式を固定化してしまうと、それが逆にアイデアを奪ってしまうことにも繋がりかねません。そこでここでは、抽象から具体へ入っていくのではなく、具体的なケーススタディを何例か重ね、その中からハーモナイズの典型的な形式を見出していくという形にしていこうと思います。
今回も「シェル傾性」より「パリティ」レベルまで解像度を落として論じるのが基本スタンスになりますが、このカラーリングによる傾性表現は適宜利用していきます。
黄色〜赤はそのまま緊張の度合いを表現していて、3度・7度の緑色は、ガイドトーンであるという特殊性を強調するための色付けです。
題材とする音源
前回は単音レベルでしたが、今回は少しスコープを広げて、1小節ぶんのメロディに対するハーモナイズを考えます。題材として、以下のようなサンプルを用意しました。
- 題材① : IVΔ7VIΔ7???
この4小節目のハーモナイズを考えるという設定です。ルート音や機能が比較的自由に選べるように、コード進行は4-5-1ときてその次にしました。メロディの方も「シソレミ」と短めの4音で、ある程度融通が効く状態になっています。
1. パリティの設定
今回ルートも機能も一切制約がないような状態なので、まずパリティ、つまり各音のうちどれを奇数シェルにするかから考えます。
パリティを決めていく際には、そのメロディに相応しい「緊張と弛緩のリズム」を考えてあげると思考がスッキリします。カーネルの性質や、跳躍/順次の動きに着目すると、そのメロディのどこを奇数にすると映えるかが見えてきます。
終わり方から考える
ゴールから逆算していくと、最後に耳に残る「ミ」の音はやっぱり安定させたいし、そうするとその手前の「レ」はミへと順次上行するので、ここは傾性シェルでも何ら問題ない、むしろ緊張させた方がいいコントラストが作れそうです。
フィニッシュを心地よく聴かせるなら、「奇→奇」「偶→奇」が基本候補になります。
カーネルと跳躍から考える
それで冒頭2音の方に話を移すと、「シ」のカーネル傾性が高くてしかも跳躍しているので、このシ自身が安定しているか、あるいは跳躍先のソが安定しているか、このどちらかないし両方が望まれます。
これらをひっくるめると、想定できる主要な緊張/弛緩の流れは2パターンです。
まさにコード進行のTDSのように、シェルの緊張/弛緩の流れを思い描くと、ハーモナイズの焦点が絞られてきます。今回はとりわけ、入りの「シ」と終わりの「ミ」をいかに響かせるかがまず重要で、「レ」はさほど気にしなくて良いことが分かりました。
こんな風に、ハーモナイズの基準ポイントが固まってきたら、コード探しに出発です。もちろんシソレミ全員を奇数に収められるようなコードがあれば、それがスタート地点としては持ってこいです。そう考えてみると、当てはまるコードがひとつありますね…。
IIImです! これなら綺麗にすべて奇数シェルに収まっているので安定感・協和度はばつぐん。これでまず、「パリティの初期設定」とでも呼ぶべき第一工程は完了です。
2. ルートの再選定
ただIIImだと、大事な聴かせどころであるシとミがそれぞれP5とRtなので、カラーに欠けるところがあります。ちょっと4小節目のサウンドとしては、物足りないですね。理想のハーモナイズとは言い難い状況。
まあ、IIImはあくまでスタート地点にすぎません。ここからルートを再変更して、最適なものを見つけます。「接続系とパリティ」の話を思い出すと、3度上下にルートを動かせばパリティを原則キープしたままシェルを変えられるんでしたね。
IIImを起点にして、3度上下のルートを辿っていきます。
やっぱり偶数シェルが増えすぎるとサウンドとして成立しづらくなって来ますから、まあこれくらいが限度でしょう。こうしてみるとI7が、優先度の高いシとミがちょうどガイドトーンになっているので、サウンドとして聴き映えしそうな予感がしますよね。一旦これで行ってみましょう!
コード自体のサウンドも複雑になったし、シェル構成もカラフルになりました! ようやく及第点のハーモナイズが出来た感じがします。
一歩前進です。ただ、やっぱりレの音がルートに対し半音上でかぶさってくるので、そこの不協和というのは僅かながら耳につきます。ちょっとここで満足せずに、もう一度他のルートで考えてみます。
ルートの再々設定
ということでルートをもう3度ドロップさせて、VImをあててみることにします。
偶数シェルが増えましたが、M2はまあ弱傾性ですし、2度と7度があって3度がないという編成も逆にオシャレかもしれない。 ただ、今度はやっぱり変位音ゼロだと物足りない気もしますね。さっきのド♯が恋しく思えてきます。
3. クオリティの再設定
幸い、メロディの「シソレミ」は、VI系和音の3rdである「ド」を含んでいませんから、VImでもVIでもあてることができます。だからここはVI7にして、高揚感とトライトーンの不協和を発生させ、より5小節目へとなだれ込む展開を作りましょう!
これはGood! ド♯とレは依然としてぶつかっていますが、「ルートとの衝突」ではなくなったので、ずいぶん受け入れられる良い濁りになりました。サウンドジャンルやテンポ、曲想もろもろをふまえても、この選択は今回のハーモナイズにおける「最適解」のひとつと言えそうです。
他の選択肢も確認
念のため、スルーした他のルートも置いておきますね。
- IVΔ7VIΔ7V
- IVΔ7VIΔ7IVΔ7
Vはちょっと面白みにかけるのと、この場面ではS-D-T-Dという流れがあまりハマってないことが分かります。IVの方は悪くない雰囲気ですが、やはり偶数シェルの連続のためかフワッとし過ぎている感もあります。「一般的なコード理論的に見てアヴェイラブル」という水準と、「流れとして自然」という水準はまた異なっているんですよね。
サウンドジャンルと濁りの許容限度
今回題材にとったEDMというジャンルやシンセサイザー中心のサウンドは、あまり「濁り」に対する許容度が高くありません。攻めたコードを試そうとすると、理論上は可能なものであっても音響として具現化するとうまく成立しないことがあります。
こちらはIV+Δ7/VIIという攻めたコードを付けたバージョンです。ナンジャそりゃという感じですが、よく構成音とメロディの関係性を確認すると、レがド♯の半音上をかすめる以外は特に問題ないシェル構成になっているのです。
一応理論上は可能なハーモナイズなんですが・・・でも音楽的に良くはない。特に今回のようにリードとベースだけ前に出ているような音楽では、複雑なコードを置いてもリードと馴染まないんですね。もっとリードが細く、コードが厚い編成だと聴こえ方は全く変わります。
- IVΔ7VIΔ7IV+Δ7/VII
こんな感じで、不思議なコードがちゃんと不思議なサウンドとして伝わってきます。ですので、どんなハーモナイズが相応しいかは、ジャンル・テンポ・サウンドなどによっても変わってくるということはくれぐれもお忘れなきように。このIV+Δ7/VIIのような創造的なハーモナイズをいかに達成するかについては、もうちょっと後で紹介することにします。
4. プロセスのおさらい
上の事例で辿ったハーモナイズのプロセスを区分してまとめてみます。
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❶ パリティの優先度設定
緊張と弛緩の流れ、カーネル、小節上の位置、音の長さ、音の高さなどから、パリティを奇数にすべき音、その優先順位を決めてハーモナイズの焦点を絞る。
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❷ ルートの設定
優先度をもとにルートを決定する。この段階で、メロディ各音のシェルを確認すると同時に、コード進行の方も前後との接続をチェックして、この時点で問題があれば再考する。
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❸ 残りの音の設定
メロディにもルートにも使われていない音は、まだ選択の余地がある。特に3rd/7thが未確定の場合、コードクオリティを自由に変更できる。サウンドと前後関係の両面から考えつつ、音を埋めていく。
上では長々と解説しましたが、こうして見るとシンプルですね。実際慣れてしまえば、上の題材メロディに対してIIImIII7I7IΔ7VIm7VI7VIVの8つをつけることを想像し、まあI7VI7あたりが面白いのではないかという結論を得るまでに5秒はかからないでしょう。
今回のような基本的なハーモナイズだったら、ハッキリ言って「オーダー」とか「パリティ」とか難しいことを考えるまでもないレベルのことです。けっきょく付けたコードがVI7というのなら、ここまで難しく考えなくてもいい気がしちゃいますね。でもこれは応用への踏み台です。こうやって基本的なパターンを材料にしてハーモナイズを可視化・言語化・データ化・分化したことによって、各プロセスにおいて見落としていた可能性を確実に発見することができるようになります。それが、より創造的なハーモナイズへとつながっていくのです。
まとめ
- ハーモナイズの工程は、簡単にまとめると「優先度の決定」「ルートの設定」「コードクオリティの設定」の3プロセスに分化できます。
- ルートを再設定する際には、パリティ変化が少ない3度上下の移動で考えるとスピーディです。
- ハーモナイズの工程には様々な方法があるので、ひとつの形式で思考を固定化してしまうと、逆にアイデアを狭める結果にもなりえます。